新宿区後援・3月新宿フレンズ講演会

 リカバリーの物語
精神障害を持ちながらも充実した人生を過ごすために
    
講師 リカバリーキャラバン隊事務局・桜ケ丘記念病院PSW
         中原さとみさんとリカバリーキャラバン隊員のみなさん

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【就労をして得た体験・思いを声に】

中原さん 私たちのリカバリーキャラバン隊とは、IPS(後述)就労支援サービスの、利用者・家族・支援者で結成したボランティア団体です。

就労などして充実した人生を歩み出した精神障害者の声や経験を社会資源として、全国各地、北海道から沖縄まで、毎週どこかの研修会でリカバリーの力を配達しています。人材派遣事業として会社に出向いてメンタルヘルスの研修や、大学、専門学校、看護学校で講義もしています。冊子の作成もしていて、働いている当事者50人にアンケートをとって、ご自分のどんな強みを生かして、どんな配慮をもらいながら働いているかを『イカす仕事ノート』にまとめました。

IPSとはIndividual Placement and Support、直訳すると「個別に配置して支援する」の略語です。支援者は精神障害者には今の生活以上のことが出来ないと感じてしまいがちですが、社会に出ることにより期待された以上に大きな自立機能を発揮できる可能性があることを示した、科学的根拠に基づいたプログラムです。「いくら遅咲きの桜でも咲かぬ花は無い」これはキャラバン隊員の岡本さやかさんの言葉です。

IPSは「本人の長所」を大切にしながら就労支援を進める、1990年代に開発された就労支援モデルです。多くの研究でその有効性が報告され、現在では欧米や日本でIPSを取り入れるところが増えています。私たちは長所を大きく5つに分けています。

1)関心・願望:「…したい」「…が好き」「…が楽しい」は長所になります。 

2)性格:生まれ持った性格、育んできた個性、

3)技能・才能:仕事に役立つ特技、病気との付き合い方のコツ

4)環境:自分に合った仕事との出会い、恵まれたサポート・家族

5)経験:働いた経験、学んだ経験、病気等の体験から得られたこと

具体的なサービスは、働きたい人の支援をチームで調整します。ハローワークや求人情報の使い方など仕事探しの支援、就職面接へ向けての履歴書づくりのお手伝い、働き始めたら仕事がうまく行くように仕事の手順を見直したり、会社との調整、職場訪問、また働くことのサポートだけでなく、仕事以外の悩みを聞いたりして病気との付き合い方のサポートもします。

IPSはリカバリーという考え方がベースになっています。「人として尊重され、希望を取り戻し、社会に生活し、自分の目標に向かって挑戦をしながら、かけがえのない人生を歩む」という考え方がとても重要で、働くこと、学ぶこと、社会参加は、リカバリーへの手がかりと言われています。

リカバリーの定義は一人一人違ってよく、例えば岡本さんは「物事の中心部分に付随する小さなことはあきらめても、中心部分は曲げず絶対あきらめない」を、中村さんは「病気が完全に治らなくても、働いてこそ回復する。精神障害者でも立派に働けることを社会に示したい」をリカバリーの定義にしています。

精神疾患がありながらも充実した人生を歩んでいる人の傾向を、チャールズ・ラップ(ケアマネジメントなど対人サービスにおけるストレングスモデル(長所モデル)の開発者・創始者)の本を参0考に5つにまとめました。

1)疾患と自分を切り離して感じている。症状や診断というレッテルを越えて、人として自分を定義している。

2)自分の生活を自分でコントロールしている感覚・信念がある

3)目的・目標をもっている

4)多かれ少なかれ達成感がある。役割と責任を感じている

5)自分を支持し信じてくれるような人物がいる

これから5人の方にリカバリーの体験を語っていただき、私が解説をしますが、この5つを頭に入れて聞いて下さい。私たちが支援する上でも大切なポイントです。

【自分の人生は自分で決めよう−渥美正明さん】

渥美さん 私は桜ヶ丘記念病院に、平成元年から8年間入院していました。「あなたは統合失調症です」と先生にはっきり言われて、生きることをあきらめていた時代もありました。8年がすぎてデイケアで、ある時、就労支援プログラムを見ていた僕の目の輝きが素晴らしかったみたいで、「渥美さん働いてみない」といわれたのを機に、自分の人生は自分できめなければと思いました。三障害で運営している「東京都しごと財団」管轄の訓練所からはじまり、清掃の仕事につきました。

中原さん 渥美さんは、最初はほとんど話せず、私が同行してハローワークの人に紹介しました。どんな人にも丁寧に頭を下げて挨拶します。この礼儀正しいという長所を生かして清掃会社に努めました。ただ清掃すれば良いのではなく、建物を利用されている方に挨拶しなければならない。事業主さんは「渥美さんは感謝の気持ちを込めてきちんと挨拶して、とても評判なんだよ」と教えてくれました。ここで1年半ぐらい働きましたが、もっとやりがいのある仕事につきたいと思ったそうです。次の仕事は何ですか?

