★クリスマスにサンタがやってくる
12月24日
どうしてもクリスマスパーティに行きたいとシオンに泣きついた次期教皇アイオロスは、ようやく一晩中行われる礼拝を抜け出す許可をもらいパーティが行われている教皇の間の大食堂へ向かった。
大食堂ではすでに黄金聖闘士達がクリスマスを祝って飲めや歌えや宴会状態になっていたが、シオンにごねた割には、アイオロスはパーティなどどうでもよかった。
大食堂に入ってからというもの、アイオロスの頭の中では、いかにしてサガを連れ出してお持ち帰りし聖夜ならぬ性夜を過ごすかの脳内会議が始まっていたからである。
今宵は聖夜。
サガとて、酒を飲み、はめをはずして上機嫌にちがいない。そんなサガなら、普段よりもいいことに持ち込むのは簡単だろう。
だが、アイオロスは大食堂に入って愕然となった。
アイオロスが来たことすら気が付かないほど盛り上がっている黄金聖闘士の中で、サガだけがポツンと一人寂しくしているのである。
サガの顔は青く、目の前の料理や酒には口をつけた様子もない。
「すまん、皆。私はそろそろお暇させていただく。メリークリスマス」
サガが突然立ち上がり、ボソボソ言った。
もちろん誰も気が付いていない。いや、気が付いたのは隣に座ったカノンとサガを見つめていたアイオロスだけだった。
「サガ。どうした!!! クリスマスはこれからじゃないか!―――いや、送っていこう、そうしよう!」
アイオロスは脳内会議を中止して一度はサガを止めるが、脳内会議は
具合が悪そうなサガを送る
↓
双児宮は遠いので人馬宮で休ませる
↓
二人だけでベッドでメリークリスマス
の満場一致で即可決されたのだ。
ようやくここに来てアイオロスの存在に気が付いた黄金聖闘士達は、サガに肩をかそうとするアイオロスを見た。
が、ここで邪魔をすると後が怖いので、皆見ないふりをきめこむこにした。
カノンだけが目をランランと光らせアイオロスに敵意を剥き出しにしてにらみ付けていた。
彼等は、アイオロスが何を企んでいるか正確に理解していたのである。
「大丈夫だ。一人で帰れる……」
「だめだ、サガ。顔色がよくないぞ、どうしたんだ。せっかくのクリスマスなのに」
「クリスマス!? クリスマスが何だというのだ!! 私には関係ない」
「サガ?」
サガは力いっぱいアイオロスの手をはたいた。さすがのアイオロスも目を丸くしたが、すぐに気を取り直して、サガの手を掴んだ。
「どうしてそんなことを言うんだ、サガ」
「関係ないから関係ないのだ。私にクリスマスなど来ない! 私は皆のようにクリスマスだからといって祝い騒ぐことはできない……私は大罪人だ……」
サガは今にも泣きそうに上ずった声で小さく応えた。
アイオロスははっと息を飲んだ。
「し、しかしサガ……。だからといって、クリスマスを祝っちゃいけないなんてことはないと思うぞ。だってこういう席を設けてくれたのは日本にいる女神だろう? な、だからせっかくこうして皆集まってるんだし、一人辛気臭いのはどうかと思うぞ」
よく言った、さすがアイオロス!
と、全員が心の中でアイオロスに賞賛の言葉を送った。実際、最初の1時間は、あまりにもサガが辛気臭くて、騒ぎづらかったのである。
「だからといって騒ぐ気にはなれん……すまん」
サガは俯いたまま小さく頭を下げた。
サガを送るという口実でお持ち帰りする予定だったアイオロスであったが、こんなにサガがうなだれているのではそれもかないそうにない。
彼は慌てて臨時脳内会議を開始した。
「何言ってるんだよ。お前、いつも処女宮で飲み会しているときは普通じゃないか! 今日もそれと一緒だと思えばいい! なっ、だから楽しもう」
「一緒ではない……、今日はクリスマスではないか……。私はクリスマスなんて嫌いだ」
「サ、サガぁ? なぁ、何があったか知らないけど、クリスマスを嫌いなんていうなよ。罰があたるぞ!」
努めて明るくアイオロスは言ったが、やはりサガは俯いたままだった。
アイオロスが困り張ってていると、突然頭に電球がともった。
アイオロスは業とらしく手をたたき、
「皆の前で軽々しく祝えないお前の気持ちはよぉく分かった。それなら、私と二人だけで祝おう。そうしよう!!」
ニパァと顔を綻ばせると、サガの肩に手を回し抱き寄せて耳元で囁いた。
だが、その手は音を立てて払いのけられた。
「しつこいぞ、アイオロス。私はクリスマスなんて嫌いだ! 大嫌いなんだ! お前に私の気持ちなど分かるか。私にはサンタさんは来てくれない……そんなクリスマスなんて祝う気になれん」
は?
