子羊といっしょ(大大大大大キライ!!)

 

「山羊よ、腹が減ったであろう。ミルクはなくなったか?」
シュラはいまだに牛乳を睨んだまま固まっていた。
「……ちょこっと……」
「ほうほう、あとちょこっとか。がんばるがよい」
シュラの言うところのちょこっとは、ちょこっと飲んだだけで、まだまだ大量に牛乳は残っている。臭いし不味いしヌルヌルするし、どうして世の中にこんな不味い飲み物があるのか、聖闘士になったらこの世から牛乳を抹殺してやろうと、シュラは固く心に誓ったのであった。
いまさら調べるまでもなく、シオンはムウが食べられないものをよく知っていた。今日もまた、魚を前にして石になっている。
「ムウや、同じ事を言わせるでないぞ」
「……ほねいっぱいはいってるもん……」
以前魚の骨が喉に刺さって以来、魚はムウの天敵であった。
「ほう、そんなに沢山入っているか、蟹よ?」
綺麗さっぱり魚料理を平らげたデスマスクは首を横に振った。
「気にしてるから、いっぱいあるように見えるんだよ。いっしょに食っちまえば、わかんねーよ」
フォークで器用にちまちまと小骨を取り出しているムウにデスマスクが声をかけたが、ムウは首を横に振った。
「そうだぞ、ムウ。男がそんな細かいこと気にしちゃいかんぞ」
ようやくピーマンの入っていない料理を食べることが出来てご機嫌のアイオロスも、ムウを励ましたが、まったく効果はない。
ムウはじーっとシオンの仮面を見つめたが、シオンは
「ムウや、食べねば魚を首からぶら下げるぞ」
と冷たく言うだけで、まったく相手にしてくれず、ついにムウもポロポロと涙を流し始めたのだった。

ピーマンを克服した俺に、もう怖いものはない!とアイオロスは自信満々で皆を励ました。が、克服したはずのピーマンと再び感動の対面を果たし、アイオロスは口をあけたまま硬直した。ピーマンの肉詰めが出てきたのである。
何とピーマンの憎たらしいことか!こんな臭くて苦くて、どう考えても健康を害するとしか思えない緑の物体の中に、肉を入れるなんて絶対間違っている。こんなものを食べたらピーマンエキスで体が腐ると、アイオロスはピーマンを睨みつけたが、ピーマンはアイオロスに食べられるのを静かに待っていた。
「うまーい!」
巨大ピーマンに臆することなく、もりもり食べるデスマスクが声をあげた。
「……おい、デスマスク。お前、子供のくせに何でピーマンがくえる!」
ピーマンなど人間の食べるものではないと思っているアイオロスは、目の前の光景が信じられず、思わずテーブルを叩いてしまい、シオンに怒られた。
「アイオロスも一回中国行ってみればいいんですよ。何でも食えるようになりますよ」
中国の五老峰でしばらく修行していたデスマスクにとって、ギリシアの料理は何を食べても美味かった。一体何を使っているのか分からないような謎の中国料理に比べれば、得体が知れているので、何でも口にできるのだ。中国で黒い謎のツブツブ料理、おそらく虫を炒めたものを無理やり食わされた恐怖を、デスマスクは語った。
デスマスクの恐怖体験にシオンは仮面の下で苦笑いをし、
「ふむ、それは可哀想なことをしてしまったのぅ。アイオロスや、お前も中国で虫やら蛇やらを食うてみるか?」
と、ピーマンごときでうろたえているアイオロスを鼻で笑った。

デザートの生クリームが山盛りのったケーキを食べているデスマスクを皆は羨望のまなざしで見つめた。
シュラの目の前には冷めてぬるくなった牛乳があり、アイオリアの前にはぐちゃぐちゃになったサラダが、アイオロスの前にはまったく手のつけられていないピーマンの肉詰め、サガの前には同じく手のつけれていないサラダ、そしてムウの前には小骨を取ろうとして形のなくなった魚料理が並んでいる。
神官がデスマスクが食べ終えたケーキの皿をさげようとすると、シオンがそれを止めた。
「蟹よ、苺が残っておるぞ」
「えっ、あっ……本当だ。もうお腹いっぱいです」
ケーキの上に乗っていた苺をデスマスクはチラっとみて、シオンに愛想笑いを浮かべた。
「一粒ではないか、そのくらい入るであろう」
「えー……あー……シュラ食うか?イチゴミルクどうよ?」
いまだに牛乳を飲みきれないシュラに涙目で睨まれ、デスマスクは頭をかいた。
「ほう……苺が食えぬとは珍しいのぅ」
シオンの言うとおり、デスマスクは苺が嫌いであった。
「お前!ピーマン食えて苺が食えないなんて人として間違ってるぞ!俺のピーマンと交換しろ!」
思わずそう怒鳴って立ち上がってしまったアイオロスであったが、またシオンに怒られ席につく。
「何故に苺が食えぬのじゃ?」
「これは毒です!」
シオンの質問にデスマスクは力いっぱい断言した。
「毒です、ドク!!この黒いツブツブが毒なんです!俺はこの毒がノドにひっかかって死にそうになったんです!!」
ムウの「小骨が喉に刺さるから魚が嫌い」というのは、皆一度は経験があることであるから理解しえるのであるが、デスマスクの言い分に目が点になる。苺の種が喉に刺さるなどということが本当にあるのだろうか?
「俺はイチゴのせいで3日も苦しんで、病院連れて行かれて、でっかいピンセット喉につっこまれて……あーーーー!イチゴ死ね死ね死ね!!!」
眉を天まで吊り上げ、フォークで苺を滅多刺しにするデスマスクにシオンですら呆然とした。
「やめぬか蟹よ。その黒いのは苺の種であるぞ……毒ではない」
シオンは深いため息をついた。これはかなりの重症である。

