★ムウのくまさん(羊一家お誕生日企画に参加させていただいたお話です)
久々に実家に帰ってきたアイオロスは、相変わらずいじけている小さな弟を見て溜息をついた。
アイオリアは今年で4歳になるというのに、人見知りが激しく、まったく親離れできていない。自分が聖闘士になってしまい、親元から離れてしまったこともあって、両親がアイオリアを猫可愛がりしてしまったのが原因であることは、アイオロスにもはっきり分かっていたので、弟を『もっと男らしくなれ!』と、叱咤するわけにもいかない。「おい、アイオリア。何をまたいじけてるんだ。兄ちゃんに話してみろ!」
相変わらず無意味に偉そうな兄に声をかけられ、アイオリアは涙で潤んだ青い瞳で見上げた。
「泣いてるだけじゃ分からないぞ。ちゃんと言うんだ。」
「・・・リアもうごくのがいい。」
「は?」
「ムウのクマさんはうごくのに、なんでリアのウサギさんはうごかないの?」
アイオロスはアイオリアが大事に抱えているウサギのぬいぐるみを見て、苦笑いをした。涎や鼻水でガビガビのウサギのぬいぐるみは、教皇からもらったアイオリアの宝物である。ムウも同じようにガビガビのクマのぬいぐるみを持っている。ムウのぬいぐるみが動くというのは、恐らく教皇かムウの超能力で動いているのであろう。3歳のアイオリアがそれを羨ましがるのは、仕方のないことであった。
「あー・・・ムウのクマは超能力で動いてるんだ。」
「ちょううりょく?」
「あれはな、生きているんじゃなくて、インチキなんだ。インチキ。」
「リアのウサギさんうごかないもん・・・。」
ウサギのあたまに涙をこすりつける弟に、アイオロスは顔をゆがめた。3歳児に超能力を理解させるのは至難の技である。
「リアは動くウサギが欲しいのか?」
兄の質問にアイオリアは首がもげんばかり頷いた。
「ちょっと待っていろ。いま兄ちゃんが捕ってきてやるからな。」
アイオロスはそう言い残すと、帰宅して早々に外出してしまった。
それからアイオリアが泣き叫ぶまで、然程時間は要さなかった。ワンワンと泣き叫ぶアイオリアにアイオロスは困り果てている。驚いて台所から飛び出てきた母親は、アイオリアのウサギが増えているのを見て首をひねった。
「アイオロス、貴方はお兄さんでしょう。アイオリアを泣かすんじゃありません。」
「だって母さん、アイオリアが動くウサギが欲しいっていうからさ・・・。」
アイオロスは唇を尖らし、そういってウサギの一羽の耳をつかんで持ち上げる。
「俺が捕まえた時にはまだ生きていたんだよ・・・。虫の息だったけど。」
「うえぇぇぇぇぇん・・・リアのウサギさんしんじゃった・・・わーーーん。」
口から血を流し死んでいるウサギを見て、母親は呆れ果てて溜息をついた。アイオロスは弟を喜ばせようと、野良ウサギを捕まえてきたが、それが裏目に出てしまったのである。
こうしてアイオロス家の今日の夕飯はウサギ鍋となり、アイオリアは大泣きしながらも、しっかりウサギ鍋を平らげたのであった。
早朝から呼び出されたアイオロスは教皇に分厚い毛皮のコートを渡され、眠い目をこすった。聖域も所かしこに花が咲き、もうすっかり春である。
シオンの命令に従い袖を通すと、額にうっすら汗が浮かぶ。そして、一体何の理由でコートを着なければならないのかを問う前に、アイオロスはその身を持って知ることとなった。珍しく礼拝に教皇の姿がないことに、サガは首をかしげた。神官が言うには、教皇は早朝からアイオロスを従えて、どこかへ出かけているらしい。サガは手に持った小さな花束と神官を見比べ、神官に教皇の小さな弟子への面会を求めた。
