世界迷作劇場・聖域童話百選(貴鬼と黒貴鬼その2)

 

ギリシャ・アテネの山奥には、この世に邪悪がはびこる時必ずや現れるという希望の戦士・聖闘士の総本山、聖域があります。

聖域の要といえるのが、12人の黄金聖闘士が守る十二宮と呼ばれる神殿です。

その最初に位置するのが、白羊宮と呼ばれ、牡羊座の聖闘士が宮を守っています。

牡羊座の聖闘士のムウは、たいそう大食漢で、その弟子である貴鬼という小さな少年もまた、食欲旺盛で有名です。

この日も牡羊座の師弟は、いつものように大きな大きなケーキをおやつに食べていました。

もちろんいつものように、蠍座の聖闘士と双子座の聖闘士のおまけ、そして射手座の聖闘士も一緒です。

そこに獅子座の聖闘士アイオリアが、黒い貴鬼を連れて突然姿を表したものだから、白羊宮は大混乱になりました。

アイオリアと黒い貴鬼達が、女神の力であっという間に白羊宮に飛んできたなど、誰もしらないのですから。

しかもアイオリアが連れて来たのは、一緒におやつを食べていた貴鬼と瓜二つ。

それが3人もいるから、さぁ大変です。

ミロは紅茶を噴出しました。

カノンはミロが噴出した紅茶を顔に浴びたまま、フォークを床に落としました。

アイオロスは口をあんぐりとあけたまま、動けません。

貴鬼は椅子から落ちたまま、黒い貴鬼達を見つめています。

ムウはいつもの冷たい視線をアイオリアに向けたまま、ケーキをゴクリと飲み込みました。

「キキッーーーーーー!」

黒い貴鬼達は、貴鬼の名前を呼びながらテーブルの上のケーキに飛び込みました。

黒い貴鬼達は、夢中でケーキを食べています。

「アイオリア。お前の隠し子か!?」

アイオロスは手についたクリームをペロペロと舐めている黒い貴鬼の一人の首根っこをつかみあげて、言いました。

「きっと、ムウとアイオリアの子供だろう。貴鬼は茶色いしさ。」

ミロはケーキを鷲づかみにして、握り締めている黒い貴鬼を見て言います。

「ってか、どーみても貴鬼だろう、これ。」

カノンはケーキの上にのったイチゴを頬張る黒い貴鬼を摘み上げて言いました。

ケーキを取られて怒っているのでしょうか、ムウは冷たい瞳で黒い貴鬼達を見つめたままでした。

貴鬼はアバババといって、しりもちをついたままです。

アイオリアは言いました。

「俺の隠し子なわけないだろう。ムウの子供でも、教皇の子供でもないよ。たぶん・・・。」

なんていい加減なんでしょうか。

皆はアイオリアのいい加減さに溜息をつきました。

すると黒い貴鬼達は、彼らの独特の言葉で叫びながら聖闘士達の手から逃げると、貴鬼に駆け寄ります。

「オマエ、キキ、ツレテカエル。」

そいて黒い貴鬼は、アイオリアに向って何かを言いました。

アイオリアはそれを理解したのでしょうか、頷いて応えたのです。

彼は女神の魔法によって、彼らの言葉を本当に理解しているのです。

黒い貴鬼とアイオリアが普通に、といっても、皆には『きーきー』などといった言葉にしか聞こえないのですが、会話をしているのをみて、皆は真っ青になりました。

とうとうアイオリアが壊れたと思ったのです。

アイオロスは殴りすぎたのだろうかと、口より先に手が出てしまう自分の行動を反省しました。

「彼らはね、貴鬼を迎えに来たんだよ。」

そう言って、黒い貴鬼から話を聞いたアイオリアが語った話は、まるで夢物語のようでした。

 

チベットには古くから言い伝えられている、『マロの桃源郷』という場所があります。

そこはジャミールの霊峰ジャンダーラの更に更に奥深く、今まで誰も足の踏み入れたことのない、伝説の地いといわれていました。

マロの桃源郷には、黒い貴鬼達が住んでいて、彼らは単体生殖で繁殖期になると卵を産むのです。

そして8年前、ある黒い貴鬼の一人が茶色の卵を産みました。

普通は黒い貴鬼達の卵は、その姿と同じ黒い色をしているのですが、貴鬼の卵だけはそうではありませんでした。茶色かったのです。

そのときの黒い貴鬼の長老は、これは悪いことの前触れだと、不吉なものだと言って茶色い貴鬼の卵をジャミールに捨てたのでした。

その卵はすぐに黒い貴鬼達の記憶から消えました。

そして時は流れ、8年後の現在。

マロの桃源郷の長老が代わった時でした。

一人の黒い貴鬼が勇気を振り絞って、長老に訴えました。

8年前に失った子供を返してくれと。

そうして黒い貴鬼たちは、ようやくその卵の行方を追うことになったのでした。

失われた卵の捜索にはマロの桃源郷の黒い貴鬼達の中でも、仁・智・勇にすぐれた三人が選ばれました。

それが今、目の前にいる彼らなのです。

彼らは、何日もかけて失われた卵を探しました。

失われた卵の親は、卵は茶色だといいました。

だから、黒い貴鬼たちは茶色い貴鬼を探したのです。

そして海を探していた黒い貴鬼達は、魚たちから茶色い貴鬼はアテナと一緒にいると教えてもらったのでした。

 

アイオリアの説明に、いよいよ医者を呼ばなければならないと、アイオロスは思いました。

ミロは、親友が壊れていくさまに涙しました。

カノンはおなかをかかえて笑いました。

誰もアイオリアの説明を信じていません。

貴鬼は目を白黒させたまま、腰を抜かしていました。

それもそのはずです。誰がこのような話を信じるというのでしょうか。

黒い貴鬼の一人が、また何かアイオリアに訴えました。

するとアイオリアの顔色は見る見る青くなっていきました。

そしてアイオリアは、黒い貴鬼達の訴えを聞いた後、黙りこくってしまいました。

アイオロスが声を掛けても、アイオリアは俯いて黙ったままです。

アイオリアは、自分に黒い貴鬼達の言葉を分かるようにした女神をのろいました。

なぜなら、黒い貴鬼達が言ったことはあまりにもこの牡羊座の師弟には残酷なことだったのです。

それは、黒い貴鬼一族は8歳で成人し、その寿命は15年だということです。

貴鬼は8歳です。

そうすると貴鬼の残りの命はわずか7年という事になります。

しかし、貴鬼の本当の親は、今年でその15年を迎えるというのです。

だから最期に一目でも自分の子供に会いたいと、長老に訴えたのでした。


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