ああ!女神さま!(聖域女子校)

 

聖域の女聖闘士訓練所は、有刺鉄線に囲まれた全寮制女子校のようなところで、聖闘士を目指す6歳から15歳くらいまでの女の子と指導者が集団生活をしていた。外に住んでいる魔鈴やシャイナといった女聖闘士たちも、後輩指導のために頻繁にここを訪れる。

もちろん男子禁制で、立ち入った男は殺されても仕方ないという掟があり、めったに近寄る男もいなければ、侵入を試みて生きて帰ってきた者もほとんどいない。

しかも教皇シオンが大の女嫌いで二百年以上もまったく査察を行わなかったために、聖域の法も届かぬ無法地帯と化していた。
そうはいっても、完全な無法地帯ではなく、訓練所内には独自の厳しいルールがあり、皆それを順守していた。

ユーリの案内で訓練所にやってきた沙織は、まるで荒野の真ん中に現れた刑務所のような光景に驚いた。
アイオロスから聖闘士の女子校と聞いていたので、日本にあるような女学校を想像していたのである。
花壇のひとつどころか、ぺんぺん草一本も生えていない。

有刺鉄線の柵を見上げると、そのてっぺんに人間の頭蓋骨がぶら下がっているのを見つけ、沙織は思わず悲鳴を上げてシオンに抱きつき、抱きつかれたシオンも女嫌いのあまりに声にならない悲鳴をあげた。

沙織「な、なんですか、あれは!私に対する嫌がらせですか!」

ユーリ「め、滅相もございません!あれはここへ侵入しようとした男の骨だと聞いております。私がここに来る前からありました」

沙織「何でそんなものを飾っているのですか?!」

ユーリ「よからぬことを企む男どもへの見せしめだと聞いております」

沙織「みせしめ?」

ユーリ「ここへ近寄った男は問答無用で殺してよいことになっております」

沙織「……まぁ、なんて恐ろしい」

ユーリ「そうでないと、未熟な訓練生たちが男にレイプされちゃいますから」

生々しい現実を語られ、沙織は絶句した。
聖域は眩しい聖衣を纏った聖闘士たちが青春ごっこをしているだけの世界ではないのである。

ユーリが門番をしている女雑兵に近寄り声をかけると、門番たちは沙織とシオンに慌てて挨拶をして門をあけた。

門をくぐった沙織は気づいて振り返った。シオンが門の外で立ち止まっているのだ。

沙織「シオン〜〜、入っていいのよぉ」

シオン「……やはりここは男子禁制でございますゆえ……」

沙織「これは女神命令です。きなさい」

女神命令に逆らえるはずもなく、シオンは仮面の下で露骨に顔をゆがめ、全身に鳥肌を立てて門をくぐった。

敷地内に人影はなかった。昼を過ぎたころなので休憩時間なのだろう。
何もない広い敷地の真ん中に、倒壊寸前の建物群があり、ユーリはそこへ二人を案内する。

沙織「え……ここは?」

ユーリ「訓練生はここで暮らしています」

沙織「……こ、これも修行のうちなのかしら?」

シオン「おかしいですのぅ、きちんと予算は配分しておりますが」

ユーリ「お金だけいただいても、直せる人がいませんから……」

シオン「ふむ、なるほど。しかし男を入れるわけにはいかぬからのぅ」

沙織「これでは、うちの犬小屋のほうが立派だわ。シオン、なんとかしなさい」

シオン「御意」

ユーリは何をどういう風になんとかしてくれるのか聞いてみたいところであったが、そんなこともできるはずもなく、過剰な期待はしないことにした。

 

訓練所の頂点に立つのはもちろん聖闘士で、白銀聖闘士のシャイナである。
魔鈴は日本人のために、つい最近まで冷遇されていたが、最近はしっかりとNo2扱いされている。
その次はジュネとユーリで、後は年功序列&強い者順であった。

面倒見のいいシャイナは後輩たちに日本から持って帰ってきたお土産をばらまいた。
邪武たちに買わせてきたチョコレートやスナック菓子である。
ムキムキマッチョな女でも、皆年頃の娘さんなのでシャイナの土産に大いに喜び、ますますの忠誠を誓う。