アイオロスは目が点になった。
いや、その場にいた黄金聖闘士や楽師、給仕を担当する神官ですら目が点になり、己の耳を疑った。
「サンタさんが来るお前に、もう二度とサンタさんが来てくれない私の気持ちがわかってたまるか! 血と罪で汚れてしまった私にサンタさんはもう二度と来てくれないのだ……」
やっぱり気のせいでも、空耳でもないらしい。
サガは真剣にサンタが来ないからふさぎこんでいるのだ。
神官や楽師から失笑がこぼれ、黄金聖闘士達は酒を口の中から噴出した。
ただ一人だけマジメな顔をしてサガを見つめていた人間がいた。
もちろんほかならぬアイオロスである。
さすが自他共に認めるサガ好きとあって、アイオロスはサガを笑いもしなければ、呆れもしなかった。
むしろアイオロスは時たま見せるサガのこういう間抜けなところに愛しさを感じていた。
「サガ。私にもサンタは来ないぞ」
「嘘だ! そんな慰めなど必要ない!」
「ぶはははははっ、バッカじゃねぇの!!!」
こらえ切れずカノンが笑い声をもらすと、まるで合図を待っていたかのように黄金聖闘士達もいっせいに笑い出した。
「サガちゃんは未だにサンタさんを信じているのか?」
デスマスクがテーブルを叩きながら笑い、
「真っ赤なお鼻のトナカイさん連れてますか?」
シュラが涙を浮かべながら咳き込み、
「こりゃ最高のクリスマスプレゼントだぜ! サンキュ〜サガ!!」
ミロが手を叩いて笑った。
「サンタなんていないことくらい、私だって知ってますよ」
ムウは鼻で笑うと、シャカもまた鼻で笑った。
皆は笑い転げ好き勝手にサガを馬鹿にし始め、アイオロスがジロリと睨み付けても、それはまったく効果はなかった。
「いいですか、サガ。よぉく聞いてください。……マジメな話ですみませんが、サンタは実在しませんよ」
カミュが生真面目な顔でサガに言い聞かせたあと、そのサガを見て思わずプッと吹き出し笑い転げた。大食堂は再び笑いの渦に飲み込まれた。
アイオロスはそのカミュの頭をパシッと叩き、
「お前たち、静かにしろっ!!! 笑うなっ!!!」
叫ぶように一喝してサガと正対した。
しかし、笑うなというほうがムリな話で、黄金聖闘士達はまったくアイオロスの怒りなどどこ吹く風である。
サガはオロオロと瞳を泳がせ、あばばばと震えていた。
今、「うろたえるな小僧」で飛ばしたら、きっとよぉく飛ぶだろう。
サガにはどうして皆が笑うのか、サンタがいないなどという嘘を言うのか分からないのだ。
「サガ。よぉく、聞け。サンタはいないぞ。架空の人物だ」
アイオロスは努めて優しく言った。だが、
「嘘だ! そんな優しさはいらん、アイオロス!」
「は?」
「お前は私にはサンタさんが来ないから、いないといって安心させるつもりなのだろう!」
いや、違うから。と誰もが口に出して爆笑した。
「サガ。信じてくれ、サンタはいない!」
「いないわけない! どうしてそんなことがいえるのだ。では、13年前まで私にプレゼントをくれていたのは誰なんだ!!」
「どう考えても教皇だろう!」
アイオロスはきっぱり応えた。
「う、嘘だ! 違う、教皇様じゃない! サンタさんだ!」
「サガ、落ち着け。嫌なことを思い出させるようで悪いが、13年前、お前は教皇を殺害しただろう? だからそれ以降サンタが来ないのは当然だろう。サンタは教皇だったんだ」
サガはハッとなり、瞳を大きく瞬かせた。
「……シオンさまはサンタさんなのか?」
「そう。サンタは教皇だ。これで分かっただろう、サンタはいないんだ」
だがすぐにサガの眉間に皺が寄った。
「それはおかしい! 教皇さまがサンタさんなら、クリスマスの礼拝はできないはずだ! プレゼントを配るのに忙しいはずだし……ああ、なんということだ、私はサンタさんを手にかけてしまったのか…」
サガは愕然となり地に手をついて、新たに発覚した己の罪に涙を流した。
「いや、そうじゃなくて……。教皇がサンタの役割をしていたんだってば」
「なに!? ではサンタさんはどこにいるのだ!」
「だからサンタはもともと実在しないんだよ」
「嘘だ。そんなはずない!」
「嘘じゃないって。サンタの存在を信じているのなんて、サガだけだ!」
サガは涙を流しながら仲間たちを見た。全員が笑いながら、サンタはいないと頷いた。
「嘘だ、絶対にサンタさんはいる」
「なんでそんなことがいえるんだ、サガ。お前はサンタを見たことがあるのか? ないだろう?」
「うっ…… 確かに見たことは無い…だが、聖闘士も女神も妖怪(シオン)も実在するこの世の中に、どうしてサンタさんがいないといえるのだっ!! お前たちはサンタさんがくるからそんなに楽しそうなのだろう。そんなに嘘ばっかりついていると、お前たちにもサンタさんは来なくなるぞ!!!」
そう叫んだサガは、サンタが来る幸せを喜び祝っている黄金聖闘士達から、まるで逃げるように食堂を泣きながら出て行ったのであった。