飛び出せ!青春(バレンタイン デイ)

 

詰め所は爆笑の渦に巻き込まれたが、ここに約2名真剣な面持ちの男女がいた。

シャイナとバベルである。

シャイナ「あのアマ、大方星矢に食わせて、気を失ったところをまた襲うつもりだ。あたしもチョコつくり練習しなくちゃ。あのアマに負けてたまるか!!」

シャイナは詰め所を飛び出した。

バベル「なぁ、お前ら笑ってる場合じゃないだろう。アステリオンはほんのちょーーーーーーっとでも、もしかして奇跡がおこれば貰える可能性はあるんだろう?でも、俺達はどうよ?」

モーゼス「は?」

バベル「俺も女の子から告白されてぇよ。チョコ欲しい、ていうか彼女欲しいぃーーーーーーーっ!!俺、女神の国ではそういう風習があるって、皆に教えてくる!」

アルゴル「はぁぁぁ?それの何の意味があるんだ?」

バベル「だって、噂が広まれば、絶対女達は女神の真似をするに決まってる!」

カペラ「あっ、そうか。ということは、普段近寄りがたい聖闘士さまな俺達も、女の子から告白されるチャンスがおとずれる!」

モーゼス「お前、頭いいなぁ!」

トレミー「俺、闘技場に行って噂広めてくる!」

ダンテ「俺、市場行ってくるぜ!」

アルゴル「俺は食堂と宿舎だ!」

モーゼス「よぉし、今日は白銀全員集めてミーティングだ!」

バベル「俺、各店まわってチョコレートとか材料を大量に仕入れてくるように行ってくる!」

アステリオン「ちょっと待てっ、お前ら。俺がチョコレート好きだってことも、ちゃんと広めてくれぇぇぇぇ!!」

白銀聖闘士たちは、瞳を輝かせて詰め所を飛び出していった。

 

彼らと入れ違いに、魔鈴が入ってきた。

魔鈴「なんだい、今の?」

アステリオン「ママママママ、魔鈴!?」

魔鈴「へぇ、あんたチョコレート好きなの?」

アステリオン「い、今の聞いてたのか?」

魔鈴「ああ、チョコガ好きってことだろう?」

アステリオン「そ、そんな。もうお終いだ・・・・・・魔鈴に聞かれてたなんて」

魔鈴「おいおい、何をそんなに落ち込んでるんだい?安心しなよ、男がチョコ好きなんて別に恥ずかしいことじゃないんだからさ」

アステリオン「へ?」

魔鈴「男って意外に甘い物好きなんだよね。星矢も瞬も、皆菓子食べ始めたらバカみたいに食うしね。そんなの普通だよ」

アステリオン「え?じゃぁ、聞いていたって?」

魔鈴「は?あんたがチョコ好きだってこと。さっき叫んでいたじゃないか。まぁ、あんた常日頃から、甘い物なんて女子供が食うものだって、バカにしてたからね。今更チョコが好きでした、なんて隠したい気持ちもわかるよ。これに懲りて、そういう偏見的な言葉は言わないこったね」

アステリオン「ああ、肝に銘じておくよ。本当は俺はチョコが大好きなんだ!!」

アステリオンは、魔鈴からチョコゲット大作戦を聞かれていない事を知って、胸を撫で下ろしたのであった。

魔鈴「それじゃ、私これから日本に女神の護衛に行くから、シャイナによろしくな!」

アステリオン「え?日本に?って、確か、女神護衛の当番は来月じゃなかったか?」

魔鈴「それがさ、今月の当番のジュネが腹くだしちまったらしくて、アンドロメダ島に帰っちまったんだと。しかも瞬も一緒に腹下しちまってねぇ。だから、私が臨時で行くことになったんだよ」

アステリオン「そ、そんなぁ!?、い、いつまでだ!」

魔鈴「そうだね。4日後くらいには帰ってくるさ。たかが下痢で、女神の護衛を休むなんてジュネも根性ないねぇ、まったく。あたしが髪の毛掴んで引きずってでも日本に連れ戻してやるよ!」

アステリオンは脳内でカレンダーをめくってみた。4日後ということは、バレンタインにはまだ日があり、アステリオンは胸をなでおろしたのであった。

 

数日後

女神が育った国では、バレンタインにチョコレートをあげて愛の告白をする

という噂は、あっという間に聖域中を駆け巡った。

そしてアステリオンは相変わらずチョコレートを食べて・・・・・・いなかった。

詰め所で、げっそりやつれて真っ青な顔をして突っ伏しているアステリオンを見て、モーゼスはぎょっとなった。

モーゼス「アステリオン、どうした!?」

アステリオン「腹……くだした」

バベル「チョコの食いすぎか?」

アステリオン「……うん」

ダンテ「お前、どれくらいチョコ食ってたんだ?」

アステリオン「分からない・・・・・・」

ミスティ「ここ数週間、ずっとチョコレート食べて生きてんだもん。体もおかしくなるって。あぁ、顔なんてもう見るかげないほどボロボロじゃないか」

アステリオン「う゛っ……(ギュルギュルギュル)、べ、べんじょ・・・・・・」

ダンテ「アステリオン。便所に行くか、チョコ食うかどっちかにしろよ」

バベル「頼むから、同時にやるのやめろ。見ているこっちが気持ち悪くなる」

アステリオン「うるへ〜。俺は・・・・・・チョコが好きなんだよ」

チョコを片手にヨロヨロとトイレに消えていくアステリオンに、一同は顔を見合わせて肩をすくめたのであった。

 

