デスママのおっはー(デスマスクのなりきり”慎吾ママ”その2)

 

デスママは 料理上手 おいしいごはんを作ろう♪
きっとパパも 大満足 お出かけチュッチュしてくれる♪

ママとパパ お兄さん お姉さん♪
おじいちゃん おばあちゃん お隣さんも♪

ママはいつも元気でーす♪
みんなのことが大好きだよ♪
おっはー (おっはー)
おっはー (おっはー)
おっはー (おっはー)
おっはー (おっはー)
いただきまーす♪
おっはーでカニチュッチュ♪


 今朝の歌声は小声であった。今日もデスママルックはビシっと決まっている。白羊宮の裏口で、デスマスクは水玉の三角巾を締めなおし、気合を入れた。どこからみても立派なオカマである。

 現在時刻は5時半。朝というにはまだ日は昇っておらず、東の空がわずかに朱がかっているだけである。白羊宮の朝は早い。ムウが目を覚ますよりも早く、寝室に乗り込み目覚し時計を止めるにはこの時間しかなかないのだ。 カノンの作戦では、貴鬼に頼んで、昨晩ムウに一服盛ってもらっているので、今ごろは熟睡しているはずである。念のためにアフロディーテからもらった麻酔薔薇をエプロンのポケットに挿して、デスマスクは細心の注意を払い白羊宮へ突入した。

 デスマスクはこの日のために、気配を完全に消す訓練を死に物狂いで行った。趣味の為の努力は一切惜しまない男なのだ。カノンに書いてもらった白羊宮の見取り図を片手に、なんとか無事ムウの寝室までたどり着く。額に浮かんだ汗を拭い取り、扉のノブに手をかけた。失敗は即、死に繋がる。柄にもなく女神に祈りの言葉を唱えて、デスマスクは扉を押し開いた。

 成功である!。部屋の主は全く気づいていない。だからといってここで気を抜くわけにはいかず、更なる注意を払ってベッドへと近づく。真っ白い布団の中では貴鬼がムウにしっかりと寄り添って眠っていた。牡羊座の師弟は揃って仲良く夢の中にいるはずなのに、何故か寝息は一つしか聞こえない。しかも貴鬼のものだ。

 まさか気づかれた?。デスマスクは顔を青くしながら5分ほど全身から脂汗を流し、硬直してしまった。しかし、ムウは一向に目を覚まさない。起きているのではなく寝息をたてずに寝ているのだと気づくと、デスマスクはエプロンのポケットから薔薇の花を取り出し、不気味に眠るムウの口元に麻酔薔薇を近づけた。効果の程は先日ミロで確認済みである。棚に置かれた目覚し時計のスイッチを消し、第一段階無事終了。デスマスクは再び足音を立てずにムウの寝室を後にした。

 台所に侵入すると、デスマスクは作戦の成功にガッツポーズを決めた。そして早速冷蔵庫のチェックに入る。観音開きの大形冷蔵庫に感心しながら中身を物色。双児宮とは正反対の、妙に所帯じみた冷蔵庫にデスマスクは笑いを浮かべた。そもそも台所からして変である。オープンレンジから電子レンジまできちんと揃ったシステムキッチンが、どうして白羊宮にあるのだろうか。しかも、大人が3人入っても窮屈でないほど広く、きちんと整理整頓されており、油染み一つなく磨かれている。あまりの待遇のよさに、デスマスクは声を出して笑いそうになり、あわてて口を抑えた。

 清潔で広い台所を隈なく散らかし、デスマスクは得意のカニ料理を大量に準備する。ピンクのワンピースの裾を翻し、鼻歌を歌いながカニの殻を素手で粉砕するオカマの姿は異様他ならない。カニパン、カニスープ、カニサラダ、カニパスタ、カニの活き作り・・・次々にカニ料理を並べてゆく。カノンの作戦書によると、そろそろシオンが起きる時間なので、手を洗っていそいそと、寝室へ向かった。

