MISSION IMPOSSIBLE(File.100,000 聖戦よ再び!?その1)

 

その日、晴れ渡る聖域の空を一陣の風が吹きぬけた。その風に混じり、黄金聖闘士にしか感じられないほどの微弱な、それでいてなんとも言えない澱んだ小宇宙が聖域を突き抜け、十二宮にたどり着いた。

その小宇宙に、白羊宮の玄関先を掃除していた貴鬼は慌てて師匠の下に駆けつけ、ムウはおやつのプリンを作る手を止める。
その好戦的な小宇宙に、金牛宮のアルデバランは白羊宮へと降りる足を止め、双児宮のサガは広大な浴室から立ち上がり、ソファで寝転がっていたカノンはムクリと起上がる。
その辛気臭い小宇宙に、巨蟹宮のデスマスクは蟹座の聖衣・キャサリンを磨く手を止め、獅子宮のアイオリアは筋トレをやめて立ち上がり、処女宮のシャカは眉根をわずかに釣り上げた。
その互いに協調しあうことのない乱れた小宇宙に、宝瓶宮のカミュは天蠍宮の主と乳繰り合うのをやめ、双魚宮のアフロディーテは口紅を塗る手を止めた。

「教皇・・・・。」

決して聖闘士のものではないその小宇宙に、その日の執務当番のアイオロスは書棚に手をかけたまま、女神の地上代行者であり聖域の最高権力者のシオンに声をかける。
ソファに座ったシュラは、不安げにアイオロスとシオンとを交互に見る。

「ふふふっ・・・・・・。おろかなネズミが3匹、余の結界を超えて侵入したのぅ。」

教皇の仮面をゆっくりとはずし、シオンは不敵な笑みを浮かべると立ち上がった。

平和な日常を過していた黄金聖闘士達は、先ほどとは違う巨大な小宇宙が教皇の間から光速で降りてくるのを感じ、慌てて私室から宮へと飛び出す。
そして、巨大で挑発的な小宇宙を隠しもせず、教皇の間から降ってくる黄金の牡羊に、その場に釘付けとなった。

「聖戦じゃぁ〜〜〜〜〜!!、聖戦じゃーーーーーー!!」

「お待ちください、教皇〜〜〜〜〜〜!!!」

「聖戦じゃ!!、聖戦じゃ!!!」

その顔には笑みすら浮かべ、真っ白いマントをはためかせながらアニメ走りをして十二宮を降りてくるのは、弟子の牡羊座の聖衣を纏ったシオンである。その後ろから、射手座のアイオロスが黄金の翼を羽ばたかせて、すがるようにシオンの後を追ってくる。

「ごら、お前達。ボケっと突っ立ってないで、臨戦態勢に入れ、この馬鹿!!!!!!教皇、おまちくださーーーーーーい。貴方が先頭きってどうするんですかぁーーーーっ!」

アイオロスの声はドップラー効果のごとく十二宮に響き渡る。二人の姿に、皆慌てて聖衣を纏い、臨戦態勢を取った。

そして白羊宮でムウはシオンの姿を見て、泣き付いた。

「シオンさま、私の聖衣を返してください!!。」

「うるさい、聖戦じゃ!聖戦!!」

シオンは足にアイオロス、腰にサガを引きずりながら、ムウを吹き飛ばして白羊宮を抜けていった。

 

光速でロドリオ村をとおりすぎ、シオンの結界を破って聖域へと入った侵入者達は、あまりの聖域の無防備さを鼻で笑った。

「ふっ、平和ボケした聖闘士など取るに足りませんね。」

侵入者の一人、グリフォンのミーノスは不適な笑みを浮かべて呟いた。

「ちょっと待て、ミーノス。目的を履き違えるなよ。」

侵入者の一人、ガルーダのアイアコスは冷笑を浮かべてミーノスを諭す。

「クワァノン・・・・。」

侵入者の最後の一人、ワイバーンのラダマンティスは夢うつつに呟いた。

冥界三巨頭が侵入した聖域は、驚くほど静かであった。普段は雑兵や、地域住民で賑わうふもとの町や市場も、訓練生で賑わう闘技場や訓練場にも人っ子一人見当たらない。各所を守る衛兵すらその姿を見せない。
3人はその静けさに首をかしげながら、真っ直ぐに目的地まで突き進んだ。そしてとうとう十二宮の入り口、白羊宮への階段の下までたどり着いた時、その巨大な超好戦的な小宇宙を放つ人物を見てたじろいだ。

