Happy Valentine's Day

 

いつもはシベリアで弟子の指導に当たっているか、十二宮の上のほうで時間を過ごすことの多いカミュが、珍しく白羊宮に出入りしているので、ミロは久方ぶりにコタツの中から顔を出した。

ミロが白羊宮のコタツに生息していることは、カミュも知っており、あまりにも堂々とした逢引に、ミロは眉間に皺を寄せた。ムウもムウである。アルデバランが帰国している隙に間男を連れ込むとは、よほどのスキモノだ。いつもカノンの尻を追い回していることを棚に上げて、ミロはムウとカミュに一言言ってやろうとコタツの中から出ると、白羊宮に広がるバターとバニラの香に腹を鳴らした。

「くっそう、台所で菓子プレイかよ。俺も混ぜろ!」

ミロの脳内では、裸体にエプロンをまとったカミュが、大きな皿に乗った紫羊の生クリームあえをペロリと食べていた。もちろんミロもそれを頂こうと、いそいそと台所へむかう。案の定、ミロの視界に入ってきたものは、ムウを背中から抱いているカミュの姿であった。あの赤毛は間違いようがない。

しかし、ミロが声をかけるよりも早く、カミュはムウの肘鉄をくらい、その場にうずくまったのだった。ミロの笑い声が台所に響き、カミュは涙目でしゃがんだまま振り返る。

「おや、コタツから出てきたのですか。珍しい。」

「カミュ!何やってんだよ!!」

ムウを無視してミロはカミュの胸座を掴んで持ち上げた。しかし、いくらミロがすごんだところで、クールな男のカミュが動揺するはずもない。

「見ての通りだ、ミロ。」

「俺がいるって知ってるくせに、何堂々と浮気してんだよ!」

「浮気?私たちは、菓子を作っているんだ。」

「今、ムウに抱きついていたじゃねーかよ!」

「ふ、ベッドに誘ったが断られたのだ。よって浮気ではない!」

「・・・それって浮気じゃん。」

カミュはミロの手を振り払うと、乱れたエプロンをきちんとなおし、ムウの隣に立って作業に戻る。しかし、カミュの手は作業しながらも、ムウの尻を撫でまわしており、ムウがその手をはたくと今度はムウの方がカミュの片尻を鷲づかみにした。

「貴方と寝所を供にするのは、また今度ですね。こんな硬い尻に挿すのは嫌です。」

ムウに尻を揉みしだかれ、カミュはうそ臭い笑顔を引きつらせ、額に汗を浮かべる。いつも教皇から性的虐待を受けているムウである。カミュはてっきりムウが真性マゾだと思い口説いてみたが、このままでは自分の方が掘られてしまうような気がして、両手をあげて降参した。

「おい!麻呂眉!俺のカミュに手を出すんじゃない!!」

仲間ハズレにされたミロが怒鳴ると、二人は振り向き、両者とも冷笑を口に浮かべる。

「おや、ミロ。まだいたんですか?」

「さっさと天蠍宮に帰れ!」

ムウとカミュに冷たくあしらわれたミロは、青い瞳に涙をにじませると、『バカヤロー!』と捨て台詞を残し、歯を食いしばって走り去っていった。

 

次の日

今日の執務当番の相方が、シュラということでデスマスクは機嫌がよかった。話のわかる相手だと、仕事をするにも楽である。いつも通りの派手なスーツに身を包み、口笛を吹きながら教皇の間へと出勤していったが、デスマスクは今日があの日であることを覚えていたなら、こんな服は着ていかなかっただろう。

礼拝が終わるとシュラとデスマスクは教皇の命令に、露骨に嫌な顔をした。すかさずシオンに仮面越しに睨まれ、『はい』と返事をする。

程なく現れた神官達が抱え持ったそれらを見て、シュラとデスマスクは冷や汗を流すと、シオンに付従い教皇の間を後にした。

聖域のふもとの村々では、年に数回もない教皇の慰問に賑わいを見せていた。真っ白なローブを纏ったシオンの神々しい姿に老人は地にふせて拝み、感涙している。生まれたばかりの仔山羊に祝福を求めるものもいれば、生まれてくる子供の名前を付けて欲しいと申し出てくる夫婦もいる。
そして、この日はいつもよりも格段に子供の姿が多かった。子供達の目当ては、シオンや神官が配布している菓子である。この日は他でもないバレンタインデーであり、教皇からのプレゼントに、子供達は我先にと慰問の一団に駆け寄ってくるのだ。

