聖衣大好き(ペルセウス編その2)

 

 ムウは自分の手を握り締めているアルゴルの手を引き剥がし、盾が入ったトレイの上へとかざす。そして予告なしに手刀でアルゴルの手首をぱっくりと切り裂いた。手首から勢いよく流れ落ちる血にアルゴルは目を白黒させる。止血しようにもムウが腕を掴んでいるのでかなわない。振り払おうにも、とんでもない馬鹿力で押さえつけられており、びくともしないのだ。

「な、何をなさいますか?!。」

「死んだ聖衣の修復には大量の血が必要です。まぁ、盾だけですかこのくらいで足りるでしょう。」

 ようやくムウから解放されたアルゴルは、小宇宙を燃やしてあわてて止血した。血に沈む盾を見てムウは微笑む。そして自分の指先を金の工具ので切り、アルゴルの血の中に自分の血を一滴落としたのだった。

 1時間もすると、盾は元の姿を取り戻した。ただし顔がない。ムウはアルゴルを自分の隣に座らせ、色々と彼の好みを聞き始めた。

「どんな、お顔にしましょうか?」

「は、はぁ・・・別にどんな顔でもかまいませんが。」

「あなたのご母堂のお顔とか、恋人のお顔とか、お好きな映画女優でもかまいませんよ。」

「い、いえ・・・。もとの顔で結構でございます。」

「そうですか、つまらないですねぇ。」

 大切な人の顔をメドゥサのモデルにする人間がムウの他にいようか。つまらないと言いながらも、ムウは穏やかな表情でアルゴルの注文どおりメドゥサの顔を削り始める。

「頭の蛇は何匹にしましょう?お好みの蛇の種類はありますか?」

「え、蛇でございますか?何でもかまいませんが。」

「おじさん、ムウさまの質問にちゃんと答えないと、ニシキヘビ一匹にされちゃうよ。」

 アルゴルの後ろから、銀盆を持った貴鬼が声をかけた。盆の上の茶をムウとアルゴルに渡すと、ムウの隣で修復作業をじっと観察する。アルゴルは貴鬼に言われて、知る限りの蛇を一所懸命思い出した。ぶっとい蛇が一匹とぐろを巻いて頭にのっているメドゥサなど、かっこ悪いどころか、笑いものである。結局、蛇の名前を思い出すことが出来なかったので、貴鬼から爬虫類図鑑を借りて、ヘビの種類と本数を指定した。

 

 

「まぁ、こんなものでしょう。」

 ムウは修復が終わった盾を手にとり、メデゥサに微笑みかける。そして、新しく生まれ変わったメメデゥサを見て、アルゴルの目が点になった。

「広範囲の敵を石化できるように、左右の目を離してみました。どうですか?」

 穏やかなムウの表情からは、本気か冗談か読み取ることは不可能だった。メドゥサの目は左右に大きく離れ、深海魚のようである。

「これならば従来よりも30%も広い範囲を石化できますよ。」

「でもムウさま、この顔ブッサイクだよ。」

「貴鬼もそう思いますか。それさえ我慢すれば実に効果があがるのですが・・・。」

 盾をいろいろな角度から眺めて、その出来を確認するムウに、

「小僧じゃなくてもそう思うぞ。」

とアルゴルはと心で突っ込みを入れ、実際は

「やはり、元の顔で宜しくお願いします。」

と丁寧に断った。

「そうですか、折角いいアイデアだと思ったのですが、残念です。」

 ムウはそう言うと盾を作業台の上におき、メドゥサの目の上に両手をのせる。

 アルゴルは聞いてしまった!すごい音を!