「待っておったぞ、冥界のネズミども!!」

真っ白いマントをはためかせ、後ろに双子座と射手座の聖闘士を控えさせ仁王立ちしているのは、忘れたくても忘れられない、あの麻呂眉(大)だ。しかもなぜか黄金聖衣を纏っている。確か、教皇はすでに黄金聖闘士を引退したはずではなかったか?

「はっはっはっはーーっ!この余自ら、お前らネズミに制裁を加えてやるべく、ここで待っておったのじゃ!くらえ、スターーーーーーーーーッ・・・・。」

聖域全体に響き渡るがごとき美○明弘のような声で笑ったシオンは、問答無用で必殺技のスターダストレボリューションを放とうとした。その姿に、一歩後ろで控えていたアイオロスとサガですら、うろたえてしまう。敵が名乗る暇も与えずに技をくりだすとは。しかもその敵は冥衣すら纏っていない。

だがしかし、構えを取った瞬間に、三巨頭がその場に地に額をこすり付け、シオンを拝むように土下座したので、流石のシオンも「およ?」とならざるを得なかった。
三巨頭が突然とったその行動に、シオンの背後でどよめきが起こる。
聖衣を纏った黄金聖闘士達全員が、白羊宮の入り口に、シオンの様子をうかがいに来ていたのである。あわば聖戦かというときに、自ら宮を離れるとはミロ並みに短絡的ではあるが、シオンが先陣を切ったのだ。皆が、自分の出番はないと悟ったのは言うまでもない。

野次馬根性丸出しの黄金聖闘士達は、シオンの後ろに控えていたサガに睨み付けられ、慌てて柱の後ろに身を隠す。
そしてしばしの静寂が十二宮を支配した。

三巨頭は土下座しながら、お互いを突っつきあい、誰が口をきくのかと牽制しあっている。
気の短いシオンが、そのじれったい姿に絶えられるはずもなく、腕を組んでいた手を解き放ち小宇宙を高めた。
アイオロスとサガは、とばっちりを食わぬようにと数歩下がる。

「うろたえるなこぞぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

ドーーーーンと三巨頭が宙を舞うさまを、黄金聖闘士達はまるで打ち上げ花火でも見るかのごとく歓声をあげて喜んだ。

「くそっ・・・、だから早くいえっと言ったんだ・・・。」

最初に地面に落下したアイアコスが、口から溢れる血を拭いながら呟き、ヨロヨロと立ち上がった。が、次に落ちてきたミーノスが頭上に落下し、うぎゃ!っと短い悲鳴を上げて地面に崩れ落ちる。その上に、さらにラダマンティスが落下し、アイアコスは声にならない悲鳴を上げた。

最初に立ち上がったのは、最後に落ちてきたラダマンティスであった。ラダマンティスはヨロヨロと立ち上がると、ボストンバックから菓子折りを取り出し、自分の目の前に置くと再び土下座した。

「あっ!あれはユー○イムのバームクーヘン!!!」

柱の影で様子を見ていたムウの瞳が輝き、のこのこと出ていこうとするその襟首をシュラにつかまれる。

「本日は、教皇様にお願いがあってまいりました。」

「ほう、洋菓子一つでこの余に頼みごとと申すか?」

ペコペコと頭を下げながらラダマンティスは声を振り絞る。が、そのバームクーヘンを見て、シオンはない眉をひそめた。
その様子に、アイアコスは慌てて自分のボストンバックから羊羹を取り出し、ラダマンティスと同じように土下座した。