しかし、今年は若干その様子が違った。子供達が、親に促されるまで、じっと一団を凝視しているのである。原因は他ならぬ、強面の聖闘士二人デスマスクとシュラであった。二人ともローブを纏ってはいるものの、襟元からは派手なスーツが覗いており、その上に乗った顔も、マフィアと見紛うばかりに他人を威嚇してる。
シオンや神官の手から菓子を受け取る子供はいても、この二人から受け取る者はいない。挙句の果てには、デスマスクと目の合った小さな女の子が泣き出してしまい、それを笑ったシュラと目の合った男の子も泣き出して、二人はシオンに頭を殴られた。

「お前達、顔が恐いのじゃ。笑え、笑うのじゃ!」

シオンの言葉に従い、シュラとデスマスクは無理矢理顔に笑いを浮かべてみるが、どうみても邪悪な笑みである。シオンは困ったように首をふった。

「・・・、もうよい。お前達、以後子供に泣かれたら減俸じゃ。」

シオンの無茶な命令にデスマスクは挙手をして発言をする。

「私は子供を泣かすのが仕事のようなものですから、それは無理です、教皇!むしろ泣いたら私の勝ちってことで。」

しかし、シオンがそんな事を認めるはずもなく、デスマスクは再びシオンに頭を殴られた。

「でしたら、教皇。デスママに着替えてきますんで、お待ち下さい。」

「余計に子供が泣くではないか馬鹿者!よいか、その篭に入っておる菓子を全部配り終えるまで、子供を泣かすでないぞ。」

シュラとデスマスクは渋々返事をすると、籐の篭に入ったお菓子の山を見て溜息をついた。

 

バレンタインのプレゼントを買いにアテネ市内まで出かけていたアイオロスとアイオリアは、その帰り道、聖域の麓の村で珍しい光景に出くわし、思わず声を出して笑った。背丈の低い人ごみに埋もれているのは、子分のシュラと、デスマスクである。この強面のオジサンたちが何もしないと悟った子供達に、二人はもみくちゃにされていたのだ。

「なつかしいなぁ。私も教皇から貰ったっけなぁ。」

アイオロスはそう言いながら、シュラからお菓子の篭を奪い、大きな手をその中に入れて菓子を掴むと、天高くばらまいた。菓子の入った袋が冬空に舞い、子供達はそれを掴もうと、周囲に散らばる。

「くそう、ああすればよかったのか!」

デスマスクがアイオロスをまねて菓子を投げようとすると、後頭部をまたしても鉄拳で殴られ、顔を邪悪にゆがめて振り返った。もちろんデスマスクを殴ったのはシオンであり、デスマスクはあわてて、謝罪する。

「食べ物を粗末に扱うでない、馬鹿者が。アイオロス、お前もじゃ。用がないならさっさと帰れ。」

シオンに怒られ、アイオロスは頭を掻いて謝ると、シュラに篭を返却する。しかし、村人は『アイオロス』という名に敏感に反応を示しており、突然現れた英雄に、村はますますの賑わいを見せた。一目アイオロスを拝もうと村人が押し寄せる。アイオロスはあわてて教皇に助けを求めるが、シオンはその手に菓子の篭を渡し、結局アイオロスとアイオリアも慰問の手伝いをする羽目になってしまった。

菓子を配り終わった一行は、村の教会の裏で焚き火に当たりながら、村人が用意してくれた軽食をとっていた。教会の中ではシオンが礼拝を行っている。

「アイオロス、こんな事毎年やってるんですか?」

シュラはサンドウイッチを食べながら、尋ねた。

「ああ、私も子供のときに貰ったことがるぞ。クッキーとチョコレートと、初めて見る菓子が入っていたな。」

「俺も貰ったよ。」

アイオロスに続いてアイオリアが言うと、デスマスクとシュラは感心したように肯いた。聖域圏では、どうやら伝統行事らしい。二人はバレンタインに教皇から菓子を貰ったことなど一度もなかった。

「このへんはど田舎だし、聖域近辺だけあって世間とかけ離れてるからな。子供にとっては、毎年聖域の偉い人がくれる菓子は数少ない楽しみなんだ。」

目を細めて、アイオロスは懐かしそうに言った。

「だったら、子供受けしそうな奴を連れて行けばいいのに、まったく。」

デスマスクがタバコに火をつけながら文句を言うと、シュラが苦笑いをしながら同意する。たまたま当番日だからというだけで、連れ出された挙句、顔が恐いと怒られたのではたまったものではない。