渥美さん 芸能プロダクションの付け人の仕事です。私は「夢追い酒」「釜山港へ帰れ」で有名な渥美二郎のいとこです。「正明、うちのマネージャー、熱が出ちゃった。かわりに来てくれるか」と呼ばれ、大晦日の「年忘れ日本の唄」で、新宿コマ劇場の楽屋口から「おはようございます、渥美プロダクションです、今日も一日よろしくお願いします」と、初めて挨拶したのが、北島三郎先生や青木光一先生でした。

「渥美君、いい付人入ったじゃないか、謙虚で」と北島先生や青木先生に言われたときは、精神障害者という目で見られていませんでした。当事者放れというんですか。「ほめて頂いて思いやりと感謝ありがとうございます」という気持ちで働かせていただきました。

中原さん 歌手の付き人ですから、コンサートに一緒について、全国各地を北は北海道から南は沖縄までですか?

渥美さん 全国をキャンペーンで歩いて、一番良かったところは、新宿の戸山ですね。(今日の講演会場・笑)。 

あるとき、外来の先生に「渥美君、最近、妄想・幻覚はないの?」といわれて、「先生、じつは、モウ、ソウなんですよ」と言いました。(笑)

【働くことはリカバリー−中村孝さん】

中村さん 統合失調症を克服した中村と申します。私は病気になってから3つの会社で働きました。 

最初の会社は障害をクローズにしてスーパーの清掃をしていたのですが、「何の薬を飲んでいるのか?」などといわれ、それが苦痛になり1年しか働きませんでした。

次の会社は障害をオープンにして、老人ホームの清掃・洗濯をしていましたが、業務縮小のため9年で退社しました。今の会社もオープンで、老人ホームの清掃を主にしております。

なぜ働きたかったかというと、仕事のリズムを身につけたかったからです。この病気は孤立していては治りません。人と交わって仕事をすると治りが早いものです。病気が治らないうちに働くことに意義があると思います。自分にあった薬を継続的に服用することも必要ですが、働くことはリカバリーにもなるのです。精神障害者だから働けないというのは間違いです。私は精神障害者でも立派に働ける、必ず幸せな人生を送れることを社会に示したいです。

中原さん 働いてこそ元気でいられるという中村さんの趣味はスポーツです。

中村さん スキー・スケート・ハイキング・テニス・水泳等をやっていました。いまはハイキングが中心ですね。中原さん 鉄道も趣味で、キャラバン隊で地方に行くと、この電車は何々系であると教えてくれます。銭湯が好きで、家から3分の銭湯に毎日行っているそうです。モットーは「常に明るく」です。 

もともと中村さんはシステムエンジニアの仕事をしていました。ストレスで32歳のとき統合失調症と診断されたそうですが、ちなみに今は何歳ですか。 

中村さん 60歳です。(会場より、「えーッ?若い!」の声)  

中原さん 辛い体験をされたそうですが、幻聴とか、追跡妄想・誇大妄想・恋愛妄想・被害妄想・加害妄想いろいろありますが、どんな妄想ですか。

中村さん 後から誰かついてくるという妄想です。誇大妄想は所長賞をもらえるとか、恋愛妄想は女性みんなから好かれているという妄想。被害妄想は自分が一生懸命仕事をしているのに、なぜ邪魔をするんだという妄想。加害妄想は、実際はしてないのに人をぶんなぐってしまったと思う妄想です。 

