にいちゃんといっしょ(にいちゃんと身勝手の極意)

 

とある週末の夜。

いつもの様に酒やつまみを持って、黄金聖闘士達は処女宮で飲み会を始めた。

デスマスク「今日は目新しい酒はねぇが、女神さまよりオセイボのカルピス賜ったぜ」

ミロ「お聖母のカルピス? なにそれ尊いやつ?」

カノン「薄めて飲むジュースらしい」

ミロ「……え? この白濁してドロッとしてるの、やばくね?」

シュラ「女神からの頂き物に、そういう言い方をするな」

アイオロス「水で薄めて飲むんだよな?」

カノン「ああ、ペガサスにそう聞いたぜ」

アイオロス「グラスにカルピスを注いで……、水で薄めて……かき回す、と。どれ……」

ムウ「どうです、アイオロス?」

アイオロス「うん、美味い!!」

ムウ「では、私もカルピスをいただきます!」

アイオロス「カルピスを多めにすると、甘さが増してもっと美味いかもしれん」

ムウ「ならば一層の事、水で薄めずに、このまま飲んでみては……」

デスマスク「どうだ、ムウ?」

ムウ「あまっ……」

アルデバラン「どうやら、きちんと薄めた方が言いみたいだな」

ムウ「これはこれで悪くないですが」

デスマスク「酒で割っても美味いらしいぜ」

ミロ「俺、ウゾで割る……うまーーーい!」

カノン「俺も!」

サガ「私も同じものを貰おう」

カミュ「ウォッカで割ってみるか」

デスマスク「お前達、乾杯する前に飲むなよなぁ。オセイボのカルピスは、オレンジとかグレープの味もあるからよ。 ってことで、かんぱーい」

皆は乾杯の音頭と共に、一気にグラスを空ける。そこからは、もう自由である。手酌で飲むもよし、酌をして回るもよし、ラッパで飲むもよし。

 

