★ああ!女神さま!(沙織さんとジローさん)
沙織「さてと・・・。」
風呂場の中央に置かれた椅子に上品に腰をかけた沙織は、アルデバランに微笑んだ。
沙織「辰巳ぃ〜。あれもってきてぇ〜。」
辰巳「はい、お嬢様。」
沙織「それじゃよろしくね。」
辰巳「アルデバラン殿、どうぞこれを。沙織お嬢様からでございます。」
辰巳は、アルデバランの手に小さな物体を握らせた。
アルデバラン「女神・・・、あの・・・これはいったい・・・。」
沙織「あらぁ、見てのとおり、剃刀よ。それね、新製品なの。ジョリってやってちょうだい、じょりって!」
アルデバラン「は・・・はぁ。」
アルデバランは訳のわからない注文に、恐る恐る剃刀を顔にあて、ちょりちょりと髭を剃り始めた。
沙織「ちっがーーーーーーーーーうっ!違うわ、違うわよ。そうじゃないでしょ!」
アルデバラン「へ?」
沙織「こうやって、上から下まで一気にじょりってやらないと駄目!」
沙織は架空の剃刀をピンクの頬、ちょうど頬骨の所にあて、いっきに顎まで下ろした。
アルデバラン「あの、女神。お言葉ですが・・・、何もつけない状態でそれをするのは危険ですが。」
沙織「あら、そうなの?」
眼を円くする沙織に、黄金聖闘士ならずも辰巳までもがうんうんと頷いた。
沙織「そうなの・・・、それは黄金聖闘士でも危険なの?」
アルデバラン「はい。」
沙織「じゃ、どうやればお髭をそれるのかしら?」
辰巳「そこらへんはぬかりはございません。お嬢様。」
辰巳は鞄のなかからシェービングジェルを取り出し、アルデバランに手渡した。準備のいい辰巳に恨みがまし気な視線を向けながら、アルデバランはしぶしぶとジェルを顎から頬にかけて塗っていく。
沙織「これで大丈夫なのね。じゃぁ、やってちょうだい。」
アルデバラン「はい。」
じょりっ!
小気味よい音と共に、黒い髭の間から茶色い頬が剃刀分だけ現れた。
沙織は瞳を輝かせた。沙織「すごいわぁぁぁぁぁ。」
なにが?
と全員が首をかしげた。
沙織「あのね、あのね、アルデバラン。次はここいって頂戴、ここ!」
ふくよかな自分の胸を指す沙織に、アルデバランはぎょっとなtった。
沙織「どうしたの?はやくやってちょうだい。こう上から下に、一気にじょりって!!」
アルデバラン「ア、女神・・・、私はなにか貴方様のお気に障るようなことをしたでしょうか。それでしたら、どうぞどんな罰でも受けますので、どうぞそれだけはご勘弁を・・・。」
沙織「え?沙織は、なにも怒ってないわよ。」
アルデバラン「では、なぜにこのような酷い仕打ちを・・・。女神は私のことをお嫌いなのですか?」
沙織「えぇ?そんなことないわよ。私はただ剃刀の具合が知りたいだけなの。あのね、昨日テレビをみていたらね。すっごい体毛の濃い外人さんが、この剃刀で腕の毛とかお髭とか胸の毛を剃っていたの。TVだとね、本当にすっごいよく剃れるのよ!」
アルデバラン「・・・・まさか、それを実際の目で見たいと?」
沙織「そうなの!!」
さらっと頷いた沙織に、その場の誰もがアルデバランに哀れみの視線を送らずにはいられなかった。
アルデバラン「し、しかし、女神。胸毛といえば、男の色香をはかるバロメータでもあります。それを剃るのは・・・。」
沙織「あらぁ、大丈夫よぉ。アルデバランは胸毛がなくても素敵よ、きっと。」
ニッコリと笑う沙織に、アルデバランはどうすることもできなかった。
沙織「どうしたの、アルデバラン?」
アルデバラン「し、しかし・・・・・。」
沙織「そうだわ。こうしましょ!」
小さな手をパンと叩いて、沙織は後ろにいる黄金聖闘士達に微笑んだ。その女神の微笑みに、全員が嫌な予感に襲われた。
沙織「みんなで剃りましょう。そうしたら、アルデバランの男らしさも皆と同じに下がるでしょう?」
はぁ?