 扉を開けてまず目にしたものは、壁に貼られた城戸沙織のアテナ等身大ポスターであった。机の上には女神のプロマイドが金細工の豪華な写真立てに入れられ、大量に飾られている。ただのアイドルおっかけやミーハーと違うのは、写真の横には銀の燭台、ロザリオ、そして聖書が置かれてた。デスマスクはシオンが筋金入りの宗教家であることを、あらためて実感した。

 シオンを驚かせてやろうと、先ずは声をかけずに体を突っついてみる。シオンは眠たげな声で反応した。

「・・・まだ3分15秒早いぞ・・・。」

 デスマスクであることに気づいていないようだ。もう一度起こそうとしてシオンに手を伸ばすと、デスマスクはその手を掴まれ、ものすごい力でベッドの中へと引きずり込まれた。あっという間に体を抱きかかえられ、頬や唇、首筋に何度も口付けされる。デスマスクの悲鳴でようやく瞼を開いたシオンは、布団の中で悲鳴の主と目が合うと、ベッドから豪快に蹴り落とした。

「なんだ貴様は・・・・。」

 床に転がる奇妙な物体を見下ろして、シオンは威圧した。ムウだと思って引きずり込んだ相手が、女装したデスマスクだということが判明すると、シオンは眉間に皺を寄せ、心から残念そうに首を振る。デスマスクの抗議などまったく聞いていない。

「ゴラァ!エロジジィ!朝っぱらから何しやがるんだ!。」

「・・・ムウにしては抱きごこちが悪いと思ったら・・・。貴様、余の寝込みを襲うとはいい度胸だな。」

「誰が襲うか、このエロ羊!」

「ところで蟹よ。何ゆえそのように奇天烈な格好をしておる。」

 デスマスクの気色悪い女装にまったく動揺しないシオンは流石であった。デスマスクは今日は自分が”デスママ”であることを思い出し、乱れたワンピースとエプロンを直して、シオンに事の次第を説明する。

「・・・と、いうわけで、いつも頑張っているムウに朝寝坊させてあげようという、慈悲深い企画なのだ!、じゃなくて、企画なのです。では、よろしく唱和お願いします。『おっは〜!』」

 不機嫌そうなシオンの目の前で、デスマスクは両手を広げて不気味に笑った。当然シオンは更に不機嫌になる。

「珍しく成功したと思ったのに・・・どうして蟹かのぅ・・・。」

 シオンはデスマスクの顔を見て、再び嘆かわしく首を振る。そして、デスマスクを無視してベッドから降りると、アテナ等身大ポスターの前に土下座して、朝っぱらから祈りはじめた。こうなっては、もはやデスマスクにはどうすることも出来ず、「おっは〜」をあきらめて、ムウの寝室へ向かう。

 ここでムウが起きてしまっては、今までの努力が水泡に帰してしまうので、再び細心の注意を払って扉を開く。二人ともまだ眠っている。弾力ある子供の頬を指で押すと、貴鬼はすばやく目を覚ました。そして、自分を上から除き見ている、不気味なオカマと目が合うと、ニヤリと笑う。カノンから”慎吾ママ大作戦”の話を持ちかけられて、思わず作戦にのってしまったのは、本当にムウを思いやる気持ちゆえだった。もし失敗しても、怒られるのはデスマスクだけだろうとカノンから言われている。デスマスクが声を殺して「おっは〜」をすると、貴鬼も小さな声で「おっは〜」と両手を広げた。

 とりあえず作戦が順調に進んでいるので、デスマスクは上機嫌で再び鼻歌を歌いながら、台所でカニ料理を続けた。腰を振りながら踊ってコーヒーをいれている不気味なオカマを無視して、シオンは食卓でいつもどおり新聞に目を通す。7時になると、カノンの作戦書に書かれているとおり、アルデバランが現れた。食卓の前で偉そうに腕を組んでいる女装のデスマスクを見て、アルデバランは吹き出した。

「何やってるんだ、お前?それは”慎吾ママ”のつもりか?」

「そうともよ。この”デスママ”がムウに朝寝坊させてやろうというのだ。というわけで、『おっは〜』。」

「はいはい、『おっは〜』」

 物分りのいいアルデバランに、デスマスクはご満悦で、再びクルクル回りながらコーヒーをいれる。アルデバランはシオンに膝をついて挨拶をしてから席につき、デスマスクが運んでくる料理に驚きの声をあげた。

