Love Letter

 

「あっ、いたいた。シュラッ!」

天蠍宮からミロとアイオリアが手を振りながら駆け上がってくるのが見え、シュラは力なく手を一振りした。

彼らの明るい顔を見れば、聞かずとも役目を無事終えてきたことが分る。

「おい、アイオリア。どこに行ってた、訓練さぼりやがって」

「あ、兄さん。ごめん……ちょっと野暮用があって……」

「野暮用?」

出会い頭にアイオロスに叱られたアイオリアは、びくっと身体を震わせ、言葉を濁しながらチラリとシュラを見た。

慌ててシュラが二人の間に割って入り、

「まぁまぁ、いきなり目くじら立てなくったっていいじゃないですか」

「別に目くじらなんて立ててない」

ぶすっとするアイオロスは、アイオリアが勝手に一人で出かけた為に一人寂しく筋トレする羽目になったことが気に入らなかったのである。

「こいつらはこいつらで、アイオロスの為にいろいろやってくれてるんですから」

「私の為に?」

アイオロスは訝しげにシュラとアイオリア、ミロを見比べた。

だがその視線を無視して、シュラは後輩二人に向き直った。

「で、どうだった?」

「うん、ばっちり」

ミロが右手でOKを作り、ウィンクをしてみせる。

「女神が29日の夜からカノン預かってくれるって」

その言葉にアイオロスは眉を跳ね上げ、白い歯を見せ子供のような笑みを三人に向けた。

「女神の所に行ってきたのか?」

コクンとミロとアイオリアは頷いた。

彼らの仕事は、お邪魔虫のカノンを一時的に預かってもらうために、沙織を拝み倒すことだったのである。

「というわけです、だからアイオリアを怒らないでくださいね」

とシュラが最後に念を押す。

そうしてグッジョブとミロとアイオリアに親指を立てた後、おや? と首をかしげた。

「カミュはどうした? あいつも一緒に行ったろ?」

ミロとアイオリアは二人で顔を見合わせると、苦笑を零して同時に肩をすくめ首を振った。

「氷河にODAIBAって所を案内してもらうから、日本に泊まっていくってさ」

「なんだ、それならお前らも泊まってくればよかったのに」

打って変わってアイオロスは弟に無断外泊を進めるが、しかしアイオリアとミロは再びと同時に首を振った。

さっさと帰れ、邪魔をするなとカミュに言われたのである。

だが、それをあえて伝える気も二人には起こらなかった。

答えの代わりにアイオリアは兄に小さな紙袋を差し出した。

「はい、これ。女神から誕生日プレゼント」

「……オメガ?」

紙袋にはギリシャ語のオメガの文字が一文字刻まれている。

アイオロスは凛々しく眉根を寄せ、

「なんだこれ? 新しい聖衣のパーツかなにかか?」

シュラは思わず噴出しそうになるのを堪え、咳き込んで誤魔化した。

「腕時計です、アイオロス」

「腕時計?」

俺、そんなもんしないのにという言葉を飲み込んで、アイオロスは紙袋の中身を覗いた。

「そうか、女神にも気を使ってもらって申し訳ないな……。このカードとカノンを預かってもらうだけで十分なのになぁ」

呟きながらバースデーカードの在り来りな祝いの言葉に目を通しながら、紙袋の紐を指にかけクルクルと回してみせる。

まさにネコに小判である。が、それを知っているのはこの場でシュラだけである。

遠心力で今にも飛んでいきそうなオメガの中身入り紙袋をヒヤヒヤ見るシュラの頬をヒュンと風が切る。

小さな紙袋から飛び出してきたそれをシュラは人差し指と中指でキャッチし、

「アイオロス、振り回すのやめてくださいっ!」

語気を強めてアイオロスを叱責し、指に挟んだそれを彼に差し出した。

「ほら、もう一通」

振り回す指を止め、アイオロスは首を捻った。

「それ、私宛じゃないみたいだぞ。お前の名前が書いてあるけど」

「え!? 俺宛て?」

再びショップバッグをクルクルしようとしているアイオロスの手を掴んでそれを阻止しながら、シュラは右手の中にある封筒を見つめた。

もしかして女神から個人的なお手紙か!?

