病院へ行こう(その2)

 

カッシャーーーーーン

 教皇の間に黄金聖衣を着たサガが倒れた音が響き渡った。
アイオロスはサガが後ろに傾いた瞬間に助けに走ったが間に合わなかった。

「サガ!しっかりしろ、サガ」

アイオロスはサガを抱き起こし、呼びかけたがその顔は血の気を失い反応はない。

 アイオロスはその能天気な笑顔とは裏腹に、13年の空白を埋めるために必死だった。そして13年前、幼いころから一緒に聖域で修行をしてきた親友のサガの異変(病気)に気付くことができなかったことを心底悔やんでいた。
親友だなどと口先では言ってはいたが、自分はサガのことを何も知らなかったことを思い知らされていた。

 あの時、誰もが次期教皇はサガこそふさわしいと思っていた。しかし、アイオロスは自分が次期教皇に指名され、己の耳を疑ったが内心嬉しかったのだ。教皇の間を出た後、サガは微笑みアイオロスを抱き寄せ、その頬に祝福のキスをしてくれた。アイオロスは素直に喜び、夜遅くまで互いに将来の夢を語り合い、はしゃいだのだった。
サガはアイオロスのそんな短絡的な行動にいつも笑顔で答えてくれていた。

アイオロスはサガへの行動の数々を思い出すたびに自己嫌悪に陥った。

「ほぅ、サガは倒れた姿も絵になるのぉ。」

「きょ・・・・教皇、このような時にご冗談はおやめください!」

 アイオロスはシオンの言葉に驚いたが、シオンが昔からこういう人間であったということを思い出した。
彼は、冗談か本気か分からないこのシオンの言葉に、サガがいつも神経をすり減らしていたのではないだろうかと思った。

「アイオロス、そんな恐い顔して余を見るでない。サガは現世に戻って以来、余の前では笑顔を見せてくれないのじゃ。」

 アイオロスはシオンの一言で、自分も復活して以来、昔ほどサガの笑顔を見ていないことに気が付いた。

 アイオロスは女神の力でその命を蘇らせて貰う時に、13年の月日を経た28歳の体での復活を望んだ。彼はその理由を、弟や仲間が13年という年をとっているのに、自分だけが15歳というのは、辛い現実を突きつけられるようで聖域で生活していく自信がないからである、と女神に答えた。
 しかし、本当の理由は、15歳の身体でサガと対面するのが恐かったのだ。15歳の自分とでは、サガと昔のように友情を深めることなどできはしない。自分はそのつもりであっても、サガに嫌でも抵抗を与えるに違いなかった。それどころか、自分の姿を見る度に、彼に彼が犯した罪を思い出させ避けられるのが嫌だった。

「アイオロス、サガを連れてどこへ行くつもりだ?」

「はっ、聖域内の病院へ」

アイオロスはサガを抱えあげた。

 アイオロスはサガと同じ年齢になっても、サガとの関係を修復できないことをこの数ヶ月で察していた。アイオロスに対するサガの態度は13年前とはあまりにもかけ離れ、その瞳は憂いを帯び、口元は固く結ばれていた。しかし、アイオロスはなんとか関係を修復しようとサガの前で、いつもおどけて笑ってみせていた。
しかし、結局はそれすらも無駄な努力であったことを、今日、改めて痛感した。

「アイオロス、サガを病院などに連れて行かずともよい。」

 アイオロスは仮面の下に隠れたシオンの表情が分からなかったので、その言葉の意図するところが分からず、口を開いた。

「お言葉ですが、教皇・・・・・。」

「アイオロス、サガを余の寝室で休めるがよい。医者は従者に呼ばせておく。」

「はっ、お心づかい感謝いたします。」

アイオロスはシオンに一礼するとサガを抱きかかえシオンの寝室へと向かった。

 


next