冗談じゃないと思ったのは、胸の中心にちょろっとしか毛の生えていないミロである。カミュに毟られてから数ヶ月、ようやく生え揃ってきた数本のちょろ胸毛をまたも失うなど、まっぴらごめんである。
浴室の窓からこっそり抜け出そうと、後ずさりした。その首根っこをカノンが掴む。カノン「おい、おちょろ!」
ミロ「お、おちょろ!?」
カノン「お前、逃げようっていうんじゃないだろうな?」
ミロ「お前、今の聞かなかったのか?胸毛剃るって!剃るって!!!!」
カノン「だから、それがどうした。」
ミロ「俺の胸毛・・・。」
カノン「仕方ないだろう、女神命令だ。」
ミロ「お前、胸毛がなくなってもいいのか?」
カノン「俺は胸毛などなくてもかっこいい!」
ミロ「てめぇ、このナルシスト野郎!!」
沙織「ミロぉ〜、どうしたのぉ?」
ミロ「びくっ!」
カノン「ミロが女神の命令をきけないといってます。」
沙織「あら、酷いわ!アルデバラン一人に胸毛を剃らすっていうの?ミロは冷たい人なのね。」
ミロ「い、いえ、やります。やらせていただきます。」
沙織「そう。無理しなくてもいいのよ。」
ミロ「いえ、無理などしてません。」
沙織「そう。じゃ、辰巳ぃ〜。」
辰巳「はい、お嬢様。」
ミロは辰巳にシェービングジェルと剃刀を手渡され、涙をちょちょぎらせた。
サガとカノンも渋々とうっすらと生える胸毛にジェルを塗る。アイオロスは掌の上でジェルを転がした。
アイオロス「あのぉ、女神。私、剃る胸毛がないんですが・・・。」
沙織「あら、そうだったかしら?腕の毛は?」
アイオロス「腕もありません。」
沙織「足も?」
アイオロス「はい。」
沙織「まぁ、役立たずだわ。」
アイオロス「そ、そんなぁ。」
沙織「仕方ないわね、アイオロスはお髭を剃りなさい。」
ムウ「あのぉ。私は剃らなくてもよろしいのでしょうか?」
沙織「え?ムウはいいわよ、ムウは。だってムウは生えてないんでしょ?」
ムウ「は?」
沙織「だってムウって、胸とか足とか毛が生えてなさそう。髭も生えてないんだから、生えてないでしょう?」
ムウ「私、爬虫類ではありませんので、腕の毛くらい生えております。」
沙織「ほほほっ、いいのよ無理に皆とあわせなくても。爬虫類の貴方は私と一緒に見ていなさい。」
沙織は、サガ、カノン、アルデバラン、アイオロス、ミロを横一列に並べ、悦に入った。
沙織「さぁ、やってちょうだい。こう、斜めに×印にやるのぉ。」
アルデバラン「ば、ばつじるし!?」
沙織「そうよ。×印。はい、せーのっ。」
ジョリっ!
ミロのちょろ胸毛はなくなった。
ジョリっ!
アルデバランの黒い胸は褐色のエックス字ができ、サガとカノンの薄い青の胸には、肌色のエックス字が描かれた。
沙織「すごいわぁ。すごい、すごい!!本当にこの剃刀すごいわぁぁぁぁ。」
何がいったい凄いのか、サガたちは自分たちのあまりにも情けないエックス胸毛に涙をちょちょぎらせ、うなだれた。
沙織「それじゃぁね、次は腕よ、腕!腕の毛もじょりってやってみせて!!」
ミロ・アルデバラン・サガ・カノン「え゛っ!?腕もですか!?」
沙織「そうよ。腕もジョリって!!綺麗に剃れるところ見てみたいわぁ。」
数分後。
顔も腕も胸もすっかりツルツルになったアルデバランたちは、自分たちのあまりにも情けない姿に涙した。
沙織「すごいわ、すごいわ。この剃刀、ほんとうに『すっげぇーー』って感じね。」
パチパチと手を叩いて喜ぶ沙織はまるで何かのショウでも見ている感じだった。
ミロ「女神、・・・・・聞いてください。」
ツルツルになって一番ダメージを受けているミロがよろよろと立ち上がった。
沙織「どうしたの?」
ミロ「この聖域には、俺たちよりもっと楽しいのがいます。」
沙織「まぁ。・・・・・・・・・。」
ぽむっ!
手を叩いた沙織は女神の微笑を浮かべた。
沙織「シュラね!」
アルデバラン「デスマスクも毛むくじゃらです。」
サガ「・・・、カミュも赤胸毛です。」
カノン「アイオリアも獅子だな!」
沙織「まぁぁぁ、それは凄いわあぁ。」
沙織の感極まった黄色い悲鳴が双児宮の風呂に木霊した。
いち早く沙織の聖域入りを感知したシオンは、その日の執務当番のシュラとデスマスクが遅刻しても何も文句は言わなかった。
彼らが沙織のくだらない用事に付き合っている間は、自分の身が安泰であるのを分かっているのだ。
昼前になって、シュラとデスマスクが現れると、その疲れきった表情に思わず仮面の下でふきだしてしまった。シオン「ご苦労であったのぅ。」
シュラ「は、はぁ・・・。」
シオン「して、女神は一体どのような御用で聖域にいらしたのじゃ?」
デスマスク「はぁ・・・。」
いかつい肩をがっくりと落とし、身体をもじもじさせながらしょんぼりしている二人にさすがのシオンもおよ?っとなった。
デスマスク「毛刈りを見に・・・。」
シオン「毛刈りとな?」
シュラ「はぁ、俺たちの胸毛や髭、腕の毛がつるつるになる所を見たかったそうで・・・。」
シオン「ほう、それでいつもと服装が違うのか?」
長袖にハイネックのシャツを着ていたシュラとデスマスクはがっくりと頷いた。
シュラ「あるべきところに毛がないと、なんだか体中がこそばゆいです。」
シオン「はっ、そんな下らぬ事でいちいち落ちこむでない。毛などまた生えてくるではないか。」
シュラ「そうもいかないのです、教皇。」
デスマスク「女神は、俺たちの胸毛が生え揃った頃、また来るって・・・。」
シュラ「俺、腹の毛まで剃らなくちゃいけなかったんですよ。自慢の毛が・・・、もう大好きな開襟シャツ着れません・・・。」
デスマスク「俺もしばらくは夜遊びやめます。こんな身体じゃ、恥ずかしい・・・。」
シオン「ほうほう、哀れよのう。して女神は今何処に?」
デスマスク「俺たち全員の毛刈りを見て、満足したからって日本に帰りました。」
シオン「ほうっ、それはめでたいのぅ。お前らの毛だけですんでよかったわ!わっはははっ。」
一方、そのころ双児宮では・・・。
こんもりと山盛りになった赤、青、茶、濃紺、黒の毛の塊が、大好きなお風呂の排水溝につまってしまい、サガは体毛がつるつるになったことよりも、詰まった毛で鬱になっていたのであった。