シオンさまとくまさん その2

 

既にムウ捜索隊は聖域全土に散らばっていたが、新たに『最悪の状態で見つかった場合は教皇様にご報告しないように』と付け加えられた。
今、シオンにショック死されても後を継ぐものはいない。黄金聖闘士に指名されているアイオロスとサガはまだ9歳だ。

聖域中の大人が大騒ぎをしていることなど知らないムウは、先日誕生日にもらったクマのぬいぐるみと一緒に昼寝をしていた。
正しくは、ヒラヒラと舞う蝶を追いかけていたら丘から足を滑らせ、驚きのあまりちょっぴり意識を失い、そのまま疲れて眠ってしまったのである。ゆえにシオンはムウの小宇宙を見つけることが出来なかったのだ。

アイオロスの予想通り、ムウはシオンに何かプレゼントしようと部屋から脱け出したのだった。
教皇の間や十二宮は結界が張り巡らせれており、小さなムウの超能力では脱け出すことは出来ない筈である。
しかし、ムウはたまたま通りかかった物資配達をしていた人のいい雑兵に、勝手口から教皇の間の下までおろしてもらい、あとはふらふらと二本の足と超能力で移動してしまったのだ。

太陽が真上からムウのふくよかな頬を照らすと、日差しの強さにムウはパチリと目を覚ました。
遠くの山の上に教皇の間が見える。
うまれてはじめて一人で教皇の間から外に出たムウは、見るもの全てが珍しく、気付けば聖域の端まできてしまっていたが、目に見えるところに教皇の間があるし、友達のくまのぬいぐるみも一緒なので心細くはなかった。

ぐぅとおなかが鳴り、ムウはズボンのポケットに手を入れると、中からおやつの飴玉をとりだし、地面に置いたクマのぬいぐるみに差し出した。

「くまさん、たべる?」

しかし、クマは無反応である。

「くまさんげんきーー?」

返事をしないクマにムウは首を傾げた。
今朝、シオンと遊んでいたときには、クマのぬいぐるみはムウと一緒に元気に飛び跳ねていたのだ。もちろんそれはシオンの超能力で動いているのであるが、まだ純真無垢な子供であるムウはそれを見て、クマのぬいぐるみが生きていると信じているのである。

「くまさんげんきないの?」

ムウはクマの頭をシオンがいつも自分にそうするように「いいこいいこ」と撫でると、飴玉の包装紙をむいて、小さな口へ赤い飴玉を放り込む。そしてクマを抱きあげると、飴をなめながらトコトコと歩き始めたのであった。

 

薄紫のおかっぱ頭に麻呂眉の子供という素晴らしく特徴的な姿の目撃情報は、時間がたつにつれ少しずつ集まり始めたが、目撃場所はばらばらであった。目撃談に胸をなでおろした高官達は、聖域の地図にムウの目撃場所を印してみる。そして目撃時間順に点をつないでいっても、ムウの動きはまったく不可解なものであった。

大人にとっては不可解かもしれないが、ムウは目的を持って動いていた。
珍しいものを追いかけているのだ。
ただし、常人よりもはるかに視力が優れているために、遠くへ瞬間移動してしまうのである。
ムウのポケットの中は、飴玉以外にも綺麗な石や、摘み取った小さな花などが入っていた。

そんなムウの心をざっくりと射止めたものがあった。
地面に落ちているそれをひろい、ムウは「おお!」と感嘆の声を上げる。
ムウの目には今まで見つけたどんなものよりも素晴らしく映ったのだ。
よくみれば周囲にもぽつぽつと落ちているではないか。
まつぼっくりである。

しかしムウの小さな手ではまつぼっくりは1個しか持つことが出来なかった。
ムウは小さな頭を傾け。どうやったらいっぱい拾えるかを考える。
片手はくまでふさがっており、ポケットも既にいっぱいだ。

ムウは松の木の根元にクマのぬいぐるみを置くと、飴玉以外のポケットの中身を取り出した。

そしてフカフカのクマの額にキスをすると、ボアの頭を何度も撫で

「クマさんはいいこじゃのー!おゆしゅばんできるかのー!」

と、シオンの真似をし、クマを置きっぱなしにしてまつぼっくりを集めはじめたのであった。

 

夕方頃、サガと教皇と様子を見に来たアイオロスは、阿鼻叫喚の地獄絵図に絶句した。
相変わらずシオンは嗚咽しており、周囲にはおそらく『うろたえるな小僧』で吹き飛ばされたと思われる聖闘士や神官、雑兵が気絶している。
サガはあばあばしているだけで、アイオロスがドアの隙間からこっそり声をかけると、シオンに気付かれないように部屋からぬけだした。

「まだ帰ってこないの?」

アイオロスの問いにサガは頷いた。

「ムウのぬいぐるみだけが帰ってきちゃったんだ」

「ぬいぐるみ?」

「ムウの誕生日に教皇様がプレゼントされたんだって」

もう一度中を覗くと、シオンはベッドの上で茶色の物体を握り締めて泣き崩れている。
捜索隊の一人が、足の裏にMuと刺繍されたクマのぬいぐるみを発見し、届けたのだ。

事情を聞いたアイオロスは、サガと目を合わせて頷くと、取り乱しているシオンに近づいた。

「うろたえるな、きょうこーーう!」

甲高い声で怒鳴ったサガとアイオロスにシオンはクマのぬいぐるみにうずめていた顔を上げた。

「教皇!きっとムウはぬいぐるみのあったところにいますよ!探しに行きましょう!」

「私もそう思います。神官の皆さんや雑兵さんたちが探すよりも、教皇様がお探しになられたほうが見つかると思うのです」

ひよっこ聖闘士に叱咤され、シオンは仮面の下で涙に濡れた目を瞬かせた。

アイオロスとサガに腕を引っ張られシオンはベッドからズルズルと下される。

シオンは小さな聖闘士たちの手をそっと振り解くと、涙で濡れた仮面を袖で拭き、アイオロスとサガの頭を交互に撫でた。

「……、取り乱してすまなかったのぅ。お前達のいうとおりじゃ」

シオンの声はいつもどおりの静かで威厳に満ち溢れたものだった。
ようやく冷静になったシオンに、アイオロスとサガは胸をなでおろす。
シオンは神官を呼ぶと、すぐさま指示をだし長身を消した。

 

一方、まつぼっくり以外にもいいものを収集できたムウはご機嫌でクマの元へ帰ってきた。
が、ムウは長い睫の瞼を瞬かせ呆然としてしまう。
クマがいなくなっているのである。

「くまさ〜〜ん?」

当然返事はない。

ムウが周囲を見回すと、すぐに木の根元にポケットの中から出した石ころや花を見つけた。たしかにここでクマは留守番しているはずなのだ。だが、クマの姿はない。

クマのぬいぐるみが生きていると思っているムウは、クマが勝手に動いたのだと思い、クマを探し始めた。

しかし、いくら探してもクマは見つからなかった。木の根の隙間も、モグラの穴の中も覗いてみたが、クマの姿はみつからない。

「くーまさ〜〜〜ん」

ムウは目を閉じてクマの姿を思い浮かべた。そうすることにより、手の中にクマが現れることを知っているのである。
ムウは一所懸命心の中で「くまさんくまさん」と唱えたが、そのクマはシオンがしっかりと握り締めていたために、ムウの手元に現れることはなかった。

いくら呼んでも現れないクマに、ムウの紫色の瞳から大粒の涙があふれ出す。

「ムウのくまさんない……。ムウのくまさんなーーーーーい!」

クマがどこかに消えてしまい、ムウは号泣した。


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