おかあさんといっしょ(私をお嫁にもらってね♪)

 

 シャイナが駆け込んだのは白羊宮だった。
 魔鈴が倒れたので助けて欲しいという。魔鈴とムウは知らない仲ではないし、どちらかといえば、仲がいいほうである。「貴方じゃなきゃ駄目だ!」と何度も言われて、ムウは魔鈴の部屋へ出向いた。

 ベッドで腹を抱えてうずくまる魔鈴は、珍しく寝間着に袖を通していた。どうやら本格的に具合が悪いらしい。
 ムウは魔鈴に事情を聞くと、呆然とした。

「・・・悪いね。」

 自分の下腹部に手をあてがって、小宇宙を燃やしてヒーリングをはじめたムウに、魔鈴は詫びた。

「・・・・・ぅう!!!!!・・・・・ぃぃ・・・・・。」

 魔鈴は苦痛に身を悶える。どんなに自分で小宇宙を燃やしても、この痛みをとることは出来ず、痛みのあまり気を失っていたところを、シャイナに助けられたが、やはり痛みが治まらないので、ムウに助けを求めたのである。

「一体いつからこんな酷くなったのですか?」

 ムウの質問に魔鈴は息を切らしながら答えた。

「いや、いつもは大したことないんだけど、最近仕事が忙しくてさ・・・気合で3ヶ月くらい止めちゃったんだよ。それがきたのかも・・・・・、ぅ!!。」

「止まるものなのですね・・・・。」

「そっか、あんた生理ないもんな。」

「・・・・あたりまえです。」

 魔鈴は他ならぬ、極度の生理痛に苦しんでいた。

「ぅ!!!ぅぉぉぉぉ・・・・」

「そんなに痛みますか?」

 生死の境をさまようような大怪我すら耐えることのできる聖闘士が、ここまで苦しむ痛みをムウは不思議に思った。男であるムウは、もちろんその痛みを知らないし、知ることもない。

「・・・・・でなかったら、あんたをわざわざ呼びつけたりしないよ。ぅ・・・。」

「ヒーリングだったらアイオリアだって出来るのですから、彼に頼めばいいでしょう。」

 魔鈴がアイオリアといい仲であることを、もちろんムウも知っていた。あまり他人に言うようなことではないので、恋仲?のアイオリアの方がよっぽど適任である。
 素顔は仮面で見ることは出来ないが、おそらく魔鈴は顔を真っ赤に染めて、ムウから顔をそむけた。

「男にそんなこと、恥ずかしくって頼めるわけないだろう!」

「・・・・・私も男なのですが。」

「あんたは医者みたいだからいいんだ。」

「・・・・男として魅力を感じませんか?」

「全然。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 魔鈴の即答に、ムウはため息をついた。

「あんたでも一応気にするんだね。」

「一応、男ですから。」

「もしかして、あんた自分で自分のこと、男らしいと思ってるのか?。」

「・・・・・・。」

 ムウは沈黙を金とした。

「男らしいっていうのはアイオリアみたいなことを言うんだよ。」

「まったく、揃いに揃って嫌なカップルですね。」

 流石のムウも眉根を寄せて、不機嫌な顔をする。ムウがアイオリアに貶されたことを知らない魔鈴は、仮面の下で笑い声を上げた。

「あはははは!、あんたアイオリアに女みたいだって言われたのかい。」

「そうですよ、あんなへっぽこぷーに非難されるなんて、不愉快極まりないですね。」

 強大な力を持つ黄金聖闘士をへっぽこと言い捨てたムウもまた黄金聖闘士である。アイオリアが同僚に馬鹿にされ、魔鈴は怒るどころか、再び笑い出した。

「ぶはははははは!アイオリアが聞いたら暴れるだろうね。」

「文句があるなら、実力で私を倒せばいいのです。」

「まぁ、無理だろうね。あいつは感情と筋肉が直結してるから。そういう所が男らしくて可愛いのさ。」

 魔鈴の言うところの男らしいと、自分の思うところの男らしいが、大きく食い違っていることを知ったムウは、それ以上魔鈴から話を聞くのを辞め、散らかったままの台所を清掃をはじめた。

 手際よく家事をこなすムウを、魔鈴はベッドで横になりながらじっと見つめていた。
 ムウは女にしては体は大きいが、アイオリアのように屈強な肉体をしているわけでもない。整った顔は女というより、人形のようである。
 戦士であることを全く感じさせないムウの静かな雰囲気が、随分昔に亡くした母に似て、魔鈴はそれが好きだった。

 よりによってアイオリアと不仲のムウを選んだのは、「母親みたいだから」と言ったら、やはり怒られるだろうか。

 魔鈴はそう考えると、自分のために昼食を作るムウの背中を見ながら、クスクスと笑った。

 

