羊の恩返し

 

「不思議な夢を見た。
いつも通り女神像を磨いていると、上のほうから声がするので俺は十二宮の階段を上っていった。
声は双魚宮の庭から聞こえてきた。最初は人間の声だと思っていたんだが、よく聞けば動物の声だった。
真っ白い羊が魔宮薔薇のツルに絡まって身動きがとれず、メーメーと鳴いていたんだ。
魔宮薔薇は白い羊がそこから逃れようと暴れれば暴れるほど、その白いフワフワの毛に絡まり体を拘束していった。
このままでは、薔薇の毒で羊が死んでしまうのも時間の問題だった。
可哀想に思った俺は、女神から授かったエクスカリバーで絡まった魔宮薔薇を切り裂き、羊を助けてやった。
しかし、勢いあまって羊の毛まで刈ってしまったんだ。
毛を刈られて裸になってしまった羊は、『こんな姿で帰ったら、飼い主に鞭で叩かれてしまう』と、泣きながら途方にくれていた。
俺は磨羯宮に戻り、クローゼットからカシミアのコートを持ち出すと、羊にそのコートを着せてやったんだ。
そしたら羊は泣き止んで、俺に何度も礼を言い、軽やかな足取りで十二宮の階段を下っていった」

突込みどころ満載のシュラの夢物語に、アフロディーテは呆れて頬を引きつらせた。
何故双魚宮に家畜がいるのか?何故羊が喋るのか?どうやって羊が人間のコートを着るのか?
しかしシュラは気にせず、さらに話を続けた。

「で、その夜、俺がベッドに入ろうとすると、磨羯宮の扉を誰かがノックした。
こんな夜遅くに来る奴なんて、カミュと喧嘩したミロか、酔ったデスマスクくらいだ。あいつらはノックなんて可愛いことをしやしない。
不審に思った俺は、そっとドアを開けると、外には何とムウが立っていたんだ。
俺はムウを部屋の中に入れると、驚いた。あいつは、昼間俺が羊に着せたカシミアのコートを着ていたんだ。
ムウは『あなたのおかげで、飼い主に怒られずにすみました。どうか私に御礼をさせて下さい』と言った。昼間の羊はムウだったんだ。
ムウはコートを脱ぐと、その下には何も着ていなかった。
羊のように四つんばいになり、ムウは『お好きなようにして下さい』と、俺に白い尻を突き出した。
男のものとも、女のものとも思えない、何とも綺麗な形をした美味そうな尻だった。
俺は、遠慮なく頂くことにした。
尻に手をあてがうと、ムウは体を震わせて首を捻って俺を見上げた。妙に艶かしい目つきで俺を見て、『早く欲しい』と催促するんだ。
俺はいきなりムウの尻にブチこんだ」

「あーー、もうそこまででいいよ」

露骨に嫌そうな顔をしてアフロディーテはシュラのエロ話を止めさせた。このまま放置していると、二時間でも三時間でもエロ話を続けるに違いないからだ。

「あんた、何?欲求不満なの?」

実際にあった事をとうとうと自慢するならともかく、シュラの話は夢での出来事だ。アフロディーテの冷たい視線にシュラは首を横に振った。

「いいや、別に男にも女にも不自由はしていないが」

「なら、なんでストリーキングのムウと夢の中でヤってるのさ?大体、あんたカシミアのコートなんて持ってないだろう」

アフロディーテはシュラが本皮のコートしか着ないことを知っていた。

「いや、そうじゃないんだ。これは女神からの啓示だと俺は思うんだ」

「はぁ?」

「実はな、夢はムウに挿した所で終わってしまったのだ。だからこれは、双魚宮で待っていればムウが食えるという女神の啓示だと俺は思ったのだ!」

シュラが珍しく朝っぱらから双魚宮に来た目的を知り、アフロディーテはもっていたティーカップを落としそうになった。どう考えても、女神の啓示ではなく、ただの妄想である。

「というわけだ。今日はここにいるんでよろしくな」

「馬鹿馬鹿しい、勝手にしな」

乱暴にカップを置くと、アフロディーテはテーブルを叩いて双魚宮のテラスから姿を消した。

 

昼を過ぎてもムウは姿をあらわさなかった。
十二宮の入り口である白羊宮を守護するムウが、最後の宮である双魚宮に来ることは滅多にない。教皇の間に用があるときは通用口を使うため、双魚宮に用がなければ素通りすることすらないのだ。例え用があっても、やってくるのは使いっパシリに出された貴鬼である。
一体何を根拠に女神の啓示だと思ったのか、アフロディーテにはシュラの妄想を理解することが出来なかった。

秋薔薇の手入れをしていると、アフロディーテは黄金聖闘士の勘に根拠などいらないことを思い知らされた。本当にムウが薔薇園に現れたのだ。
アフロディーテはシュラの小宇宙にムウが現れたと語りかけた。

『ほれみたことか!俺は聖闘士一女神に忠実な男なのだ!女神のお告げに間違いはない!』

返ってきたテレパシーで、シュラは既に山羊の皮を脱ぎ捨て狼に変身しおえていることがアフロディーテにはわかった。期待に股間を膨らませ、羊に舌なめずりをしている事だろう。

