魔法の聖典(その2)

 

 礼拝堂は安息日にも関わらず大勢の人間で溢れかえっていた。
英雄アイオロスが礼拝を執り行うとあって、教皇庁で働いているほとんどの者が礼拝堂に集合していた。また、どこで噂を聞きつけたのか、他のセクションで働く者たちの姿もあった。

 皆、アイオロスの雄姿を人目見ようと集まったもの達ばかりであったが、中には遊び半分で来ている輩もいた。デスマスクとミロがそれである。二人は、アイオロスが何かしでかさないかと、楽しみにしていた。
他にもアフロディーテ、シュラ、アイオリア、カミュは純粋(?)にアイオロスやサガの姿を見に来ていた。

 

「そろそろお時間でございます。」

 神官に声を掛けられ、アイオロスは礼拝堂までの長い廊下をサガの後ろ姿を見ながら歩いていた。サガは慣れた足取りで、優雅に歩いていたが、後ろを歩くアイオロスは長い裾に何回も転びそうになる。
突然、前を歩いていたサガの体がグラリと揺れると、サガが前のめりに倒れた。

「サ、サガ!?大丈夫か!?」

「アイオロス、足!!」

 サガは倒れた状態から顔だけを横に向け、アイオロスを睨む。アイオロスはサガに言われ、自分の足を見ると、足の下にはサガの法衣の裾があった。

「あっ、すまん。」

そう言ったアイオロスの視界がグラリと揺れ、今度はアイオロスが倒れたサガの上に覆い被さるように倒れる。

「うぎゃ!何をする、アイオロス!!」

「すまん、自分の裾を踏んでしまって・・・・。」

「ったく、祭壇の上では転ぶなよ。」

「ああ。」

アイオロスは法衣の裾を持ち上げて、体制を正すと恥ずかしそうに頷いた。

 

礼拝堂に9時を知らせる鈴がなると、一同は皆話をやめ、正面を向き、アイオロスが出てくるのを待った。
アイオロスがサガと神官を引き連れて現れると、アイオロスとサガの身体から溢れる威厳と小宇宙に感歎の声をもらした。

「ひゅ〜♪流石、黄金聖闘士だな。後ろにいる神官とはオーラが違うぜ。これで妖気でも出せれば完璧なんだがな!しかし、サガは兎も角、アイオロスは戦う司祭だろう、あれは・・・・。」

デスマスクが小さな声でつぶやくと、隣のミロがクスクスと笑った。ミロは隣にいたカミュにひじでコツかれ、慌てて口を閉じる。

アイオロスはあまりにも緊張していたために、身体に力が入ってしまい、体格のいい身体をますます筋骨逞しく見せていた。そして、その表情も硬く、礼拝を司るものには程遠い。

 

「うおっ!」

 アイオロスは思わず祭壇の階段に引かれた絨毯に手をついた。祭壇の階段を登る際に再び法衣の裾を踏んだのだ。
その姿を見た黄金聖闘士達は思わず声を上げて笑うと、アイオロスの後ろを歩いてたサガが、わざとらしく咳払いをし、横目で睨みつけた。

アイオロスは気を取り直し、祭壇の前に立ち、その右横にサガが控え、左に数人の神官達が控える。
アイオロスが祭壇を正面に立ったのを合図に、パイプオルガンの奏楽が始まった。

音楽が終わると、アイオロスは一礼をし、祭壇の上に置かれた分厚い、豪奢な装丁が施された聖典をめくった。
アイオロスの聖典を読む低い声が礼拝堂に響き渡ると、皆目を閉じて耳を傾けていた。

しばらく流暢に聖典を読むアイオロスの声が礼拝堂内を支配していたが、その声が突然止まり、礼拝堂内が静寂につつまれる。

一同は皆アイオロスの背中に視線を向けた。
まだ、聖書は途中までしか読まれていない。
そうと分かるくらい、聖典は中途半端なところで止まっている。

「(サガ、サガ!!!)」

アイオロスは、横目でサガを見ながら口をパクパクとさせ、サガの名前を呼んだ。サガは、アイオロスの異常に気が付き、顔をあげた。

「(どうした、アイオロス。まだ途中だろう?)」

「(覚えてないんだ。)」

「(何をだ?)」

「(聖典だよ、聖典!)」

「(お前、読めない・・・・。いや、教皇が読まれているのを覚えてないのか?)」

「(ああ。いつもここで寝ちゃうんだ。仕方ないだろう!!)」

「(呆れた奴だ。)」

「(そんなことを言わずに助けてくれ!)」

 サガは深い溜息をつくと、アイオロスにテレパシーで聖典の続きを語り始めた。
アイオロスはそれにあわせて声をだすと、一同は再び目を閉じ話を聞いた。どうやら、アイオロスに起こったトラブルは誰にも気がつかれていないようだった。

聖典を読み終わると、アイオロスは胸に十字を切ろうとした。

「(アイオロス。十字の切り方が逆だ!逆!)」

アイオロスはサガに言われて慌てて十字を切りなおす。

「(次は、右から回って正面を向くんだ。)」

 

「なぁ、デスマスク。アイオロスの動き、ぎこちなくないか??」

ミロはアイオロスの様子を見て、デスマスクに言った。

「あれは、傀儡ってやつだな。」

「くぐつ?」

「まっ。お前がカミュと礼拝をやっても、こうなるだろうな。くくっ。」

デスマスクは小さい声でミロに言うと、肩を揺らした。

 

「(サガ、次はなんだっけ?)」

正面を向いた、アイオロスはサガに聞いた。

「(説教だ。)」

「説教・・・・・。」

アイオロスは思わず小さな声で言ってしまった。それをデスマスクが聞き逃すはずもなく、アイオロスに言った。

「なんでもいいんだよ。目標とか、野望とか、心構えとか!!」

アイオロスは壇上からデスマスクに視線を合わせると、デスマスクがニヤリと笑い、頷いた。

「そうか・・・。」

アイオロスは視線を正面に直すと、大きな声で言った。

今日の目標ーーーー!!。老人をいたわりましょう。以上!解散!!

 

 アイオロスの言葉に、一同は呆然となった。こんな説教を聴いたのはもちろん初めてである。皆、どうしていいか分からず、その場に立ち尽くしていると、

「あーー、終わった、終わった。なんだ、どうした??解散って言うんだから、解散なんだよ。ほら、帰るぞ!!」

デスマスクの声が礼拝堂内に響き、皆我に返り、ざわつき始めた。

「おいおい、なにやってんだよ。教皇代理がけーれ(帰れ)っていうんだから、とっととけーる(帰る)んだよ!」

デスマスクはそう言うと、他の黄金聖闘士達と一緒に笑いながら帰っていった。他の者達もその姿を見て、おずおずと礼拝堂を出ていく。
サガは、皆が引き上げる姿を眉間にしわを寄せ、見つめていた。
アイオロスは、無事に礼拝が終わり、安堵の溜息をつくと、サガに言った。

「ふぅ。なんとか無事に終了だな。サガがいてくれて助かったよ。」

サガはアイオロスに引きつった笑いを浮かべて答えただけだった。


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