Hook(その1 アイオロスのお宅拝見T)

 

 シオンが休暇をとると、アイオロスが教皇代理の職務に就くことになる。もちろん、13年前の約束どおり、その補佐はサガが勤めなくてはいけない。
偽りとはいえ、13年の間教皇職に就いていたサガのほうが細事に渡って詳しく、また13年の時を超えて蘇ったアイオロスに仕事云々がわかるはずもなく、彼はサガに頼りながら教皇職をこなしていた。

とはいえ、この頼るという行為も、半分は執務室でサガとの二人きりの時間を楽しむために、アイオロスが考えた作戦でもあったりする。

 真面目が服を着て歩いているような人間であるサガに、アイオロスは『次期教皇としての自覚が足りない!』などと、しょっちゅう怒鳴られていた。しかし、本人はまったく気にもとめていないどころか、執務の間中は二人っきりで過せる幸せに、小言ですら甘美な歌声のようであった。

 サガの笑顔を取り戻し、まともに会話もできるようになった。未だ、二人の間に燻りはあるものの、サガを一途に思うアイオロスの気持ちが、その燻りを徐々に鎮火させているように見えた。
アイオロスは今回の二人きりの時間で、一気に関係を修復したいところである。

 もちろん、最終目的はサガを丸一日独占し、一晩中教皇の間で過すことである。
今の状態では、そんな関係に進むにはまだまだ時間が必要であるが、精力旺盛働き盛りの20代の体は解放の行き場を求め、また10代の精神はとうの昔に欲求の限界を超えている。それを何とか抑えているのは、偏に聖闘士としての精神とサガへの労わりの気持ちの賜物であろう。

 代理の分際で一晩云々など、なんとも不届きな妄想ではある。しかし、アイオロスの行動のほとんどを見越しているシオンは、休暇に入る際、きちんと仕事さえこなせば、自分の部屋も物も好きに使っていいとアイオロスに言っていた。教皇代理とはいえ、アイオロスもゆくゆくは教皇になる身である。その時がきたと思って、アイオロスには教皇として過すことをシオンは望んだのだ。」

 そして今日もまた、教皇の代理を務めたアイオロスは、サガの青銀の後ろ髪をため息交じりに見送り、一日の職務を終えたのであった。
アイオロスの情熱に反して蛋白過ぎるサガは、夕方の礼拝が終わるとさっさと双児宮へと帰ってしまう。
なんとか一晩過そうと仕事を溜め込んでみたものの、結局は仕事をせねばならなくなり、作戦も失敗に終わった。

 シオンが休暇に入ってから、そうやってサガに肩透かしをくらったのはこれで通算10日めで、もうわざわざ人馬宮に帰るのも面倒くさくなってきたころだ。
アイオロスは執務室の椅子に座り、頬杖をついてぼうっとしている。頭の中を支配しているのは、もちろんサガだ。

 暇を持て余した彼は、ドカッと背もたれに身体を埋め、なんとなしに机の最上部の引出しを引いてみた。

「ん?、なんだこれは?」

 ジャラジャラと音をたてて開いた引出しの中には、不可思議な金属がゴロゴロとしている。それは全長僅か3cmの精巧な黄金のニケ像であったり、小指の先ほどの黄金の女神像であったりと、どれも手の平で転がせるほどのサイズの彫金細工だ。これらは、シオンが趣味として執務の間に作成したものであった。

 その中の一つに黄金の指輪を発見する。それは内側にも女神像のレリーフが彫られており、その細かい仕事と繊細さは人間が作成したとは思えぬほどだ。しかも、もう一つ全く同じ指輪を発見し、アイオロスは玩具を見つけた少年のように微笑を浮かべながらブラウンの瞳を輝かせ、その片方を右手の薬指にはめてみる。

が、拳をあつかう太く節くれだったアイオロスの指に、指輪は第一関節で止まってしまった。
がっくりと肩を落とし、指輪を指から抜くともとの場所に戻す。

 

 次に2番目の引出しを引っ張り、中に入っているものに首を傾げる。

色とりどりのキャンディや、クッキー、砂糖菓子がそれぞれ入った缶があった。その缶を開け、赤いキャンディを一つ摘み上げ、香を嗅ぐ。
香はいたって普通のキャンディである。おそらくストロべりーだろう。鼻を刺すような甘いしつこい香を思いっきり吸ってしまい、むせ返る。