「昔は、私とサガで配りに行ったこともあるんだぞ。サガは慰問が大好きだったからな。」

美しい思い出に浸って遠くを見つめるアイオロスに、三人は目を見合わせて『やれやれ』と肩をすくめる。女神から許されているとしても、サガが大罪人であることには変わりなく、現在においては慰問などできるはずもなかった。

 

シュラたちと別れ、先に聖域から戻ってきたアイオロスとアイオリアは、再び珍しい光景に足を止めた。眼下の訓練場にいるカラフルな頭髪には、はっきりと見覚えがある。真紅の髪はカミュであり、薄紫の髪はムウである。二人が手合わせしているならともかく、訓練生に囲まれているのを見て、アイオロスとアイオリアは首をひねった。

「あ、あの二人も菓子配ってるみたいだよ、兄さん。」

アイオリアの言うとおり、まだ10歳にも満たない、おそらく聖域に来て間もない子供達に、ムウとカミュは菓子を配っていた。昨日カミュが白羊宮に来ていたのも、このためである。二人で配布用の菓子を焼いていたのだ。村の子供達と異なり、きちんと並んだ訓練生は、一人ずつ黄金聖闘士からお菓子を受け取ると、頭を下げて礼を述べていた。

「ふぅん、候補生にも配るようになったのか。」

「俺が候補生だったときは貰わなかったよ。」

「兄ちゃんの時だってそうだぞ。随分ゆるくなったんだな。」

ムウとカミュは子供と握手したり、頭を撫でたり、頬にキスをしたりと、訓練生に大サービスで菓子を配っている。村人には慈悲深く接するが、聖域中央においては、身分制度が非常に厳しいため、黄金聖闘士が訓練生にここまで丁寧に接することは珍しい。

あまりの物珍しさに、二人はムウとカミュが菓子を配り終えるのを待つことにした。

「おい、お前達がつるんでいるなんて、珍しいじゃないか。」

アイオロスに声をかけられ、訓練場からあがってきたムウとカミュは二人ですかして笑った。

「何か御用ですか?」

ムウの落ち着き払った口調に、アイオリアは妙な不快感を感じ眉を吊り上げる。しかし、アイオロスは気にした様子もなく、話を続けた。

「今年から訓練生にも配るようになったのか?」

「は?」

「菓子だよ、菓子。バレンタインの菓子。私が子供のときは、訓練生は貰えなかったぞ。」

ムウはかしげた小首を元に戻すと、カミュと目を合わせて口元に笑いを浮かべた。

「自主的に配布しているのです。」

カミュが答えると、今度はアイオロスとアイオリアが首をかしげる。

「青田刈りですよ。」

ムウの答えに、更に二人は首をかしげた。

「お菓子を配るのは口実に過ぎません。見込みのありそうな子供を物色しにきたのです。」

「今年はいまいちだったな、ムウ。」

「ええ、そうですね。シオン様に全部根こそぎ持っていかれてしまう前に、ツバをつけておくのですよ。ふふふ・・・。」

ムウとカミュの静かな笑いには、明らかに下心に溢れていた。聖闘士としての才能を見極めているのではなさそうである。アイオロスは呆れて溜息をついた。

「おい、お前たち、まったくバレンタインを何だと思っているんだ!」

「おや、これは聖域の伝統行事ではないのですか?」

アイオロスが怒ってもムウはいつも通りシレっとしている。

「シオン様も今ごろ、近隣の村で見込みのありそうな男の子をお菓子で釣っているではありませんか。貴方もそれで釣られたくせに。」

ムウの言葉に、アイオロスは遠い記憶の糸を手繰り寄せ、目を点にした。確かに、教皇から菓子を貰って間もなく、両親と供に聖域の中央まで礼拝に行った。そして、そこで聖闘士の候補生に選ばれたのである。

いままで美しい思い出として心にしまっておいたものの正体を知り、一つ大人になったアイオロスは、ムウとカミュが去ってもなお、呆然と立ち尽くしていた。

一方、カミュから手作りのクッキーとマドレーヌを貰ったミロは、撒き餌の残りとも知らず、大喜びをしてカミュと熱い口付けを交わしたのであった。

 


End