十二宮サガの湯計画(巨蟹宮編)

 

病院帰りのサガは金牛宮の階段を昇っていると、双児宮から下りてくる蟹座の聖衣を小脇に抱えたデスマスクとすれ違った。

デスマスク「よぉ、病院帰りか?」

サガ「ああ。」

デスマスク「お大事にな。」

サガ「ちょっと待て、デスマスク。」

デスマスク「あん?」

サガの横を通り過ぎようとしたデスマスクは足を止めて振り返った。

サガ「聖衣など抱えて、一体何処にいくのだ?」

デスマスク「ああ、海水浴。」

サガ「は?かいすいよ・・・く?」

デスマスク「おうともよ。たまにはキャサリンも海であそばせてやらないとな。なんてったって、蟹だからよ、海に帰りたくなって突然家出されたら困るしな。それにこう暑いと水浴びでもさせてやらないと、キャサリンがかわいそうだろう。なんてったって、蟹だからな!」

サガ「それで、肩に担いでいる荷物はなんだ。」

デスマスク「ああ、これか?これは俺っぴの水着だ。」

サガ「は?」

デスマスク「一緒に海で泳ごうと思ってな。だってよ、俺っぴが一緒でないと、キャサリンが溺れっちまうだろう。ちゃんと浮き輪をつけてやるつもりなんだが、波にさらわれたら大変だからな。」

サガ「それは・・・溺れるというよりも、沈むのであろう。」

デスマスク「んなもん、どっちだって一緒だ。とにかく、俺はこれからキャサリンと海水浴に行くんだ。」

サガ「お前、馬鹿であろう。」

デスマスク「お前に言われたくないぜ。それじゃな。」

サガ「ちょっと待て、デスマスク。」

軽く手を上げてデスマスクは踵を返すと、再びサガに呼び止められた。

デスマスク「なんだよっ!」

サガ「お前、どこの海にいくつもりなのだ。」

デスマスク「そりゃ・・・そこら辺の適当なところで。」

サガ「まさか下界の海に行こうなどと、馬鹿なことは考えておるまいな。」

デスマスク「あったりまえだ。だから、一番近くの聖域の浜辺に行こうかと思ってんだが・・・、駄目か?」

サガ「あたりまえであろう。あそこには、雑兵や訓練生がいるのだぞ。」

デスマスク「そんなもんよ、邪魔だっつーて、蹴散らせばいいだろう。」

サガ「『聖衣と一緒に泳ぐから邪魔だ』と言ってか?」

デスマスク「おうともよ!」

サガ「やはりお前は馬鹿であろう。」

デスマスク「だからそれはお前にだけは言われたくねー。」

サガ「デスマスク。頼むから、少しは黄金聖闘士としての自覚をだな・・・。」

デスマスク「持ってるぜ。だから、聖域のビーチで我慢しようっていってるんだろう。それに黄金聖闘士の俺様が聖衣を大切にしているって分かれば、他の奴らも皆、聖衣を大切にするだろう。」

サガ「お前、みっともないと思わんのか?」

デスマスク「なにが?」

サガ「蟹座の聖衣と一緒に海で泳ぐことをだ!お前、自分が蟹座の聖衣に浮き輪をつけて一緒に泳いでいる姿を想像してみろ。」

デスマスク「・・・・。」

デスマスクは瞳を閉じて自分の姿を想像した。

デスマスク「(悪くねぇな、うん)」

サガ「どうだ、みっともないであろう。」

デスマスク「おまえよりはみっともなくない!」

サガ「な!?」

デスマスク「つーか、例えそれがみっともないとしても、聖衣に見放されるよりはましだ!」

ぷんぷんと怒りながらデスマスクは大またで階段を下りていった。サガは溜息交じりに、その後ろ姿を見送った。

夕方になってますます日に焼けたデスマスクが、蟹座の聖衣と十二宮に帰ってくると、双児宮の入り口でサガがまっていた。

サガ「おかえり、デスマスク。海はどうであった?」

デスマスク「んーー、まぁまぁだな。」

サガ「そうか・・・、ところで。」

デスマスク「はん?」

サガ「聖衣が砂だらけだが・・・。」

デスマスク「ああ、そりゃ一緒に日光浴もしたからなぁ・・・まぁ、これから一緒に風呂入るから、こんなことどうってことないけどよ。」

サガ「は?・・・、お前は風呂まで聖衣と一緒なのか?」

デスマスク「おうともよ!綺麗に洗ってやって、それから一緒に風呂にはいるんだ!」

サガ「やはりお前は馬鹿であろう。」

デスマスク「だから、てめぇに言われたくないってーの。」

サガ「いったいどうやって、聖衣と風呂など・・・。お前の所の風呂は溺死風呂であろう。」

デスマスク「は?溺死風呂?」

サガ「ああ。あの小さくて窮屈で、まるで棺おけのような風呂だ。いや、棺おけのほうがまだ足が出ない分、いいかもしれんな。いったい、あんな狭い風呂にどうやって聖衣と一緒に・・・。」

デスマスク「んなもん、頭使えば簡単だ。俺がキャサリンを抱きかかえればいいんだ。まず丁寧にキャサリン専用スポンジで洗ってやって、それから俺がキャサリンを抱えて風呂に浸かるのだ。」