「意外ですね。あなたでもお菓子を作るのですか。」

 こげた鍋をわざわざ見せに持ってきたムウはやはり性格が歪んでいた。茶色くこびりついているものがチョコレートであると見抜いたのである。

「それって、あたしが女らしくないって事かい。」

「まさか、自分で女らしいと思っているのですか?。」

「・・・・・。」

 今度は魔鈴が沈黙を金とした。

「作り方が全然違っていますよ。チョコレートは直接火にかけてはいけません。」

「いいんだよ!私は聖闘士なんだから、お菓子なんか作れなくったって!!!!!。」

 魔鈴は顔をそむけてムウに怒鳴る。一応女性としての恥じらいもあるらしい。

「聖闘士としては結構ですが、これではお嫁に貰った殿方が苦労しますね。」

 意地悪く笑うムウに、魔鈴は再び怒鳴った。

「いいんだよ!あたしは、料理、洗濯、掃除、育児が得意な男と結婚するから!。」

「それは、まるで母親みたいな男性ですね。そういう男性には魅力を感じないのではありませんか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

「あのアイオリアが、料理、洗濯、掃除、育児をこなすとは、とても思えませんが。」

 ムウに口で勝つのは、魔鈴にはまだまだ難しかった。

 

 次の日、どこから嗅ぎつけたのか、魔鈴の元にアイオリアが見舞い訪れた。見舞いの花にはバレンタインのメッセージカード添えられている。どうやらこちらが本題らしい。今日は2月14日であった。

 魔鈴はベッドの上から、アイオリアに指示し、台所に置かれた皿を持ってこさせる。その上には、綺麗に飾り付けされたチョコレートがのっていた。

「日本じゃ、バレンタインはチョコレートなんだよ。手作りだから味わって食べるように!。」

 自分のために、病気にも関わらず、とても得意とは思えないお菓子作りをしてくれた魔鈴に、アイオリアは嬉しさのあまり、しばらくチョコレートを眺めて、ニヤニヤと笑っていた。
 さっさと食べろと魔鈴に言われて、本当は一生保存しておきたいチョコレートをアイオリアは仕方なく、そして有難く頬張った。

「どうだい?アイオリア。美味いか?。」

「すごいぞ、魔鈴!こんな美味いチョコレート食ったことない。」

「そうか、そうか。」

 目を輝かすアイオリアに、魔鈴は満足して頷いた。

「・・・・魔鈴はお菓子を作るのが上手なんだな・・・・、きっといいお嫁さんになるぞ。」

 顔を真っ赤に染めながら、アイオリは小さな声で言った。

「嫁に欲しい?」

「は?」

 突然核心をついた質問に、アイオリアは仰天した。心の準備はまだまだ何もしていなかったのだ。

「お菓子とか料理を作るのが上手な奴を嫁にもらいたいかって、聞いてるんだよ!。」

「ええええ・・・え・・・・あ・・・・。それは料理が上手な方がいいが・・・・。」

 魔鈴が家事が好きでないことを知るアイオリアは返事に戸惑った。

「やっぱり嫁に行くなら、料理は上手くなきゃ駄目だよな。あたしもそう思う。」

 アイオリアは食べかけのチョコレートに目をうつした。自分のために、魔鈴が一所懸命料理に取り組んでくれている、そう思うと、鼓動が早くなり胸が締め付けられた。

「こんなに上手に菓子を作れるなら、いつでも嫁に行けるんじゃないか?」

 口から飛び出そうになる心臓を抑えて、アイオリアはチョコレートを見たまま囁いた。

「そのチョコレート、ムウが作ったんだ。」

「え?」

 アイオリアは口をあんぐりとあけて、魔鈴とチョコレートを見比べた。

「あたし、ムウと一緒に嫁に行く事にしたから。」

「は?」

 アイオロスは目が点になった。

「あたしは、料理も洗濯も掃除も得意じゃないし嫌いだから、嫁に行くときはムウと一緒に嫁にもらってもらうことに決めたんだ。」

「な、何を言っている魔鈴!。」

 魔鈴の声は真剣そのものである。いまだにムウが苦手なアイオリアにとっては爆弾宣言どころか、核弾頭宣言に値する。魔鈴が牡羊座師弟と仲がいいのは知っていたが、何故にそうなるなか、アイオリアには全く理解できなかった。

「だから、ムウも一緒に嫁にもらってくれる奴か、ムウがいなくても済む奴のところに嫁に行く。」

「・・・・・・。」

「じゃ、そういうことだから、よろしくな!。」

 その日からアイオリアは真剣に料理の勉強をはじめたのだった。


End