聖衣大好き!(シードラゴン編 その2)

 

翌朝。

 カノンは朝日を顔一面に浴び、目を覚ます。いつもよりもきつい太陽光の眩しさに目を細めた。意識がはっきりしてくると、目を見開き、ぎょっとなる。
自分の隣には、朝日を浴びて輝いているシードラゴンの鱗衣が寝ていたからだ。

 カノンは昨日と同様に鱗衣を抱えて走った。
今度は隣のサガの部屋だ。

「てめぇ、いい加減にしろ!!」

 カノンは乱暴に扉を開くと、サガが寝ているベッドめがけ鱗衣を投げつけた。が、それは見事に寝起きのサガによって跳ね返される。
再び手元に戻った鱗衣を投げ捨てると、カノンはサガを睨みつけた。

「朝っぱらから、何を騒いでいるんだ。」

「すっとぼけてんじゃねぇぞ。」

「・・・・、また戻ってきたのか?」

 サガは無残に床に転がった鱗衣に眉を潜めた。

「よほどお前のことが好きみたいだな。よかったじゃないか。」

「ふ・ざ・け・ん・なぁぁぁぁ!!!貴様がやってるんだろうがっ!!」

「私ではないと、昨日から何度も言っているだろう。」

「こんなことをやる奴なんて、ほかに貴様しかいねぇんだよ!俺が寝ている間に拾ってきたんだろう?」

 カノンはサガのベッドの上に飛び乗り、毛布をかけたままのサガに馬乗りに跨ると、胸倉を掴んで唾を飛ばしながら怒鳴った。
今、誰か他の者が部屋に入ってきたら、完璧に誤解されそうな体位である。寝起きのまま入ってきたカノンは、Tシャツにトランクスだけの姿だった。

「何故私がそのようなことをせねばならんのだ。お前と一緒にするな。だいたい昨晩は、睡眠薬を飲んで寝たのだ。そんなことが出来るわけなかろう!」

「見え透いた嘘つくんじゃねぇ!!貴様は寝ててでもそういうことができるだろうがっ!!」」

「・・・・・。いいかげんにしないか。ちゃんと昨日は眠れたのだ。そんなことが出来るわけ無い!」

 サガがチラリとサイドボードに目をやると、カノンもそちらに視線を移す。サイドボードの上には、水差しとクスリの瓶が置いてある。
相変わらず夢見の悪いサガは、熟睡出来るようにと、昨晩も睡眠薬を飲んで寝たのであった。

「・・・ちっ。だったら誰がこんなまねしやがった!!」

「そんなに鱗衣にまとわり付かれるのが嫌なら、ムウにでも相談すればいいだろう!」

「ムウに?」

「鱗衣だって、穴があいているのが嫌なのであろう。直せば、帰ってこなくなるかもしれんぞ。」

「・・・・・。」

 サガの胸倉を乱暴に放すと、寂しそうに床に転がっている鱗衣を取り、不機嫌そうに部屋から出ていった。サガはその背中を見ながら、せめて命だけでも無事で帰ってくることを願い胸に十字を切って、風呂場へと向かうのであった。

 

 白羊宮へと向かったカノンは、一家揃って朝食を取っていた食卓に勝手に加わった。
ムウ以下、誰もそれを気にするでもなく、黙々と食事を続けている。誰かが勝手に食事に加わるのは、白羊宮では日常茶飯事なのだ。

「なぁ、ムウ。工房に鱗衣置いといたから、直しておいくれよ。」

「鱗衣・・・ですか?」

 スクランブルエッグを頬張りながらカノンが言うと、シオンにお茶を入れていたムウの動きが止まる。

「そう。シードラゴンの鱗衣。あれ3つも穴が空いてるんだよ。だから直しておいてくれよ。」

 今度はトーストを頬張りながら言う。

「しかし、私の専門は聖衣ですから・・・。シオンさま。鱗衣を修復なさったことはございますか?」

「ふむ。余も鱗衣を直したことはないのぅ。」

 紅茶のポットを持ったムウは、自分の手を撫で摩るシオンの手を払いのけた。

「そうですか・・・。取りあえず、見てみましょう。」

 鱗衣に興味をそそられたムウ以下、羊3匹は瞳を金色に輝かせて工房へと入る。

そして、工房の作業台の上に無造作に乗せられた鱗衣を見て、さらに瞳を輝かせた。

「ほうほう。これが海将軍の鱗衣か。生で見るのは初めてじゃ。」

「確か、カノンはシードラゴンでしたか?」

「うわぁ。見事に穴が空いてますね、ムウさま。」

 大中小の羊は、鱗衣の周りを取り囲むと、玩具だの、ヘボいだの、トドなどと口々に好き勝手な事を言い始めた。
カノンはその様子を、りんごを頬張りながら見ていた。

「あのさ。一応それって海闘士の中で一番強いクラスの鱗衣なんだけど・・・。」

「でも、いくら最高クラスの鱗衣でも中身がヘッポコじゃねぇ。」

 カノンは、生意気な口をきく貴鬼にりんごを投げつけたい衝動を、ぐっと堪えた。何にしても、今は鱗衣を修復してもらうのが先である。

 ムウが子供の様に目を輝かせながら鱗衣を眺める姿を、シオンはムウの尻をなでまわしながら微笑ましく見ていた。その手をピシャリと叩いたムウは、いきなり鱗衣の穴へと両手をかける。

