アテネの休日

囚われた宇宙人のようにシュラとデスマスクに両腕を抱えられ、教皇の間の通用口から白羊宮に戻ってきた童虎は、ボコボコに殴られ血だらけであった。
「シオン様に何を言っても無駄と言うのは、老師が一番ご存知でしょうに……」
童虎の顔を変形させることのできる男など、シオン以外に存在しない。ムウは260歳をこえても喧嘩をしている童虎に呆れた。
結果は聞かずとも引き分けと決まっている。童虎にきけば自分が勝ったといい、シオンにきけば自分が勝ったというのはいつものことだ。
童虎はデスマスクに天秤宮から着がえを持ってくるように命令すると、ムウが用意した冷えたタオルを顔に当てた。

残りの業務をアイオロスに押し付け、シオンは血だらけになった髪を洗うべく風呂に入った。
顔の腫れや流血はヒーリングでとっくの昔に収まっている。
湯船につかりながらシオンはシオンなりにほんのちょこっと極々僅かではあるが反省していた。
ムウは師に従順で、シオンが絶対アテネへ行くなと言えば、例え童虎がなんと言おうと白羊宮で大人しくしているであろう。
シオンは反対しながらも行かせてやったのだ。それはムウも分かっている。
激しく気に入らなかったのは「シオンさまと一緒に行きたい」とついに言わなかった点なのだ。
童虎はシオンが尾行していたからプレゼントを買わざるをえなかったと言っていたが、実際尾行に気付かれてしまったのは僅かな時間だけである。
最初からシオンのプレゼントを買うつもりでアテネへ行きたいと言ったのだろうか?
そんな疑問がシオンの脳裏によぎると、急速に脳内変換され
「ふむ……ムウめ、なかなか水臭いことをしおるのぅ。ムウはかわゆいのぅ」
と、いやらしく唇を吊り上げ不気味に笑う。
自分に勝るとも劣らない世間知らずのシオンと一緒にアテネへ行きたいとムウが言うはずもないのだが、相変わらずシオンの脳は都合のいいようにしか回転しないようにできていた。

4月1日
誕生日にムウから豪華な料理のプレゼントをもらい貴鬼は大喜びしていた。
貴鬼だけではなく、誕生日にお呼ばれされた星矢、呼んでもいないのに勝手に来たミロとカノンも食べ放題状態の豪華料理に喜んでいた。
シオンが不在の白羊宮はにぎやかである。酔った童虎が歌いだし、それにあわせて酔ったアルデバランがなぜかサンバを踊りだし、ミロとカノンが料理の奪い合いをはじめる。
「教皇元気で留守がいいとはよくいったもんだよな!」
とミロがチョコレートクリームがたっぷりのったケーキを食べながら言うと、一同は大いに頷いた。
子供の時間に合わせて夕方から始まったパーティーは夜の7時を過ぎたころには半分以上料理がなくなっていた。
今日もシオンは帰ってこないだろうが、もしかしたらということもあるので、ムウはシオンの分の料理をとり分け台所に隠しておいた。
突然白羊宮が水を打ったように静まり返り、ムウはシオンが来たのだと察し、慌てて台所から飛び出した。
「お前が来ると、宴がしらけるのじゃ。さっさと教皇の間に帰れ!」
童虎が露骨に嫌な顔をして、そう言ってもシオンはさらっと無視し、手招きをした。
それはムウではなく自分に向けられているものだと気付いた貴鬼は、慌てて椅子から降りてシオンに駆け寄った。
「何ですか、シオンさま?」
貴鬼の頭をぽんと叩くと、シオンは右手に持った大きな紙袋を渡した。受け取ったはいいが貴鬼はきょとんとしたままシオンを見上げている。
「プレゼントじゃ」
「え?」
「今日はお前の誕生日であろう」
貴鬼はどうしたらいいのかわからず、思わず振り返ってムウに目で貰っていいのか聞いてみた。ムウが小さく頷いたので、貴鬼はシオンへ顔を戻し
「わーーい、シオンさま有難うございます!!」
と、元気よく礼を言って早速紙袋の中身を引っ張り出してみた。
包装紙を丁寧に開き箱の蓋を開けると、中から出てきたのはスニーカーだった。ズボンやシャツ、デニムのジャケットと真新しい普通の子供服が沢山入っているのだ。
「いつも汚い格好でみっともないのじゃ。女神のところへ遊びに行くときくらい綺麗な服をきてゆくがよい」
貴鬼は何度もシオンに礼を言うと、さっそく古い靴を脱ぎ捨て新しいスニーカーをはき、部屋の中を走り回った。
ミロは見覚えのある紙袋に、思わず「あっ!」と声をあげてしまい、つられてカノンが
「あ、これこないだアテネで買ってたやつ」
と口にしてしまうと、ミロとカノンはいつのまにか背後に立っているシオンに気付き、気付いたときには既に頭にシオンの鉄拳を喰らっていた。
童虎が言うとおりすっかり場がしらけてしまい、パーティーはすぐにお開きとなった。
今日の主役の貴鬼がいるわけでもないのに金牛宮で二次会をすることにしたのである。
残った料理を別の皿にうつし、それと酒を持ってアルデバランたちは白羊宮から出て行った。