「げほっ・・・・・・・。なぜ、菓子が・・・・。」

 アイオロスは首をかしげたまま、キャンディーを元の位置に戻した。
これは、普段執務室でのムウとの淫行の際に、機嫌取りまたはエネルギー補給ということで、シオンが用意しているムウの餌・・・・・、おやつであった。

 だが彼に、菓子の理由など想像つくはずもなく、シオンが糖尿病にならないことを祈りつつ、最下部の引出しを引っ張った。

最下部の引出しはさらに異様なものがはいっていた。

 アイオロスは引き出しの手前に白い箱を発見する。それを手にとり、蓋を開け絶句した。
箱の中身は、男性の性器を象った性具であったからだ。

「・・・・・ムウ専用か。ったく、あのジーサンは一体何を考えてるんだ。」

 半ば呆れながら、アイオロスはそれをもとの位置に戻し、深い溜息をついた。こんなものを見せられては、想い人の顔が浮かんでしまうのも仕方ない。サガを求める切なさに、体全体に寂しさが駆け抜けたのであった。

 

 夕張が降りた執務室で、頬杖を付き憮然としているアイオロスは、神官に促され夕飯を取る事にした。

しかし一人で食事をするというのは、こんなにも寂しいものなのか。

アイオロスは、冷えたワインを口に運び、ため息をついた。

 13年前、といってもアイオロスにはついこの前なのだが、自分の周りには常に人がいた。それは家族であったり、最愛のライバルであったり、かわいい弟分だったり・・・・。それは、生を取り戻してからも変わらない。むしろ英雄ともてはやされ、ますます自分を取り巻く人間は増えて、最近では居づらさすら感じるほどだ。

 物音一つしない必要以上に豪華で広い部屋に、自分の動く音だけが響く。巨大なテーブルでたった一人でする食事はなんとも味気ない。それどこらか不味いとさえ感じる。シオンがいつも白羊宮で食事をしている理由は、もしかしたらこんな理由があるのかもしれない。
そしてサガもまた、13年間もこうして一人で孤独に耐えていたのだ。そう思うと、あの時彼を助けられなかった自分の不甲斐なさに、胸が痛む。
出来れば、女神と彼の両方を救いたかった。二人とも救えていたならば、世界はもっと違うものになっていただろう。だがしかし結果は、己の力量の無さをまじまじと見せ付けられる形となり、最悪のシナリオを辿ってしまうことになった。

「如何なされましたか、アイオロスさま。」

「ん?、いや、・・・・・今日はあまり食がすすまないだけだ。」

「あの・・・・。何かお口に合いませんでしたでしょうか?」

「そうじゃない。気にしないでくれ。」

 側仕えの神官があまり食事を口にしないアイオロスを見て、何か不備があったのかと声を掛ける。さすがに人恋しいなどとは言えず、アイオロスは苦笑を浮かべて答えた。

「そうですか。それでは、それではそろそろお休みに?」

「え!?もう?」

 神官の言葉にアイオロスは我が耳を疑った。部屋の中央に置かれている豪奢な柱時計は、まだ8時をさしたばかりだ。
いくらアイオロスといえど、8時には眠れるはずがない。

「よろしければ、お好みの者を側仕えにさせますが・・・・。」

「はぁっ?」

「いえ、教皇さまはこちらにお泊りの際は、よく好みの者と床を共にいたしますので。金髪ですとか、栗毛や巻き毛、少年や聖闘士など細かくご指定くだされば、すぐにご用意させていただきます。」

「あのエロジーサン・・・・。」

 澄んだ瞳をくるりと回し、思わず宙を仰ぎ見て呟いた。

「はい?」

「いや、なんでもない。」

アイオロスは慌てて視線を戻しワインを口に含み、お茶を濁した。

 サガがいい!、サガをつれてきてくれ!、など口が避けても言えるはずもなく、アイオロスは再度苦笑いを浮かべて、席を立った。

「あの・・・・・。どちらへ。」

慌てた神官が声を掛けると、アイオロスは振り返って肩をすくめる。はっきり言って、いちいち五月蝿い神官だ。

「風呂だよ。風呂。」

「それでしたら・・・。」

「一人ではいるから、誰もよこさないでくれ。服くらい自分で脱ぎ着できるし、体も自分で洗う。かつて知ったる場所だ、一人でも平気だ。」

もう構うなとでもいう風に、アイオロスは手をヒラヒラさせ、食堂を出て行った。

 まったく、本当にここは息が詰まる。サガさえいてくれたら、もっと違うものに・・・。

風呂を出ても尚、後ろにいる側仕えの神官を一瞥し、アイオロスはシオンの寝室の扉を開けた。


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