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1993年9月1日より、私たち精神障害者当事者のいこいの場として、新宿あけぼの会として発足し、その後東京ドロップイン・センターに発展しました。ドロップインとは精神障客者が気楽に立ち寄れる場所のことを言います。とくに、新宿区は東京女子医科大学病院精神科をはじめ、各大学病院があり、またクリニックもあります。さらに千駄ヶ谷駅近くに代々木病院精神科もあります。そのため、東京都内だけではなく、埼王、千葉、神奈川からも当事者が新宿区内に通院しています。ですから新宿区はじめ、東京、各県の方も参加できる当事者のセンターです。 |
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| 91号 | 92号 | 93号(工事中) | 94号 | 95号 |
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税金ドロボー? この4月に転勤となり○○館にきて管理係ということで勤めてきましたが、係長非組で保守的な人間で私には仕事を教えることはせず、私がパソコンができないことをよいことに仕事をあたえないでいる。 (注)本当の税金トロボーは、もっと別の人であり、しかも金額も多いことである.現在、検察庁の捜査を受け逮捕されていることはマスコミにも出ているとおりです。 皆様 始めまして そうださちこ、と申します。 小川公江さんの病気見舞いにいって 沢田儀雄 7月3日(土〉、小川公江さんが入院している○○病院に見舞いに行ってきました。行くとき始発駅のホームで家族の方が待っていて下さって一緒に病院に行くことができ、迷子にならずにスムーズに小川さんに面会することができました。 社会的にはキチガイ扱いされていた・これは、社会的偏見そのもの 小川さんが、ある事務所にカンパをもってたずねたことがありました。そこは、一般社会人のいるところでありましたが、「ここに出入りするナ」と言われたことです。本人は私にこの経過を話して悔し涙を流していました。これはまったく社会的偏見そのものであるということです。私自身も、現在は年の功もあっておちついてはいますが、子供のときから大人になっても異常行動をとっていたものです。約40年位前のことですが、ある地位にある人が私に直接「おまえは頭がおかしいのではないか」と言われたことがあります。そして言葉だけではなくさらに「沢田は、頭のおかしい人間である」と文章として正式に書かれたことがあり、しかも1回だけではなく数回も書かれた苦い体験があります。精神障害者は異常行動をおこすものです。これを社会が異常行動は「障害からくるものだ」とあたたかく認めてほしいものです。 小川公江さんは精神障害当事者運動の、しかも女性としての先駆者の一人であること 小川さんについて、社会的にも当事者の人からもいろいろ悪く言う人達や、いろいろご批判があることは確かです。1992年9月10日、新宿駅近くで秋元波留夫先生をかこんで小川さんや私も参加させて頂いて懇談会を開きました。そのとき、小川さんは当事者としてのつらさを涙を流しながら切々と訴えました。そのとき秋元先生からいろいろアドバイスを受け、そのつらいなかでも、頑張っていこうと、私は今も思いうかべるものです。このときの懇談会の記念写真は、現在もあります。 そして、小川さんはどんなにつらくても、間違った理念に対して妥協はせず、筋を通し続けてきた当事者でした。そのため逆に快く思わない人達からは批判と攻撃を受けてきた経過もあります。私として感ずることは、小川さんは根本理念をもった先駆者の一人であり、しかも女性の当事者として頑張り抜いてきた人であったということです。 全国精神障者団体連合結成大会を、一番感激した人に小川公江さんがいたこと 1993年4月、全国精神障害者団体連合会結成大会が開かれました。この結成大会のための実行委員会がつくられましたが私も実行委員の一人でした。結成大会が終了したとき、日頃お世話になっていた代々木病院精神科の看護婦さんが私のところに駆け込んできて、「沢田さ一ん、結成大会は大成功でしたネ」「ウン」と二人で喜び合ったものです。だが、このとき一番喜んでいたのは小川公江さんでした。小川さんは結成大会が終わって帰る人達に向かって「ありがとうございました。ありがとうございました」と繰り返し、繰り返し挨拶をしていたことです。その時の小川さんの姿が今も私の心に大きく印象強く残っています。小川さんの健康を祈りつつ私の報告と致します。 |
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