★日刊わたしのおねえちゃん

それから一時間して、執務室で超ふくれていたムウの元に、プレゼントの「姉」が運ばれてきた。
シオンとアイオロスも、サガの姉には自信があった。
サガは男にしては美しい顔立ちだし、髪の毛も女性のように長い。
アイオロスで大失敗したシオンは、聖域の女官を総動員してサガの女装の任に当たらせたのだ。
そしてムウの元に現れたサガに、一同は唖然となった。
元が美形なだけに、シオンの選択は間違っていなかった。
丁寧に梳かされた青銀の癖毛は綺麗に巻かれて首元で一つに結ばれ、きつめの眉毛はカットされ細く描かれ、睫はマスカラでさらに長くなり、唇は薄いピンク色に輝いている。
身体は白いブラウスの下にふくよかな大きな胸を膨らませ、膝下まであるプリーツスカートをはいている。
しかもサガはサガで、「私は女優」とばかりに自分に言い聞かせ、女性のような笑みを浮かべてムウに微笑んでいた。
「お姉さんよ、ムウ」
と、白サガボイスをさらに裏声にして、サガは両手を広げた。
「ムウや。よかったのぉ、新しいお姉さんじゃぞ。たっぷり遊んでもらうがよい」
シオンが小さな背中を優しく押す。しかしその身体はぴくりとも動かなかった。
「どうしたのじゃ、ムウ。立派なお姉さんではなりか、ちょっとサガっぽいが、我慢せい」
「こんなのねえちゃんじゃありません、気持ち悪いっ!」
「き、きもちわるい!?」
サガは思わず絶句した。
サガですら、鏡に映った自分の姿に大満足だったのだ。その姿はどっからどう見ても、女性にしか見えなかった。
しかしまだ幼いムウには、サガの姿はケバ過ぎたのである。
細い眉と、アイシャドウとマスカラを塗られた瞳は、サガの瞳をさらに大きく見せてしまい、かえって人間味を薄れさせ、頬に入れたチークも赤すぎて、唇はグロテスクに光りすぎている。
聖闘士としての肩幅は女性にしては広すぎ、しかもその不自然に大きい胸が、ますますサガの上半身を大きく見せている。スカートから出た足も、ストッキングを履いていても筋張っているのが分るのだ。
サガの顔は子供のムウには粉っぽ過ぎ、身体は大きすぎたのである。
ムウが求めるおねえちゃんは、「綺麗な大人のお姉さん」ではなく「ねえちゃん」であり、2〜3歳年上の一緒に遊んでくれるねえちゃんなのだ。
「気持ち悪くなんてないだろ……でしょう、ムウ。私はお姉さんだ――お姉さんよ」
サガはそれでもめげずに笑顔を保ってムウを手招く。その指の先は、綺麗にマニキュアが塗られている。
「気持ち悪いです」
ぷるぷると顔を振ってムウはシオンの後ろに隠れた。シオンは膝をおって振り向くと、ムウの肩に手を置いた。
「ムウや、これが限界じゃ。サガで我慢せい」
「いやです。シオンさま、あんな気持ち悪いのは、ねえちゃんじゃありません。あれなら、まだアイオロスのほうがましです」
「何をゆうておる、アイオロスよりも女らしいではないか」
シオンの肩越しにチラリとサガを見たムウは、再び顔を歪めて首を横に振った。
「アイオロス、お前からもなんとか説得せい」
隣にいるアイオロスを見上げシオンは「およ?」 と首を捻った。
アイオロスが顔を真っ赤にしてプルプルしているのである。
なるほど、笑いを堪えているのかとシオンが思った瞬間、250年以上生きているシオンの視覚ですら捕らえないほどの速さでアイオロスが走り出した。
次の瞬間、
「ぎゃーーーーーっ!」
シオンの背後で悲鳴が上がる。
「ぼぼぼぼぼ、ぼくのお嫁さんになってくださいーーーっ!」
サガを押し倒し、馬乗りになったアイオロスはギュッとその身体に抱きついた。
さすがのシオンもムウも唖然となった。
「や、やめろ、アイオロスっ!」
「サガお姉さん、ボクのお嫁さんになってください」
ジタバタと手足をばたつかせるサガを押さえつけたアイオロスは、
パンパンッ!!!
と、自分がそうされたようにサガの股間を手で叩いた。そしてその手に残った感触に驚愕に瞳を見開いて、スカートをめくる。
「パ、パンチー!?」
目の前に広がる白いレースのなだらかな三角地帯に、アイオロスは目を粒にさせた。
サガの股間は、前張りによってしっかり後ろに張られているのである。
「サガ、このお股どうしたんだ!!」
「どけ、ばか!!」
サガは顔を青くさせたり、赤くさせたりした。
しかしアイオロスは当然サガを放してはくれなかった。それどころか、ツルツルになっている足を見て、さらに鼻息を荒くした。
「うん!! って言ってくれるまでいやだ。ボクのお嫁さんになってくれ、サガぁぁぁぁぁ」
男性に襲われる女性の疑似体験に、サガはアイオロスが真剣に恐ろしいと感じ、涙をちょちょぎらせた。
「いい加減にせい、アイオロス」
見かねたシオンがアイオロスの首根っこを持ち上げると、しがみ付かれていたサガも一緒に持ち上がる。
シオンは呆れてアイオロスの頭を何度もひっぱたいた。
そして何度目かの殴打の後、ようやくサガの身体が床に落ちる。涙でマスカラとアイラインが落ちた顔をぐしゃぐしゃにし、サガは走ってシオンの後ろに隠れるムウの後ろに身を隠した。
「待って、僕のお嫁さんっ!」
しかしアイオロスはシオンの腕にぶら下げられたまま必死で手を伸ばしたのだった。
 