中原さん 中村さんは、これまで入院歴は3回、デイケアにいったり授産施設の訓練に通ったりしていました。職歴は、最初は清掃会社に障害をクローズにして働きましたが、通院で休むとなぜ休むのかとか、薬は何を飲んでいるのかなど言われて辞めました。次は障害をオープンにしてハローワークの障害者求人で探して、9年半ほど働いていましたが、会社の業務縮小により辞めざるを得なくなりました。3度目の就職活動を一生懸命、ハローワークや合同面接会に出たりして、見事オープンで、しかも59歳で決まりました。以前の職場は老人ホームの利用者さんの衣類を洗濯し乾燥させ畳む仕事でした。週6日労働時間は5.5時間、土曜は半日、中村さんの駄洒落が活きる職場で皆を笑わせて、働きたいという意欲と環境のいいところを生かして仕事をされていました。

【咲かない花は無い−岡本さやかさん】

岡本さん 病名はうつ病です。先天性の視覚障害とパニック障害もあります。薬は1日6錠で、5年近く変っていません。 

昔、「障害は神様から選ばれた人にだけ与えられるものだから、障害を持つことで健常者と違う視点からものを見ることが出来、沢山のものを得ることが出来るんだよ」と言われたことがありました。しかしその言葉の意味すら考えることもなく、同情や慰めの言葉なのだろうと思い、また障害を持っていることを、親が悪いとか、人のせいにしたり、自分のコンプレックスにしていました。今はその言葉の意味を考え直し、自分の言葉に出来ています。

病気や障害を持っているために職業を限定され、自分のやりたいこととはかけはなれた仕事をした結果、うつ状態とフラッシュバック、パニック障害もひどくなり、1か月半の入院生活も経験しました。

そしていま沢山のサポーターに支えられて、元々進みたかった医療関係の仕事に就くために、着実に一歩一歩進んでいます。ホームヘルパー2級の資格、ラップ・ファシリテーター(WRAP:「元気回復行動プラン」の場作りの促進者)の資格もとりました。一番大きな目標は精神保健福祉士になることですが、今はラップを家族会などに紹介したり、企業を対象にメンタルヘルス研修を行っています。

私を応援する意味の言葉で、夫から「1、2階の段階でのサポートは友達や知り合いに手を借りなさい。俺は建物の最上階から大きな目と包容力を持って見ているよ。長い時間がかかっても待っているから」と言われました。努力をし続け、彼の待つ最上階に早くたどり着きたいです。

父から言われた「いくら遅咲きの桜でも咲かない桜の花は無い、人の何倍も時間はかかっても努力をしなさい」という言葉を心のお守りにしています。父は執筆業をしていましたが、父もまた精神疾患をもっています。私も執筆をするようになりましたので、原稿に赤を父に入れてもらえる日までがんばります。ありがとうございました。

中原さん ラップという話がありましたが、お話して頂けますか。 

岡本さん アメリカのメアリー・エレン・コープランドさんという躁うつ病の経験者が「病気でも元気でいるために、どのような工夫をしているのだろう」とアンケートを取りました。その結果出来上がったのがラップとなります。ラップの根底にはリカバリーがありウェルネス、元気に焦点をあてたプログラムとなっています。調子のいいときの自分、注意サイン、対処法についてまとめておくと良いでしょう。例えば、コーヒーを飲むとかジョギングするとか、皆さんが毎日のようにしていることの中で、元気の出ることを集めます。

私の「元気の出る道具箱」は、白いインコの「ひな」です。5年前の雛祭りの日に買ってきました。「ひなちゃんは可愛いでしょう」とか「ひなちゃんと遊んで」とか話します。私が「こんにちわ」というと、頭を下げて「こんにちわ」と返ってきます。たまに「こん」で終わってしまうことがあります。頭を下げるインコは珍しいと思うので動画を撮って、テレビの「ナニコレ珍百景」に出して3万円もらって、皆さんにご馳走しようと思っています。

【大平学さん】

大平さん 私はキャラバン隊で書記を務めています。

中原さん 太平さんは作家になりたいという夢をお持ちです。私がいつも患者さんの長所を引き出すために聞いていることを大平さんにも聞きました。

「夢・大切にしていることは?」作家になりたい、科学者になるために大学工学部に行きたい。24歳のときアルバイトの経験があり、見習いで大工を3か月しました。退職理由は再発で、統合失調症と言われました。

「病気とうまく付き合えていますか?」良い所を見ていきます。うまく付き合えていなければ、並行して体調管理を考えていきます。太平さんは調子が悪いときは瞬きが多くなります。それからボディタッチをする。

大平さん ものを落としたり、衝動に駆られてどうしたらいいかと囚われてしまいます。  

中原さん 一歩踏み出すと奈落の底に落ちるような感覚があるそうです。「薬は?」自己管理しているそうです。「薬の副作用は?」食事で喉がつかえる嚥下障害がある。喉の渇きがある。

大平さん 固形物は力を入れないと飲み込めないという症状ですね。

中原さん 「体調は?」健康ということです。暫く座っているとお尻が痛くなるのですね?  

