★シオンさまといっしょ10(愛のしゃっくり)
ヒッック!
……ゥィ…ッエッック!
ヒッ…ク……!
執務室の机に向かっていたシオンは、書類の整理をするアイオロスを見て苦笑いを浮かべた。
「アイオロスよ、騒がしいぞ」
「あっ、すみません、きょっ……ック!……うこう。朝からしゃっくりがと……ヒッック!……止まらないんです」
アイオロスは申し訳無さそうに頭をかきながら、いかつい肩をシャックリで上下させた。
その姿に思わずサガがプッと噴出す。
「サガッ! 笑うことないだろう、こっちだって止まらなくてつらいっ……ヒェック!」
アイオロスはややムッとし抗議するも、やはりシャックが止まらずまったくその抗議は効果をあらわさなかった。
「すまん、アイオロス。でも……おかしくて……ぷっ」
サガは口元に手をあてて笑いを隠したが、目がカマボコ状態なので笑っているのはバレバレだ。
真剣に困っている姿としゃっくりのギャップはやはり笑いを誘わずにはいられないのである。
「水を飲むと止まるらしいぞ。コップを持つ手の手首を反対に捻って、一気飲みをするといいらしい」
サガは笑いを堪えながら言うと、アイオロスはシャックリを堪えながらムッとなった。
そして、
「ヒック!」
まるで返事をするかのように一度シャックリをすると、
「それはもうやった。朝からコップ20杯も飲んだが止まらなかった」
「では、息を止めるのは?」
「一時間止めてみたがダメだった。止めてる途中でシャックリがでるんだ」
「驚いてみるとかは?」
「アイオリアにいろいろ試してもらったが、私はめったなことじゃ驚かないらしい……無理だった」
「太陽を見るとか……」
「それはくしゃみの出し方だろう」
アイオロスはサガに答えるたびにシャックリを繰り返した。
「アイオロスよ。朝から止まらぬのか?」
シオンの言葉にシャックリと共に頷いたアイオロスは、何か方法はないかとシオンに尋ねてみた。
「うむ……朝から止まらぬのか。それは困ったのぅ……」
「なにが困ったんですか? 教皇ならシャックリがとまる方法知ってるでしょう、教えてくださいよ」
「うむっ……100回シャックリをすると死ぬという言い伝えがあるぞ。今何回目じゃ?」
サガとアイオロスは目を丸くした。
そしてアイオロスは二度続けてシャックリをすると、
「あははははっ、冗談でしょう。そんなことじゃ、驚かない……」
笑声を上げた。その瞬間、アイオロスはぎゃと小さな悲鳴をあげた。
突然サガがTシャツの襟元を締め上げたのだ。
「アイオロスッ、今何回目だ!」
「サ、サガ?」
「早く、何回シャックリしたか教えろ、アイオロスッ!」
「そ、そんなこといっても……」
いちいち回数を数えているはずもなく、アイオロスはサガのその必死の形相に目を白黒させた。そして、ヒックとシャックリを一度してから、
「多分結構してると思う。朝起きてから止まらなかったから……」
「なに!? それは本当なのか、アイオロス」
「ああ……」
アイオロスが頷いた瞬間、サガの瞳から大粒の涙が零れ始めた。
「いやだ……お願いだ、アイオロス。死なないでくれ……。嫌だ、死なないで……お願いだから……」
ぶわわわわっと涙を流しながら、サガはアイオロスにすがり付き人目もはばからず大声を上げて泣く。
さすがのアイオロスもシオンもこれには驚いた。
「やだなぁ、サガ。そんなの冗談に決まってるじゃないか」
「嘘だ、冗談なんかじゃない。教皇さまが冗談などおっしゃるものか!! アイオロスが死ぬなんて……いやだぁ……」
「サガ…? 大丈夫だよ、シャックリで死ぬわけないって」
「そんなの嘘に決まってる。そやって安心させて、私を置いて一人で逝ってしまうのだろう……お願いだ、アイオロス死なないでーーーーぇ」
胸の中で泣きじゃくるサガに流石のアイオロスも困り果てシオンを伺い見ると、シオンは苦笑いを通り越してあきれ返っていた。
「教皇のせいですよ、なんとかしてください」
「うむ……まったく余はおちおち冗談もいえぬとは……」
「教皇ッ!」
「分かった、アイオロス。そう怒るでない!」
やれやれと呟きながらシオンは立ち上がった。そして今や、床に膝を付きアイオロスの足にすがり付いて泣くサガの肩に優しく手を置いた。
「サガよ。シャックリを止める最も効果的な方法を教えてやろう」
「本当でございますか、教皇さま?」
サガは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、シオンを見上げた。
「本当じゃ。余は嘘はつかぬ」
「それをすればアイオロスは死なずにすみますか?」
「うむ。大丈夫じゃ」
「この双子座のサガ。アイオロスの命の為なら何でもいたします。どうか、教えてください……」
「キスじゃ?」
サガは涙が零れる瞳で大きく瞬きをした。
「キス?」
「そうじゃ。愛する者のキスによって、シャックリは止まる。しかもそれが深く濃厚であればあるほど、効果は覿面……」
そうシオンが言い終わるよりもはやく、アイオロスの唇はサガの唇によって塞がれていた。
もちろん、それはシオンの言いつけどおりの濃厚なキスだった。
サガはアイオロスの胸倉を掴んだまま引き寄せ唇を寄せると、自ら舌をアイオロスの口腔へと滑らせた。普段決して人前ではいちゃつくことを拒むサガが、自ら舌を絡ませアイオロスの唾液を吸い、淫らな激しい音を立てながらアイオロスの唇にキスをし続けた。
ナイス嘘ッ!
アイオロスはサガの肩越しに、あきれ果てるシオンに親指を突き出してウィンクをした。
やがてサガはハァと小さく悩ましげな吐息を吐くと、ようやくアイオロスの唇を解放しその顔を心配そうに見つめた。
「アイオロス、シャックリは?」
「シャックリ?」
アイオロスがきょとんとなってサガを見返す。
「止まった?」
「あっ……ああ、シャックリな。止まったみたい……ヒッック!」
アイオロスは大きく身体を揺らしてシャックリをした。その途端、サガの顔に絶望が駆け抜けた。
そしてアイオロスの唇は再び奪われた。
「いい加減にせい、アイオロス……」
シオンがやや怒り交じりの声で言うと、アイオロスは苦笑いを浮かべてサガの肩にそっと手を置いた。
再びアイオロスの唇を解放したサガは、アイオロスを見つめた。
「もう止まったみたい。大丈夫」
「本当か? 本当に、止まったんだろうな?」
「本当だってば。サガのお陰だ、ありがとう」
「よ、よかった、アイオロスッ!」
サガは嬉しさのあまりアイオロスの背中に手を回しにぎゅっとしがみつき、ぶわわっと涙を零した。
白いTシャツにみるみる涙の染みが広がり、アイオロスの素肌を濡らしていく。
「今日はもう帰っていいですかね、教皇? 俺……もう我慢できませんっ!」
アイオロスはサガの頭を優しく撫でながら、鼻の下を伸ばしいやらしい笑みを浮かべてシオンに聞いた。
「好きにせい、まったく馬鹿らしい」
あまりのばかばかしさにシオンは呆れながら手をひらひらさせたのであった。
アイオロスのシャックリはサガが最初に泣き出したときに止まっていたのは言うまでもなく、またこの後度々アイオロスがシャックリをするようになったのも言うまでもない。