★にいちゃんといっしょ(にいちゃんと身勝手の極意)
とある週末の夜。
いつもの様に酒やつまみを持って、黄金聖闘士達は処女宮で飲み会を始めた。
デスマスク「今日は目新しい酒はねぇが、女神さまよりオセイボのカルピス賜ったぜ」
ミロ「お聖母のカルピス? なにそれ尊いやつ?」
カノン「薄めて飲むジュースらしい」
ミロ「……え? この白濁してドロッとしてるの、やばくね?」
シュラ「女神からの頂き物に、そういう言い方をするな」
アイオロス「水で薄めて飲むんだよな?」
カノン「ああ、ペガサスにそう聞いたぜ」
アイオロス「グラスにカルピスを注いで……、水で薄めて……かき回す、と。どれ……」
ムウ「どうです、アイオロス?」
アイオロス「うん、美味い!!」
ムウ「では、私もカルピスをいただきます!」
アイオロス「カルピスを多めにすると、甘さが増してもっと美味いかもしれん」
ムウ「ならば一層の事、水で薄めずに、このまま飲んでみては……」
デスマスク「どうだ、ムウ?」
ムウ「あまっ……」
アルデバラン「どうやら、きちんと薄めた方が言いみたいだな」
ムウ「これはこれで悪くないですが」
デスマスク「酒で割っても美味いらしいぜ」
ミロ「俺、ウゾで割る……うまーーーい!」
カノン「俺も!」
サガ「私も同じものを貰おう」
カミュ「ウォッカで割ってみるか」
デスマスク「お前達、乾杯する前に飲むなよなぁ。オセイボのカルピスは、オレンジとかグレープの味もあるからよ。 ってことで、かんぱーい」
皆は乾杯の音頭と共に、一気にグラスを空ける。そこからは、もう自由である。手酌で飲むもよし、酌をして回るもよし、ラッパで飲むもよし。
ミロ「あのさ、アイオロス」
アイオロス「ん、なんだ?」
ミロ「アスガルドで、サガに『その目を見れば分かる死してなお茨の道を歩んできたのであろう』って、言ったじゃん?」
アイオロス「ん? ああ、言ったぞ」
ミロ「んじゃ、今も分かるのか?」
アイオロス「あったりまえだろう」
ミロ「またまた適当なことを」
アイオロス「なんだ、疑っているのか」
ミロ「だってさぁ、信じられないんだよね」
アイオロス「なぁ、サガ。ちょっと、私のほうを向いてくれ」
サガ「え? ちょ、アイオロス……!? そんなに、見つめるな……っ」
アイオロス「うむ、この目を見れば分かる。サガは私の事が愛しくてたまらない」
サガ「!?」
アフロディーテ「ああ、また始まったよ」
デスマスク「うぜぇ」
カノン「きしょ。酒が不味くなるから、やめろ」
サガ「ちょっと待てくれ。適当な事を言うな、アイオロス」
アイオロス「え!? 私の事を愛していないのか?」
サガ「いや、そういうわけではないが……」
アイオロス「それじゃ、愛してるんだよな。大丈夫、目を見れば分かるから、なっ!」
サガ「だから、そうではなくて……」
アイオロス「えぇ!? やっぱり俺の事好きじゃないのか!?」
サガ「いや……す……き、……だけど」
アイオロス「ほらなぁぁぁ。これで、私の言葉に嘘偽りないってことが、分かっただろう」
シュラ「はいはい。もう、そんなこと分かってますから」
アイオロス「だって、ミロが疑うからさぁ!」
シュラ「まぁ、ちょっとした冗談ですよ。アイオロスも真に受けて、サガの気持ちを代弁しなくていいですから」
デスマスク「今、アイオロスの口を閉じとかねぇと、エンドレス惚気ナイトになっちまうからなぁ」
アフロディーテ「地獄のエクストリーム惚気だけは……それだけは、本当に勘弁」
シュラ「ほらほら、アイオロス。おしゃべりしてる場合じゃないですよ。サガの目を見る前に、サガのグラスが空っぽです」
アイオロス「えっ!? あっ、すまん、気が付かなかった。次、何飲む?」
サガ「そ、そんな気を使わなくても……」
アルデバラン「アイオロスは、サガの目を見る前に、もっとほかの事を見た方がいいな」
アイオロス「はははっ、言ってくれるなぁ」
デスマスク「旦那、ナイスアシスト!」
アフロディーテ「ったく、ミロも余計な事を言って、面倒事を起こすのは困るよ」
ミロ「でもさ、だったらどうして十三年前の事件の時に、サガの異変に気が付かなかったんだよ」
サガ「!?」
アイオロス「な、なんだと!?」
