3月定例会 拡大家族交流会

「精神障害と付き合う人の生活と自立

               講師 ソーシャルワーカー 比嘉里恵さん

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【はじめに】

 私は長年、民間の精神科単科の病院の中でソーシャルワーカーとして仕事をしてきました。今日は、精神障害と付き合う方々・・・私は精神障害者とは言いません・・・その方たちの自立や、それに必要なお金、年金制度などについて、経験した事例も交えながらお話します。

【精神障害の自立の問題点】

 あえて言うなら精神障害を持っている人が自立して生活したいと考えた場合、疲れやすさがあったりして一般就労が無理で収入を得ることができないこと、また、親からは自立したいが一人暮らしは心配だ、といったことが問題となってくるでしょう。

【外来通院者を見直した体験】

 20年ほど前、入院・通院の患者さん800人ほどの調査をする機会がありました。すると、入院者は3分の1弱が生活保護や医療補助を受けていましたが、外来通院者はご本人の健康保険の利用者がとても多かったのです。同じ病名でも通院の方は、社会で仕事を持って役割を果たしており、家族を養っている方々も多いのです。


【ボクの自立】

 今までボクは服薬のこと、病院のこと、家族との葛藤、生活のしづらさ、仕事のことなど、なかなか人に話せなかった。精神障害はとても嫌なモノである。嫌だから逃げたい。残念ながら嫌なものは追いかけてくるんだよな。だからまた逃げる。精神障害は嫌だ。この繰り返しでとても苦しんできたんだ。

 でも、言われるままにデイケアに行きながら、少しボク自身が変わってきたんだよ。精神障害は嫌なモノだけどどう付き合えばいいのかな、と思うようになった。そうだ、ボクは精神障害者ではない。ということは「精神障害=ボク」ではない。精神障害と付き合うボクが存在しているんだ。だから精神障害とボクは違う。

 精神障害と付き合いながら少しゆとりができたので、自分の好きなことをしてみたい。暮らし方を工夫してみよう。通所していると精神障害と上手く付き合っている人、ヘタな人、いろいろいるけれども、その人たちから学んでみようと思う。

 精神障害と上手く付き合えない人がいた。ボクがかつてそうしてもらったように、その人の側にそっといてみよう。少し元気が出てきたので精神障害となんとか付き合っている仲間とお花見やカラオケに行ったり、喫茶店に入ったり、というイベントをやってみよう。

 いろんなイベントの中で、親でもスタッフでも先生でもなく、町の中で普通に暮らしているボランティアの人が声をかけて、ボクのことを誉めてくれた。一緒に料理を作って一緒に食べた。一緒に出かけて話したり笑ったりした。

 精神障害は嫌なモノだけど、付き合っているボクはなかなかいい。周りの人にそういわれたりして、いい気分だ。ボクも自分のことを、なかなかいいと本当に思うようになってきた。

 精神障害ということで、友人を失ったり、家族も離れていったり、仕事を失ったり、いろんなものを失うこともあるだろう。でも新しいものも得るようになった。これは自信だなあ。こういう自信がボクを支えてくれる。嫌な精神障害と付き合っている自分の存在を、周りが、ボランティアが、仲間が支えてくれる。これがすごくいいなあ。

 でも、小さな失敗もある。買いものでお金を払うのを忘れた。だからその後はまずお金を出してから物をもらうようになったんだよ。薬も忘れたり、いろんなことをすぐ忘れちゃうんだ。

 スムーズにはいかないこともある。時々入院したり、閉じこもったり、人によっては長く入院する人もいる。でも、ボクの「繰り返さない時間」は立派にある。それを意識したとき、ボクは入院していたって閉じこもっていたって自信につながるんだ。

 ドタキャンもたくさんする。でもみんな許してくれる。そんなのは小さな失敗、たいしたことない、お互い様だよって。許される安心感があるんだよ。仕事の仲間や学校の友達とも、自分の方から引いたり付き合えなくなったりしたけれど、でも新しい仲間をボクは開拓できたんだ。なんでも話せる、安息感がある。だから、新しい自信ができた。こういうことが自立って言うのかな?

