白羊家の食卓(ピクニック)

 

巨蟹宮の人面を磨いていたデスマスクは、暖かい春風に乗ってきた、複数の笑い声に気付き首をかしげた。上の宮の住人達、アイオリアとシャカは笑いに程遠い性格をしている。今日は宴会の予定も入っていない。
楽しい席に自分がいないことが気に入らないデスマスクは、いてもたってもいられず巨蟹宮を飛び出した。

「おい!俺っPiの断りなしに勝手に宴会を開くんじゃない!」

居眠りをしているシャカを無視して、叫びながら処女宮の裏庭になだれ込んだデスマスクは怒鳴った途端、固まった。目の前のバカ騒ぎは、宴会というよりは乱交である。弁当を囲って笑い転げるアフロとシュラのまわりを、下半身丸出しのカノンが駆け回り、それをミロが追いまわしていた。
仕事?帰りにタダ飯にありつこうとしたカノン自らが、ミロの弁当になりつつあったのである。

「ゴラ!蟹野郎、助けろ!」

股間を手で隠してドタドタと走り来るカノンにデスマスクは眉を吊り上げた。

「はぁぁん?てめぇ、誰にものを頼んでいやがる。『助けてください、デスマスクさま』だろうが!」

「ぅお!そんなことは、どうでもいい!助けろ!」

デスマスクの後ろに隠れたカノンは、それでも駆け足をやめずミロを睨みつけた。ミロはカノンから奪ったドラ●モンのトランクスを振り回し、ゲラゲラと笑いながら突進してくる。

「おう、デスマスク。カノンをくれ。いや、下さい」

指先でくるくるパンツを回しながらニヤニヤ笑うミロに、デスマスクは呆れてパンツを取り上げた。

「蠍小僧、昼間から酒盛りとは景気がいいな」

「はぁ?何いってんの。シラフだよ、シラフ。それよりカノンよこせよ。そこまで剥くの大変だったんだぞ!」

宴席より性質が悪いと思ったのは言うまでもなく、呆れはててデスマスクはパンツを思いっきり遠くへと投げ飛ばした。風にのってひらひらと舞う下着をカノンは走って取り返すと、光速で身に纏い、後ろから迫り来るミロに蹴りを入れた。

「何だ、デスマスク。宴会だと思ったのか?」

シュラの手招きで近寄ったデスマスクは、弁当をもくもくと食べているムウに気付いて、露骨に顔をゆがめた。

「お前らシラフで、アホだろう」

「失礼しちゃうわね。アホなのはミロたんよ!ミロたん!」

「で、何やってんだ?」

「ピクニックよ、ピクニック」

アフロディーテの回答にデスマスクはさらに顔をゆがめ、シュラの説明を聞いて大声で笑った。

「あーそーか、おめーダチいねーもんな。で、ひとりでピクニックか、さみしーなー」

勝ち誇ったように笑うデスマスクにムウの麻呂眉がピクリ動く。さらにアフロディーテとシュラにも笑われ、ムウの体からピリピリと鬼気が発し始めた。

「だから寂しくないっていってるでしょうーーーーー!!!!」

怒りに任せてピクニックシートを掴みあげたムウはそのまま一気に弁当やアフロディーテ、シュラ、デスマスクごと宙に吹き飛ばした。
そして、宙を舞うエビフライやうさぎの形をしたリンゴに我に返り、あわてて超能力で落ちてくる弁当を弁当箱の中へと瞬間移動させる。
投げ飛ばされた三人は呆然と芝生に尻餅を着き、突然のちゃぶ台返しに目を粒にした。

―――今のは『うろたえるな小僧』か?

―――『プチ・うろたえるな小僧』くらいじゃないの?

―――本気で怒らせたか?

―――怒ってる、絶対怒ってる!

―――ヤバイぞ、俺は消されるのはごめんだからな

三人は冷や汗を浮かべながら小宇宙を送りあうと、顔に作り笑いを浮かべて、弁当を詰めなおしているムウのご機嫌を伺った。怒りに任せてスターライト・エクスティンクションでも放たれたら、それこそまた冥界行きである。

「お前が寂しくないのは、よーくわかったから、だから怒らないでくれな」

「ごめんねぇ、ムウちゃん。そんな気にしないでぇ〜。美味しそうなお弁当が食べたかっただけなのぉ〜〜」

「す、すまねぇなぁ。俺っPiもよく積尸気に一人でハイキングに行くからよ、気にすんな」

「あ、お詫びといっては何だが、シェリー酒飲まないか。甘くて美味しいぞ、今もってくるからな」

「あ、アフロね、美味しいハーブティーがあるの、マフィンもあるから、今持ってきてあげるね」

「お、おう、ジェラート食うか、ジェラート!今持ってきてやるからちょっと待て」

ニコニコと笑いながら数歩後ろに下がると、三人は脱兎の如く処女宮から逃げ出した。

 

結局昨日はそのままトンズラしたアフロディーテであったが、ムウに根に持たれて、白羊宮を通るたびネチネチ言われるのも嫌なので、双魚宮付きの神官に紅茶セットとマフィンを持たせ、昼時を狙って白羊宮へと向かった。マフィンは朝一で光速でイギリスまで出かけ購入してきたものである。

同じくトンズラしたシュラは、カミュに作らせた大きな氷の塊をくりぬき、クーラーボックスを製作していた。そこへシェリー酒や甘口のワイン、グラスを入れて、くりぬいた氷の破片を詰める。持ち手にタオルを巻いてクーラーボックスを持ち上げて磨羯宮を下りようとすると、上からアフロディーテが声をかけてきた。

「あら、あんたも点数稼ぎかい?」

シュラはアフロの後ろに控えている、神官が持っている荷物を見てニヒルに笑った。

「聖衣を変な形に改造されるのはごめんだからな。デスマスクだってそうだろうよ」

シュラの指摘どおり、デスマスクもムウの機嫌をとるために、朝からイタリアに出かけてジェラートを大量購入していた。

手土産持参で白羊宮を訪れたデスマスクは、白羊宮の私室の入り口に鍵がかかっていることに気付いて小首を傾げた。
大体いつも白羊宮の扉は開けっ放しで、半居候のミロやカノン、アイオロスが挨拶もなしに自由に出入りしている。
それはムウが教皇命令でこの宮に常駐しているからであり、鍵がかかっているという事は、珍しく外出でもしているのであろうか。今日は執務当番ではないはずだ。
肩透かしを食らったデスマスクは、舌打ちすると発泡スチロールのクーラーボックスを持って、十二宮を登っていった。


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