愛の形

 

シオンの休暇が思いのほか長引いて、教皇代理を勤めるアイオロスはいい加減教皇職にあきてきていた。

アイオロスが黄金聖闘士に復帰できるのは、シオンが休暇から戻ってからである。しかし、そのシオンの休暇はいつまでなのかは、シオン本人の気分によるところらしい。

アイオロスが教皇代理を務め始めてから、そろそろ1ヶ月になろうとしていた。

ためこんでいた仕事も突然シオンが帰ってくるかもしれないので毎日処理しているため、アイオロスはいい加減席に座るのもウンザリになっていた。

しかも今日は午前中に仕事が片付いてしまい、暇で仕方なかった。

しかし、そういう時はせっかくのサガの補佐である、サガを見つめサガと会話するに限る。

アイオロスはソファに座って本を読むサガをしばらく見つめた。

「サガ、そういえば、俺のことをどう思ってるんだ?」

「ん? どうした突然」

突然アイオロスが隣に座ってきて、本に視線を落としていたサガは目を丸くして首をかしげた。

「ちょっと聞きたくなっただけ」

「そうだな……アイオロスは強し、行動力もあるし、皆からの人望も厚いと思うよ」

「射手座アイオロスということじゃなくて、一人の人間アイオロスとして、サガ個人はどう思ってんの?」

「私個人として……?」

「そう、サガ個人として。サガの気持ちが知りたい」

満面の笑みを向けるアイオロスの視線をサガはまっすぐに見つめた。しばらくそうしていたサガは、突然視線を下にそらし本を閉じた。

「私はお前から全てを奪ってしまったから、言葉に出来ないくらい本当にすまないという気持ちでいっぱいだ……。申し訳ないという言葉以上に、その気持ちをあらわす言葉を私は知らない。だから、こうやって頭を下げて同じ言葉を繰り返すことしか出来ない……すまん」

サガはゆっくりとアイオロスを見つめなおすと潤んだ瞳をふせ、頭を下げた。

アイオロスは慌ててその肩を掴み

「あわわわっ、違うよサガ。それはもう終わったことだろう。そうじゃなくて、俺が言いたいのは、サガが俺のこと愛してるかどうかってこと」

そういって慌ててサガの顔を上に向かせた。

サガは、はっ?と目を点にさせた。

「あのさ。俺はサガを愛してるだろう? いつもそう言ってるだろう?」

「バカッ! 仕事中に何を考えているんだッ! 下らないことを言っていないで、さっさと仕事をしろアイオロスッ!!!」

サガはやや頬を赤らめながら眉間に皺を寄せ、持っていた本でアイオロスの頬を叩いた。

「ちょっと待って、俺は真剣なんだって。お前、何も言ってくれないじゃないか」

「なんだと?」

「だって、俺は毎日毎時間毎晩、いつでも愛してるって言ってるのに、お前何も言ってくれないだろう?」

「なんでそんなことを言う必要がある?」

「だってたまに心配になるんだ。俺のことを本当に愛してくれてるのかなぁって……なぁ?、身体を重ねている時も、お前はそういうこと言ってくれないし、行動でも表してくれないしさ。本当はどうなんだ?」

「ど、どうって……」

突然アイオロスが真剣な眼差しでサガの顔を覗き込んだ。

サガはますます頬をポォッと赤らめて、視線を逸らす。

「言ってくれよ」

「今は仕事中だアイオロス」

「でも仕事は片付いた」

「だったら仕事を見つけろ」

「見つけても見つからなかった。だから今は休憩時間だ、何をやっても文句は言われないだろう? お前だって本を読んでいたんだしさ」

頬を叩いた本を奪い取って、アイオロスはニヤニヤと笑った。

「そんなこと、言わなくても分かっているだろう?」

「やっぱり俺のこと嫌いなのか?」

「なんでそうなる!」

「だって、お前、俺に『愛してる』とも『好き』とも言ってくれないじゃないか。やっぱり罪の意識に駆られて俺に抱かれているわけ?」

サガはアイオロスの言葉に目が点になり、絶句した。

「世間ではそういう噂があるらしい。ジェミニさまは、罪滅ぼしのためにサジタリアスさまに抱かれているって」

「そ、そんなバカなことを……」

「だったらサガの本当の気持ち言ってごらんよ」

「そ、それは……」

「それは?」

サガは顔を真っ赤にして俯くと、モゴモゴと口篭った。

「やっぱり俺のこと嫌い?」

「そんなわけないだろう!!」

キッとサガは顔を上げてアイオロスを睨んだが、

「じゃぁ、どう思ってる?」

「だから……それは……」

そう聞かれて再び俯いてしまった。

アイオロスはサガが口を開くのを根気よく待つことにした。サガの口からなんとしても、「愛している」という本当の気持ちを聞きたいのだ。

「俺は、サガのことを世界で一番愛してる。お前の本当の気持ちを聞かせてくれ」

「しつこいぞ、アイオロス。私の気持ちくらい、分かっているくせに!」

「そうやってお前はいつも逃げるじゃないか。言葉であらわしてくれないと、俺だって疑いたくなる。お前は俺のことを愛してるのか?。俺にとってサガはかけがえのない存在だし、誰にも渡したくない人間だ。一生お前だけを愛してる。もしサガが俺のことを本当は愛してないとしても、俺はお前だけを愛し続けるよ。だからお前の本当の気持ち、教えてくれ」

真剣にそう言うアイオロスをサガはじっと見つめた。そしてサガはやや俯くと、小さくアイオロスに手招きをした。

大きな声ではいえないのだな、可愛い奴め、とアイオロスはクスリと笑うと顔を近づけた。

そうしてサガはゆっくりと顔を上げた。そして、そのままアイオロスに顔を近づけていく。

その行為にアイオロスは大きく目を見開いた。

サガが突然アイオロスの唇にキスをしたのだ。

それは決して濃厚なキスではなかったが、軽く触れるというようなキスでもなかった。

サガは唇をアイオロスのそれに押し付けるようにし、手はアイオロスの身体をギュッと抱きしめた。

そして

「私の気持ち……分かってくれたか?」

離れたサガの顔はこれまで以上に真っ赤であった。

アイオロスがポォッとのぼせたように顔を紅潮させ、コクンと頷いた。

言葉ではサガの気持ちを確認することは出来なかったが、サガからアクションを起こしてくれた事に本来の目的はどうでも良くなってしまったのである。

アイオロスを愛している、という素直な気持ちを口にするのは、サガにとってはそれほど恥ずかしく勇気のいることなのであった。


end