サガのお給料

 

とある月の月末のことだった。
配布された給料明細を見て、サガは眉間の皺を増やした。

いつもより金額が、明らかに多いのである。

前科のあるサガの給料は黄金聖闘士の割りには低いほうで、しかも毎月の光熱費が規定よりも多い為に、それを引かれた金額をいつもサガは貰っていた。

サガは明細を端から端まで穴が空くほど見ると、頭の中で計算をした。

サガ「おかしい……」

カノン「ん? なんだ、また金を着服したのバレて、給料引かれたか?」

サガ「馬鹿者っ、お前と一緒にするな」

カノン「ん? あっ!? あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

サガに殴られた頭を撫でながらカノンはサガの手の中の明細を見て悲鳴をあげた。

カノン「裏切り者のお前がなんでこんなに貰ってんだよっ!!!」

サガ「だから『おかしい』と言っているのだ」

カノン「ちょっと貸せ!」

カノンはサガから明細を奪い取ると穴が空くほどながめた。

カノン「『超過勤務手当』って、なんでこんなにたくさんついてんだよ」

サガ「知らん。私は残業などした覚えはない。大方、会計のミスであろう」

カノン「だったらしらばっくれて、このまま貰っちまおうぜ。間違えたほうが悪いんだからよっ!」

サガ「馬鹿者っ! 私にくだらぬ悪を囁くな!」

カノン「おい、何処に行くんだよ」

サガ「ミスした分を返納する手続きをとってくる」

サガはカノンの手から明細を奪いとると、リビングから出て行った。

 

聖域教皇庁

サガは教皇の間の敷地にある教皇庁人事院会計局の、聖闘士の給金を担当している部屋に来ていた。
受付のカウンターにいる先客に再び眉間の皺が増えた。

サガ「お前たち、ここで何をしている」

デスマスク「よぉっ、サガじゃねぇか」

シュラ「給料の問題でちょっと」

サガ「お前たちもか……」

アフロディーテ「あら。サガも?」

年中組み三人は互いに顔を見合わせて首をかしげた。

サガ「どうした?」

シュラ「サガのところには施設維持費ってないはず……」

アフロディーテ「まさかあの馬鹿風呂が施設なんていうんじゃないでしょうね」

サガ「は? 何を言っているのだ?」

デスマスク「だから、給料だろう。今月の施設維持費が先月より低かったんだよ。それで文句をいいにな。にしても、お前ん所は施設なんてなんにもないだろうよ」

サガは再び眉間の皺を増やした。

この場合の施設維持費は、巨蟹宮の顔のオブジェ、磨羯宮の女神像、双魚宮のバラ園である。

サガ「くだらないことで神官たちを困らせるな」

シュラ「だったら、サガは何しにきたんです?」

サガ「もっと重要なことだ。給金が余計に払われている」

サガはそういって三人を掻き分けると、会計局へとはいっていった。

突然入ってきた黄金聖闘士四人に事務室は騒然となり、およそ百人の神官がいっせいに立ち上がって頭をさげた。

サガ「給金のことで聞きたいことがあるのだが」

サガが手近な神官に言うと、その神官は深く頭をさげたまま硬直した。
困ったな、とサガがデスマスクを見ると、三人はニヤリと笑った。

デスマスク「おい、責任者だせっ!」

シュラ「双子座のサガさまのお越しだ」

アフロディーテ「失礼があったら、ただじゃ済まされないよ!」

その声に奥の個室から、白い長いキトンを纏った老人二人が小走りに出てくると、サガ達の前で膝をついて深く頭を下げる。それに習って室内の職員全員が膝を付いた。

サガは三人を睨みつけ、「あとで只ではすまんぞ」と視線で文句を言うと、天使の仮面をかぶって向き直った。

サガ「給金のことで聞きたいことがあるのだが」

会計局長「どうぞ局長室のほうへ」

サガ「いや、ここで構わん。大した用ではない」

プルプルと震える局長と黄金聖闘士担当課長にサガは小さな溜め息をついた。

サガ「あの、申し訳ないが、そんなにかしこまらないでくれ。私は君たちを脅しに来たわけではない」

局長「し、しかし……」

サガ「すまない。私が恐ろしいのは分かるが、頭をあげてはもらえないだろうか」

局長「はっ、はい……」

サガ「それで、この明細を見て欲しい」

局長は震える手でサガの明細を受け取ると、隣に小さく腰をかけた課長が覗き込む。

局長「あの、これは、その……。どういうことかね?」

課長「いや、その、あの、わたくにもわかりかねます。少々お待ち下さい」

課長は慌てて室内を走り黄金聖闘士担当の部にいく。途端にその周辺が慌しくなった。

聖闘士の給金を管理している会計局聖闘士課の部屋は緊張につつまれた。

5分ほどして課長が戻ってくると、慌てて頭をさげた。

課長「サガさま、申し訳ございません。これは、教皇さまよりの勅命でございまして、光熱費は双児宮の浴槽の広さに比例して他の宮より多く天引きされてございます。また、このその他でございますが……あの、その、大変申し上げにくいのではございますが……」

