日刊わたしのおにいちゃん

もうすぐ5歳になるムウは、自分の誕生日を知っていた。
誕生日には大きなケーキとプレゼントがもらえる事も知っている。
ムウはシオンの口から「誕生日プレゼントは何がよい?」という言葉が出るのを、今か今かと待ちわびていた。
「ムウや、もうすぐ5歳であるのぅ」
夕飯を食べながら、シオンがようやく誕生日についてふれたので、ムウは大きな紫の瞳を爛々と輝かせた。
「今年のプレゼントは何にしようかのぅ?」
ムウは食器を置いて、シオンをじーっと見上げた。
「あのねぇ〜〜ムウねぇ〜〜おねがいしてもいい?」
おねだりするムウに、シオンは『こんなに可愛い弟子がいる自分は何て幸福なのだろう』と神に感謝し、だらしないほどに破顔する。
「なんじゃムウやぁぁ。何でもゆうてみよ。余が何でもこうてやる」
「ほんとう?なんでもいいの?」
「何でもよい!家でも車でも油田でも何でもこうてやる!」
「わーーい、シオンさまありがとう!シオンさま、だいすき!」
椅子から飛び降り、ムウはシオンに駆け寄って膝の上によじ登った。
「ムウはかわゆいのぅ〜〜。で、何がほしいのじゃ?」
「あのね、そのね〜〜」
「なんじゃ、ゆうてみよ。そろそろ、聖衣が欲しいのか?」
モジモジしている姿も可愛くて、シオンは思わずムウのふくよかな頬に口づけしてしまう。
ムウは薄紫色のおかっぱ頭を何度か左右にゆらして、口を開いた。
「ムウね、にいちゃんがほしい!」
「はぁ?」
「にいちゃん!にいちゃんがほしい!」
シオンは目を瞬かせると少し考え、ムウの意図するところを察して頭を撫でた。
「ほうほう、くまさんのお兄ちゃんか?」
ムウは首を横に振った。シオンはムウが大事にしているクマのぬいぐるみにお兄さんが欲しいのだと理解したのだが、違ったようである。
「くまさんじゃなくて、にんげんのにいちゃんがいい」
「……ムウや、弟や妹は親が頑張れば出来るものじゃが、先に生まれた兄や姉というのは出来ぬのだぞ」
シオンの説明に、ムウはがっくり肩を落とすと、麻呂眉を寄せ硬く目蓋を閉じ、涙をこらえて鼻をすすった。
もっともムウの場合、両親がいないので弟も妹も出来る可能性は0である。
ムウが今にも泣き出そうとしているので、シオンはあばあばすると、ムウを抱き上げた。
「ムウや、どうしてまた兄が欲しいのじゃ」
「ムウもきょうだいがほしいもん。どうしてシオンさまにもリアにもきょうだいいるのに、ムウにはいないの?」
ポロポロと涙をこぼし始めたムウを見て、シオンは何と説明したらいいのか困って麻呂眉を寄せる。
シオンにはアーレスという弟がいるが、血縁者ではない。
「シオンさま、なんでもかってくれるっていったのに……」
「ムウや、兄弟を金で買ってきてはいかん」
「どうして?」
「どうしてもじゃ、覚えておきなさい」
「……ムウもにいちゃんがほしい……」
ムウが兄弟を欲しがるのは間違いなくアイオリアの影響である。年中兄のアイオロスにくっついてまわっているのが羨ましいのであろう。
シオンはムウを膝の上におろしナプキンで涙をぬぐうと、胸を叩いた。
「ムウの頼みでは仕方ないのぅ、余が何とかしてやろう!」
「ほんとう?!シオンさまだーーーいすき!」
ムウは膝の上で飛び上がるとシオンの首に抱きつき、小さな唇を師の唇にチュっと重ねた。
「ああ、余は何て幸せなのじゃ!」
「ムウもしあわせだよ!」
「幸せじゃのぅ〜〜!」
「しわわせじゃのぅーー!」
二人で抱き合いチュッチュしあうバカ師弟に、部屋の外で会話を聞いていた神官たちは、呆れ果てて苦笑いを浮かべた。