ミロ「あのさ、アイオロス」

アイオロス「ん、なんだ?」

ミロ「アスガルドで、サガに『その目を見れば分かる死してなお茨の道を歩んできたのであろう』って、言ったじゃん?」

アイオロス「ん? ああ、言ったぞ」

ミロ「んじゃ、今も分かるのか?」

アイオロス「あったりまえだろう」

ミロ「またまた適当なことを」

アイオロス「なんだ、疑っているのか」

ミロ「だってさぁ、信じられないんだよね」

アイオロス「なぁ、サガ。ちょっと、私のほうを向いてくれ」

サガ「え? ちょ、アイオロス……!? そんなに、見つめるな……っ」

アイオロス「うむ、この目を見れば分かる。サガは私の事が愛しくてたまらない」

サガ「!?」

アフロディーテ「ああ、また始まったよ」

デスマスク「うぜぇ」

カノン「きしょ。酒が不味くなるから、やめろ」

サガ「ちょっと待てくれ。適当な事を言うな、アイオロス」

アイオロス「え!? 私の事を愛していないのか?」

サガ「いや、そういうわけではないが……」

アイオロス「それじゃ、愛してるんだよな。大丈夫、目を見れば分かるから、なっ!」

サガ「だから、そうではなくて……」

アイオロス「えぇ!?  やっぱり俺の事好きじゃないのか!?」

サガ「いや……す……き、……だけど」

アイオロス「ほらなぁぁぁ。これで、私の言葉に嘘偽りないってことが、分かっただろう」

シュラ「はいはい。もう、そんなこと分かってますから」

アイオロス「だって、ミロが疑うからさぁ!」

シュラ「まぁ、ちょっとした冗談ですよ。アイオロスも真に受けて、サガの気持ちを代弁しなくていいですから」

デスマスク「今、アイオロスの口を閉じとかねぇと、エンドレス惚気ナイトになっちまうからなぁ」

アフロディーテ「地獄のエクストリーム惚気だけは……それだけは、本当に勘弁」

シュラ「ほらほら、アイオロス。おしゃべりしてる場合じゃないですよ。サガの目を見る前に、サガのグラスが空っぽです」

アイオロス「えっ!?  あっ、すまん、気が付かなかった。次、何飲む?」

サガ「そ、そんな気を使わなくても……」

アルデバラン「アイオロスは、サガの目を見る前に、もっとほかの事を見た方がいいな」

アイオロス「はははっ、言ってくれるなぁ」

デスマスク「旦那、ナイスアシスト!」

アフロディーテ「ったく、ミロも余計な事を言って、面倒事を起こすのは困るよ」

ミロ「でもさ、だったらどうして十三年前の事件の時に、サガの異変に気が付かなかったんだよ」

サガ「!?」

アイオロス「な、なんだと!?」

シュラ「ちょ、お前。何を言いだすんだ」

ミロ「だって、そうだろう。サガの目を見れば、なんでも分かるっていうのなら、十三年前にも分かってたはずだろう」

アフロディーテ「ミロ、すこし飲み過ぎなんじゃないか?」

ミロ「飲み過ぎてなんてねーよ」

ミロは一気にグラスをあけ、右手にカルピス、左手にウゾの瓶を持ってグラスに傾ける。

アフロディーテ「完全に飲み過ぎだね。美しく酒を飲めないなら、退場してもらうよ」

デスマスク「そうだな。アイオロスに絡むような馬鹿は、さっさとけぇれ(帰れ)よ!」

カノン「そうだ。帰れ!」

カミュ「しかし……」

シュラ「どうした、カミュ」

カミュ「確かに、ミロの言うとおりだ。私も疑問に思う」

アイオロス「なに!?」

サガ「!?!?」

ミロ「だろう?  さすがカミュ!!」

シュラ「お前、アイオロスに、ロキの乱の事をこっぴどく叱られた事を、まさか根に持ってるわけじゃ……」

カミュ「別に」

ムウ「しかし、アイオロスがサガの異変に気が付いていれば、シオン様だって殺されずにすんだわけですし、私だってジャミールに十三年間も引き籠らなくてよかったはずですよね」

アイオロス&サガ「!!!!!!!!」

デスマスク「ム、ムウまで何を言いだしやがる」

ムウ「アイオリアだって、そうでしょう? アイオロスがきちんとサガのことを見ていて、異変に気が付き、それを阻止していさえすれば、逆賊の弟として苦渋を味わうことはなかったはずです」

アイオリア「まぁ、そうだけど。でも、それを言ったら、兄さんだって死なずにすんだわけだし……」

サガ「あばばばば」

シャカ「なるほど。アイオロスが若くして命を失たのは、まさに自業自得ということかね」

サガ「お前達、いい加減にしないか。あの事は全て私が悪いのだ!」

ムウ「そんなことは分かってますよっ! 今は貴方がしゃしゃり出てくる場面ではありません」

サガ「あっ、はい……」

ミロ「そうだよ。今は、アイオロスの話をしてるんだっての」

デスマスク「お前ら、アイオロスが本気で怒る前にやめろよ」

シュラ「ていうか、そろそろ解散にしようか」

アフロディーテ「そうだね。アイオロスのことは頼んだよ、サガ」

サガ「えっ? 私が?」

デスマスク「全部てめぇのせいなんだから、体でもなんでも使ってアイオロスを宥めておけ!」

サガ「……わ、分かった」

デスマスク「俺らは、この泥酔小僧を、たっぷりボッコボコにしておくわ」

シュラ「ミロのやつ、飲み過ぎたみたいなんで灸をすえときます。だから、アイオロスもサガと人馬宮に帰って休んでください」

アイオロス「いや。待て、お前達」

サガ「!?」

デスマスク「やべぇ、アイオロスの顔が怖い。逆鱗に触れたんじゃね?」

シュラ「俺、知らないからな」

アフロディーテ「アイオロスが暴れたら、手に負えないよ。どうするつもりだ」

シャカ「暴れるならば、外へでてやりたまえ」

サガ「ア、ア、ア、アイオロス。落ち着くんだ、ミロは真っ直ぐな性格だから、疑問に思った事をただ口にしただけだ。あの事は全て私が悪いし、皆もそう認めてるのだから、今夜はもう帰ろう」

シュラ「カミュ、謝れ」

カミュ「は?」

デスマスク「そうともよ。麻呂、お前も謝れ」

ムウ「私たちは、悪くありません。被害者ですよ」

カミュ「臭いものに蓋をするのはよくない」

アイオロス「そうだな」

シュラ「ほら、アイオロスも謝れば許してくれるって、だから謝れ」

ミロ・カミュ・ムウ「はぁ?」

サガ「あばばばば」

アイオロス「すまん、謝る」

サガ「!?!?!?!?!」

シュラ「へ?」

アイオロス「確かに、ミロ達の言うとおりだ」

アイオロス「私が、もっとしっかりしていれば、あんなことにはならなかったんだ。だから、本当にすまない」

シュラ「ア、アイオロスが頭を下げた、だと!?」

アイオリア「いや、兄さんのせいじゃないよ。だから、頭をあげてよ」

サガ「そうだ、アイオロスが悪いのではない。あれは全て私一人の罪だ」

ムウ「ですから、それはもういいですから」

サガ「あっ……はい。すみません」

アイオロス「サガを責めるのはやめろ。全ては私の責任なんだ、本当にすまなかった」

サガ「お前は、むしろ女神を救ったのだぞ、謝ることない!」

アイオロス「いいや、違う。私は、あの時、サガの異変に気が付いていたんだ」

サガ「なんだと?」

アイオロス「もちろん、邪悪な存在まで気づいていたわけではない。だが、サガが何かを抱え苦しみ、深く悩んでいる事は分かっていたんだ。ただ、私は……、それを……見て見ないふりをしてしまった」