「朝から随分と豪華だな。」

「俺を誰だと思っている!シチリアのゴッドマザー”デスママ”だ!ぐははは!」

 ずらりと並んだ蟹料理に目を輝かせ、アルデバランと貴鬼がスゴイ、スゴイと誉めるので、デスマスクはさらに上機嫌になり席についた。シオンが手を合わせて祈りの言葉を唱え始めると、アルデバランと貴鬼もそれに従う。一向に終わりそうもないお祈りに、デスマスクは痺れを切らした。

「あーーーーーー!!!そんなに朝から祈ってたら女神が迷惑するだろが!お祈り終了!はい、『いただきまーーーす!』」

 有無を言わせないオカマの迫力で、強引に食前の祈りを終了させ、デスマスクは席を立ち料理をとりわけはじめた。朝食というよりは夕飯である。とりあえずカニ料理のフルコースに手をつけたシオンは、スープを一口すすると、いきなりスプーンをおいた。

「蟹よ・・・何故ミソスープからマヨネーズの味がするのだ?。」

「ミソスープだけじゃぁありませんぜ教皇!。パンもサラダもパスタも刺身もぜーーんぶマヨネーズ味です!。『積尸気風毛タラバズワイワタリ蟹三昧浅草マヨスペシャル』これぞまさに”慎吾ママ”!ぐははは!」

 デスマスクのカニ料理はTV番組に忠実に、全部マヨネーズ仕立てであった。馬鹿笑いするオカマに、シオンは更に不機嫌そうな顔をする。たとえ口に合わなくても、「食べ物を粗末にしてはいけない」という精神で、出された料理を残さず食べるシオンは、腐っても教皇であった。

「はぁ〜。何故このようなむさくるしいオカマを見ながら、朝食をとらねばならぬのだ。・・・可愛いムウの爽やかな笑顔で目覚めぬ朝など、来なくてもよいのにのぅ・・・。」

 カニパンをちぎりながらシオンはぼやく。どこをどう見たらムウの憎たらしいスカした顔が可愛くて爽やかなのか、デスマスクにはさっぱり解らなかったが、羊の棲家で反論しても返り討ちを喰らうだけなので、黙って聞かなかったことにする。貴鬼とアルデバランは毛蟹をほじくるのに一所懸命で、シオンの話など聞いていない。

 貴鬼とアルデバランでほとんどの蟹を平らげ、蟹三昧の朝食を終わらせると、デスマスクはさっさと3人を追い出しにかかった。

「はいはい、みんな出かける出かける!デスママはお片付けで忙しいんだ!」

 デスマスクは再び新聞を読み始めたシオンの頭に、教皇の冠をのっけて新聞を取り上げる。

「はい、おじーさん、お仕事いってらっしい!。子供はランドセル背負って学校、学校!」

 そういうと、工房にあった適当な聖衣ボックスを貴鬼に背負わせ、シオンと一緒に白羊宮から追い出した。

「おいら、学校いってないのになぁ。どうしよう、シオンさま。」

「そうだのぅ・・・余と供に教皇の間へ行くか?」

「わーい、今日はシオンさまのところでお勉強だ。」

 シオンが貴鬼の手を引き、十二宮の階段を上っていくのを見送ると、今度は、ご丁寧に食べ終わった食器を台所に下げているアルデバランを白羊宮から追い出す。ただし、階段の手前でデスマスクは自分の頬を指差し、とんでもない要求を押し付けた。

「おい旦那!俺の蟹料理をたらふく食ったからには、『お出かけチュッチュ』だ。」

「は?」

「いっつもムウにしてるんだろう!さっさとここにキスして金牛宮に帰れ!」

「そんな事しておらんぞ。」

 偉そうに仁王立ちで自分を見上げる女装のデスマスクにアルデバランは呆れ果てて、眉をひそめた。

「いいから、挨拶だと思ってキスしてけ!ほら!」

 突き出された頬に、アルデバランはいやいや軽くキスをする。デスマスクは”慎吾ママ”ごっこが順調に進んでいる事が嬉しくて、ついにやけてしまったが、それはアルデバランを震え上がらせるのに充分だった。これ以上デスマスクに付き合っては、何を要求されるかわかったものではない。いまだ目を覚ましていないムウのことが気にかかったが、怒らせたら恐いことは、他ならぬデスマスクが一番よく知っているはずなので、ムウにはなにも出来ないだろうと考え、アルデバランは急いで白羊宮から立ち去った。