教皇の勅命にサガは驚き、そして喜びのあまり見えない翼をパタパタと羽ばたかせた。
ムウの義兄弟になって欲しいと言われたのだ。
ムウといえば、シオンの弟子であり、巷の噂では次期教皇になるかもしれない人物である。
噂どおりムウが教皇になれば、教皇の兄として権力握り放題、やりたい放題、風呂入り放題、作り放題、人生ばら色、人生風呂色、ビバ!教皇兄!!と、未来予想図にサガは天使の様な微笑を浮かべ、二つ返事で引き受けた。
ムウが一癖も二癖もある子供であることはもちろん知っていたが、悪の権化であるカノンに比べたら可愛いものである。
「まぁ、どうせ三日もすれば飽きるであろうがのぅ、よしなに頼むぞ」
「このサガ、一生ムウの義兄として頑張ります!」
サガは跪いてシオンに深々と頭を下げると、ニヤリと唇を吊り上げたのだった。


3月27日
喜びのあまりスキップしながら教皇の間へ現れたサガは、言われた通り執務室へ向かった。
にいちゃんがくるのを今か今かと待ちわびていたムウは、扉を叩く音が聞こえるとシオンの膝の上から飛び降りて、自ら迎えに行く。
扉が開いてサガが現れると、ムウは目を点にした。
「誕生日おめでとう、ムウ。今日から私がムウのお兄さんだよ」
腰をおとしムウと視線の高さをそろえると、サガは両手を広げてムウが飛び込んでくるのを受け止めようとした。
が、
「……にいちゃんじゃない」
ムウは不機嫌に呟き、シオンの元へ走り戻った。両手を広げたまま固まったサガの脳内で、風呂天国の未来図が崩壊する。
「どうした、ムウや。サガでは嫌か?」
「やだ!サガはにいちゃんじゃないもん。ムウはにいちゃんがほしいんだもん」
「ムウや、兄というのはお前の親からお前より先に生まれた男の子のことを言うのだぞ。お前の親はもういないのだから、無理なことをいうでない」
「シオンさま、ムウににいちゃんくれるっていったのに、くれるっていったのに、シオンさまのうそつき……ぅぅわぁぁあぁん」
ついにムウが泣き出してしまい、シオンは愛弟子を抱き上げると小さな頭を撫でてあやす。
「こまったのぅ……無理なものは無理なのじゃ」
「ぅわあぁぁぁん、にいちゃんほしぃーー!」
「サガで我慢せい」
「いやだぁぁぁぁ、にいちゃんほしぃぃぃ」
「こまったのぅ……」
シオンはムウをあやしながら、神官を手招きし、アイオロスを呼ぶように命令した。
すぐにアイオリアを小脇に抱えたアイオロスがやってきて、床に手をつきうちひしがれているサガを見て首をかしげた。
「ムウや、このにいちゃんはどうじゃ?」
ムウは鼻をすすると、涙でにじんだ瞳を輝かせた。
「にいちゃん!!」
ムウに兄と呼ばれたアイオロスは、再び首をかしげ、サガは更にショックを受ける。
「どうせ私なんか、私なんか……アイオロスのバカーーー!」
涙をちょちょぎらせながら叫んで走り去ったサガを見送り、アイオロスはさっぱりわけが分からずシオンに尋ねた。
「どうしたんですか、教皇?」
「ふむ、ムウが兄がほしいというからのぅ。ちと、ムウの兄になってもらえぬか」
「え、いやですよ。リア一人で手一杯なんですから」
即答で断られたムウは、サガと同じように固まった。
再び紫の瞳に涙をためはじめた愛弟子を見て、シオンは仮面の下で麻呂眉を寄せる。
「お前の弟は余が預かるから、何とか一日面倒みてやってもらえぬかのぅ」
「ええ……リアに変な事しないでくださいよ」
「せぬわ」
アイオロスは眉をしかめると、小脇に抱えたアイオリアをシオンに差し出し、代わりにムウを受け取った。
「すまぬのぅ、ちとお前の兄をムウに貸してやってくれぬか?」
シオンに抱き上げられ、お願いされたアイオリアは、困って振り返る。
「おう、アイオリア。今日は一日ジージのところで大人しくしているんだぞ」
「……にいちゃん……」
目に涙を浮かべ、無言で『置いていかないで』と訴える弟をさらりと無視し、アイオロスはムウを小脇に抱えて執務室から出て行った。
部屋の扉がバタンと音を立て閉まると、アイオリアは鼻水を垂らしながらエグエグと泣き始め、シオンを困らせる。
「おお、泣くでない。いま、美味しいケーキを用意させよう」
「……ケーキ」
ケーキという言葉でぴたりと泣き止んだアイオリアの頭を撫でると、シオンは呼び鈴を鳴らし、神官を呼んだ。

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