アフロディーテの予想通り、シュラは粒目を輝かせて広大な薔薇園で獲物を探していた。
春ほどではないが、魔宮薔薇が個々彼処で真紅の花弁を広げている。
シュラは教皇の間の方から薔薇棚の階段を下りてくるムウの姿を見つけると、唇を吊り上げ淫猥な笑みを浮べた。ムウはいつもの小汚いジャミール服ではなく、白い軽やかなキトンを身に纏っていた。夢の啓示どおり、白い羊だ。
そしてキトンの袖が薔薇の刺に引っかかったのを、シュラは見逃さなかった。
聖域を見下ろす巨大な女神像にシュラは十字を切り、感謝の意を示すと気配を消してムウへ近寄っていった。

「何をしているのですか?」

薔薇棚の影からこっそり近寄っていたはずが、あっけなく見つかってしまい、ムウに声をかけられシュラは姿をあらわす。

「おい、なんで棘に絡まっていないんだ?!」

夢の啓示では、白い羊はいばらに絡まっていたはずなのに、目の前にいるムウは困った顔の一つもせず普通に立っているではないか。シュラが何故驚いているのかわからず、ムウは小首を傾げた。

「薔薇のトゲなら超能力で簡単に取れましたが?」

ムウが桁外れの超能力を有していることをすっかり忘れていたシュラは、ようやく夢の啓示がおかしいことに気付き、舌打ちをした。例えとげに絡まったとしても、瞬間移動で容易に脱け出せるのだ。しかし、ここまで来たからには、シュラには引き返す気は毛頭ない。

「おいムウ、ヤらせろ!」

「はぁ?何考えているのですか?」

「お前とヤることだ」

ムウがない眉をひそめると同時に、シュラは右手から手刀を繰り出し、風圧で魔宮薔薇が飛び散った。瞬間移動でエクスカリバーをかわしたムウは、猛毒の薔薇の香気を避けるべくキトンの袖で口元を押えようとしたが、透かさずシュラのエクスカリバーの猛襲を受ける。
きちんと避けたつもりが、刃物で裂かれたように鮮やかに切り落とされた袖をチラリと見て、ムウは避けるのをやめた。エクスカリバーの風圧を正面から受け、ムウの体は薔薇棚へと叩きつけられる。薄紫色の髪やキトンが薔薇の刺に絡まり、ムウはシュラが夢に見た白い羊と同じ姿になってしまった。

「大人しくしてれば、痛くしないぜ羊ちゃん」

シュラはムウの肩を掴み体を薔薇棚に押し付けた。刺が布を貫いて皮膚に刺さり、白いキトンに所々赤く血が滲み出す。シュラはムウの首筋に舌を這わせながら、キトンの裾に手を忍ばせた。ムウが抵抗しないのは、おそらく魔宮薔薇の毒に犯されたからであろう。香気を吸うだけでも、体は麻痺し、意識は遠のいてゆくのだ。

長い指がムウの秘穴の入り口に触れると、ムウは体をビクリと震わせた。その僅か動きでも薔薇の刺が体に食い込み、ムウは小さく呻き声をあげる。穴の周壁は既に柔らかく、誰かが侵入したばかりであった。

「なんだ、教皇とヤったあとか・・・。お前は何回イったんだ?2回か?3回か?」

耳元で囁くシュラの声にムウは顔を背けようとしたが、動けば動くほど髪が絡まり、それは適わなかった。シュラの指先がゆっくりと穴の中へ押し込められてゆき、ムウは歯を食いしばり痛みに耐える。

「調教済みなんだろう。アンアン喘いでいいんだぜ」

ムウのいつも冷たく不気味な紫の瞳に、薄く涙が浮かんでいるのを見て、シュラの欲望はますます沸き立った。サディストのつもりはなかったが、スカした鼻っ面をへし折り、泣いて許しを請わせたいほど攻めたてたい衝動に駆られる。
だが、穴に埋まった指先を曲げようとした瞬間、シュラの体は一瞬にして石のように固まってしまった。

「余のムウに手を出そうとは、貴様にそんな度胸があるとは意外じゃったのぅ」

低く澄んだ声の主はシオンであった。声だけで畏怖させたのだ。シュラが自分の真後ろに現れたシオンの姿を見たら、本当に石になっていたかもしれない。

シオンはシュラの頭を片手で鷲づかみするとムウから引き離した。そして片方の手で涙の溜まったムウの目じりを拭う。

「おお、ムウや。可哀想にのぅ」

「有難うございます、シオンさま」

「二度とお前に悪さを働かぬよう、余がしっかりと調教しておくからのぅ」

そういってシュラを掴んだまま瞬間移動で長身を消したシオンにムウは小さく手を振って

「馬鹿ですね〜」

と鼻で笑ったのだった。

その一部始終を薔薇の影から覗いていたアフロディーテも、まんまとウソ泣き羊にはめられた山羊を鼻で笑っていた。ムウが小奇麗な格好をしているときは、ほとんどがシオンの強制である。ムウが途中で抵抗するのを止めたのは、シオンが来ると分かっていたからであろう。

瞬間移動で薔薇棚から脱け出したムウは、しっかりとした足取りで双魚宮を去っていった。

一方、調教と称して教皇の寝室でシオンに犯されているシュラは、薄れゆく意識の中で夢の続きを思い出した。
恩返しに来た羊の中に放出しようとした瞬間、巨大な羊の妖怪が現れて頭からバリバリと食われてしまったのだ。
恐怖のあまり忘れてしまった夢こそが女神からの啓示であった。


End