南に面した、陽光が降り注ぐ明るい部屋にサガは通された。アイボリーを基調としたベッドや椅子、テーブルなどの家具類は、すべてが一回り小さく見える。それらはすべてが子供用であり、この部屋の主のためにあつらえられた物であった。
窓辺の椅子に座ったまま微動だにしないムウに近づき、椅子の前で膝を落とすと、サガは天使のように柔らかな微笑を投げかけた。しかし、ムウはまったくの無反応である。いつもそうであることを知っているサガはそれを気にせず、色とりどりの野の花で出来た小さな花束をムウの手に持たせた。
「今日は君の誕生日だね。おめでとう、ムウ。教皇様はどうしたの?」
「教皇様は、朝からお出かけでございます。」
サガの質問に答えたのは、ムウの身の回りの世話を任されている、老いた神官だった。神官から、教皇が不在でムウが不機嫌なことを聞かされたサガは、端正な顔に苦笑いを浮かべる。サガにはいつも通り人形のように無表情なムウの、どこが不機嫌なのかは分からなかった。
「きっと、君の誕生日プレゼントを探しにお出かけになられたんだよ。だから、悲しまないで。すぐに素敵なプレゼントと一緒にお戻りになるよ。」
ムウの柔らかい薄紫の髪を撫でながら、サガはそう言った。そして、それは大正解であった。
ぽかぽかと暖かい聖域が、一瞬にして極寒の地と化した。アイオロスは教皇の瞬間移動で白銀の世界へ連行されたのである。垂れた鼻水がすぐさま凍りつき、アイオロスは自らの体を抱きかかえ、教皇に抗議の眼差しを向けた。しかし、教皇は聖域にいたときと同じ、白いローブを着たままで、顔は銀色の仮面に覆われているが、寒そうな素振りは微塵も見せていない。
「きょうきょう!いっらいらんらんれるか!」
口も凍ってしまい上手く話すことの出来ないアイオロスを気にした様子もなく、シオンは薄暗闇の白銀の世界を、遠くを眺めていた。
「きょうきょう!さういえす!」
「何を言っておるか分からんのぅ。小宇宙を燃やして体を温めるのじゃ。」
教皇の言葉に従いアイオロスは小宇宙を燃やす。なんとか、麻痺した体が動くようになると、再び抗議した。
「教皇!一体何なのですか!」
「ムウがのぅ、生きてる熊が欲しいとゆうておるのじゃ。」
「は?」
「ふむ、熊をペットに欲しいとは、ムウも中々の漢よのぅ!将来がますます楽しみじゃ。はははは!」
アイオロスは寒風吹きすさぶ氷の上で、絶句した。ムウが熊を欲しがる理由に心当たりがあったからである。
ウサギ鍋を食べた次の日、アイオロスは今度こそ生きたままウサギを捕まえ、アイオリアにプレゼントしたのである。ペットのウサギをアイオリアがムウに自慢したのであろう。それならば、ムウが生きた熊を欲しがるのも仕方のないことであった。「教皇!いくらなんでもムウに熊を飼うのは無理だと思います!」
「何をゆうておる、アイオロスよ。ムウとて近い将来黄金聖闘士になるのじゃ。熊の一匹くらい飼えぬでどうする!ムウがのぅ、白い熊がよいとゆうからのぅ、ほれ、アイオロス、白熊を探すのじゃ!!」
親馬鹿ならぬ弟子馬鹿の教皇にアイオロスは呆れて頬を引きつらせた。教皇命令に逆らうわけにも行かず、アイオロスは周囲を見渡す。しかし、どんなに小宇宙を燃やして視覚を研ぎ澄ましても、目に入るものは白い雪と青い氷であった。ここは他ならぬ北極であった。
「教皇!世界が白いです!」
「あたりまえじゃ!白熊が黒くてどうするのじゃ!熊の気をとらえるのじゃ!」
「う〜〜〜〜ん・・・・・・おおお!教皇!あの熊なんてどうでしょうか!ムウにぴったりですよ!」
アイオロスが指し示した方にシオンは視線をうつすと、仮面の下でにやりと笑う。
「うむ!あれでよい!ではのぅ、生け捕りにするかのぅ!」