しかも、建物内は完全に男の目がないので、皆仮面をはずしてバリボリとお菓子を貪った。

シャイナ「そういえば赤毛のチビがいないねぇ、どうしたんだい?」

候補生A「あ、あいつなら2ヶ月くらい前に逝っちゃいました」

シャイナ「そうかい。で、ちゃんと死体は埋めたんだろうね?」

候補生A「……たぶん」

シャイナ「なんだい、その多分っていうのは!」

ジュネ「きちんと深く埋めてなかったら臭ってくるからわかりますよぉ」

シャイナ「汗臭いのはいいけど、死臭は勘弁だよ。臭ってきたらただじゃおかないからね!」

訓練生A「はい、どうもすみません……」

シャイナ「それから、黒髪のヒョロっちいのはどこいった?」

候補生B「あいつは便所でリンチ中でーーす」

シャイナ「で、もう何日くらい入れてるんだい」

候補生B「二週間くらいだと思います」

シャイナ「そろそろ出してやんな、首でもつられたら面倒だからね」

候補生B「はーい」

ジュネ「ちょっとぉ〜〜〜ゴミ当番だれよぉぉ、生ゴミくさってるぅぅぅ、っていうか分別してないのぉ?」

シャイナ「まったくユーリは何やってるんだい!」

訓練生C「ユーリさんは、教皇の間の仕事してます」

シャイナ「はぁぁん、ずいぶんと偉くなったものだねぇ。で、ゴミ当番誰だい?ゴミ当番!呼ばれたら返事!!」

小声で返事をした10歳くらいの少女たちが先輩に蹴られてシャイナの前に進み出る。

シャイナ「歯食いしばりな」

ジュネ「顔はダメですよ、シャイナさん。ボディにしないと。仮面かぶれなくなっちゃうから」

シャイナ「わかってるよ、んなこと!うらぁぁっ!」

シャイナが腹を蹴り飛ばすと、それを合図に上級生たちがゴミ捨てをサボった後輩をたこ殴りにする。

まだ聖域に来て間もない子供だけがその光景に震え上がったが、こんなことは日常茶飯事であり、ソファの上に根っころがって足指マッサージをしていた魔鈴は仮面をしたままあくびをした。

シャイナ「それにしても汚い部屋だね。今晩片付けておくんだよ」

魔鈴「あ、そういえば……昨日ユーリが教皇が視察に来るとか言ってたなぁ」

シャイナ「はぁ?冗談にしちゃつまらないね。あの女嫌いが来るわけないだろう」

ジュネ「二百年以上放置ってマジなんですかぁ?」

シャイナ「だからこんなにボロイんじゃないか。シャワーだってろくすっぽ水でないし」

魔鈴「そうだよなぁ。来るわけないよなぁ。女神が見学に来たいって騒いでいたらしいけど、ま、いくらあの我侭お嬢様の頼みでもねぇ」

その時、軽くノックの音が聞こえるとすぐさまガチャっと扉が開き、全員が硬直した。

扉の向こうに豪華なローブを纏った教皇が立っていたのである。

汚い部屋の中に女がびっしり詰まった光景を目にしたシオンは、条件反射で思わず扉を閉めてしまい、すぐさま中からけたたましい悲鳴があがった。

まさかシオンが来るとは夢にもおもっていなかったので、仮面をはずしている者もいれば、パンツ1枚で走り回っている子供もいるし、シャワー上がりで腰にタオル1枚の者もいる。

二百年ぶりの男の来訪に、訓練所はパニックに陥った。

沙織「あら、シオンどうしたの?」

シオン「……六分儀座よ、お前はきちんと皆に伝えたのか?」

ユーリ「魔鈴さんにちゃんと言っておいたのですが……も、申し訳ございません!!」

廊下にひれ伏し謝罪するユーリに、シオンは中の様子を見てくるよう命じ、部屋の中に入れたのは30分後であった。


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