「教皇さま。羊羹もございます。」

「ほう。また芋羊羹でも持ってきたのか、この愚か者。」

「いえ、今回は虎○の羊羹でございます。」

「ほう、ぬかりないのぅ。」

「それはもう。」

以前、芋羊羹を持っていってシオンの機嫌を損ねたアイアコスは、試食に試食を重ね、老人の好む一番の羊羹は虎○であるという結論にたどり着いたのだった。
その結論に間違いはないようであった。なぜならば、シオンは顔に笑みを浮かべていたからだ。

「して、頼みとはなんじゃ?掘って欲しいのか?」

ミーノスは、シオンが不適に笑いながらいった言葉に、首をぶんぶんと左右に振って答える。
そしてラダマンティスに、事の次第を説明するようにと、その尻を強かにつねった。

「はい、教皇様。私たち3人を、しばらくこの聖域においていただけないでしょうか?」

ラダマンティスの言葉にシオンはもとより、黄金聖闘士達は我が耳を疑った。さらにラダマンティスは続ける。

「私たちをしばらく聖域においてください。もう冥界は嫌なんです。あの女の元で働くのは嫌なのです!!!」

「あの女とは?」

「パンドラさまのことでございます。ハーデスさまの地上代行者をしております、パンドラさまでございます。パンドラさまは、私たちに無理難題を押し付け、いつも困らせるのです。」

「なんとも情けないことじゃのぅ。」

シオンは思わず鼻で笑う。が、ラダマンティスや他の2人の瞳を真剣そのものだった。

「有給もろくに取らせてもらえず、時間外勤務も多く、その給料ももとよりボーナスも出ないのです。」

声を震わせて言うミーノスの後に、アイアコスが続く。

「しかも、パンドラさまは、私たちに下らぬ仕事ばかり押し付けるのです。」

「ほう、たとえばどのようなことであるか?」

シオンはこれは面白いとばかりに、階段に腰を落ち着け三巨頭の話にのめり込み始めた。

「はい、一輝が今どこにいるのかだとか、一輝を埒ってこいとか、一輝の好きなものを調べてこい、一輝が嫌いなものは何だとか、一輝の足のサイズはいくつか調べろ、一輝の血液型を調べろとか、一輝の弟を埒ってこいだとか・・・・。」

アイアコスは今までのパンドラから頼まれた理不尽な仕事を一気にぶちまけた。するとラダマンティスが顔を上げ、さらにまくしたてるようにいった。

「しかもですね、教皇。パンドラさまは私たち三人に、さらにひどいことをさせようとするのです。」

「私たちがそのようなことをすれば、聖闘士と冥闘士、聖域と冥界の全面戦争になることは必至。聖戦が終わった今、再びあの人は聖戦を起こそうとしているのです。それも一輝欲しさにです。」

続けてミーノスが説明すると、シオンは更に鼻で笑う。

「馬鹿じゃのぅ〜。」

黄金聖闘士のみならず、白銀、青銅、そしてシオンまでもが健在な今、聖域に戦争を吹っかけるなど、なんと愚かなことか。思わず三巨頭は首をぶんぶんとたてに振り、シオンの言葉に同意を示した。

「して、お前達は余にそれを止めて欲しいと?」

「いえ、ただ私たちがいなければ、聖戦は起こりません。すこしパンドラさまに頭を冷やして頂きたいと・・・・。」

「ほう、ストライキということか?」

「はい。」

三巨頭を代表し、ラダマンティスはシオンの質問に答えていった。

「して、なにゆえ敵対するこの聖域に、その身を置こうというのじゃ?スパイと思われ、粛正されても文句は言えぬのだぞ。お前達とて、馬鹿ではあるまい。その危険を承知で、どうして聖域に?」

「それは・・・・、私たちの共通の知人が、カノンしかいないからです。」

ラダマンティス、ミーノス、アイアコスは顔を上げ、シオンの後ろに控えているサガに視線を集中する。その視線にサガは、冷や汗を垂らした。自分は思いっきりカノンと思われているらしかった。