貴鬼が寝たあと、ムウは改めてアテネに行かせてくれたことと、貴鬼へのプレゼントの礼をシオンに述べた。
「ところで、ムウや。余が小遣いをやったにもかかわらず、お前は自分の物は何も買ってこなかったというのはまことであるか?」
シオンに問われムウは思わず苦笑いした。そんなことを話したのは間違いなく童虎であろう。ジャミールで物のない生活に慣れてしまっているムウは、買わなかったのではなく、欲しい物が食べ物以外特になかっただけなのだ。
「いえ、葉書を買わせて頂きました」
「葉書?」
「はい、絵葉書を2枚。アテネの街がとても綺麗に写ってるのです。あと、食材と料理の本を……私の胃にも入りますから自分の物でもあると思います……」
ムウが馬鹿みたいに食料や本を買い込んできたことを知らないシオンは、あれだけ小遣いを渡しておいたにもかかわらず、絵葉書2枚分しか使うことが出来なかった弟子が可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて、可愛さの余りおもわず抱きしめてしまった。
そして「やはり余が一緒に行ってやらねばダメじゃな!!」と勘違いしたのだった。
「ムウは可愛いのぅ、どうしてこんなに可愛いのかのぅ」
「……シオンさま苦しいです」
ムウは力をこめてシオンの腕を振り払ってみたが、またすぐにシオンに抱きしめられてしまった。
「そうじゃ、お前にも誕生日のプレゼントがあるのじゃ」
ようやくシオンの抱擁から解放されたムウは何だか嫌な予感がした。シオンがそう言って念動力で取り出したものは、貴鬼が貰ったプレゼントと同じ包み紙なのだ。
シオンからプレゼントを手渡されたムウは、師の顔色をうかがいながら包装紙をあけると、中から出てきた30cmほどの大きさの熊のぬいぐるみと目が合い呆然とした。
「他にウサギやらカメやらイヌもいたのじゃがのぅ、やはりお前はクマが好きであろう」
たしかに子供の頃、ムウはクマのぬいぐるみを貰って大喜びしたことはあるが、既に21歳である。
「あ……ありがとうございます……」
やはりシオンに未だに5歳児程度にしか見られていないと再認識したムウは、頬を引きつらせて微笑んだのだった。

せっかくシオンが新しい服をプレゼントしたというのに、貴鬼は相変わらず汚い格好で遊び歩いていた。ピカピカのスニーカーが勿体無くて履くことが出来ないのだ。
毎夜毎夜寝る前にスニーカーの入っている箱をひらいては、眺めてニヤニヤ笑っている孫弟子に、シオンは呆れてない眉を寄せた。
しかし、それはシオンも同じで、せっかくムウがシルクのパジャマをプレゼントしたというのに、ボロボロの箱ごと大事にしまいこんで、相変わらず裸で寝ているのだ。
そんなシオンと貴鬼の話をムウから聞いたアルデバランは、豪快に笑った。
「それで、お前はクマのぬいぐるみをどうしたんだ?」
「しまってあります」
「ははは、やっぱりお前もしまっているんじゃないか。似たもの師弟だな」
「違います。服や寝巻きと違って、ぬいぐるみは使いようがないではありませんか」
「抱っこして寝るとか?頭なでるとか?」
ムウに冷たい紫の瞳で睨まれ、アルデバランは笑ってごまかした。
「それじゃ、これはしまわずに使ってくれないか?」
アルデバランはそう言ってムウに紙袋を渡した。
「これは?」
「遅くなったが、誕生日プレゼントだ」
「え?アテネに連れて行ってくれたではありませんか」
「それはそれ、これはこれだ。あけてみてくれないか?」
紙袋をあけてみるとムウはどう反応していいのか分からず、困ったようにアルデバランを見上げた。真新しいジーンズとTシャツ、ジャケットが入っていたのだ。
「来月は私の誕生日だ。それを着て、一緒にローマにサッカーを見に行ってくれないか?」
「はい」
ムウが即答したのでアルデバランは驚いた。断られることを前提に、試してみるくらいの気持ちで渡したのだ。
「それではシオンさまの説得、よろしくおねがいしますね」
唇を吊り上げムウがにやりと笑う。思わず即答できなかった自分を情けないと思いつつも、アルデバランは
「まぁ任せておけ、泥舟にのったつもりで・・・・・・」
といって、ムウに更に笑われたのであった。


End

ムウ様、シオン様、貴鬼ちゃん誕生日おめでとうございます。
最後まで読んでくださった方へお礼を申し上げます。
■ Nomi ■