 目を覆っていた左右の手を鼻筋に向けて動かすと、『ぎゅうっ』という音がした。生まれてはじめて聞く不思議な音。ムウが白い繊手を盾から離すと、メドゥサの目は誰が見ても美しいと思われる位置で、硬く瞼を閉じていた。

 世にも不思議な出来事に唖然としているアルゴルを全く気にせず、ムウは盾をみつめて、嬉しそうに笑う。そして貴鬼に言いつけた。

「貴鬼、冷蔵庫にケーキが入っていますから、カノンを呼んで来なさい。」

「サソリのおじさんは?」

「ミロは駄目です。」

 ムウの指示どおり、貴鬼はおやつを餌にカノンの呼び出した。ケーキにつられてほいほいやってきたカノンは、宮の主人に挨拶もせず、さっそく台所へと向かい、冷蔵庫を開ける。ケーキを箱ごと持ち出し、貴鬼にコーヒーを入れさせて、他人の食卓でいつもどおりおやつの時間を楽しんでいると、珍しく工房からムウが客を連れて現れたので、一応挨拶をした。

「ケーキごちそうさん!そっちの色男は、あんたの新しいヒモかい?」

 ムウが珍しく微笑んでいるので、カノンは笑いながら親指を立てて見せた。半殺しにされかねない冗談にもかかわらず、ムウは不気味と微笑んだままである。そして名前を呼ばれたカノンは、ついうっかりムウを見てしまい、そのまま石化した。

 ムウの手には修復を終えたばかりのメドゥサの盾が握られていた。

 フォークを持ったままマヌケ面で石化したカノンをみて、アルゴルは呆然とした。何の罪もない者を石化するとは!いや、それ以前に、何で自分以外のものがメドゥサの盾を使用できるのか!。ムウは慈愛に溢れたまなざしで盾をみつめ、そして優しくなでる。あまりにも不気味な光景にアルゴルは鳥肌を立て、ムウに恐怖を感じざるをえなかった。

 一瞬にして石化したカノンに貴鬼は目を輝かせ、ケーキを食べていたフォークで突っつく。

「すごいやムウさま!!。本当に石になってるよ!」

「やはりペルセウスの聖衣は楽しいですね。」

 石化したカノンの頭を叩いて、ムウは楽しそうに貴鬼に語りだした。

「小さい頃、メドゥサの盾をこっそり持ち出して、ムカツク奴を石化して遊んだものです。」

「それって、ミロ?」

「ええ、ミロもアイオリアも石にしてやりましたよ。特にミロは面白いくらい何度もひっかかりましたねぇ。」

「サソリのおじさん流石だね!」

 ムウがカノンしか呼ばなかったのは、ミロには見破られると予想したからだった。

「そろそろ、カノンを元に戻してあげましょうか。もっと賢そうな顔で石化してくれれば、シオンさまの部屋にでも置いておけるんですが・・・。こんな馬鹿面で石化されては、捨て場に困るだけですしね。」

「賢かったら、石化なんかしないよ。」

「おや、貴鬼。お前も言うようになりましたねぇ。」

 ムウは愛弟子の頭を撫でると盾をテーブルの上に置き、肩を回して筋肉をほぐす。そして何と!メドゥサの盾で石化したカノンの頭を勢いよく叩いたではないか!。折角修復した盾になんということをするのか!アルゴルは顎が外れそうになった。しかし彼が驚いたのは、殴打後、カノンの石化が見る見るうちに解けて行く、摩訶不思議な光景だった。

 魂が抜けたように立ち尽くすアルゴルに、ムウはメドゥサの盾を手渡す。

「修理完了です。今度の盾は私の血も入っているので、滅多なことでは割れないはず。末永く大事にするのですよ。」

 石化寸前の心臓を何とかなだめて、アルゴルはどうしても聞いておかなければならないことを口にした。

「ど、どうやって石化を解いたのですか?!」

 石化を解くには盾を壊すしかないはずだった。しかし自分が手にしている盾は新品そのものなのに、石化したはずの男は、あまりにも簡単に生身に戻ってケーキを食べている。

「見てのとおり、メドゥサの盾で思いっきり叩くのです。ちょっとコツがいるんですが・・・おや、ご存じなかったのですか?。」

 アルゴルは何度も縦に首を振った。

「ああ、あなたは偽教皇から聖衣を渡されたのでしたね。それでは知るはずありませんか。石化を解くたび粉砕していては、修復が面倒ですし、大体、そんな危険な聖衣を白銀聖闘士ごときに任せられるわけが・・・・、おや、失礼。貴方は白銀聖闘士でしたね。」

 自分を見る眼が完全に怯えているアルゴルに満足して、ムウはニヤリと笑って付け加えた。

「修復のお代は結構ですから、たまにその盾を貸してくださいね。」

 


End