シュラ「ちょ、お前。何を言いだすんだ」
ミロ「だって、そうだろう。サガの目を見れば、なんでも分かるっていうのなら、十三年前にも分かってたはずだろう」
アフロディーテ「ミロ、すこし飲み過ぎなんじゃないか?」
ミロ「飲み過ぎてなんてねーよ」
ミロは一気にグラスをあけ、右手にカルピス、左手にウゾの瓶を持ってグラスに傾ける。
アフロディーテ「完全に飲み過ぎだね。美しく酒を飲めないなら、退場してもらうよ」
デスマスク「そうだな。アイオロスに絡むような馬鹿は、さっさとけぇれ(帰れ)よ!」
カノン「そうだ。帰れ!」
カミュ「しかし……」
シュラ「どうした、カミュ」
カミュ「確かに、ミロの言うとおりだ。私も疑問に思う」
アイオロス「なに!?」
サガ「!?!?」
ミロ「だろう? さすがカミュ!!」
シュラ「お前、アイオロスに、ロキの乱の事をこっぴどく叱られた事を、まさか根に持ってるわけじゃ……」
カミュ「別に」
ムウ「しかし、アイオロスがサガの異変に気が付いていれば、シオン様だって殺されずにすんだわけですし、私だってジャミールに十三年間も引き籠らなくてよかったはずですよね」
アイオロス&サガ「!!!!!!!!」
デスマスク「ム、ムウまで何を言いだしやがる」
ムウ「アイオリアだって、そうでしょう? アイオロスがきちんとサガのことを見ていて、異変に気が付き、それを阻止していさえすれば、逆賊の弟として苦渋を味わうことはなかったはずです」
アイオリア「まぁ、そうだけど。でも、それを言ったら、兄さんだって死なずにすんだわけだし……」
サガ「あばばばば」
シャカ「なるほど。アイオロスが若くして命を失たのは、まさに自業自得ということかね」
サガ「お前達、いい加減にしないか。あの事は全て私が悪いのだ!」
ムウ「そんなことは分かってますよっ! 今は貴方がしゃしゃり出てくる場面ではありません」
サガ「あっ、はい……」
ミロ「そうだよ。今は、アイオロスの話をしてるんだっての」
デスマスク「お前ら、アイオロスが本気で怒る前にやめろよ」
シュラ「ていうか、そろそろ解散にしようか」
アフロディーテ「そうだね。アイオロスのことは頼んだよ、サガ」
サガ「えっ? 私が?」
デスマスク「全部てめぇのせいなんだから、体でもなんでも使ってアイオロスを宥めておけ!」
サガ「……わ、分かった」
デスマスク「俺らは、この泥酔小僧を、たっぷりボッコボコにしておくわ」
シュラ「ミロのやつ、飲み過ぎたみたいなんで灸をすえときます。だから、アイオロスもサガと人馬宮に帰って休んでください」
アイオロス「いや。待て、お前達」
サガ「!?」
デスマスク「やべぇ、アイオロスの顔が怖い。逆鱗に触れたんじゃね?」
シュラ「俺、知らないからな」
アフロディーテ「アイオロスが暴れたら、手に負えないよ。どうするつもりだ」
シャカ「暴れるならば、外へでてやりたまえ」
サガ「ア、ア、ア、アイオロス。落ち着くんだ、ミロは真っ直ぐな性格だから、疑問に思った事をただ口にしただけだ。あの事は全て私が悪いし、皆もそう認めてるのだから、今夜はもう帰ろう」
シュラ「カミュ、謝れ」
カミュ「は?」
デスマスク「そうともよ。麻呂、お前も謝れ」
ムウ「私たちは、悪くありません。被害者ですよ」
カミュ「臭いものに蓋をするのはよくない」
アイオロス「そうだな」
シュラ「ほら、アイオロスも謝れば許してくれるって、だから謝れ」
ミロ・カミュ・ムウ「はぁ?」
サガ「あばばばば」
アイオロス「すまん、謝る」
サガ「!?!?!?!?!」
シュラ「へ?」
アイオロス「確かに、ミロ達の言うとおりだ」
アイオロス「私が、もっとしっかりしていれば、あんなことにはならなかったんだ。だから、本当にすまない」
シュラ「ア、アイオロスが頭を下げた、だと!?」
アイオリア「いや、兄さんのせいじゃないよ。だから、頭をあげてよ」
サガ「そうだ、アイオロスが悪いのではない。あれは全て私一人の罪だ」
ムウ「ですから、それはもういいですから」
サガ「あっ……はい。すみません」
アイオロス「サガを責めるのはやめろ。全ては私の責任なんだ、本当にすまなかった」
サガ「お前は、むしろ女神を救ったのだぞ、謝ることない!」
アイオロス「いいや、違う。私は、あの時、サガの異変に気が付いていたんだ」
