★白羊家の食卓11(サガのおみやげ)
安息日のお昼時、白羊宮に珍しい客がおとずれた。出迎えたムウは露骨にない眉を寄せた。
サガ「お昼時にすまんが……」
ムウ「すまないと思うのなら後にしてください。今、昼食中です。カノンなら、またいつものようにウチでただ飯を食べてますから、さっさと連れ帰ってください。ついでに、暑苦しいアイオロスも引き取ってもらえると大変ありがたいのですが。貴方が双児宮を留守にするたびに、毎度毎度シオンさまにネチネチ言われる私の身にもなってください……」
サガの頭髪がムウの嫌味で数本抜けた。
サガ「申し訳ない、ムウ。すぐにカノンをつれて帰るから……。これは、いつもカノンが迷惑をかけている礼だ……シオンさまに渡してくれ」
背中を丸くしてベコベコ頭を下げるサガを、斜に構えて見下ろしていたムウは、低い鼻を僅かにひくつかせ、差し出されたものに瞳を大きく輝かせた。
ムウ「おや、そんなこと全然構わないのですよ。食事は大勢のほうが楽しいですからね。丁度今、昼食を皆で楽しく食べていたところです、貴方も一緒に食べて行きなさい」
180度態度が変わったムウに苦笑いを浮かべ、ここで逆らうとまた何を言われるか分かったものではないので、とりあえずサガは白羊宮の私室にはいった。
シオン「ほう、サガよ。珍しいのぅ」
アイオロス「サガ、おかえりぃ〜〜〜」
アルデバラン「おかえりなさい、サガ」
カノン「・・・・・・」
ミロ「お前も飯くってけよ!」
ムウ「さぁ、こちらにおかけなさい」
シオン「して、サガよ。女神に無礼はなかったであろうな?」
サガ「はい……」
貴鬼「おじさん、裏切り者のくせに沙織さんのところにいってたの?」
アイオロス「ごら、貴鬼!サガは、女神の命令で昨晩から日本にいっていんだ。なぁ、サガぁぁ」
シオン「そうじゃ。女神がどうしてもサガにということでのぅ。日本の自由が丘とやらに、女神の知人が店を構えたそうじゃ。女神がその祝いに行けぬというので、代理にサガをとのことでのぅ」
サガ「はっ。女神がどうしても開店日に祝いをとのことで、行ってまいりました。」
ミロ「それってただの使いっぱしりじゃん」
シオン「裏切り者じゃ、つかってもらえるだけありがたいと思え」
サガ「う゛っ……」
シオン「して、なんの店であった?」
サガ「はい。チョコレートの専門店でした。○リンジンーヌ・カカオというお店で、フランス帰りのショコラティエの作ったケーキは女神もお気に入りだそうです」
ムウ「で、これは何ですか?」
サガ「チョコレートケーキだ」
ムウはサガから受け取った箱を見て、さらにキラキラ目を輝かせた。
サガ「店主が女神にとくださったものを、女神が教皇さまにと」
シオン「ほう……ムウや。今は食事中であるぞ。甘いものは食事の後にせい」
今にも箱をあけそうなムウをシオンはたしなめる。
ムウ「わかっております、シオンさま。でもあけるだけなら……」
シオン「ならぬ。お前はケーキをみたら、飯など食べずケーキを食うであろう」
ちっと軽く舌打ちをしたムウは、しぶしぶ冷蔵庫にケーキの箱をしまった。
ムウ「では食事の続きを……」
ムウが席に座ると、全員の目が点になった。
ムウが光速で食事をしはじめたのである。
ムウ「ごちそうさま。さて、デザート持ってきます」
ものの数秒、あっという間にムウは食事をすませると、にっこりと笑ってキッチンから箱を持ってきた。
そして白い箱を開いた。
ムウ「こ、これは!!!!!!!!!!!」
アルデバラン「どうした、ムウ!」
ムウは箱を開いたまま硬直した。だが、箱のふたが邪魔をしており、アルデバラン達には何がなんだかさっぱり分からず、隣に座った貴鬼が身を乗り出して箱の中身をみようとする。
ムウ「見てはいかん、貴鬼」
貴鬼「はい、ムウさま(ごくり)」
ムウ「これは、なんと……」
サガ「ど、どうしたのだ、ムウ!」
ムウ「サガ……貴方はなんという恐ろしく危険なものを……」
アルデバラン・ミロ・カノン・アイオロス「なにぃぃ!?」
シオン「ほう、サガよ。ケーキにて余を毒殺しようとでも思ったか?」
サガ「わ、わ、わ、わ、私は何も……、ただ頂いたケーキを持ってきただけです」
シオン「言い訳無用。アイオロス、牛、蠍、弟よ。今すぐ、この狼藉者を捕らえよ!」
カノン「らじゃ!」
ミロ「了解!」
アイオロス「ちょっと待ってください、教皇!」
アルデバラン「すみません、サガ」
サガ「ちょっと待て!誤解だ、私はなにもしてはおらん!」