 食事が始まってから三時間後、食卓にはいまだに全員が席についていた。シュラのカップの中には牛乳がなみなみと残っており、アイオロスのピーマンの肉詰めはすっかり冷めて、ますます臭くなっている。サガのセロリサラダはしなびて、ムウの魚はすっかりそぼろになっており、デスマスクの苺の死体は皿に赤い汁をひろげて転がっている。
ただアイオリアだけはメソメソ泣きながらも、一所懸命料理を食べつづけていた。
「ほう、弟よ。あとちょっとでケーキじゃのぅ。ちぃとピーマンを我慢すれば大きなケーキとジュースじゃ」
シオンの言葉に釣られ、アイオリアがフォークでぐちゃぐちゃにしたピーマンを大粒の涙を流しながら口の中に入れたのを見て、アイオロスはギョっとした。しかし、やはり食べられないようで、口の中に入れたまま噛むことが出来ず、泣いている。
「ほれ、飲み込まぬか。はようせぬと、余が食べてしまうぞ」
神官が運んできたケーキをシオンが受け取ると、アイオリアは目を瞑ってピーマンを飲み込んだ。
「ほうほう、弟は立派じゃのぅ。それに比べて兄はだらしがないのぅ」
シオンに鼻で笑われ、アイオロスは唇を噛んだ。アイオリアのピーマンの肉詰は1/4ほどしかないのだ。あのくらいなら何とかなるかもしれないが、今目の前にあるのはピーマン丸ごと1個の肉詰めなのだ。

ようやくケーキにたどり着いたアイオリアが、口の周りを生クリームでベトベトにしながらそれを全部食べ終わると、シオンが席を立った。
「ふむ、お前たちもなかなか頑固じゃのぅ。一番小さな弟が全部食べたというのに、情けないとは思わぬのか?首からぶら下げて廊下にたっておれ!」
シオンに怒鳴られ皆縮こまっている中、ムウは立ち上がりスタスタと廊下へ出ようとした。が、
「ムウやどこへゆく?余の命令がきけぬのか?」
とシオンに呼び止められ小首をかしげた。
「余は首からぶら下げてとゆうたはずじゃが……」
かくして、程なくするとムウの首に生魚の首飾りがぶら下げられたのであった。
ぷ〜んと生臭い匂いに鼻を曲げ、ムウは涙目で師を見上げるが、シオンはローブの袖で仮面の鼻をおさえ、顔をそむける。
アイオロスはシオンのとんでもない行動に頬を引きつらせ、神官が用意しているピーマンが鈴生りになっている首飾りと、冷めたピーマンの肉詰めを見比べた。
あんなものを首からぶら下げたら、絶対死ぬ!
アイオロスはそう確信した。
「俺、食います!!」
突然フォークを握り、アイオロスはピーマンの肉詰めの肉だけを食べ始めた。
「アイオロスや、ピーマンを残すでないぞ」
「わかってます!ぅおおおおお!!!!」
気合を入れたアイオロスに、シオンは絶句した。なんとまだ半分以上残っている巨大なピーマンの肉詰めを一気に口の中へ詰め込んだのだ。そして鼻をつまんで飲み込もうとしたが、そう簡単に嚥下できるほどピーマンは小さくなかった。
赤くなった顔が青くなり、アイオロスはピーマンを喉に詰まらせたまま椅子ごと後ろへ倒れたのだった。
「馬鹿者!!噛まずに飲む馬鹿がどこにおる!!おぬし、死ぬつもりか!!」
白目を剥いて倒れているアイオロスの背を叩き、シオンはピーマンを吐き出させようとしたが、アイオロスの喉がゴクっと鳴り、ついに飲み込んだのであった。
神官に担がれ喉の手当てを受けに退出したアイオロスを見て、サガは悩んだ。命をかけて飲み込むべきか?それともムウのように首からぶら下げるか?
しかし、選択している時間はなく、サガはセロリが鈴生りになった首飾りを首にぶらさげ、廊下に立たされた。


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