サガ「いや、そうではないのだ。それは私も承知している」

その他というのは、13年間の無茶苦茶な生活にかかった費用の分が天引きされているのである。

課長「はい?」

サガ「ここだ。超過勤務手当。今月、私はこんなに残業はしてはいない。そちらの手違いではないかと思うのだが」

課長「はっ、少々お待ち下さい。只今、調べてまいります」

サガ「いや、調べなくて構わん。分かるものをここに連れてきてくれ」

局長「し、しかし……サガさまにそのような者が対応しては……」

サガ「いや、私は気にはしない。下の者で結構、私の給金を取り扱っている者をここに呼んでくれ」

 

しばらくすると、ファイルを大量に抱えた事務員の神官が数人がサガの前に膝をついた。

漏れなく全員、恐怖のあまりチワワのように震えていた。

神官「サッサッ、サァ、サガさまの今月の超過勤務でございますが、計124時間で間違いありません」

サガ「しかし、私には身に覚えがない」

デスマスク「また黒くなったんじゃねぇの」

サガ「お前は黙っていろ」

サガに睨まれたデスマスクは口笛を吹いてそっぽを向いた。

神官「今月は教皇さまのご休暇により、アイオロスさまが教皇さまに代わって職務につかれました。その補佐という形で、サガさまのお給料はいつもより多くなっております」

サガ「しかしこれは多すぎかと思うのだが。それに残業はあまりしていないはずだ」

神官「お言葉ではございますが、サガさまの超過勤務に間違いはございません。私ども、一分一秒、間違いのないよう超過勤務時間の記録をつけてございます」

サガ「私も自分の勤務時間は覚えているつもりだ、その記録を読み上げてはくれないか?」

神官「かしこまりました。今月の4日、サガさまは4時間残業をなされました」

サガ「ああ。あの時は書類が結構たまっていたからな」

神官「それから5日。この日は1時間の残業で間違いございませんでしょうか?」

サガ「ああ。間違いない」

神官「6日。この日の残業は6時間でございます」

サガ「ん? 私はこの日はそんなに仕事はしてはおらんぞ」

神官「7日は定時でご帰宮なされております。8日は7時間、9日は12時間の残業でございます。それから10日の休日勤務が数時間ついております」

サガ「な、なにを馬鹿なことを。8日も、9日も私は残業などしてはいない。それに10日は安息日で仕事はしてはおらん」

神 官「いえ、間違いございません。6日は夜7時から翌日の1時まで、8日は7時から翌日2時まででございます。2時にサガさまは教皇の間をでられました。9 日は12時間、夜7時から翌朝7時まで、10日の休日出勤は7時から12時までの半日でございます。それから、週があけまして……」

サガは顔を青くして、冷や汗をたらしながら瞳を何度も瞬かせた。

サガ「ちょっと待て、君はいったいどういう計算をしておるのだ。おかしいではないか!!!」

神 官「おかしくはございません。私はしっかりサガさまの勤務状況を把握しております。6日は、7時にアイオロスさまとご一緒にお食事をお召し上がりになりな がらご歓談、9時にアイオロスさまの入浴介助、12時にアイオロスさまの寝所にお供をされております。サガさまがアイオロスさまの寝所からお出になられた のは1時でございます。8日も同じようにアイオロスさまの閨のお供を終えられたのが2時でございまして、9日も……」

サガ「ふ、ふざけるなっ! 私はアイオロスとの関係を仕事などと思ったことは一度もないっ! 今すぐ取り消せっ!!!!!」

サガは眉根を限界まで吊り上げて怒鳴ると、不愉快だといわんばかりの態度で後ろに控えた年中組みを押しのけ、部屋を出て行った。

サガの怒声は部屋中に響き渡り、その直撃を受けた局長、課長、神官数人は恐怖のあまり泡を吹いてたおれた。

私はアイオロスとデキています。しかもラブラブです。

と、恥ずかしいことを大声で宣言したことに、サガは怒りのあまり気がついてはいなかった。


END