 疲れたら、時間という大きな川の上に寝そべって流されるまま流れる。それで疲れが取れたら、少し漕いだり岸に下りて歩いてみたり。流される時間が多くったって、やっぱり疲れが取れたら不思議と歩こうとするんだね。

      ***

 自立とは、こういうことではないでしょうか。上手く行かないことが99%かもしれないけれど1%でも望みを持って生きようとする人は、稼げなくとも友達がいなくても自立しているということを、私は彼らから学びました。

【お金という支え・障害年金について】

 年金制度についての問題提起では、『ぜんかれん』の‘07年1月号に、石山勲さん(みつば会・新宿フレンズHP勉強会’06.2月)が、「有期認定の障害者の年金問題」を書かれています。「……老齢年金需給年齢になった時点の有期認定の障害者が65歳時に障害認定されない場合もでてくる可能性もあるのです。(略) 少なくとも最近の精神保健分野においては障害年金の非該当者が出はじめています。年金の障害基準が厳しくなったことや、精神薬の改良などにより障害の程度が軽くなりつつある傾向によるものではないかと思います。……」

【有期認定と精神障害者】

 有期認定は、精神障害のように障害の状態が変化する可能性のある場合の認定です。具体的には1〜5年の間である期間を区切って障害の再認定が行われます。この場合、次回の診断書提出期が記された書類が送られてきます。ですから2年や5年で、もう一度同じような診断書を書いて送らなければなりません。それを送らないと年金はストップされてしまいます。

【支えがあって自立できる】

 医療やお金の支援、衣食住を支えてくれる家族や地域のサポート、そして仲間や友達の心の支えがあるからこそ、自分なりに生活していくことができる。それが精神障害と付き合う方が自立するということなのです。つまり、支えがなくて自立できていたら障害認定の対象ではないわけです。今は環境もよくなってきて、いい薬もあるし、ご家族が近くにいてくれて、病気の発見も早くなって、すぐに受診することができたというケースが増えてきています。ですから、病状が軽い方も多いのが当然なのですが、軽い重いは関係なく病気は本人にとっては非常に辛いものであり、生活のしづらさもあります。

【お金と住居】

 受けられる支援を利用しながら、より自立した生活へと近づいていけるようにしたい。金銭面では、障害年金や、場合によっては生活保護などの支援を受けることも、ひとつの大きな選択肢です。住居についても、20歳を過ぎた健康な人は、だいたい独立していきます。でも障害があって、ちょっとしたことでガタガタと不安定になってしまう。そして、その環境を自分で変える力がない場合には、良い環境を与えてくれる援護寮やグループホームでの生活を選ぶのも良いと思います。

【老齢年金と障害年金】

 年金は、現行法では65歳になったら、老齢年金と障害年金のどちらかを選択しなければなりません。働いている人が途中で厚生年金を支払えなくなって、障害年金を受けるようになって65歳近くになったとします。65歳になる前に社会保険事務所などで調べて、老齢厚生年金が高ければそちらを選択し、障害年金が高ければ障害年金を通したほうが良いでしょう。

【皆の支えの中でこそ】

 精神障害は固定しないため、1年半が認定日になっています。つまり日にちで区切って、それを固定した日としてみなすという内容で、流動的であるということです。例として「ボク」という話をしましたが、精神障害と付き合っている人の病状には波があります。ですから多くの支えの中で自立できていても、支えがなければ具合も悪くなるし、閉じこもることも起きてしまうかもしれません。

【年金も自分で管理して】

 障害年金は、かつては障害者年金申請診断書ではなくて、なんと廃失認定でした。つまりご家族しか申請できず、本人は申請できない仕組みだったのです。ですから家族が本人に関係なく申請することがほとんどでしたし、家族にも「うちの子は廃失ではない」といった葛藤がありました。今は家族も申請しやすくなり、本人が障害年金を申請して、自分で管理するケースも増えてきました。すると病院でも障害年金受給者の自主グループ会、つまり、退院の計画を立てたり、年金をどう貯めようかと、情報交換などをする会が行われるようになりました。

【年金申請時のコツも自分たちの話し合いの中で】

 申請にはコツがあるという話も自主グループ会では出るようです。声に例えると、上に当てて声を出すか下に当てて声を出すか、音楽家に言わせると曲によってどこに当てるかが違うそうです。同様に、申立書も医師の診断書も、患者さんの上方のラインに当てて書くのか、下方のラインで書くのかで、かなり差ができます。もちろん嘘は書けませんが。

【事例1 世帯分離で年金受給】

・ 親が年金を管理して、それでは足りないので、親が医療費を払っていた患者さんがいましたが、親が仕事ができない年齢になってしまったので何とかならないかという相談もありました。結局、国民健康保険の窓口で相談して、世帯分離をして本人だけの国民健康保険を利用することになりました。すると本人の収入は年金だけですから減免制度を利用すれば窓口払いの医療費がかなり下がります。

