丸山のロクサンと「あさま」 移動日:1999.2.15 撮影:1999.2.28
旧丸山変電所前の直線からカーブにかかる下り線(軽井沢方面行き、登り勾配)にEF63重連と189系特急電車「あさま」が編成ごと展示されました。
※EF63は通常の運転では常に2両連結された重連で補機に付いていました。
maruyama-01 旧丸山変電所を横に見ながら、これから正に碓氷峠にアタックしていくかのような形で展示されています。
前方のカーブを曲がってしばらく行くと、JR(旧国鉄)線で最急勾配に入ります。そこから最高1000分の66.7という急勾配区間が、軽井沢までの約10キロ間、延々と続くのです。

車番は以下とおり
EF63-12
EF63-11
Hクハ189-5
Gモハ189-5
Fモハ188-5 P
Eモハ189-2
Dモハ188-2 P
Cサロ189-104
Bモハ189-22
Aモハ188-22 P
@クハ189-505
最後尾のEF63 12には、展示車両が急な坂を滑り落ちてしまわないために、強固な車止めが設けてあります。
この地点で、すでに相当な急勾配になっています。これぐらいの坂になると、蒸気機関車のD51でも登るのが辛いほどです。

碓氷峠を通過する列車は必ずEF63の重連を横川寄りに連結して上り下りしていました。EF63を勾配の下側に連結するのは列車の重さを支えるためです。
なお、EF63 11、12号機はともに1963年(昭和38)三菱電機・新三菱重工製で、11号機は1978年(昭和53)に運転されたお召し列車の補機を務めた経歴を持ちます。
パンタグラフはたたんだ状態、ヘッドマーク、ヘッドライトの点灯はありませんが、現役時代を彷彿とさせる状態で保存されています。
補足情報
◆189系「あさま」は廃止前に走っていた時とは逆向きになったため、編成ごと逆向きのまま展示されています。
◆碓氷峠への本格アタックはこれから先とはいえ、ここでもすでに1000分の25勾配区間です。「あさま」の車輪にも数箇所車止めがしてあります。
◆現状では、柵などはいっさい設けずにこのまま展示される予定です。
碓氷峠健在時の峠越えシーンを当時のまま伝える貴重な展示物ですので見学の際は現状維持にご協力ください。皆様の良識ある行動を 何卒お願い致します。
※この区間は、電車も含めてすべての列車がEF63の助けを借りなければ通過できませんでした。
このEF63との連結の都合もあり、碓氷峠を通過出来る車両は限られていました。車両の向きも決まっていたのです。

旧丸山変電所 撮影:1999.2.28
国から重要文化財指定を平成6年12月27日付けで受けた貴重な建造物です。復元に関しては今後検討されます。貴重な文化財を守るため、また、腐食が進んで危険ですので、内部へはくれぐれも立ち入らないようにしてください。
看板に書かれた説明文

国指定重要文化財 碓氷峠鉄道施設
旧丸山変電所
平成6年12月27日指定
丸山変電所は、大正元年に建設され一棟が機械室で回転変流器と変圧器を収容していた。もう一棟は蓄電池室で、列車が上り勾配にさしかかるときに必要な電力を補うための蓄電池312個が整然とならんでいた。建物の性格としては、工場建築に近いから、同じ煉瓦造り建築といってもたとえば東京駅のような華やかさはない。しかし、正面出入口は妻面には控えめながら装飾的な要素が加えられ、落ち着いた格調の高いものとなっており、煉瓦造り建築の最盛期の所産であることが実感され、今に伝える残り少ない遺産である。
内部には、当時としては貴重なタイル張りで床が構成されており、当時のこの施設の重要さを表わしています。
丸山変電所跡の窓ごしに眺める189系「あさま」・・・・・。
現役時代と変わらない風景が眼前に再現されています。
丸山変電所跡と「あさま」

このアングルから撮ると、まさに現役時代を彷彿させます。
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