大平さん 切れ痔ですが座っていられないほどでなく、ただ痛いというだけです。横になればすぐに回復します。

中原さん 「身だしなみは?スーツはお持ちですか?」太平さんはキャラバン隊に入って、お父さんとスーツを買いに行きました。 

大平さん 会社に勤めていた先輩である父と、一緒に選びました。 

中原さん 「人とうまく付き合えるほうですか?」名刺があれば話が出来るそうです。太平さんは3つ折の名刺を持っています。 

「求人活動については?」ハローワークの一般窓口は利用したことがあり、今、障害者の求人をみられるコーナーがありますが、そこは利用したことが無いのですね。

大平さん 携帯をはじめて持ったのが30歳過ぎで、主電源を切ったままで、中原さんと待ち合わせていながら連絡がつけられなかった。今はメールもできるようになりました。  

中原さん 具体的目標を持つことで、やれることがだんだん増えますね。「パソコンスキルは?」ワード入力する力はあります。「能力適性は?」気が利いてまじめで、精悍な青年といわれる。「興味は?」音楽のほかいろいろ。「生活環境は?」両親、弟との4人暮らし。「病気は?」オープンにして働きたい。「お金の管理は?」自分でしている。「障害年金は?」2級。「日常生活は?」いろんなことにチャレンジするのが好き。卓球サークルでアシスタントトレーナー、多摩地域の就労センターB型でミシン洋裁、今は基礎から糸ほぐしをやっている。デイケアのパソコン教室へも行っている。市民の草笛サークルでアメリカ人の別荘へ行き、おじいさんおばあさんに混じって3泊の合宿をし、草刈もしました。

太平さんは以前、体力が無くてキャラバン隊で出掛けても、疲れて2時間ぐらい休んで後から帰っていました。だんだん体力がついてきて、今はクレープ屋さんで週2回、結構長い時間働いています。店長が理解のある方で、休みながら働いて良いと言われています。そこで広まった人間関係で、もしかすると小説が生まれるかもしれないと言っています。太平さんは人に好かれるという長所を持っています。また創意工夫をする長所があり、クレープ屋さんで新しいメニューを提案もしています。

【家族のリカバリー−川人さん】

中原さん 最後にご家族の立場のリカバリー体験を、息子さんが病気になって家族が得たこと等を母親の立場から発表して戴きます。 

最近、ポジティブ心理学が注目されています。以前は、精神病理や障害に焦点をあてていましたが、病気や欠点の問題を追及するよりも、人間の持つ強み・希望・満足感,そして幸福といったことに焦点をあて、より健康でいることのために活用されるような「成長」モデルに基づいた心理学です。トラウマ的な体験を経ながらも、トラウマ経験前よりむしろ、もっとより良い生き方をして行くようになる人たちのことが研究されてきています。PTG(Post Traumatic Growth:心的外傷後成長)と言いますが、いろんな苦しい経験をしたり、家族が病気になったりして、もがき闘った結果として経験する、ポジティブな心理学的な変化を言います。

その時、どんなことが得られたか、たとえば病気をして新たな役割が生まれた、新たな関心事を持つようになった、自分の人生に新たな道筋が築けた、他者に対して思いやりの心が強くなった、人との関係に更なる努力をするようになった、1日1日をより大切に出来るようになった。こういったポジティブな変化に、注目が集まるようになってきています。その視点からの家族のリカバリー体験です。

川人さん 今日、司会をしているのが息子です。息子の精神疾患という困難を経験して、私の得たものは何だろうか。私は必ず回復することを信じ、リカバリー体験者を間近に見、体験を聞くことから、リカバリーは始まると思いました。

私の息子は子供時代から自分で考えて行動し、親に相談することはあまりなく過ごしてきました。高校3年生のとき、受験勉強をしながら何か悩んでいる様子が気がかりでしたが、特別相談されることもなく、1人で考え込んでいるうちに息子は発症してしまいました。

このときの主治医が、現状や病気について分かりやすく説明してくれました。そこから親もへこたれないで、がんばり過ぎないように、ストレスをためないで発散することも心がけました。私はあちこちの勉強会に出かけ、病気について多くを学びました。また同じ立場の何でも話せる友達もできて、お互いに励ましあいました。

