小さな幽霊(その2)

 

 一夜あけて、アイオリアとミロは、瞑想中のシャカを無理やり引きずり出して白羊宮へ向かった。途中アルデバランにも声をかけ、天秤座以外すべての、といっても5人ではあるが、黄金聖闘士が白羊宮に顔をそろえることとなった。

「一体何事です?」

 血相を変えて押しかけてきたアイオリアとミロに対して、ムウの声は冷たかった。いつもならばムウの素っ気無い態度に腹を立てるミロであるが、今日ばかりはそうではなかった。勝手にテーブルと椅子を用意しはじめ、全員を席つかせる。そして、珍しく真剣な面持ちで話し始めた。

「おい、白羊宮を通り抜けた賊はいないか?」

ミロの問いはムウを侮辱するものに等しい。だが、ムウは怒った様子もなく答えた。

「おりませんね。アルデバラン、あなたはどうですか?」

「いや、私もない。」

 アルデバランは薄紫の髪から、鈍い金色の頭髪に視線を移す。目があったアイオリアは「俺もだ。」と答えた。シャカは何も言わず口に薄く笑いを浮かべる。もちろんないということだ。

「あったりまえだが、俺もねぇ。ところがどっこい、教皇の間に出やがった。」

 ミロはそういうと、続けて昨晩の出来事を同胞に報告した。興味なさそうに仕方なく耳をかしていたムウだが、報告の内容の酷さにあきれ果てて、つい言葉を漏らす。

「つまり、あなた方は子供の幽霊らしき侵入者を退治することができなかったというのですね。」

「別に俺たちは失態を報告しにきたわけじゃない。」

 アイオリアはムっとした表情でムウを睨んだが、睨まれたほうは至ってすずしげな顔である。ムウを擁護するように、アルデバランが間に割ってはいる。

「例え幽霊でも子供にライトニングボルトはないだろう。」

 アルデバランにそう指摘され、アイオリアは頭をかいて部が悪そうに視線をそらした。

「その・・・つい、敵かと思ってな。」

「獅子は鼠を狩るのにも全力なんですよ。」

 ムウにそう皮肉られても、アイオリアには返す言葉がなかった。
 得体の知れない物体に、敵なら粉砕してしまえと、ライトニングボルト小サイズを出血大サービスしてしまったのは事実で、そして、光の拳が打ち砕いたのは小さな人影ではなく、本の山であった。
 本と埃の雪崩の下でミロに散々文句を言われ、アイオリアには言い訳する気力もなくなっていたのだ。

 このままではムウに本題をずらされると察したミロが、話を強引に引き戻す。

「とにかくだな、教皇の間に幽霊が出るんだ!。」

「だから何だというのです?」

 間髪いれず帰ってきたムウの言葉は、誰もが予想していたので、もはやミロも立腹することはなかった。ミロが話を続ける。

「一晩中追いまわしたが、奴は何もしてこなかった。ついでに実体もない。朝になったら消えやがった。俺一人が見たなら幻覚じゃないかって考えるが、幽霊を見た神官が他にも沢山いるんだ。よって、俺は敵は侵入者ではなく幽霊だと決めたのだ。」

「私は暇ではないのですが。」

 熱弁を振るうミロにムウは更に冷たく言い放ったが、ミロは嫌がらせのようにしゃべりつづける。

「教皇の間に幽霊が出るなど、一刀両断。このままでは聖域に平和はない!何としてでも幽霊を退治しなきゃならねぇ!!。」

「落ち着けミロ。それをいうなら言語道断だ。」

 アイオリアのフォローも耳に届かないのか、ミロは身を乗り出し更に話を続けた。しかし、話を聞いているものはいない。貴鬼がいれたお茶をすすりながら、ムウ、シャカ、アルデバランはミロの口から生み出される騒音を、右から左へと聞き流している。

「と、いうわけで、俺とアイオリアの攻撃能力は超常現象に対して有功的じゃないわけだ。よって、ムウ隊員、シャカ隊員!君ら2名に幽霊討伐を託す!。」

 ようやくミロの一方的な話が終わった。ムウは静かに湯飲みを置き、チラリとミロを一瞥して長い睫毛のまぶたを閉じる。

「自分で何とかなさい。私の知る所ではありません。」

 ムウの声はおよそ人とは思えぬほど、感情のかけらも感じさせなかった。隣に座っていたアルデバランは、一瞬身を引いてしまった自分に苦笑いをする。
 目くじらを立てて怒りを爆発させるであろうミロに備えて、椅子から腰を上げたアイオリアだったが、意外にもミロは冷静だった。

「だってお前、チベットで亡霊と一緒に住んでるんだろ。幽霊のよしみで成仏させてやれよ。」

「それでしたら、シャカに有り難いお経でも唱えてもらいなさい。」

 ムウの言葉にシャカがにやりと唇を釣り上げる。
 教皇の間を徘徊するものが、この世に存在しないものだと分かった時、ミロとアイオリアは自分達の手におえる範囲でないことを潔く認めたのだが、この手のプロフェッショナルであろう人物と、出来ればあまり関わりたくなかった。ムウとシャカ、歩く超常現象のようなこの二人を、ミロとアイオリアは苦手としている。

 ムウがシャカと一緒に幽霊を退治してくれることが理想的だと、意を決して白羊宮に乗り込んできたはいいが、案の定思い通りには行かなかった。

 沈黙を守り続けたシャカの口が開く。

「ミロ・・・・・幽霊が恐いのだな。」

「そ、そんなことはない。」

 ムウより更に得体の知れないシャカがミロはかなり苦手であった。まぶたの奥の瞳が自分のすべてを見透かしているようで、気色悪かった。そして、図星をつかれ、ますます苦手意識がミロの中にしっかりと根づく。

 動揺の色を隠せないミロに変わって、アイオリアが話を続けた。

「幽霊の出るような場所に、女神をお迎えするわけにはいかないだろう。それに、本当に幽霊なのか、俺達だけでは決めかねる。」

 今は日本にその身を置いているが、いずれそう遠くない未来に、彼らが神と崇める少女はこの地に再びやってくる。女神の名を出されては、流石のムウも反論のしようがなかった。

 


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