サガ「なんだと?」
アイオロス「もちろん、邪悪な存在まで気づいていたわけではない。だが、サガが何かを抱え苦しみ、深く悩んでいる事は分かっていたんだ。ただ、私は……、それを……見て見ないふりをしてしまった」
アイオリア「え?」
アイオロス「なんとかその悩みを解決してやりたいと、何度もサガに声はかけたんだ。だが、サガは頑なに胸の内を打ち明けてくれなかったし、それで私がしつこくすると、私の事を遠ざけることもあった」
カミュ「それは本当ですか、サガ」
サガ「ああ……だから、全部私のせいなのだと」
カノン「だからそれはもう分かってんだってーの」
サガ「お前に言われると、なぜか腹立たしい」
カノン「ちっ」
アイオロス「私は、サガとの甘い時間を求め、そしてそれが壊れるのが怖くて、一歩前に踏み出せなかったんだ。私が、サガに疎んじられることを恐れずにもっと踏み込んでいれば、こんなことにはならなかったのだろうと思うと……うっ」
サガ「ア、アイオロス!?」
カノン「げっ、こいつ泣きやがったぞ」
デスマスク「まさか、アイオロスまで酔ってるのか!?」
シュラ「いや、ずっとカルピスだったはずだが……」
シュラはアイオロスの目の前にあるグラスを取り、口をつける。
デスマスク「まさか、ウゾで割ったカルピスじゃねぇだろうな」
シュラ「誰だ、アイオロスのカルピスにウゾを混ぜた奴は……」
サガ「かなりの量を飲んでいるようだったが、いつからウゾが入っていたのだ」
すっかり酔っぱらったアイオロスは、ついにはボロボロ涙を流しながら何度も頭を下げた。
アイオロス「本当に、すまなかった」
サガ「いや、アイオロスは悪くない。私のほうこそ、お前にもっと救いを求めていれば、闇に飲み込まれずにすんだんだ」
アイオロス「サガ……」
サガ「ただ、私も怖かったのだ……。私の中にある闇を知られたら、アイオロスが私から去って行ってしまうのではないかと、そう思うと恐ろしくて恐ろしくて、お前に相談することができなかった」
カノン「げっ、兄貴まで泣きやがった」
デスマスク「どーすんだよ、これ」
アイオロス「サガ。私が、そんなことで、お前の事を嫌いになるわけないだろう」
サガ「ああ、今なら分かるよ。だけど、あの頃の私はとても愚かで傲慢だったから、それが分からなかった。アイオロスの気持ちに、自信がもてなかったんだ。だから、全ては私のせいだ、すまない」
アイオロス「いや、お前が謝る必要はない。臆病だった私が悪いんだ」
サガ「いや、私が……お前を信じていれば」
アイオロス「俺だってもっと勇気があれば」
サガ「アイオロスゥゥ」
アイオロス「サガァァァァ」
デスマスク「おい、ちょっと待て。この空気どうしてくれんだ」
シュラ「責任とれよ、ミロ」
アフロディーテ「って、こいつ寝てるんだけど!?」
ミロ「Zzzzzzzz」
カノン「マジかよ。言いだしっぺの癖に、ふざけるな」
シャカ「これは、まさか……身勝手の極意」
ムウ「なんです、それは」
シャカ「身体が、状況に応じ無意識に的確な行動をとる能力だ。それを極めし者は、全ての危機を回避することができるという究極の極意」
カノン「身勝手すぎるだろうが!!!!」
アイオロス「サガ。これからはどんなことも恐れず、お前ときちんと向き合って生きていく」
サガ「私こそ、アイオロスを欺くような事は二度としないから、だからずっと傍にいてくれ」
アイオロス「分かってるよ、サガ」
サガ「アイオロス」
ムウ「どうやらこちらも身勝手はじまってますね。ったく、何が『すまない』ですか、結局最終的にはサガって、まったく……」
デスマスク「お前ら、さっさと人馬宮にけぇれ(帰れ)」
サガ「行くか」
アイオロス「うん」
デスマスク「やれやれ、やってらんねぇよ。解散解散」
シュラ「ミロはどうする?」
デスマスク「このまま、ここに寝転がせておけ。風邪ひこうが、どうなろうが知ったこっちゃねぇよ」
カノン「身勝手の極意で風邪菌も避けるだろう」
シャカ「ミロの世話は任せたまえ。これには自信がある」
アルデバラン「男同士、密室、一晩。何も起きないはずもなく。だな」
シャカ「想像に任せよう」
こうして、黄金聖闘士の終末は解散となった。