白羊家の食卓14(どっちの派閥ショー)

 

ダイニングテーブルにずらりと並んだロシア料理に、少し遅れて巨蟹宮からあがってきたデスマスクは思わず口笛を吹いた。

「お前もつくづく器用な奴だな、カミュ」

「ありがとうございます、デスマスク」

いつもの調子を取り戻したカミュは、小さく笑みを浮かべデスマスクに頭を下げる。その目の前に小さな箱が差し出され、わずかに眉根を寄せて小首をかしげた。

「なんです?」

「おう、手ぶらで招かれるほど、俺っぴは礼儀知らずじゃねぇぞ!」

「すみません。私は昨日手ぶらでした……」

「あぁん? 気にすんな、俺っぴはそんなことを気にするほど、ケツの穴の小さい男じゃねぇからよっ!」

と言いかけたデスマスクは、慌てて口を閉じて冷や汗を流す。既にダイニングに座っていたシュラが目をらんらんと輝かせて立ち上がったからである。

「いや、ケツの穴云々はあくまでも例えだからなっ! まぁ、今日か明日にでもこいつらと食おうと思ってたところだから、マジで気にすんなっ!」

クッキーの箱を手渡すと、デスマスクはシュラの隣に座り足を組んだ。

その箱をまじまじと見ながら、カミュは首をかしげてサガを見た。

「いつも皆でお茶をしてるのですか?」

「いや、私はいつもではないが、デスマスク達はよく集まっているようだ。私は三人が気を遣ってくれて誘ってくれるから、いつも甘えているだけだ」

「そうですか……」

カミュがサガからデスマスクに視線を転じると、既に料理を口にし始めているデスマスクは片眉を吊り上げ笑った。

「友達なんだから、別におかしかねーだろ? なんか問題でもあんのか? つか、お前みたいなエロ瓶と違って、こっちは下心なんてねぇしな! 単純にダチとして茶を飲んでるだけだぜ。まぁ、ホモのお前には分らねぇかもしれんがな!」

「いえ、そういうわけではないのですが……」

「なんでぇ、はっきりしない奴だな。何が言いてぇんだ?」

はぁん? とデスマスクは眉根を寄せてアフロディーテに視線で問う。それを受けたアフロディーテはクスクスと笑った。

「なんだよ!!」

「ムウと旦那のランチに誘ってもらえなかったから拗ねてんのよ」

「はぁ!?」

意外な答えに思わずデスマスクが素っ頓狂な声を上げると、同時にサガとシュラもカミュに顔を向ける。

カミュは口をへの字に曲げ眉根を寄せた。

「違うと言っているではありませんか。勝手に決め付けないでください」

その態度と表情が何よりもカミュの気持ちを表しており、彼の言葉が強がりであることが分る。

デスマスクが思わずぷっと吹き出し、終いには大袈裟に声を上げて笑い出す。

その態度にカミュはますます不機嫌になって顔をしかめた。

「あったりめぇだろう、お前がムウに誘われるわけねぇよ!」

「な、なんでですか!」

カミュは眉を上げ、思ってもよらなかったデスマスクの言葉に飛び跳ねるように食いついた。

「何をすっとぼけてんだ、サガ派の人間が誘われるわけねぇっての」

「なにっ!?」

まさか自分の名前を呼ばれるとは思わず、カミュよりも早くサガが反応を示す。

「デスマスク、なんだそのサガ派というのは!!」

「んだから、サガ派はサガ派だ。お前、サガ派のトップなのに、そんなことも知らねぇのかよ。一応腐っても俺らの大将なんだからしっかりしてくれよっ!!」

まったくもってわけが分らないサガは、カミュ以上に眉間に皺を寄せる。

カミュもまた当然理解できておらず、サガと思わず顔を見合わせた。

その姿に、シュラ、アフロディーテ、デスマスクの三人もまた同時に顔を見合わせると、だめだこりゃとばかりに首を横に振った。

「お前は俺ら裏切り者の総大将だってことだ。そうだろう?」

ビシッとデスマスクがサガを指差す。

サガは頬を引きつらせることしか出来なかった。デスマスクの言葉通り、サガは今も昔これからも裏切り者の総大将に他ならない。

「んで、その子分だった俺らはサガ派ってわけさ。十二宮の戦いでも揃って討ち死にしちまったし、アベルん時やハーデス軍との聖戦、俺らはいつでもサガと一蓮托生、運命共同体だっただろう?」

自分に突きつけられたデスマスクの指先に、サガは小さな唸り声を上げた。すべて事実なので否定のしようがない。

「それによぉ、俺らは今まであいつら正義のお子様達と仲良くしてたわけじゃないし、これからも仲良くする必要はねぇだろう。俺らは13年間この面子でやってきたんだ、今更正義の仮面かぶって、奴らとなぁなぁになれるわけがねぇよ」

アフロディーテとシュラが頷いて同意を示すが、しかしカミュは納得行かなかった。

「すみません、私は裏切り者ではないのですが……」

「はぁ?」

と年中組み三人の声が響く。

しかし彼らの反応にカミュは彼ら以上に驚いた。

「私は裏切り者ではありません。十二宮の戦いにおいても、女神を裏切ったわけでもありませんし、サガの側についていたわけでも決してありません」

キョトンとなった年中三人は再びお互いに顔を見合わせた後、サガに視線を移した。

「うむ、確かにカミュは私の悪事に加担したことはないはずだが。もう一人の私がどんなに命令をしても、カミュは『子育て』を理由に頑として動かなかったからな。聖域に呼び戻して直接命令しても、延々と子育ての話をして人の話など聞きはしなかったからな……」

「子育てではありません、弟子の修行です!」

「ほら、この通りだ。アーレスに命令された悪事ならともかく、私が頼んだまともな仕事すら……」

サガが静かに首を横に振りながら深い溜息をつくと、カミュは心外だとばかりに眉を吊り上げた。

「私は弟子の育成に忙しかったんですよ、サガ。三人もの弟子を抱えていたこちらの身にもなってください。しかも氷河とアイザックは一番可愛い盛りで一時も目を 離さなかったんです。彼らは初めての弟子入りで、何から何まで手取り足取り指導してやらなければなりませんでしたし、彼らにも私にも毎日が緊張と勉強の連続だったんです。しかしそれらは決して苦ではありませんでした。なんといっても彼らの成長を間近でみられるのですから、本当にアイザックも氷河も可愛く て、いつも頬と鼻を寒さで赤くさせながら先生、先生と擦り寄ってくるんです。あの子達は私がどんなに厳しくしても――」

カミュが悦に入って話始めたのを見て、アフロディーテは小さく溜息をつく。

「あっ、サガ。胡椒取ってぇ〜」

アフロディーテに言われ、サガは無言で手元の胡椒を手渡し、

「あっ、ワイン足りねぇな……水で我慢すっか?」

とデスマスクが言えば、シュラがすっくと立ち上がりキッチンからワインを探して持ってくる。

その間、カミュの話は当然誰一人として聞いていなかった。

 


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