【事例2 等級改定について】

・ 厚生年金の障害年金を申請したら3級になってしまったが、年金をもとに地域で社会復帰をしたいと思っているので、なんとか2級にしたいという相談がありました。この場合、6ヵ月以内に改定申し立てをすると再審査してくれます。それを3回繰り返してねばり、2級になった人もいます。

・ 1級で退院して何とか社会生活をしている人が、有期認定によって2級になってしまったという相談もありました。すると「次は3級になるんじゃないか」という不安が出てきたそうです。そこで、精神障害と付き合っている方は、医療やお金の支えがあってこそ自立して元気でいられることが多い、という認識を周囲に持っていただいて、その目線で申立書を書いてもらい、医師と話すようにアドバイスしました。

【事例3 ソーシャルワーカーを利用する】

・ お金も自宅も家族もないけれども具合が悪い、そういう人も医療機関に来ます。すると病院の受付にソーシャルワーカーが呼ばれます。ソーシャルワーカーは本人の話を聞いて、医師に相談します。そして必要なら受診だけの生活医療扶助があるので、それを利用します。その方が外来に来るたびに書類を書いてもらって役所に届けます。そうして通院を続けて元気になった人もいます。

福祉事務所は、あまりにも多くの相談があるので、そんなに親切に全てを開放して教えてくれないこともあるかもしれません。しかしお金が無いからと受診をためらわずに、こういう制度があるのですから利用して、病院も未払いにならず本人も安心して通院するほうが、本人はもちろん、社会のためでもあるのです。

【共育ちという考え方】

 最近、「共育ち」という言葉を覚えました。これは保育士が子どもを尊重して、子どもから学ぼうという姿勢です。なにか問題があったとき、「その子どもにとってそのことがどういうことか」を考えるのです。それを繰り返し実践していると、保育士の保育力が高まり、それによって子どもも育っていきます。親御さんも子どもとの距離の持ち方を学ぶんです。子どもが育つことで保育者も親も育つ。それを共育ちといいます。とってもステキな言葉です。

 精神障害と付き合っている方と接する時も、その方を尊重し、その人の困ったことから自分が学ぼうとする姿勢が大切でしょう。その姿勢を繰り返していると、支援者も支援力が向上するし、精神障害と付き合っている方も、そうした支援者の温かい態度に呼応して、生活が向上して自立に前向きな方向になってくることを体験してきました。

この共育ちという考え方があると、とても気持ちが楽になります。もちろん具合が本当に悪くて医療の真っ只中にいるときは、そんなことは言っていられません。でも、少し良くなってきたら、そして家庭生活、日々の生活という中で、「共育ち」の考え方は互いのために、とてもいいと思います。

(講演記録は以上で終わります。)

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法        



新宿フレンズへのお誘い 

 新宿フレンズでは毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 


編集後記

  すっかり春になった。ついこの間までコートの襟を立て、前かがみの姿勢で歩いていたが、やはり春は解放感がある。

 さて、今月の講演は比嘉さんに「精神障害と付き合う人の生活と自立」についてお話を伺った。この中で多くのヒントを頂いた。中でも「ボク」の表現は秀逸であった。・・・精神障害を抱えて失ったものがあった。友人、家族、仕事等々。しかし、新しく得るものもあった。病気ゆえに出会った仲間、医療・福祉スタッフ、新しい仕事、それらを得て感じた自らの「自信」。病気を抱えたゆえに知った自らの自信こそ、一般が感じる自信とは数倍重く貴重なものであろう。自信こそ人が生きていく活力の源泉ではないだろうか。

 そして、もう一つ「共育ち」という新しい言葉を知った。「共稼ぎ」「共倒れ」あたりは日常的に使っていたが、「共育ち」は馴染みがなかった。しかし、内容を伺って、私が常々思っていた教育の根幹のことと同じであることを感じた。「子供から学ぼう」という姿勢である。翻って、私たちの勉学の姿勢にも通じるものがあるのではないか。

 私たちが勉学する。その学んだものが真に自分のものになったか。それを確かめるには、自分が他人に教えることである。すると教えの中でつまずく。自分の知識のあやふやが露呈する。これを敷衍すると教育者においても同じことが言えないか。

 教育とは教えながら学ぶ。横文字ではインタラクティブ。あるいはコミュニケーションか。「精神障害と付き合っている人から学ぶ姿勢が大切でしょう」という比嘉さんの言葉の意味を私たちがどう理解するか。そこにお互いの生活の、生きがいの向上があるのではないか。 嵜

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