★兄貴といっしょ(いきたい!)
今年の冬はいつになく寒い。シオンは白羊宮のコタツで丸くなっていた。
シオン「寒いのぅ……なんでこんなに寒いかのぅ」
童虎「冬が暑くてどうするのじゃ」
カノン「寒いときは温泉だぜ。どうして聖域は温泉がでないんだ?」
居候のカノンの言葉にシオンはわざとらしく手をポンと叩いた。
シオン「温泉か。それはよいのぅ」
ミロ「マジ?!聖域に温泉掘ってくれるんですか?」
堀ゴタツの中にもぐりこんでいたミロが顔を出し、アイオロス、アルデバラン、カノンの目が爛々と輝く。
シオン「は?何をゆうておる。温泉に行くのじゃ。チベットにいい温泉があるのじゃ。ムウや、仕度をせい。ということで、明日の執務は任せたぞ」
教皇代理のアイオロスは嫌々返事をしたが、ムウはなかなか返事をしない。
シオン「どうしたのじゃ、ムウ」
ムウ「……ジャンダーラの温泉ならいまさらいかなくても……ごにょごにょ」
シオン「ジャンダーラではない、もっと下じゃ」
ムウ「……私は寒くありませんから温泉は……ごにょごにょ」
ムウは単にシオンと二人で旅行に行くのが嫌だった。温泉へ行くというのは口実で、シオンが尻を掘りたいだけなのはよくわかっている。
貴鬼「シオンさま、おいらも温泉行きたいな」
ムウ「……貴鬼と老師様がいくなら行きます……ごにょごにょ」
童虎「わしはかまわんぞ」
シオンはない眉を寄せて露骨に嫌な顔をしたが、既にムウは童虎の後ろに隠れてしまっている。ここで無理矢理ムウを連れて行こうとすれば、愛弟子と二人きりでラブラブ温泉旅行どころか、またしても童虎と千日戦争だ。
今回は珍しく単に温泉に行きたいだけのシオンは、短く溜息をついた。シオン「仕方ないのぅ。貴鬼や、お前もさっさと仕度をせい。童虎、余とムウの邪魔をするでないぞ」
貴鬼「わーい、シオンさま有難う」
貴鬼はコタツから飛び出ると、ムウと一緒にすぐに出かける準備をはじめた。
カノン「俺も連れて行け!」
ミロ「俺もいきたいです!」
アルデバラン「私もご同行させてください!」
シオン「だまれ小僧ども。これ以上余とムウの邪魔をするでない」
居候たちはシオンに一睨みされ、唇を尖らせ黙り込む。
カバンを持ったムウと貴鬼がリビングに戻ってくると、シオンと童虎は立ち上がり靴を履いて白羊宮から出て行った。
白羊宮の回廊へ出ると、シオンはぎょっとして立ち止まった。
サガが土下座しているのである。サガ「お待ち申し上げておりました。さ、参りましょう」
そう言って立ち上がると、サガはムウが持っていたカバンを奪う。
シオン「は?何を言っておる」
サガ「教皇様に万が一のことがございませんよう、このサガ、お供させていただきます」
いつものズベズベローブではなく、サガはお出かけ服である。そのうえしっかりMy風呂桶も持っている。
温泉バカのサガの耳には白羊宮でシオンが言った「温泉に行く」いうと言葉が、まるで拡声器を通したかのようにはっきりと聞こえ、超光速で出かける準備をし、白羊宮で土下座して待っていたのである。シオン「何故にお前を連れて行かねばならぬのじゃ、さっさと双児宮に帰れ」
サガ「またまたまたぁぁ〜〜。それは慈悲深い教皇様のギャグでございましょか?」
目を見開きお願いキラキラ光線を繰り出すサガにシオンはシッシッと手を振る。
シオン「お前など連れてゆかぬとゆうておるのじゃ」
サガはもっと目を見開き、かつて神のような男と呼れていた時くらいまで顔をキラキラ輝かせて瞬きをした。
シオン「そんなおねだり顔をしても無駄じゃ」
シオンはさらにシッシッと手を振る。
衝撃に打ち震え、口をへの字に曲げ今にも泣き出しそうな顔のまま硬直しているサガを見かねて童虎が苦笑いをした。
童虎「まぁ、一人くらい増えても良いではないか」
シオン「よくなどない!邪魔じゃ!」
サガは滝涙を流しながら跪くと、心臓に手刀を当て、お約束の自殺をはかろうとする。
童虎「死ぬほど行きたいのじゃ、連れて行ってやってもよかろう。邪魔なら別の温泉に放置して置けばよいではないか」
シオン「……仕方ないのぅ」
ムウ「サガが行くなら私は行きません」
冷たい声にシオンが振り向くと、ムウはプイとそっぽを向いた。13年間の恨みつらみがある上に、一度温泉で迷惑を被っているムウはサガが大嫌いなのである。
サガ「ムウ、大人気ないことを言うんじゃない」
ムウ「貴方に言われる筋合いはありません。勝手にウチの師弟団欒に割り込まないで下さい」
サガ「勝手ではないぞ、いま教皇様から許可を頂いた。今日から私も白羊宮の一員だ」
ムウ「あ、そうですか。でしたらどうぞご勝手に。私は例えシオン様のご命令でも、貴方となんてぜぇぇぇぇぇぇぇぇっったいに行きませんから」
貴鬼「ムウさまがいかないならおいらもいかなーい」
童虎「ならばワシが行く必要もないのぅ」
シオン「ムウが行かぬのでは話にならぬのぅ。というわけじゃ、サガよ。温泉には行かぬ。帰れ」
がーーーーんっ!
