3年B組教皇先生

クッキーにマフィンにチョコレート、キャンディーにアイスクリームに生ケーキ。見たことのないフルーツの山にハムの塊やソーセージ、箱に入った肉もある。
師の師の師が持ってきたお土産の山に、羅喜は驚きのあまり声すら出なかった。手ぶらでやってきたシオンは、次から次へと念動力で土産の入った紙袋をとりだして、あっという間に足の踏み場がなくなったのだ。
「シオンさま、いくらなんでも買いすぎでは……」
呆れ果ててムウがようやく口を開くと、シオンは小さく首をかしげた。
「そうかのぅ……、まぁよい。余れば羅喜にもたせよ」
「羅喜にもくれるの?」
羅喜は数多の星よりも瞳を輝かせ見上げる。シオンが優しく微笑んで頷くと、羅喜は教わった通り深々と頭を下げて礼を述べた。
「ありがとうございます、羅喜はとってもうれしいです」
礼儀正しい小さな修復師に満足し、シオンは羅喜の頭を撫でた。
「羅喜、さきほどから貴鬼が騒いでいますよ」
ムウにそう言われ、羅喜は驚いて周囲を見回した。しかし師の姿はどこにも見当たらない。貴鬼は沙織に呼び出されて仕事で出かけており、それゆえに師の師の家に預けられているのだ。
『羅喜、返事をしろ!!』
ようやく貴鬼のテレパシーを受け取り、羅喜は顔をほころばせる。
「あ、貴鬼さまだ〜〜。きいて、貴鬼さま!シオンさまからお土産をもらいました」
『ちゃんとお礼は言ったか』
「はい」
『くれぐれもご無礼のないようにな。そうだ、ハービンジャーが間違えてムウ様の館に向かったようだが、来ていないか?』
「え、ハビちゃん?きていないよ」
『そうか。では、ちょっとその辺を探してやってくれ。迷子になっているかもしれん』
「はーい、わかりました」
羅喜は言われた通り窓から外を眺めてハービンジャーを探す。しかし窓から見える景色は岩と雪と遠くの山だけで、人影どころか野生動物一匹、草一本ありはしない。ここは貴鬼と羅喜が暮らす自然豊かな山ではなく、生物が生息できない6000mを超えた山奥なのだ。
「羅喜、おやつにしますよ」
「はーい、ムウさま」
シオンが持ってきたデコレーションケーキは真っ赤なイチゴが沢山のっており、どこからどう見ても美味しそうで、羅喜はすぐにケーキの虜になる。
ケーキを食べ終えたころ、ようやくハービンジャーの事を思い出し、羅喜は小さく「あっ」と声をあげた。
「どうしたのです、羅喜?」
ムウに問われて、羅喜は困ったように上目づかいで師の師を見た。
「あのね、ハビちゃんがムウ様の館に間違えていっちゃったのだ。貴鬼様が探して来いって言ってたのだ」
平成の世に不適当だということで、ここへ来る者は身内以外いるはずもなく、一体どういうことかとムウは首をかしげる。しかし、来客はシオンしかいないので、たどり着く前に死んだか、諦めて帰ったのであろう。
「ふむ、聖衣の墓場ではしゃいでいる男がおったのぅ。あれがそうなら死んでおるかもしれん。高山病にやられておった」
シオン程の強大な小宇宙をもってしても、6000mを越える高地に瞬間移動すると高山病にかかるので、弟子に会うため適度に体をならしながら歩いてきたのだが、男はその道を急ぎ過ぎたのであろう。墓場に現れる聖闘士の幽霊の正体は、主に高山病による幻覚だ。
羅喜は突然の訃報に何度も目を瞬かせ、自分がすぐにハービンジャーを捜しに行かなかったから死んでしまったのだと勘違いし、大声をあげて泣きはじめた。
「ぅわーーーーん!!羅喜のせいでハビちゃん死んじゃったーーーー!ぅわーーーん!!」
「泣くな。ハビとやらに根性がないのはお前のせいではない。誰かが悪くなければならなないのならば、それは間違えてここを教えた者だ」
相変わらず人の血が通っていない弟子にシオンは小さくため息をつく。
「羅喜よ、泣くでない。泣く前にやることがあろう。助けにいかぬか。まだ生きているかもしれぬ」
シオンの言葉に羅喜はピタリと泣くのをやめる。
「……本当?」
シオンが頷くと羅喜は涙と鼻水を袖で拭い、瞬間移動で姿を消した。
羅喜が聖衣の墓場を目指して走ってゆく姿を窓から見ていたシオンとムウは、小さな姿がバタリと倒れるのを見て同時に息をついた。
建物内は羅喜のために酸素が満たされており、突然酸素濃度の薄い外で走ったために酸欠で倒れたのである。
「……全く、情けない」
ムウはボソボソとそう言うと、テーブルの上の皿を片づけ始める。
孫弟子すら助ける気が微塵もないムウに息をつき、シオンは羅喜の体を念動力で呼び寄せた。
「ぅーん、ハビちゃぁぁん、羅喜がたすけるからねぇ」
倒れて意識を失いかけながらも友を助けようとする羅喜の優しさにシオンは感心し、小さな小さな羅喜がこれ以上泣くのが可哀想で、シオンは聖衣の墓場で幻覚にとりつかれていた男を助けてやることにした。

聖衣も持たずにジャミールにやってきて、しかも自力でたどり着けなかった男が新しい教皇のハービンジャーだと羅喜から教えられ、ムウもシオンもあいた口が塞がらなかった。しかも教皇が家出など前代未聞の醜聞である。
シオンが女神に持たされたどこでも繋がる携帯電話の向こうでは、主犯の星矢が悪びれた様子もなく謝罪している。
『というわけで、教皇の心得を叩きこんで、さっさと追い返してやってください、お願いします』
一方的に切れた電話に呆れ果て、シオンは携帯電話を折りたたむ。
「シオンさまぁぁぁ、ハビちゃん大丈夫かなぁ?死んじゃわない?」
ムウに聞いてもろくな答えが返ってこないのはわかっているので、羅喜はシオンの服の裾をひっぱり尋ねる。シオンによって聖衣の墓場から引き上げられたハービンジャーは既に虫の息であった。聖衣の墓場に放置してある大量の人骨に大喜びし、はしゃぎすぎたために高山病が悪化したのだ。
「そなたが一所懸命看病すれば、そのうち目を覚ますであろう」
シオンはそう答え、羅喜に部屋の空気を地上の空気と念動力で入れ替えるよう指示を出す。
羅喜は意識を集中させ念動力を高めてみたが、空気は透明ゆえに上手く入れ替わっているか確認することが出来ず何度も首をかしげた。

 

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