アイオリア「え?」

アイオロス「なんとかその悩みを解決してやりたいと、何度もサガに声はかけたんだ。だが、サガは頑なに胸の内を打ち明けてくれなかったし、それで私がしつこくすると、私の事を遠ざけることもあった」

カミュ「それは本当ですか、サガ」

サガ「ああ……だから、全部私のせいなのだと」

カノン「だからそれはもう分かってんだってーの」

サガ「お前に言われると、なぜか腹立たしい」

カノン「ちっ」

アイオロス「私は、サガとの甘い時間を求め、そしてそれが壊れるのが怖くて、一歩前に踏み出せなかったんだ。私が、サガに疎んじられることを恐れずにもっと踏み込んでいれば、こんなことにはならなかったのだろうと思うと……うっ」

サガ「ア、アイオロス!?」

カノン「げっ、こいつ泣きやがったぞ」

デスマスク「まさか、アイオロスまで酔ってるのか!?」

シュラ「いや、ずっとカルピスだったはずだが……」

シュラはアイオロスの目の前にあるグラスを取り、口をつける。

デスマスク「まさか、ウゾで割ったカルピスじゃねぇだろうな」

シュラ「誰だ、アイオロスのカルピスにウゾを混ぜた奴は……」

サガ「かなりの量を飲んでいるようだったが、いつからウゾが入っていたのだ」

すっかり酔っぱらったアイオロスは、ついにはボロボロ涙を流しながら何度も頭を下げた。

アイオロス「本当に、すまなかった」

サガ「いや、アイオロスは悪くない。私のほうこそ、お前にもっと救いを求めていれば、闇に飲み込まれずにすんだんだ」

アイオロス「サガ……」

サガ「ただ、私も怖かったのだ……。私の中にある闇を知られたら、アイオロスが私から去って行ってしまうのではないかと、そう思うと恐ろしくて恐ろしくて、お前に相談することができなかった」

カノン「げっ、兄貴まで泣きやがった」

デスマスク「どーすんだよ、これ」

アイオロス「サガ。私が、そんなことで、お前の事を嫌いになるわけないだろう」

サガ「ああ、今なら分かるよ。だけど、あの頃の私はとても愚かで傲慢だったから、それが分からなかった。アイオロスの気持ちに、自信がもてなかったんだ。だから、全ては私のせいだ、すまない」

アイオロス「いや、お前が謝る必要はない。臆病だった私が悪いんだ」

サガ「いや、私が……お前を信じていれば」

アイオロス「俺だってもっと勇気があれば」

サガ「アイオロスゥゥ」

アイオロス「サガァァァァ」

デスマスク「おい、ちょっと待て。この空気どうしてくれんだ」

シュラ「責任とれよ、ミロ」

アフロディーテ「って、こいつ寝てるんだけど!?」

ミロ「Zzzzzzzz」

カノン「マジかよ。言いだしっぺの癖に、ふざけるな」

シャカ「これは、まさか……身勝手の極意」

ムウ「なんです、それは」

シャカ「身体が、状況に応じ無意識に的確な行動をとる能力だ。それを極めし者は、全ての危機を回避することができるという究極の極意」

カノン「身勝手すぎるだろうが!!!!」

アイオロス「サガ。これからはどんなことも恐れず、お前ときちんと向き合って生きていく」

サガ「私こそ、アイオロスを欺くような事は二度としないから、だからずっと傍にいてくれ」

アイオロス「分かってるよ、サガ」

サガ「アイオロス」

ムウ「どうやらこちらも身勝手はじまってますね。ったく、何が『すまない』ですか、結局最終的にはサガって、まったく……」

デスマスク「お前ら、さっさと人馬宮にけぇれ(帰れ)」

サガ「行くか」

アイオロス「うん」

デスマスク「やれやれ、やってらんねぇよ。解散解散」

シュラ「ミロはどうする?」

デスマスク「このまま、ここに寝転がせておけ。風邪ひこうが、どうなろうが知ったこっちゃねぇよ」

カノン「身勝手の極意で風邪菌も避けるだろう」

シャカ「ミロの世話は任せたまえ。これには自信がある」

アルデバラン「男同士、密室、一晩。何も起きないはずもなく。だな」

シャカ「想像に任せよう」

こうして、黄金聖闘士の終末は解散となった。

 


end