工房に、金属の鈍い音が響くと同時に、カノンが手にしたリンゴが床に転がった。

ムウの取った行動に、カノンが思わずリンゴを落としてしまったのだ。

 カノンが見たのは、「はっ!」という掛け声とともに、ムチムチした両腕に筋肉が盛り上がり、見事に鱗衣の穴を素手でバックリと広げた、勇ましいムウの姿であった。

「ほうほう。鱗衣とやらは、随分と軟いのぅ。」

「ふむっ。取りあえず、聖衣と同じ要領で修復してみましょうか・・・・。カノン、こちらへ。」

 ムウに呼ばれ、貴鬼に手を引っ張られたカノンは哀れな姿になったシードラゴンの前へと立つ。
その両脇に、スッとシオンとムウが立つと、カノンの両腕を掴み、有無を言わさずリストカットした。

「うおぉーーーーーーーーー!!何しやがる!!」

「動くんじゃありません。修復には血が必要なのですよ。」

 カノンは両腕をシオンとムウに掴まれ、鱗衣に血を滴らせたままもがいた。しかし、カノンの実力ではシオンとムウの呪縛から逃れる事は出来なかった。
段々と薄れていく意識の中、白羊宮はやはり悪魔の巣窟だと思い知ったカノンであった。

 

「おかしいのぅ。」

「おかしいですね。」

「駄目みたいですね。」

 カノンの血がたっぷりかかり、真っ赤に染まった鱗衣を前に羊3匹は首を傾げた。
オリハルコン、ガンマニウム、スターサンド等を使い、聖衣と同じ要領でいじってみたが、鱗衣の穴は一向にふさがる気配を見せないのである。

「一体これは何で出来ているんでしょうか・・・。」

「さてのぅ・・・・錬金術かなにかかのぅ?」

 なんとか鱗衣の答えを探そうとするムウの姿を見て、何も疑うことなくシオンにくっついて聖衣の勉強をした幼いムウを思い出し、シオンは再びムウの尻を撫でまわした。

「錬金術ですか・・・・。ということは、海水?」

「ふむ。母なる海に救いを求めてみるのも良いかもしれぬの。」

 シオンが納得すると、ムウは貴鬼に指示を出す。
ムウと貴鬼は教皇の執務へと向かうシオンを見送ると、倒れているカノンを放置したまま鱗衣を抱えて白羊宮を出かけていった。

 

 自室のベッドで目を覚ましたカノンは、キョロキョロと部屋を見回した。
確か、自分は白羊宮にいたはずであった。大中の羊に手首を切られたまでは覚えていた。しかし、その後の記憶がまったくない。しかも、なんとなく頭がくらくらする。

羊の妖気にあたったのか・・・。
そう思いながら、リビングにいたサガに訊ねる。

「やっと目が覚めたか。生きていて良かったな。三日前に、双児宮までアルデバランに運ばれた時は、息がなかったんだぞ。」

「え゛?三日前??兄貴・・・・その冗談は楽しくない・・・。」

 サガの言葉が信じられなかったが、自分の兄はそういう冗談を言う人間でないのは良くわかっていた。自分は三日間も意識を失っていたらしい。

 白羊宮の中小羊が出かけた後、白目を剥いてぶっ倒れているカノンを工房から救い出したのは、アルデバランである。
そして、積尸気をさ迷っているであろうカノンを、小宇宙を燃やして救ったのは、他ならぬサガであった。

 カノンはフラフラと双自宮を出ると、おぼつかない足取りで白羊宮へと向かった。そして、怒鳴る。

「ごらぁ、羊!!!てめぇ俺に何しやがった!!」

怒鳴った途端、カノンの頭が一瞬真っ白になりフラついた。咄嗟に柱にしがみ付き、倒れるのを防ぐ。

「あっ!、オジサン。生きていたんだね。」

 貴鬼は白羊宮の玄関先を箒ではきながら、爽やかに笑って、さらりと言ってのけた。
あれで死なないとは、カノンも聖闘士のはしくれなのかと、少し感心した貴鬼である。

「おうよ、なんとかな!で、鱗衣はどうなったんだ!?」

「あれなら今頃、ムウさまと一緒にスニオン岬にいるよ。」

「スニオン・・・・岬??」

カノンはフラつく体を必死にささえ、眉間に何本もシワを寄せながらスニオン岬へと向かった。

 

