サンタクロースにお願い(その2)

 

アテネ市内のカウントダウンパーティーへ誘いに来たミロとアイオリアを追い払い、アイオロスは人馬宮にこもっていた。
明日は教皇代理として外回りをし、村々でプレゼントを配りつつ、教会で説法をしなければならないのである。

クリスマスの説法は一言だった。シオンが一時間も二時間もベラベラと喋るので、自分は一言でいいだろうと、手短に切り上げたつもりが、短すぎて怒られたのだ。そのため、神官が用意し、シオンが添削した原稿を何度も声に出して読み返し、説法を丸暗記しようと呟いているのだが、まったく頭に入らないのであった。

柔らかい手で頬を叩かれアイオロスは目を覚ました。ベッドの上でゴロゴロしながら嫌々暗記しようとしていたのがいけなかったのか、明りをつけたままうっかり眠ってしまったのである。
瞼を開くとつぶらな茶色い瞳と目が合い、アイオロスは目を瞬かせ、直ぐにそれが何であるか気付いて飛び起きた。

「まったく緊張感がありませんね。それでも聖闘士ですか」

抑揚のない静かな声は、はるか下の白羊宮の主のものであった。しかし、視界は茶色い物体に覆われ姿を確認することが出来ない。
顔にふかふか当たっているものを手で軽く払いのけると、アイオロスはいつの間にかベッドに腰掛けている寝間着姿のムウを見て眉根を寄せた。

「ムウ、他人の部屋に入るときはノックをしろと教皇に教わらなかったのか?」

「『ごめんください』と三度言いましたが、返事がなかったので勝手に入りました」

ムウはクマのぬいぐるみの腕をとり、ノックする仕草をした。アイオロスをおこしたのはムウのクマであった。ムウの蚊の鳴くような声では聞こえないのは仕方ない。

「何だ、ぬいぐるみなんて持ってきて。寂しくて寝られないなら、大人しく布団に入れ」

アイオロスがそういって布団を掴み捲ると、子ども扱いされたムウはない眉を寄せクマでアイオロスの手をボコボコと叩く。

「違います。これです、これ。このクマは私の誕生日プレゼントですよね?」

「は?」

「シオンさまが、小さい私の誕生日にくれたクマですよね」

「そこまでは知らん」

アイオロスは答えてから気が付いた。
もしかしたらムウはクマの秘密―――昔、ムウのクマでサガに悪戯し、汚してしまった為にシオンが新しいクマを買ってやった事に気づいてしまったのではないか?

ムウの手から光速でクマを奪うと、アイオロスはクマをぐるぐる回転させながら顔や脚、耳、タグを凝視しして、大げさに頷いた。

「間違いない!お前のクマさんだ!この私が保証する!」

「それはわかっています。これは誕生日にシオン様が下さったものかと聞いているのです」

紫の冷たい瞳でムウは動揺を隠せず顔に冷や汗を浮かべるアイオロスを見つめた。このままでは心を読まれるのも時間の問題である事がわかっているアイオロスは、眠っていた脳味噌をフル回転させた。

「あ、そのだな、わからん。多分、そうだと思う、気がする。お、おぼえてない」

曖昧な答えのアイオロスの腕からクマを取り返し、ムウはアイオロスの鼻っ面にクマを押し付けた。

「本当に覚えていないんですか?」

「わ、わからん、と思う……」

「思うってなんですか?」

「そ、そんなこと、教皇に聞けばいいだろう!」

「……貴方は教皇代理のくせに、私にシオン様の寝室へ行けと言うのですね。私がどんなむごい仕打ちを受けるか知っているくせに……ひどい……老師に言いつけてやる

クマを抱きしめ寝間着の袖で顔を隠し、わざとらしくオヨヨヨヨと泣き真似をするムウにアイオロスは頬を引きつらせた。ここで突き放したら、背ひれ尾ひれをつけまくり何百倍にも誇張して、あることないことを言いふらされるだろう。ムウならやりかねない。

「ああ、そうだったな。酷いことを言ってしまった。私が悪かった、すまなかった、このとーりだ、許してくれ」

アイオロスもわざとらしく頭を下げると、ムウはコロリと態度を変え再びアイオロスの顔面にクマを押し付けた。

「許してあげますから、このクマが私の誕生日プレゼントかどうか教えてください」

「……。どうしてそんなことが知りたいんだ。それはお前が教皇からもらったクマだ。それでいいじゃないか」

「これは重要なことなのです。このクマがクリスマスプレゼントか、誕生日プレゼントか、どーしても知りたいのです」

「はぁ……」

「どっちだと思いますか?」

「……誕生日プレゼントだと思う」

「どうして?」

「リアがウサギをもらったから」

「は?」

「お前がクマをもってるのを見て、リアが羨ましがったんだ。それで教皇がリアにウサギをくれたんだ。クリスマスプレゼントだったら、リアももらっているはずだから、羨ましがるなんて事はないと思う。多分」

「多分?」

ムウが訝しげに小首をかしげる。アイオロスはこれ以上根掘り葉掘り聞かれてはたまらないと、大きく肯いた。

「いや、そうだ。そうに違いない。そうだ、そうなんだ。そうだぞ、ムウ。」

「そうですか……」

「じゃぁ、お休み、またあした」

アイオロスはムウの額に軽く口づけすると、布団を引っ張りベッドの中へもぐりこもうとした。


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