童虎と暮らす

童虎が「五老峰に帰る、世話になったな」と言って聖域を出て行ったのは、昨日のことだった。
いちいち難癖をつけるうるさい猿がようやくいなくなり、自分らしい日常を取り戻したシオンは晴れ晴れとしていた。
すなわち、朝は起こしにきた愛弟子においたをし、ゆっくりと朝風呂と朝食を堪能したら、愛弟子の見送りとともに執務へと赴く。
日中は悠々自適に執務当番の黄金聖闘士にセクハラし放題で、時にはアイオロスに全てを押し付け、愛弟子としっぽりなども趣き深い。
夜は愛弟子の出迎えに、静かな食卓、そして愛弟子とともにベッドで時間を過ごす。
この全てを童虎が邪魔をしていたかと思うと、今更ながら憎悪が募るシオンであった。

やけに白羊宮の食事の味が薄く感じ、シオンは首をかしげた。
この日の食事はシオンの好む、皿の上に料理がチマッと乗った上品な料理である。
「ムウよ、味を変えたか?少し薄いように感じるが……」
「いえ、いつもどおりでございます」
無表情のムウが抑揚の無い声で答えると、シオンはチラリと目の前に座るアルデバランに視線を向け、さらにその隣のアイオロスにそれを転じる。
「中華が長かったからではないですか?」
アイオロスが真顔で答えると、ムウが小さく頷いた。
「中華は味が濃厚ですから。老師さまがいらっしゃらないので、中華にする必要はないかと思い、もとに戻しました。シオンさまは日頃から、中華はお嫌いだとおっしゃってましたから。しかし、味が薄いとお思いになるのでしたら、明日からもう少し味付けを濃くいたしましょうか?」
「……その必要は無い。これで十分美味じゃ」
シオンが『童虎』という言葉にムスッとしたまま言うと、「さようでございますか」とムウが小さく頷き、再び食卓に静寂が戻る。
その静寂に、シオンは改めてダイニングを見渡し頷いた。ミロとカノンがいないのである。この二人がいたならば、二人で貴鬼と料理を奪い合い、ムウが忙しなく動きながら料理を続け、アイオロスとアルデバランが酒を飲みながら談笑しているであろう。
ミロとカノンは白羊宮のマメ台風のようなものなのだ。その台風がいないのなら、この静けさはしかたないと、シオンは自己解決をして頷いた。

静かな夕食が終わるとシオンはいやらしい手つきで無表情のムウの頬をなで、アイオロス達を手の一振りで白羊宮から追い出し、貴鬼すらも追い出した。
だがしかし、無言のまま部屋を出て行く彼らに、シオンは違和感を感じた。文句の一つや二つは言われるだろうと思っていたのである。
実際、いつもなら彼らも大人しく引き下がるようなことはしない。アイオロスが呆れながらシオンの行動をいさめようとするし、アルデバランや貴鬼に至っては童虎に泣きつくのだ。
それがこの変わりようは一体なんなのか。
貴鬼だけがじっと恨みがましい視線をシオンに向けるだけで、アルデバランたちはもとよりムウ本人も無言でシオンの言葉に従っているのである。
久しぶりのムウの身体を味わうチャンスに、シオンはそれ以上の事は考えないことにした。なにはともあれ、今は愛弟子とのエッチである。シオンがムウをベッドに連れ込むのは、実に何ヶ月ぶりであろうか。ここ数ヶ月、シオンは童虎と強制的に同じベッドで寝かされていたのだった。

そして童虎が聖域を出てから初めての朝がきた。
昨晩遅くに自室に戻ったムウは、風呂の準備を整えた後シオンの寝室に行き、死んだように眠るシオンの肩をそっと揺らし耳元に優しく声をかけた。
「おはようございます、シオンさま。朝でございます」
とうにシオンが目覚めていることをもちろんムウは知っている。そのままベッドに引きずり込まれるのを覚悟して起こさなければならないのだ。
が、しかし
「うるさいっ、朝からお前の声など聞きとうない、出て行け!」
と怒鳴りながら背を向けて毛布を頭からすっぽり被ったシオンに、ムウの目は点になった。
いままでどんなにシオンが嫌がることをしても、「ムウはかわゆいのぉ」の一言で片付てしまうシオンが、真っ向から拒絶したのである。ムウが驚くのも無理はない。ムウはおずおずと手を伸ばし、もう一度シオンの肩に手を触れた。
「触るなっ!朝からお前の汚い顔など見たくはない、とっとと出て行け!」
再びシオンが怒鳴る。
「分かりました。入浴の準備は出来ております、朝食の時間はいつもどおりでよろしいですね。それでは、失礼いたします、シオンさま」
ムウがそう言うとシオンはベッドから飛び上がった。童虎が起こしにきたと勘違いしたのだ。しかし、時既に遅し。愛しい弟子の姿はすでに扉の向こうに消えてしまっていた。


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