そしていよいよ2月14日。

相変わらず詰め所では、アステリオンが一人ポツンと青い顔をしながら チョコレートを食べていた。かれこれ1ヶ月間、アステリオンはチョコレートを食べっぱなしである。他の連中は自分たちがチョコレートを渡されやすくするべく、聖域中を無駄にウロウロしていた。

魔鈴「ちょっと、アステリオンいるかい?」

その言葉にアステリオンは飛び起きた。

アステリオン「な、なんだい、魔鈴」

魔鈴「これ、あんたにあげるよ」

魔鈴が紙袋の中から差し出した物を見て、アステリオンのチョコでにごった目が輝いた。

アステリオン「ま、ま、ま、ま、魔鈴。これを俺に?」

魔鈴「ああ。そうだよ」

アステリオン「もしかして俺に?」

魔鈴「ああ。そうとも。いらないのかい?」

アステリオン「いや、いる。本当に貰っていいのか?」

魔鈴「ああ。いいよ」

アステリオンは感動と緊張にプルプル打ち震えながら、魔鈴の手からそれを受け取った。黒いキラキラ光った包装に、黒いシックなリボンが巻かれた箱。これぞまさしく、アステリオンが体を壊してまで欲しかった魔鈴からのチョコレートである。しかもどう見ても本命チョコだ。

アステリオンの1ヶ月チョコレート生活が成功した瞬間であった。

が、すぐに大きな紙袋がアステリオンの目の前に突き出された。中にはラッピングが施された大小様々なチョコレートがぎっしり入っている。

アステリオンは嫌な予感に襲われた。

アステリオン「そうか。そうだよな。俺だけにじゃないよな・・・・・・とほほほほっ」

魔鈴「はぁ?これも全部あんたのだよ」

アステリオン「え?……これ全部?」

魔鈴「ああ、そうさ。この袋に入ったチョコ、全部あんたにやるよ」

アステリオンはデレーンと鼻の下を伸ばした。袋の中のチョコレートはどこからどうみても、「ただくれてやる」というレベルの代物ではなかった。全部が本命なのだ。

アステリオン「マリン・・・・・・」

念願かなって、しかももしかすると本命っぽいチョコレートに感動のあまりアステリオンは涙を流した。

魔鈴は最初から自分にチョコレートをくれるつもりだったのだ。自分はチョコレート好きを体を張ってアピールする必要などなかったのだ。今日、この日に聖域に戻り自分にチョコレートを渡すために、ジュネをアンドロメダ島から引きずりだしてきたのだ。

と、アステリオンは嬉しさのあまり床に崩れ落ちて男泣きをした。

魔鈴「ちょっと、大丈夫かい?そんなに喜んでもらって、返って悪いねぇ」

アステリオン「うん、だって本当に嬉しいんだ・・・・・・」

魔鈴「そうかい。そんなに好きだったのか、よかったね、モーゼスにちゃんと礼言っときなよ!」

アステリオン「は?モーゼス?」

アステリオンはピタリと涙を止めて、魔鈴の顔を仰ぎ見た。

魔鈴「そうとも。あんたが手にしているのは、モーゼスからだよ」

アステリオン「え?」

魔鈴「朝、モーゼスが来てさ、あんたにこれを渡してくれって。なんでも今日はすごく忙しいらしくてね。自分で渡せばいいのにな。私からじゃないと意味がないとか、訳のわかんないこと言って押し付けられちまったのさ」

状況がまったく飲み込めないアステリオンは、ケラケラと笑う魔鈴と手元のチョコレートを交互に見て、紙袋の中から別のチョコレートを取り出した。

アステリオン「じゃ、これは?」

魔鈴「ああ、そのピンクの奴はミスティがあんたに渡してくれって。昨晩遅く来たかな…」

アステリオン「じゃ、この赤いのは?」

魔鈴「それはトレミーから。んで、その水玉がバベルで、チェックのがダンテ。こっちの袋になってるのがカペラで、この花がついてんのがアルゴル、ブルーのがジャミアン、白いのはアルゲティで黄色のがスパルタン、あっこの赤いのはシリウスだったかなぁ、もうたくさんありすぎてわかんなくなっちまったよ。とにかく、昨日から皆があんたに渡せって、預かってきたのさ」

アステリオン「そ、そうなんだ……で、魔鈴のはどれ?」

魔鈴「えぇ!?あるわけないだろう。あんたこんなにチョコがあるのに、まだ欲しいのかい?ずいぶん欲張りだね」

アステリオン「そ、そういう問題じゃ・・・・・・」

魔鈴「みんなあんたがチョコ好きなの知っててこんなにくれたんだよ。いい友達持ったじゃないか。それじゃ!」

友達想いの白銀聖闘士たちは、どうせ魔鈴はチョコレートを用意していないだろうと、アステリオンのためにチョコレートを用意し、魔鈴にアステリオンへ渡してくれるよう頼んだのだったが、よりにもよって、全員同じことを考えていたのである。

男らしく片手を挙げてさっていく魔鈴の尻を、アステリオンは呆然とチョコレートに埋もれながら見送ったのであった。

こうしたアステリオンの青春の1ページは閉じられた。


end