「お前達の言うことはよく分かった。これでも余は、女神の地上代行者でのぅ、大いなる愛と慈悲を持っておる教皇じゃ。お前達に聖域滞在を許可する。」

三巨頭はシオンの言葉にホッと胸をなで下ろし、さらに続いた言葉に目を輝かせた。が、サガは瞳を曇らせ、アイオロスは眉間にしわを寄せ、気は確かかとシオンを見上げる。柱の影に隠れていたカノンはうめき声をもらし、カミュは不安に瞳を震わせ、ミロは露骨に嫌な顔をする。

「サガよ。こやつらの知り合いは、お前の弟だけだそうじゃ。よって、双児宮でこやつらの面倒を見てやるがよい。」

「教皇・・・・・しかし。」

「サガよ、余に同じ事を二度も言わせるでない。」

聖域に籍を置いている以上、教皇の命令は絶対である。サガは短く返事をすると、立ち上がり階段を降りていった。

「それからのぅ、お前達。この聖域で暮らすのであれば、余の命令は絶対である。間違っても下らぬ考えをおこすでないぞ。お前達が世話になる双児宮の主は、一度この余を殺したこともあるほどの実力の持ち主じゃからのぅ。お前達など簡単にひねりつぶされるであろう。」

階段をゆっくり降りながら、背中にシオンの言葉を聞いたサガは、わざわざそのようなことを言わなくても・・・と心の中で血の涙を流した。

「それからのぅ。お前達は双児宮の敷地から一歩も出ることは許さん。上へいこうとすれば巨蟹宮の主に積尸気冥界波で冥界へ戻され、下へいこうとすれば金牛宮の主に押しつぶされるであろう。ここは女神の領域じゃ、お前達の力は到底及ばん。分かったな。」

その威圧的な小宇宙に、いや、今までの仕打ちを考えれば、シオンに逆らう気など起きるはずも無く、三巨頭はその慈悲深さに頭を下げて答えた。
その姿を見る間でもなく、シオンはマントを翻し教皇の間へと戻っていった。

「クワァノォーーーーーーーン♪」

ラダマンティスはシオンが去ったのを確認すると、階段を降りるサガにすがり付いた。すかさずその頭に鉄拳が食い込む。

「私はカノンではない。サガだ。君は、ラダマンティス君だったね?」

「はい、覚えていてくださいましたか?お兄様に名前を覚えて頂けてるなんて、このラダマンティス、光栄でございます。」

異様に興奮しているラダマンティスを無視し、サガはミーノスに視線を移す。

「君は確か・・・・・・・。ふむっ、スナフキン君だったな。」

「はぁ??」

ミーノスは思わず素っ頓狂な声を上げた。そういえば以前ここに来たときは、結局ミーノスと名のれず仕舞いであったのだ。

「ん?、違ったかね?」

「いえ、あれは、生き別れの弟でございます。私はグリフォンのミーノスと申します。」

「ミーノス君か。よろしく頼むよ。それから、君ははじめて見るな・・・・・。」

そういって、今度はアイアコスに視線を移すサガ。一度はミーノスと共に聖域に来たことがあったが、ずっとシオンに監禁されていたために、その存在を知る者は少なかった。

「ガルーダのアイアコスです。よろしくお願いします、お兄様。」

「よろしく頼むよ、アイアコス君。」

一通り挨拶が終わったサガは、カノンを呼んだ。しかし、カノンは柱の影から出てくる気配を見せない。それもそのはず、冥界で散々尻を追い回されたこの3人とは、極力関わり合いを避けたいのだ。

「カノーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!」

怒鳴るようなサガの呼び声に、カノンはミロやデスマスク達に背中を押されてヨロヨロと柱の影から姿を現した。とたん、三巨頭の瞳が輝いた。

「知り合いはお前しかいないそうだ。しっかり面倒を見るんだぞ。」

「っだよ!俺は関係ないからな。兄貴がこいつらの面倒を頼まれたんだろう!!」

「カノーーーーン♪」

すかさずラダマンティスはカノンに抱き着く。

こうして、ストライキを起こした三巨頭は双児宮で生活することとなったのであった。


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