 羊と牛を追払い、デスマスクは自分で自分が信じられないくらい、一所懸命に台所を片づけた。野菜クズ一つでも落ちていようものなら、それこそ下手したらあの世行きである。でなくても、一度ムウの逆鱗に触れて、瞬殺されているので、デスマスクは命懸けでキッチンを磨いた。

 時間はちょうど9時。シンクに写った自分の顔を見て、デスマスクはニヤリと笑った。後片付けは完璧である。これならば、イヤミの百や二百はいわれても、半殺しにされる事はあるまい。最後の大仕事「お母さんを起こす」ため、デスマスクはムウの寝室へ向かった。

 麻酔薔薇の効果は絶大だった。ムウは依然として寝息を立てずに死んだように眠っている。本当に死んでいるのかと思われるくらい、その表情は一切動かず、体もまた微動だもしない。ムウの寝ている姿を観察していたデスマスクは気味悪くなり、思わず、このまま起こさずにトンズラしてしまおうと考えたが、それでは画竜点睛に欠けるので、TVの”慎吾ママ”に従い、ムウのベッドに忍び込んだ。

 デスマスクはムウと顔を突き合わせるように横になってみたが、ムウはまったく気付いていない。不気味に死んでいる、いや、眠っている。あまりにもムウが無反応なので、デスマスクは妙に落ち着いてしまい、しばらくムウの寝顔をしげしげと眺めていた。こんなに間近で、しかもゆっくりとムウの顔を眺めるのは初めての事である。確かに端正な顔立ちで、人形のようだ。人畜無害に寝ていれば、意外と可愛いのかもしれないと、思ってしまったのが運の尽きだった。

「ふふふふ、黙ってい寝ていれば可愛いではないか。このまま永遠に眠っているがいい、ぐははは!!!」

 デスマスクは邪悪な笑いを浮かべて積尸気を呼び起こす。ベッドの中で積尸気冥界波を繰り出そうと思った瞬間、パチリと小さな音がして隣の麗人が目蓋を開いた。

「お、おっは〜!」

 ひきつりながらも笑って、手を開いてムウに朝の挨拶した次の瞬間、デスママは瞬く光に包まれ姿を消した。

 

 

「あ、ムウさまの小宇宙が!」

 貴鬼は隣のシオンを見上げて同意を求めた。教皇の間で貴鬼に宗教学を教授していたシオンも、ムウの小宇宙が爆発したのを、もちろん感じ取っていた。そして、同時にデスマスクの小宇宙が消滅した事も。

「今の小宇宙からして、スターライトエクスティンクションであろう。即死だな。」

「カニのオジサン失敗しちゃったんだね。」

 貴鬼とシオンはケラケラと声をたてて笑う。仮面の下のシオンの顔は貴鬼の子悪魔のような笑顔にどことなく似ていた。

「同じ技を二度もくらうなど、聖闘士の風上にもおけぬ大馬鹿者め。」

「そうかー。バカは死んでも治らないんだ。おいら、がんばって勉強しなきゃ。」

 二人は三度散ったデスマスクの事などさっさと忘れて、勉学に勤しんだ。

 

 

 その頃スニオン岬の先端・・・・

「ふっ、馬鹿な蟹め。わーははははははは!。あー、おもしろかった。」

 青銀の髪を海風になびかせ、カノンは”デスママ”の失敗に何度も笑い声を上げていた。

 

 

 一方その頃冥界では・・・・・

「おっはーー!」

 陽気に挨拶する女装のデスマスクにハーデスは絶句していた。

「さっさと地上に戻れ!この化け物がーーーー!」

 ”デスママ”、ハーデスの怒りを買って無事?生還。

 


End