 
蟹座の聖闘士として日々修行の退屈な毎日を過ごしていたデスマスクは、突然教皇に呼び出され興奮した。ようやく黄金聖闘士として教皇勅命の任務ができると勘違いしたのである。
両手で髪の毛を撫でつけ、一度大きく深呼吸をすると背筋を伸ばして、執務室の扉を叩いた。
しかし、出迎えたのは教皇シオンではなく、オカマ二人だった。
そして事情を聞いたデスマスクもまた、わが耳を疑った。
頭にいくつものたんこぶを作ったアイオロスは、当然の反応に苦笑する。
「教皇がちゃんとねえちゃんになれば、待遇アップだと」
「まじで!? じゃぁ、なんでアイオロスがやんないの?」
「私は、男らしすぎて適任ではないと言われてな」
デスマスクはアイオロスを仰ぎ見た。なるほど、確かにアイオロスの女装はどうみても宴会芸のキモイ女装にしか見えない。
「サガは美人さん過ぎて、かえって駄目だったんだ」
その言葉に、サガを見上げたデスマスクは首をひねった。目はパンダ目で、口は口紅がぐちゃぐちゃになっているサガの顔は、美人とは程遠い。
「そのオッパイどうなってんの?」
「女性用の大き目の下着に、中身はストッキングをつめられた」
と、引きつった笑みを浮かべるサガに、デスマスクは関心のまなざしを向けると、すかさずアイオロスがデスマスクの頭を引っぱたいた。
「これは私のだ、つつくな、ばか!」」
「違うっ!!」
サガは即答し、自分の身体を両腕で抱きしめ胸を隠して恐怖に身体を震わせる。
「じゃぁ、足は? サガって、青い脛毛生えてたろ?」
「それも剃られてしまった……」
「それも私のだ、見るな馬鹿!!」
すかさずアイオロスの叱責と拳がデスマスクに飛んでくる。それをひらりとかわし、デスマスクは痛ましげにサガを見つめた。
「なんかてぇへんだな……」
「うん……」
「オレもこんな風にされるの?」
「いいや、ここまではされないと思う。私はやりすぎたみたいだ」
サガはなるべくアイオロスの視線を避けながら、デスマスクに言った。
実際、サガのやりすぎた女装は本人が率先的にそうしたのではなく、女官が調子に乗ってサガで遊んでしまったというのが正しいのだ。
「女装してあのちっせぇ麻呂の面倒見ればいいんだろう?」
「ああ、頑張ってくれ」
「あんたも頑張れよ!!」
5歳も年下の聖闘士になりたてのヒヨッコに慰められ、心底情けなくなったサガであった。


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