サガはショックのあまり頭にたらいの衝撃をうけたまま、奈落の底に突き落とされた。
次の瞬間、白羊宮にいた羊一家、見送り組は目が見えないほどに粒になった。
巨蟹宮でたむろしていた年中組みは、巨大な揺れに慌てて宮を飛び出し、シャカはその揺れで蓮華の台座から転げ落ちた。
宝瓶宮で弟子アルバムを整理していたカミュは揺れを感じて宮を飛び出した。サガ「いぃーーーーーーーーきぃーーーーーーーたぁーーーーーーいぃーーーーーーー!!」
ドドドドドドドドドッ……と羊一家の目の前で砂煙があがる。
寝転がったサガが身長188CMの長い手足をばたつかせて駄々をこねているのである。サガ「いぃーーーーーーきぃーーーーーーーーたぁーーーーーーーいぃーーーーー!!温泉、いきたーーーーーーい!!」
シオンもムウも、誰もが目を点にしたままあっけにとられてサガを見下ろしているだけだ。
サガ「いぃーーーーーきぃーーーーーーーーたぁーーーーーーーーいぃーーーーーー!わたしも一緒に温泉、いーーーーーきーーーーーたーーーーーーいーーーーーーーーーーーー!!」
ズゴゴゴゴゴゴッと音を立ててサガは手足をばたつかせた。
サガ「いーーーーーーきーーーーーーたーーーーーーい!!」
水をかくようにジタバタと脚をばたつかせ、野太い声で泣き叫びながら、子供のようにだだを捏ねるサガにシオンはため息をつく。
と、突然ピタリとサガが動きをとめ、寝転がったままシオンたちの顔色をうかがった。シオン「ムウや。あのサガがここまでしておるのじゃ。考えてやってもよいのではないか?」
ムウ「嫌です」
貴鬼「ムウさま。なんだか双子のおじさんが可哀想だよ」
童虎「ムウや、よいではないか」
ムウはサガに白い視線をむけたまま唇を噛み締めた。
サガ「いーーーーきーーーーーたーーーーーいい!!温泉、いきたーーーーーーーーーーーーーーーい!!私も温泉いくーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
ドドドドドドドと砂煙をあげながら、サガはまたしても駄々をこねて一生懸命ムウにアピールした。
ムウ「もういいです……勝手にしてください」
ピタリ。サガはまた動きを止めてムウの顔色をうかがった。
サガ「本当か?」
ムウ「はい。見ていて哀れになってきました……」
サガ「ありがとう、ムウ!さぁ、では教皇さま、温泉に行きましょう!」
むくりと起き上がったサガは、土で真っ黒に汚れたワイシャツの袖口で鼻水と涙を拭うと目を輝かせた。
サガ「ほら、なにやってるんですか!早く、早く!」
と、土で汚れた顔を瞳を大きく輝かせ、スキップで歩き出したサガの後姿を、黄金聖闘士たちは呆然と見送った。
カノン「俺はぜったいあんなのの弟じゃねぇ。絶対、ちがう。血なんか繋がっているもんか」
柱の影でカノンは打ち震え、
アフロディーテ「あんなのアフロのサガじゃない……」
と、サガの変わり果てた姿に涙を零し、
アイオロス「サガ……不憫な思いさせてごめんな」
と甲斐性のない自分に唇を噛み締め
カミュ「サガ……なんて可愛い人なんだ」
と、新たな魅力に惚れ直し、
ミロ「サガ、かっこいい。俺もこんどやろう」
と、新たなおねだり技を覚えたのであった。
数日後。
デスマスク「よぉ、サガ。この前はすごかったな」
サガ「ん?この前とは?」
デスマスク「あれだ、あれ。『いぃきぃたぁぁぁいーーーー』ってやつ」
デスマスクは手をジタバタさせてサガの真似をした。ダダッ子サガちゃんは十二宮で伝説と化していたのである。
サガ「なんだそれは?」
サガは真顔に眉間に皺を寄せた。
デスマスク「おいおい、とぼけてんじゃねぇよ。お前、ガキみたいに羊の前でだだこねたじゃないか!」
サガ「ふん、この私がそんなことをするわけなかろう。それはカノンだ!」
デスマスク「うそつけ!」
サガ「だったら、どうしても温泉に行きたい私の別人格がでたのだろう。私は覚えてはおらん!」
いつもの通り都合の悪い記憶だけがないサガに、デスマスは呆れて言葉を失い、一日も早くサガの多重人格が治る日が来ることを、柄にもなく女神に祈ったのであった。