サガは問答無用でカノン、ミロ、アイオロス、アルデバランに取り押さえられた。
ムウ「シオンさま。これは今すぐ私が処理いたします」
シオン「大丈夫か、ムウよ」
ムウ「はい。これは私でなければ、できません」
シオン「分かった、ムウ。気をつけるのだぞ」
ムウ「はい」
ムウは白い箱を抱えると、いそいそとキッチンに消えていった。
シオン「サガよ。よもや二度も余をたばかろうとは……」
サガ「教皇、聞いてください。私は何も!」
シオン「見苦しいぞ、サガよ。潔く罪をみとめ、得意の自殺で自らの命を絶て」
サガ「教皇……信じてください、私には何がなんだか……」
アイオロス「ちょっと待ってください、教皇!いくらなんでも!」
シオン「黙れ、アイオロス!サガよ、それとも、衆人環視の元、じわじわと命を絶ってやろうか?お前の死への見苦しい姿を皆に晒すが良い」
貴鬼「た、大変だよ、シオンさまぁぁぁ。ムウさまが、ムウさまが、ムウさまがぁぁぁぁぁぁ」
シオン「どうした、貴鬼!!まさか、余のムウが!?」
シオンやアイオロスが貴鬼を見た瞬間、
ムウ「んまいっ!!」
部屋に山タクの声が響き渡った。
シオン「今のはなんじゃ!?」
シオンたちがサガを連れて慌ててキッチンに駆けつけた。
ムウ「マイウーーーーーーーッ!!」
シオン「ムウよ……」
ムウ「はぁぁぁ、幸せ。マイウーーーーーーッ!」
シオン「ムウッ!!」
ムウ「はっ!!おや、シオンさま。いかがなされましたか」
シオン「手にしておるものはなんじゃ」
ムウ「ケーキです」
シオン「見れば分かる。さっきのモノはどうした?」
ムウ「これです。このケーキです」
シオン「それは毒が入っておるのであろう、ムウよ。なぜお前が食べておる」
ムウ「は?毒など入っておりませんよ」
シオン「なに!?」
ミロ「お前、さっき危険物って言ったじゃん。何で一人でそんな美味そうなケーキ食ってんだよ!」
ムウ「そうですよ、これは危険なんです。全部種類の違うケーキが8つも入っているのです。危険ではありませんか」
アイオロス・アルデバラン・ミロ・シオン・サガ・カノン「はぁぁぁぁ?」
ムウ「種類が違ったら、どれを食べるかで喧嘩するに決まっています。だから、私が責任を持って全部処理しますので。皆さんは食事を続けてください。まったくどうしてサガはこんな危険なケーキを持ってきますかねぇぇ」
にっこりとムウは笑うと、さらに一口ケーキを頬張った。
ムウが抱えているケーキの箱を覗き込むと、種類の違ったケーキが丁寧に並んでおり、どれも美味そうで皆は思わず生唾を飲み込んだ。
なにせムウが山タク声になって叫ぶほど美味いのである。ミロ「ふざけんな、ムウ!!そのケーキ俺にもよこせ!」
ムウ「なりません!これは危険です。ああ、なんて危険なんでしょう」
ムウはウットリケーキを頬ばった。
シオン「この馬鹿者!!皆のもの、ムウを取り押さえよ!」
アイオロス・ミロ・カノン・アルデバラン・貴鬼「了解ッ!」
カノン「それは兄貴が俺にもってきたケーキだ、よこせっ!」
アイオロス「サガのケーキ、全部食うな!」
アルデバラン「ムウ。いくらなんでも姑息だぞ!」
貴鬼「ムウさま、ずるいよ!」
ムウ「ずるくはありません!こんな美味しいケーキは取り合いになるに決まってます。スターーーーライトッ……」
アイオロス「卑怯だぞ、ムウ。よもや技をつかってまで……」
必殺技を繰り出そうとするムウに全員が身構えると、消えたのは自分達ではなく目の前のムウだった。
しかも、テレポートではなくいたって原始的にだ。
どどどどどっと箱を抱えたまま、ムウが皆の隙をついて走って消えると、皆唖然となった。
シオン「ムウは寝室じゃ。急げ、皆のもの!」
全員がムウの寝室に走った。
だが、見事結界が張られた寝室のドアは開かなかった。
ムウは布団を頭からすっぽり被り、ケーキにぱくついた。
ムウ「マイウーーーーーーーーー!!」
ミロ「ごら、あけろ。ムウ!」
シオン「馬鹿者。全員で扉をあけよ」
アイオロス「はっ!行くぞ」
カノン・ミロ・アルデバラン・貴鬼「おうっ!」
5人が気合を入れてドアをぶち破ろうとした瞬間、中から開いた。
ムウ「処分は無事に終わりました」
シオン「ムウよ……なんと嘆かわしい」
ムウ「なにが嘆かわしいのですか。危険なケーキはこのアリエスのムウが身を挺して処分いたしました。シオンさま、もうご安心ください」
キラキラと満面の笑みを浮かべるムウに、危うくコロッと騙されそうになったシオンは、ムウに菓子厳禁命令を下したのであった。