★Jewely and Gel
人馬宮の寝室で、サガはローブの帯に手をかけながら、どうしてこんなことになってしまったのかと、自分の浅はかさを呪っていた。
『賭けに負けたら、いう事をなんでもきく』
そんな約束をしてしまったのは、その日の昼食前のことだった。
「今日の昼食のデザートが何か賭けないか?」
教皇シオンが不在で忙しい中、教皇代理を務めるアイオロスが突然言い出した。
いつものようにサガはくだらないと軽くあしらったのだが、何故かその時のアイオロスはいつになく引き際がよくなかった。
いつになく引き際がよくないというのは語弊があるかもしれない。
アイオロスは、サガに関してはどんなことでもいつも引き際が見苦しいのだ。
ただ普段はサガに断られるとすぐに手段を変えてみたり、時間を置いたりするのだが、今回は賭けになにやらこだわりを持っているらしかった。
その時、すぐにおかしいと思っていれば、サガは後に後悔することはなかっただろう。
「くだらないことを言ってないで仕事をしろっ! 賭博は厳禁だ」
「いいじゃないか。別に金を賭けているわけじゃないし」
「金銭の問題ではない。そういう行為自体が禁止されているのだ」
「でも、皆やってるさ。トラブルさえ起こさなければ、教皇だって黙認しているんだ」
「ダメなものは、ダメ! さっさと仕事にもどれ」
「決めたッ! お前が賭けにのるまでは仕事はしない!」
「なんだと!?」
サガはアイオロスを睨みつけたが、言葉どおり彼は両手を頭の後ろで組んで仕事を放棄しはじめた。
こうなるとアイオロスは梃子でも動かない。
サガをそうやって困らせて楽しむのが、アイオロスの日常生活の一部になっているのだ。
だから今回もサガがしかたなく折れるしかなかった。
そうしないと本当にアイオロスは有言実行をつらぬき、それこそシオンが職務に復帰しても仕事放棄を続けかねないのである。
「いいだろう? 昼食のデザートが何かをあてるだけだ。お前にだって出来る。代償は、負けたほうが勝ったほうの言う事を何でもきく! どうだ!」
「そんなことしなくても……」
アイオロスが本当に望むなら何でもするのに――、とサガは言葉を飲み込み、まったく仕事のやる気を見せない彼に、いつものように渋々首を縦に振った。
何せ明日には教皇シオンが日本から戻ってくるのだ。それまでに任された仕事を終えなければならなかった。
それにこんなことで頼まれる行為など、たかが知れている。
どうせまたその先は、サガが困るようなくだらない何か、恐らく人馬宮で一晩過ごせとかを考えているのだろう。
それにサガが勝つ可能性だってあるのだ。ならばサガだってたまにはアイオロスを困らせてやろうと考えてもバチはあたるまい。
「分かった。デザートは……木苺とアイスクリームだ」
今朝、神官から聞いた昼食のメニューを思い出しながらサガはこたえた。教皇の体調の管理も補佐の仕事であるため、食事のメニューを知ることも大切な仕事なのだ。
アイオロスのその日の体調によっては、メニューを変えなければいけない。まだ一度もそれを行ったことはないのだが。
しかしそのサガの自信をあざ笑うかのようにアイオロスは即答する。
「よし。じゃぁ、俺はヨーグルトだ。賭けはこれで成立だな」
それはまるで既に勝利を確信しているような勝ち誇った笑みだった。
サガは嫌な予感に襲われた。まさかそんなはずはない。よほどのことがない限り、メニューが変わることはない。万が一、材料などの問題で変わる可能性があってもアイオロスの予想があたる可能性は低いのだ。
後になってサガは、この日アイオロスがこの賭けの直前に神官に、デザートの変更をごり押ししたことを知ることになるが、その時にはすでに賭けは成立してしまっていた。
サガは人馬宮の寝室で着衣を脱ぎ始めた。
アイオロスに裸になれと命令されたのだ。
そのアイオロスが今は部屋を不在にしているのが、サガの心の負担を軽くしていた。アイオロスの目の前で自ら服を脱ぐなど、サガには恥ずかしくて到底出来そうにない。
全裸になったサガは大きなベッドに登り、その中央にペタンと座って天を仰いだ。
こうして大人しく服を脱いで待っている辺り、損な性格だなと我ながら思ってしまうサガであった。
だがそうやって自分の性格に悩んでも辛いだけなのを、サガは過去十数年間で学んできたため、あまり深く考えないようにすることにしていた。
だがもっと深く考えたなら、アイオロスを愛しているが故に素直に服を脱いでベッドに座って待っているのだということに、サガは気がついたかもしれない。
しかし、寧ろそれに気がつかないほうがサガにとっては幸せだった。
アイオロスを愛していると認識した瞬間から、彼はそのことについて恥ずかしさに身悶えながらも葛藤し始めるだろう。
どうして愛しているから服を簡単に脱ぐことができるのかと。
だから、賭けに負けたという理由は、サガにとっては都合がよかったのである。
ただし本人は全く気がついていないのだが。
「やはりやることは一つか―――」
サガは眉根を寄せて首を小さく振る。
これからアイオロスが行おうとしていることを考えると、どうしても行き着く答えは一つしか見えてこない。
しかし、アイオロスがなぜ敢えて賭けの代償としてそれを望んだのか、サガは理解出来なかった。
なにせ賭けなどしなくても、アイオロスはほとんど生活の一部になってしまうほど頻繁にサガを抱いているからだ。
そんなことを考えながらも、これからアイオロスに抱かれるのだろうと思うと、なぜかポッと身体が火照ってしまい、サガは己の腕で自分の身体を抱きしめた。
「おまたせ、サガ」
サガが、アイオロスから裸になって待っていろと言われてから数分後、彼は手に小箱を持って寝室に戻ってきた。
サガは慌ててシーツで下肢を隠すと、彼の手の中の小箱に不安げな視線を注ぐ。
「な、なにをするつもりだ……」
「そう怖がるなよ。取って食うわけじゃない。お前にプレゼントがあってね。これを」
小箱を渡されたサガは、不安げに箱を開く。
だが、箱の中身を手にとったサガは目を粒にさせた。
紐に良く似たそれは、下着……っぽかったが、サガはそれが下着とは認めたくなかったし、そういう下着を知っている自分が嫌だった。
どうかこれが想像しているものとは違いますようにと、心の中で唱えながらサガは声を絞り出した。
「な、なんだこれは?」
「Tバックの紐パンツ。これを着けてくれ!」
アイオロスはさらりと答えた。
その言葉に、それがTバックのパンツであることを認めざるを得ないサガは、ガックリと肩を落として恨みがましい視線をアイオロスに投げつける。
だがそれも、次にアイオロスが差し出したものに、簡単に跳ね返されてしまった。
アイオロスの手の中には、美しく光る宝石が散りばめられた首飾りが輝いているのである。
エメラルドやサファイヤ、ダイヤモンドといったサガでも知っている宝石が光輝き、サガの硬直した顔を美しく照らす。
Tバックと首飾り。いったいどういう趣味をしているんだと、サガはアイオロスのセンスを疑い白い視線を投げつける。
「私は女ではない……」
サガはこれまた露骨に嫌悪を示したが、アイオロスはもちろん受け入れない。
「何か勘違いしてないか? これは首飾りじゃない」
チャラと宝石同士がぶつかる音と共に、アイオロスの手によってそれが広げられた。
それはどこからどう見てもサガが手にしたひも状のそれと同じ形状をしていた。