サガ「それでは聖衣はほとんど湯に浸かってないのではないか?」

デスマスク「おうよ。だから、片手で湯をかけてやりながら、一緒に入るんだ。」

サガは冷や汗をたらしながら、あきれ返った。が、すぐににやりと笑ったのを、デスマスクは気が付かなかった。

サガ「それでは聖衣がかわいそうではないか。」

デスマスク「かわいそう?」

サガ「ああ。そのような溺死風呂でろくに湯も浸かれないのであれば、聖衣がかわいそうだ。」

デスマスク「しかしだな。」

サガ「お前、聖衣に見放されたうえに、泣かれるぞ!」

デスマスク「泣く?」

サガ「ああ。聖衣はな、悲しい時や怒った時など涙を流すのだ。私のトムとジェリーが泣いたのを知っているであろう。」

デスマスク「ああ。だがよ、いくらなんでも、風呂に浸かれなかったからって泣くか?」

サガ「あたりまえだ。ほとんど湯に浸かれないのなら、お前と海水浴にいっても、映画を見に行ってもその日の疲れは取れまい。泣かれるどころか、そのうちまた家出されるぞ。」

デスマスク「し、しかしだな。こればっかりは仕方ないだろう。小さいものは小さいし・・・。」

サガ「ふふふっ、デスマスク。この私がいい知恵を与えてやろう。私のすばらしい案を実行すれば、暑いからといってわざわざ恥をさらしに海岸まで行く必要もなくなるし、キャサリンもそのように砂まみれにならなくてすむ!もちろん、キャサリンは大喜びで、ますますお前のことが好きになるであろう。」

デスマスク「な?、まじか!一体、どうすればいいんだ!」

サガ「うわーーはっはっはっ、簡単なことだ。風呂を大きくすればいいのだ。」

デスマスク「は?」

サガ「いいか。よーく聞け。風呂を大きくすることにより、蟹であるキャサリンは自由に水に浸かることができ、しかも縦横無尽に動けるのだ。しかもだ、暑いからといってわざわざ外までいかなくてもいい!溺れる心配も、波にさらわれて行方不明になることもない。」

デスマスク「なるほど・・・。しかし、風呂はあくまでも風呂だろう。キャサリンはきっと海がいいにきまってらぁ!」

サガ「ふふふっ、お前はだから蟹みそといわれるのだ。来いっ!」

サガはデスマスクの腕を引っ張り、私室に連行するとリビングのソファに座らせた。
真っ白な紙と羽ペンを持ってきたサガは、そこにすらすらといびつな四角形を描き、デスマスクに説明した。

サガ「いいか。まずは、風呂のテーマを決めるのだ。」

デスマスク「テーマ?」

サガ「そうだ。キャサリンは蟹なのだから、やはりテーマは海だ!海だけに、広さは広ければ広いほどいい!」

デスマスク「なるほど。」

サガ「どうやって海にするかだが、まずはバスタブだ。これももちろん広いほうがいいだろう。しかも、海岸らしくするために、普通の風呂みたいにいきなり深いのではなく、手前は浅く、奥に行けば行くほど深くなっているのだ。」

デスマスク「さすがサガ!頭いいなっ!」

サガ「さらに、手前は緩やかな楕円を描いていれば、なおいい!そして、バスタブに面した壁は、全面ガラス張り!もちろん、そのガラスは教皇の間や崖に面しているものではなく、下界に面してなければいかん。」

デスマスク「なんでだ?」

サガ「馬鹿者!崖や山が見えるようでは、狭く見えるだけであろう。下界に向けて広がっていれば、それだけ海らしく、広大に感じることができよう。そして、バスタブの内面は僅かに青を基調としたものがよい。」

デスマスク「青?」

サガ「お前の故郷、アドリア海の青だ。きっとキャサリンは喜ぶであろうな。」

デスマスク「そうだよな。やっぱり地中海よりもアドリア海だよな!!」

サガ「私はお前の故郷に行ったことがないから、詳しくは分からないが、周りには故郷の植物や浜辺にある植物のイミテーションを飾ると、なお雰囲気がでると思う。」

デスマスク「なるほどな・・・。でもよ、それでも風呂は風呂だろう。暑いときに湯に入るのもいいけどよ、やっぱり海の冷たさを考えたら、キャサリンには本物の海をだな・・・。」

サガ「甘いっ!甘いぞ、デスマスク。そんなことだから、ムウに一発でやられるのだ!いいか、必ずしもバスタブに湯を張る必要などない!暑いときや、海に行きたいときは水をはればよいのだ。」

デスマスク「波は?」

サガ「そのようなもの、お前が蟹キックで波を起こしてやればよかろう。本物の海はキャサリンにとって深すぎるであろうが、巨蟹宮の海はどうだ。想像してみるといい、巨蟹宮の海で遊ぶキャサリンの姿を!」

デスマスクは瞳を閉じて、想像した。

デスマスクの頭の中では、すでに出来上がっている巨大な浜辺風呂でキャサリンが冷たい水に浸っていた。

デスマスク「悪くねぇな。」

サガ「そうであろう。キャサリンが寂しくないように、たまには私が友だちである双子座のヘッドのトムとジェリーも連れていってやろう。きっとキャサリンも喜ぶであろうな。」

デスマスク「ああ、キャサリンの喜ぶ顔が目に浮かぶぜ!」

サガ「そういうわけで、本格的に夏が来る前に、早く改装するといい。」

デスマスク「おうともよっ!」

デスマスクはおよそ設計図とは程遠いサガが書き散らした子供の落書きを握り締めて、帰っていった。
黄金聖闘士としての権力と財力をフルにつかい、急ピッチで改装が行われたデスマスクの海のお風呂は、サガの思惑通りあっという間に完成した。

もちろんデスマスクはその風呂が、サガに『巨蟹宮サガの湯』などと呼ばれていることは知らないのであった。


END?