「もっとも女神に忠誠の厚い男」のシュラは心身ともに熱くなっていくのを感じた。

なぜなら、封にはピンク色のハートのシールが眩しく輝いているのだ。

「こ、これは!?」

シュラは頬を紅潮させ、声を上ずらせた。

「あっ、それラブレター。帰り際にシュラに渡してくれって言われて、忘れないようにその袋にいれたんだ」

ミロが思い出したように言うと、シュラの瞳は識別できないほど小さくなり、手紙を持つ右手が小刻みに震え始めた。

だがしかし次に続いた言葉が、一気に彼を現実へと引き戻した。

「オッパイプリンプリンのメイドさんだったよ」

「は? オッパイプリンプリン――は女神しかいねぇだろう!」

くわっと瞼を見開いて、額に青筋を浮かべるシュラにミロは思わずたじろいだ。

「ち、ちげーよ。女神もプリンプリンだけど、それくれたのはもうちょっと小ぶりのプリンプリンのメイドさんだ。俺はスレンダー美人のメイドさんとメガネの似合う清楚なメイドさんに貰っちゃった」

ほらほらとミロもまた薄紫色の封筒と白い封筒を取り出し、自慢げに振ってみせる。

「日本人には俺のほうがもてんのかねぇ」

にへへへとミロは笑った。

がっくりと肩を落とすシュラの肩にアイオロスは優しく手を置いた。

「女神からラブレターなんてくるわけないだろう。あの方はペガサスしか眼中にないんだから――」

落ち込む後輩を慰めながら、アイオロスはポケッと突っ立っているアイオリアを見て、

「で、お前は?」

と問う。

アイオリアはキョトンとなって自分を指差しながら、瞼を瞬かせた。

「俺?」

「そう。お前は何通貰ったんだ?」

「俺は貰ってないよ?」

「なんで!! お前だって、私には負けるが男前だろうが」

「ちょ、今時、男前って」

とミロがプヒョと笑って、アイオリアの肩を抱く。

「こいつ女神の屋敷でも魔鈴ラブなの有名だから、誰も色目なんて使ってこないんだよ。なぁ、アイオリア」

「そ、そうなの!?」

「そうだよ。ねぇ、シュラ?」

ミロに同意を求められたシュラは、力強く二回頷いた。

「アイオリアの魔鈴ラブを屋敷で知らない奴はいませんしね。それにアイオロスもですよ?」

「私?」

先ほどのアイオリアと同じように自分を指差し、アイオロスは瞼を瞬かせた。

「サガ好きが有名なんですよ。日本に行くたびに、サガに会いたいって寂しがるって、もっぱらの噂ですから。女神もサガの話は聞き飽きたと、ぼやかれてますよ」

「そ、そうか。それは女神に申し訳なかったな。でも女神も、私の小さい頃の話や、聖域の話を聞きたがるから……」

「だからってサガの事ばかり話してもしかたないでしょう」

「しかたないだろう……」

そう言葉を切って、アイオロスは顔をプイッと背けた。
何を言っても、どうせ呆れられるだけなのは分っていた。

因みにカミュもまた、弟子馬鹿が有名すぎてラブレターをもらえない一人でもある。

「絶賛熱烈恋愛中で、しかも同性愛者じゃラブレターを書こうなんて気もおきませんよ」

「でも……、私もラブレターって、ちょっと欲しいかも」

アイオロスは二人の手の中にある封筒をチラリと見て、ぼそりと呟いた。

ミロの嬉しそうな紅潮した顔、そして相手が沙織でなくてもまんざらでもない表情が垣間見えるシュラを見て、アイオロスもラブレターを貰う気持ちを味わって見たくなったのである。