 ヘロヘロとした足どりのカノンがスニオン岬につくと、岬の先端にチマッと座り、身を乗り出して海の底を覗くムウの姿があった。
潮風がゴーゴーと吹き荒れる中、風向きに逆らってムウのいる先端へと向かう。
何度も後ろにつんのめりそうになるのを堪え、ようやくムウの元までたどり着いたカノンは、ムウの背中に蹴りを入れ、海の中に蹴落としたい衝動に駆られた。
それを、ぐっと堪えてカノンは尋ねる。

「ムウ。鱗衣はどうなったんだよ?」

「おや、生きていたんですか?よかったですね。」

「は?なんだって??」

ムウのか細い声は、波と潮風にかき消される。

「死ななかったのなら、もう少し血を貰えばよかったですーーーーーーーーっ!」

 ムウは声を張り上げた。
カノンは、やはり先ほどの時点で蹴りを入れておけばよかったと後悔した。

 ムウは潮風に薄紫色の髪をなびかせながら、すかした笑顔を浮かべていた。
手に持ったロープをリズミカルに引き上げると、その先端にはバックリと穴の空いたシードラゴンの鱗衣が結ばれていた。
ムウは、鱗衣を陸に引き上げると、嬉しそうな表情を浮かべた。

「見てください。穴が塞がってるんです。」

 ムウがそう言っても、カノンは信じられなかった。
現に目の前にある鱗衣は、ポセイドンの矛の跡よりも更にバックリと穴が空いており、それが塞がっているようには到底見えなかったのである。

カノンが顔をしかめムウを睨むと、

「1日で9.865mm、約1cm塞がったんです。3日で約3cmですよ。やっぱり原料は海水なんでしょうか?だから、海闘士はヘッポコなんですね。」

目を輝かせて言った。
実際に青銅聖闘士にあっけなくのされた海闘士達を、カノンもヘッポコだと思っていたので、あえて否定はしなかった。

「・・・・まぁ、いいや。取りあえず、しっかり穴を塞いでくれよ。頼んだぜ、ムウ。」

 カノンはふらつく体を潮風に乗せ、スニオン岬を後にした。

 

一ヶ月後。

 鱗衣のことをすっかり忘れたカノンは、今日もテラスで昼寝をしていた。そこへ貴鬼が現れ、有無を言わさず手を引かれて白羊宮へと連れて行かれる。
白羊宮の工房の作業台の上のシードラゴンの鱗衣を見ると、カノンは露骨に顔を歪めた。

「みてください。すっかり穴が塞がってしまったんです・・・・。」

 ムウが残念そうに言った。
あまり白羊宮から出ることを良しとしないシオンに、鱗衣の修復の為であれば外出を許可されていたムウは、これで外出が出来なくなるかと思うと、残念でしかたなかった。

「今度は大切に扱ってくださいね。・・・・・・・・・・いえ、また壊れたら、いつでもきてください。」

 カノンはムウから鱗衣を受け取ると、速攻でスニオン岬に向かい、その先端へと立つ。
この下はポセイドン神殿があり、海闘士の鱗衣が安置されていた場所でもあった。

「もう二度ともどってくるんじゃねぇぞ!!」

 カノンはそう呟くと、力まかせに鱗衣を海へ投げ落とした。
シードラゴンの鱗衣は波に飲まれ、静かにポセイドン神殿へと沈んでいく。ついに、鱗衣は本来の姿を取り度し、あるべきところに帰ったのであった。

 

そして・・・・。

 カノンはスニオン岬の帰りに、白羊宮でおやつを食べてから双児宮に戻った。

「カノンがお客さんが来てるぞ。」

 サガの言葉にカノンは眉間にシワを寄せる。
自分に客など訪ねてくるわけがない。聖域内の黄金聖闘士であったら、わざわざサガが客などと言わないだろう。それに、黄金聖闘士の中でも、カノンと口をきく人間は限られている。
そして、カノンは、自分に友達などと呼べる人物がいないことも十分によく知っていた。

嫌な予感が脳裏を掠める。

「まさか、俺の客って・・・・。」

「さっき双児宮の通路の真ん中で、寂しそうにお前の帰りを待っていたぞ。穴が塞がったんだな。よかったじゃないか。」

そういって差し出されたのは、もちろんシードラゴンの鱗衣だった。

「げっ・・・・、さっき海に帰したばかりなのに・・・。」

「そうか。よっぽどお前のことが好きなのだな。せっかくだ、双児宮に置けばいい。お前に見捨てられる度に、双児宮の通路に帰ってこられても困るからな。」

 サガはそう言うと、双子座の聖衣箱の横にシードラゴンの鱗衣を丁寧に置いた。

 こうしてシードラゴンの鱗衣は、双児宮に双子座の聖衣と共に仲良く安置されることとなったのであった。


End