おじいちゃんといっしょ その1

 

聖域はハーデスとの戦い後、女神の力によって復活した聖闘士達の活気でかつてない賑わいを見せていた。
いままでジャミールでムウと二人っきりで、他人とのかかわりをほとんど持たずに生活していた貴鬼は、聖域での生活に期待に胸を膨らませていた。日本の城戸邸での物珍しい生活も好きだが、聖域には自分と同じような特殊な能力を持った人間が沢山おり、しかもムウもいるとなれば、やはり聖域での生活のほうがいい。

白羊宮で師匠の手伝いをし、聖闘士達と過ごしながら、貴鬼は幸せな生活をするはずであった。しかし、貴鬼の予想とは裏腹に、これがなかなか思い通りにいかなかったのである。
原因は幼い貴鬼にでもはっきりと分かっていた。教皇シオンである。

復活後しばらくして、ムウの師匠のシオンが白羊宮で生活するようになってから、貴鬼はムウと接する時間が極端に短くなった。

今まで、放任主義で貴鬼を育てていたムウは、ますます貴鬼に聖闘士としての修行や聖衣の修復の勉強をしてくれなくなった。それはまだ貴鬼の許容範囲ではあるが、なんにしても許しがたいのは、いままで貴鬼の特権ともいえるムウとの二人だけの時間をシオンに邪魔されていることだった。ことあるごとにシオンはムウにべたべたとし、ムウもまた弟子という立場と13年ぶりに再会した師匠にまんざらでもない様子で、貴鬼はすっかり蚊帳の外である。

そして今日もまた執務を終え、白羊宮で夕飯を食べ終わったシオンは、リビングでムウが夕飯の片づけをする音を聞きながらまったりと時間を過ごしていた。しかし、その隣で一緒に片づけをしている貴鬼の言葉に、シオンはない眉をしかめた。

貴鬼「ムウさま、後片付けが終わったら、お風呂に入ろうよ。」

シオン「貴鬼や!」

貴鬼「はい、シオンさま。なんですか?」

リビングから声をかけられ、貴鬼がキッチンからひょいと顔を出すと、シオンは無言で手招きをして貴鬼を呼びつけた。

シオン「貴鬼よ。ムウと風呂に入るのは余じゃ。」

貴鬼「何を言ってるんですか。ムウさまとお風呂に入るのはおいらだよ。」

シオン「お前こそ、何を寝ぼけたことを言っておる。余がムウと一緒に風呂に入るのじゃ。」

貴鬼「おいらはずっとムウさまと一緒にお風呂に入ってたんだよ。それなのに後から来たシオンさまがそんなことを言うなんて、ずるいよ。」

シオン「何を言うておる、小僧。後から来たのはお前のほうじゃ。余は、ムウがお前よりもっと小さいときから一緒に風呂に入っておるのじゃ。ふっ、まさか、お前は一人で風呂に入れないとでもいうのか?」

貴鬼「そういうシオンさまこそ、大人のくせに一人でお風呂にはいれなじゃないか。」

シオン「そうじゃ。余はのぅ、もう年寄りじゃから一人で風呂に入ると危険なのじゃ。つるっとすべって転んで、万が一のことがあったら、どうするのじゃ。」

貴鬼「聖闘士の頂点に立つ人が、そんなんじゃ死なないから、大丈夫だよ。」

シオン「よよよっ・・・、お前は随分と冷たい子供じゃのぅ。老い先短いこのおいぼれの、唯一の楽しみを奪うというのか。」

ローブの袖で顔を隠し、嘘泣きをするシオンに、貴鬼は思いっきり顔をゆがめた。

貴鬼「シオンさま。そういうときだけ、老人ぶるなんてずるいよ!」

シオン「お前こそ、子供ぶるでない。」

貴鬼「おいらはまだ子供だよ!」

シオン「余も老人じゃ!しかしのぅ、余はいつサガに殺されるか分からないのじゃ。だから、これがムウと最後の風呂になるかもしれんのじゃぞ。」

貴鬼「で、でも・・・・・・。」

シオン「お前は、タナトスとヒュプノスの攻撃を受けても死ななかったのじゃから、命の心配はあるまい。余が死んでから好きなだけムウと風呂に入ればよいじゃろう。」

貴鬼「・・・・・・・・・!、そんなことを言って、おいらを騙そうとしたって、無理だからね。おいら、シオンさまが神よりも強いってこと、ちゃんと知ってるんだから。それに、シオンさまは18歳なんだから、もう双子のおじさんになんて、あっけなく殺されないだろう!」

シオン「ふむっ、落ち着くのじゃ貴鬼よ。お前はいくつになったのじゃ。」

貴鬼「8歳だよ!」

シオン「まだ8歳か。若いのぅ。余はの、250歳のよぼよぼの老人なのじゃ。」

貴鬼「はぁ?18歳じゃないの?!!」

シオン「ふうぅ、貴鬼や。よーく聞くのじゃぞ。見た目は18歳でも、250年余りも生きた老人なのじゃ。」

貴鬼「嘘つき!いつも、『余はぴちぴちの18歳じゃ!』って言ってるじゃないか。」

シオン「だからのぅ、それは身体が18歳だとういうことじゃ。しかしのぅ、身体は18でも、余は250年も年をかさねておるのじゃ。もう、自分が何年生きたかも分からないほどじゃ。余は、いつ向かえが来てもおかしくないのじゃ。」

貴鬼「・・・・・。でも、18歳なんじゃ・・・。」

シオン「だから、それは見た目だけじゃ。おぬしは、まだ8つであろう。聖戦も終わった今、お前とて余と同じ百年単位の年を生きる可能性もあろう。しかしこの余は、あと何年生きられるか分からないのじゃ。」

貴鬼「・・・・。」

シオン「おまえはまだ、何百回、何千回もムウと風呂に入る時間があるであろう。しかし、余は・・・・・。ふぅ。老いというのは、残酷なものじゃのぅ。」

貴鬼「・・・・・・・。」

シオン「はぁぁぁ、余はあと何回ムウと風呂に入れるのかのぉぉ。」

大きくため息をついて、シオンはがっくりと肩を落とした。。

貴鬼「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・シオンさま、ごめんなさい。おいらが間違ってました。」

シオン「ほう。」

貴鬼「どうぞ、冥途の土産にムウさまとのお風呂の時間を過ごしてください。おいら、まだまだいつでもムウさまと一緒にお風呂にはいれるから、シオンさまに譲ってあげます。」

シオン「おお、貴鬼よ。お前はなんと優しい子なのじゃ。さすが牡羊座の聖闘士の後継者じゃ。」

貴鬼「シオンさま。お風呂楽しんできてね。」

シオン「言われなくてもそうするぞ。」

大きな瞳に涙をいっぱい浮かべた貴鬼の頭をぽむぽむとはたきながら、シオンはキッチンにいるムウと風呂に入りに行ったのであった。


チョロいのぅ♪