彼の言葉が幻聴でないことをシュラは核心した。

何せ、ミロもアイオリアも驚きのあまり、目と口を0の形にしてアイオロスを見ているからである。

そうしてようやくアイオロスの欲しい物を見つけたシュラは、彼の手を取った。

「ようやく欲しい物がみつかりましたね、アイオロス!」

「あ、ああ。そういえばそうだな」

「さぁ、来て下さい」

ぐいっとシュラに引っ張られたアイオロスは、咄嗟に両脚を踏ん張り、それを反対に引っ張り返した。

「アイオロス?」

「ちょっと待て、どこに行くんだ?」

「どこに行くって、上ですよ」

シュラが人差し指で遥か山頂の教皇の間を指差し、アイオロスのみならずアイオリアとミロも首をかしげた。

「だから何で上に行くんだ?」

「教皇の間にあるアイオロス付きの神官達の事務室なら、アイオロス宛ての手紙が山と届いてますから、その中にラブレターの一通や二通あると思うんです。最近は以前とくらべて、俺たち黄金聖闘士の神格化も薄らいでますしね」

アイオロスは黄金聖闘士で、しかも次期教皇で女神を救った英雄である。
普段は陳情書や少年少女からの熱い思いのこもった手紙が多いが、この時期になると誕生日を祝う手紙やカード、クリスマスカードが大量に届くのである。

そしてシュラの言うとおり、サガが統治していた時よりも黄金聖闘士の露出も増え、以前よりも身近な存在になり、聖域からはもちろんのこと、遠く海の果てにある聖域圏の人間からも、芸能人に宛てるようなファンレターが届くこともしばしばあった。

ミロや嘗て裏切り者の汚名を着せられたアイオリア、そして正真正銘の裏切り物のシュラやデスマスク、アフロディーテすら、陳情はもちろん同じ星座の人々からの様々な手紙が届くのだから、アイオロスともなれば想像を絶する数である。

それらはあまりにも量が多すぎて、アイオロスの元に上がって来るのは本当に僅かで、重要な陳情書のみである。

それ以外は、神官や雑兵たちが次期教皇に相応しいありがたい言葉が書かれたカードと、アイオロスのサイン(プリント)を添えてアイオロスからの返事としている。

「ちょっと待て、そうじゃないんだ」

アイオロスは逸るシュラを必死に押し留めると、苦笑を零す。

シュラが訝しげな表情を浮かべる一方で、アイオリアが、

「あっ!」

と高い声をあげ、それを受けてミロが彼の顔を見て同じように

「あぁ!」

と叫び二人は互いに頷きあった。

「ラブレターはラブレターでも、兄さんはサガから欲しいんだろう?」

「さすが、私の弟だ。よく分ってるじゃないか!」

アイオリアの言葉にアイオロスが両手を打って絶賛すると、彼は不本意そうな笑みを浮かべ、

「嫌でも分るよ。何年兄さんの弟やってると思ってんだよ」

「その点、シュラはまだまだだね」

ミロがニヤニヤと笑い、シュラは額に手を宛てて天を仰いだ。
同時に、自他共に認めるアイオロス信奉者としてのプライドが少し傷ついた。

ようやくアイオロスの欲しい物が見つかり、嬉しさのあまりうっかり彼のサガ馬鹿を忘れてしまったのである。

「今更、サガからラブレターなんて貰ってどうするんです?」

呆れながらシュラが手を額に宛てたまま嘆息しながら首を振る。

アイオロスはムッとその逆立った頭を睨みつけた。

シュラはさらに盛大に大きな溜息をつくと顔をあげた。

「分りました。誕生日プレゼントはサガからのラブレターで」

「本当か!」

「ええ、それくらいならなんとかなるでしょう。サガに頭を下げて、文字通り地に額を擦りつけるなり、三顧の礼なりして頼んで見ます」

「期待して待ってるぞっ!」

へらりと笑うアイオロスに、シュラは涙をちょちょぎらせた。

金で解決できないことほどやっかないなことはない。

何で自分はいつも損な役割ばかりなのだろうと、運命の女神をちょっとだけシュラは呪ったのだった。

 


Next