★聖衣大好き(ジェミニ編その2)
カノンは白羊宮の聖衣工房にかけこみ、絶句した。
シオンとムウが手にしているのは二つに割れた双子座の頭部であった。シオンは恐相の面を、ムウは優相の面をそれぞれ手にしている。しかし、カノンが驚いたのは、既に聖衣が壊されていた事ではなく、牡羊座の師弟の手によって向き合った仮面同士が口論をしている世にも不思議な光景だった。
「おや、カノン。どうしましたか?」
突然の乱入にも関わらず、ムウは微笑みながらカノンに聞いた。隣ではシオンがいつも通り、不敵な笑みを浮かべている。
「サガ、そこにおるのだろう。入って来るがよい。面白いものを見せてやろう。」
カノンの横からサガは顔を出し、シオンに深々と頭を下げた。同じ顔でもサガの方が知性に溢れている。そしてサガも 人間のものでありながら、決して人間の声ではない仮面の声を聞いて言葉を失った。
永遠と続く仮面同士の口論を呆然と見ていたサガは、恐る恐るシオンに尋ねた。
「これは一体・・・何事でございますか?」
「聖衣は命を持っておる。双子座の聖衣は人間の姿をしているゆえ、人の心を持っておるのだ。」
サガは聖衣に号泣されたことを思い出した。
「トムとジェリーは双子のくせに仲が悪いのでな、故にお互い顔を合わせぬように左右に分かれて顔がついておる。そして、お互いの顔を見たとたんこれじゃ。まるでそなたたちのようだのう。」
いつまでも口論を続ける仮面を持ったまま、シオンは声を上げて笑った。ムウもつられて小さく笑う。
「先代のジェミニは、よく聖衣と会話していたぞ。戦闘中に頭の両脇で、あーでもないこーでもいとあまりにも五月蝿いものだから、口を封じてくれと奴に頼まれて、喋れぬようにしたのだが・・・どうだ、サガよ。このまま会話が楽しめるようにしておくか?」
血色の悪い顔をさらに蒼白にして、サガは丁重に断った。だから白羊宮には来たくなかったのだ!。声にならない叫びを上げて、サガは心の中で血の涙を流した。
「おい、妖怪!俺の聖衣をきちんと元どおりに戻しやがれ!」
偉そうに啖呵を切るカノンをシオンは鼻で笑った。
「だまれ小僧。いつから双子座の聖衣はそなたのものになったのじゃ?兄の足元にも及ばぬヒヨッコが、偉そうなことぬかすでない。」
歯をむいて威嚇するカノンの頭をサガは殴打して、頭を下げさせる。
「カノン、冷凍庫にアイスクリームが入っていますから、お食べなさい。 サガ、あなたも召上っていってください。毒は入っていませんからご安心を。」
サガに頭を押さえつけられていたカノンにムウが声をかけた。カノンはサガの手を振り払い、ムウにも抗議する。
「その手には引っ掛からんぞ、さっさと聖衣を元に戻しやがれ!。」
「冷蔵庫にメロンも入ってますから、食べていいですよ。」
メロンという言葉にカノンの動きが止った。
「召上っている間に元に戻りますから、大丈夫です。」
「よし、兄貴。デザートだ。」
カノンは手の平を返したようにムウの言葉に従い、台所に直行した。
他人の冷蔵庫から他人の食料をあさりだし、他人の食卓でカノンは夕飯後のデザートを貪っていた。向かいの席にはサガが座っており、下を向いたままブツブツと独り言を呟いている。
「兄貴、食わないなら貰っていいか?」
返事がかえってこないので、カノンはサガの皿と自分の皿を入れ替える。
「明日は病院に連れていったほうがよさそうだな。」
目に見えないものと会話を続ける兄を見て、カノンはそう呟いた。
約束通りムウとシオンが工房からあらわれた。二つに割れていた聖衣の頭部は、元どおり修復されている。名前を呼ばれたカノンは、ついうっかりムウを見てしまい、そのまま石化した。
ムウの手にはジェミニの頭部が、恐相の面をカノンに向けて乗っていた。
またしてもフォークを持ったままマヌケ面で、本日二度目の、しかも同じ手口で石化したカノンをみて、ムウは首をかしげた。石化はしている、しかしそれは上半身のみで、下半身は生身のままである。目の前の異変にようやく気付いて、サガが顔あげて呆然とした。
「メデゥサ?!」
ペルセウスの聖衣を知らぬはずもなく、サガはその盾の名にした。
「メデゥサのデビルアイをジェミニの面にも仕込んでみたのですが、失敗だったようですね。」
ムウは小さくため息を吐きながらサガに説明した。
サガが聖衣の頭部パーツを着用しているのを見たことがないので、どうせ手に持っているなら、メデゥサの盾のようにデビルアイを仕込めば、有効活用できると、粉砕したメデゥサの盾の一部を面に仕込んでみようと思った。が、聖衣は意志を持っているので、ジェミにの意志であるトムとジェリーに聞いてみたところ、兄弟で話し合いたいということになり、先ほどの仮面大喧嘩となってしまった。結局、恐相のトムにだけデビルアイを仕込むことになり、さっそく改造してみたが、メデゥサの呪いが足りないようで、半石化しかできない欠陥品となってしまったのだった。
「上手く行くと思ったのですが、残念です。」
ムウは目を伏せて首を横に振った。しかし、シオンは嬉しそうに半石化したカノンを観察し、椅子に腰掛けたままのカノンの尻を撫で回す。
「ムウよ、これはこれでなかなか良いぞ。尻はまったく生のままじゃ。」
「あっという間に腐って使えなくなってしまいますよ。生ゴミと粗大ゴミが融合しているゴミなど、捨てるのが面倒ですから勘弁してください。」
サガは半石化したカノンのあまりの酷い言われように、今日ばかりは大嫌いな弟を庇うことにした。
「・・・このままでは死んでも恥を晒しっぱなしなので、何とか石化をといてもらえないだろうか。」
「言われるまでもなく、戻しますよ。私も、失敗作を放置しておくわけにはいきません。」
そういうと、ムウはメディウサの石化を解いたように、ジェミニの頭部で石化したカノンの頭部を殴打した。しかし、石化は解けない。
「おや、やはり形が違うと上手く行かないようですね。」
ムウはそう呟き、もう一度聖衣でカノンを殴る。しかし、今度もまた石化は解けなかった。
「どれどれ、余に貸してみよ。この角度で殴れば元に戻るはず。」
シオンはムウから聖衣を取り上げ、同じく勢いよくカノンを殴る。だが、またしても石化は解けない。何度もシオンがガンガン殴っていると、ついに石化したカノンの瞳から涙が零れはじめた。
「おやおや、泣いてしもうたわ。可哀相なことをしたのう。もっとも、石化するほうが愚かなのだがな。」
石化したカノンの頬に伝う涙を舌で拭い、シオンは笑った。その淫靡な微笑みが、石化したカノンの瞳に映ったか否かは分からない。念動力で聖衣修復用のハンマーと鑿を呼び寄せると、シオンは恐相の面、トムの顔を二つに叩き割る。
ようやく石化が解けたカノンの頭は、聖衣で殴られたたんこぶでいっぱいだった。