息子は症状の波が大きくて沢山の薬を飲み、生活環境が大きく変って思うように回復できず、時には家族が振り回されました。家族だけで必死に支えていましたが、デイケアで就労支援の喫茶を体験してから意欲が出始めました。それから家族でラップやIPSの研修にも誘われて参加し、元気な人たちと出会いました。

まだ病状が安定しないとき、元気が出るようにとリカバリーキャラバン隊に親子で加えてもらいました。息子はメンバーと一緒にキャラバン隊に司会で参加するようになり、仲間と社会の繋がりを持てるようになり、元気になってきました。キャラバン隊のメンバーさんは元気で明るくユーモアと思いやりがあり、仲間のいいところを見つけてはほめてくれます。とても楽しい頼もしい存在です。私もお母さんと呼ばれ、今ではすっかり皆のことが好きになりました。

ちょくちょく入院する息子に、メンバーは面会に来てくれました。いつでも息子の席は空けておくからと気遣ってくれます。退院してからは、リカバリーの本も読み返し、キャラバン隊のリカバリー学校の研修に参加することで、働きたいとつぶやき始めて、いまは研修会のコーヒー係を担当することになりました。

長くかかりましたが、メンバーさんに支えられながら社会へ一歩を踏み出そうとしています。息子の変化は支えて下さった皆様方のおかげと感謝しています。家族も元気にと、夫婦で始めたテニスが楽しみになりました。息子も父親と将棋をしています。最近では家族でよく話すようになり、絆が強くなりました。いまでは家族みんなでキャラバン隊を応援しています。

家族が発症したら、その苦労は大変なものですが、必ず回復することを信じ、支援してくれる人の力を借りながら体調を管理し、家族で元気になりましょう。

中原さん 精神疾患という病気を経たからこそあった成長、例えば、人間関係や内面の成長、体調管理のスキルが上がる、新たな役割が生まれた等々、ポジティブなことがあります。

川人さんのお母様も、家族との絆が深まったことや内面的な成長があったことでしょう。体調管理のスキルも、お母様がいろんな勉強会や家族会に出られて学び、新たな理解が深まったり、キャラバン隊に参加して、こうして皆さんにお伝えする役割も生まれています。病気をしたからこそ得たものを財産として経験として、これから生きていく糧になるようにと願っております。 
                                       〜了〜   

平成17年4月からの新宿フレンズホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿フレンズでは4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿フレンズ会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法        



新宿フレンズへのお誘い 

 新宿フレンズでは毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 


編集後記

 ようやくコートを脱ぎ、日中は半袖かと思わせる季節となった。桜は4月初旬というのに葉桜になっている。今年の桜は少々急ぎ過ぎた。「いくら遅咲きの桜でも咲かぬ花は無い」は、今月の「リカバリーの物語」の話者・リカバリーキャラバン隊の一人、岡本さんの言葉である。中原さとみさん隊長以下、総勢6人の隊員である。この隊は実に見事な連携プレイを見せてくれた。ドタバタ喜劇団のような笑いを誘うかと思えば、IPSやWRAP、PTGといった専門用語も飛び交う活動集団である。

 話の運びに工夫がある。各隊員の話から、隊長の中原さんがそれに解説なり、補足を行う。そのタイミングというのか、間合いというのか、隊員の意気投合ぶりは聞いていて、気持ちがいい。そして、サービス精神も忘れない。新宿フレンズのこと、新宿戸山のことなども引き合いに出して、笑いを誘う。

中原さんの最後の言葉、「病気をしたからこそ得たものを財産として経験として、これから生きていく糧になるようにと願っております。」これこそIPSの教え=経験:働いた経験、学んだ経験、病気等の体験から得られたこと=の表れではないか。病気を持ったことを嘆くのではなく、体験を一つ多く持ったと考えるべきであろう。

 そして、渥美さんの言葉=人生の大先輩として両親に感謝することは大事だと思います。(拍手)=に家族として救われた思いがする。ことほど左様にキャラバン隊の皆さんから様々なキーワードをいただいた。今月号はテープ起こしが大変だったと思う。そこで、本文中からこれらのキーワードを各々拾い集めてはどうだろうか。今号の発行を無駄にしないためにも。   

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新宿家族会 E-mail: frenz@big.or.jp