シオンはそう言うと、その手にロープの束を取り出し、アイオロスに渡した。これで捕まえろという事である。ローブの裾を翻し、熊めがけて光速で走ってゆくシオンに、アイオロスもロープを肩に背負って慌てて付き従った。
一向に帰ってこない教皇にかわって、サガはムウと一緒に昼食をとった。せっかくの誕生日なのだから、プレゼントなど神官に用意させ、1日中一緒にいてあげる方が、ムウは喜ぶのではないかとサガは思ったが、教皇の行動を批判することなどできるはずもない。
チキンのシチューをスプーンで一所懸命食べていたムウの小さな手がピタリと止まったのをサガも神官も見逃さなかった。聖域が強大な小宇宙で再び支配されたのである。シオンが帰ってきたのだ。
程なくムウの部屋に若い神官が駆け込んでくると、サガはムウの手をとり、その神官の後についていった。
教皇の間の中庭に連れてこられたサガとムウは、差し込む日差しの眩しさに目を細めた。そして、噴水の前に佇む教皇を見つけたムウは、サガの手を振り解き、走り出す。
シオンの脚に飛びつくと、ムウは大きな紫の瞳で師父を見上げた。シオンはそれにこたえてムウを抱き上げる。
「ムウよ、今日はお前の4つの誕生日であるのぅ。」
ムウの頭を何度も愛しげに撫でるシオンの姿に、控えている神官や武官が頬を緩ませた。そして、一人の神官が拍手をすると、中庭にいた者たちもそれに従い、ムウの誕生日を祝福する。何とも微笑ましい春の光景に、誰もが平和な時代を与えてくださった女神に感謝した。
「ムウや、お前がほしがっていた白い熊を用意したのじゃ。」
「ほんと?いきてるの?」
ムウの紫の瞳が一段と大きくなり、キラキラと宝石よりも美しく輝きだす。汚れのない瞳に、シオンは仮面の下でだらしなく顔を緩ませ肯いた。
「生きてる熊じゃ。ちゃんと面倒を見るのだぞ。」
「シオンさまありがとう!!」
シオンの首に抱きつくと、ムウはシオンの仮面に小さな唇を押し当てた。しかし、その光景に神官たちは頬を引きつらせた。光あふれる中庭を巨大な影が覆ったのである。
「ほれ、ムウや。お前の為に一番大きな白い熊を用意したのじゃ。気に入ったか?」
ムウはシオンの腕の中から見上げた。シオンに抱っこされている高さから、はるかに見上げなければらぬほど、巨大なのである。
シオンが用意したのは、体長3M、体重はおよそ1tもあろうかと思われる巨大な白熊であった。
フガァァァァァァァァーーーー!
白熊の両手両足、胴体には、ロープが巻きつけてあり、アイオロスをはじめ力自慢の武官達がその端を握り、立ち上がって暴れだした白熊を取り押さえている。そして首にはムウへのプレゼントであることを示す、巨大なピンクのリボンがついていた。
「ぅぅぅぅぅ・・・・ぅわーーーーーーーーーーんん!!」
恐怖で頬を引きつらせ、号泣しだしたムウにシオンはうろたえた。そのうえムウは、陸上最大の肉食動物である白熊のど迫力に、おもらしまでしている。
「ムウや、どうした?!気に入らぬのか?白熊であるぞ!」
「ぅわーーーん!!ムウのくぅわさんじゃなーーい!!ぅぅわーーん!」
本物の熊をはじめて目の当たりにしたムウは、自分の持っている熊のぬいぐるみとあまりにもかけ離れた野生の熊の姿に怯え、号泣しつづけたのであった。
再びシオンに北極に送り返されたアイオロスは、巨大な白熊からリボンを外して北極の氷上に戻すと、一番最初に見つけた白熊を思い出し呟いた。
「だから、小熊にしようって言ったのに・・・。」
あの時アイオロスが指し示したのは白い小熊であったが、シオンはそのさらに2Kmほど後方にいた巨大な白熊を見ていたのであった。
−おしまい−