新宿区後援・11月新宿フレンズ講演会

  保護者制度の廃止―

    当事者と家族の関係・社会制度はどう変わったか

 

         講師  東京アドヴォカシー法律事務所・弁護士 池原毅和先生

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 【保護者制度は誰のため?】

 今年の4月に精神保健福祉法の改正が施行されて保護者制度がなくなり、それに伴って医療保護入院の形態が変わり、ほかにも細かい点が幾つか変わっています。ご家族の方にとって一番大きな問題は、「本当に私たちは楽になったのか」でしょう。

 まず「保護者制度」の問題点を確認して、「その問題は保護者制度がなくなったことによって消えたのか」を歴史的に検証しましょう。ある制度が廃止になると、その制度の問題も消えるのが普通ですが、実はそんなに簡単でもないのです。

 114年前の1900年(明治33年)に日本で初めての精神障害者についての法律「精神病者監護法」ができて、その中に「監護義務者制度」がつくられました。1891年に来日中のロシア帝国皇太子を精神病歴のある巡査が襲って傷つけたという大津事件が起こり、日本でも法律を作らなければと世論が盛り上がってできた制度です。当時は精神科病院もないので、一家の戸主が監護義務者になり、責任を持って自分の家に障害者を閉じ込めておきなさい、という制度です。実はこれが保護者制度のスタートでした。

 次に、終戦後の1950年に「精神衛生法」ができ、「保護義務者制度」となりました。1995年、「義務」という言葉が強すぎるのではないかと、「義務」が消えて「保護者」に変わりました。しかしこの精神衛生法は、1900年の監護義務者制度を引き継いでおり、本質はあまり変わっていません。ただ監護義務者と保護義務者の性格・色合いは変わりました。監護義務者は、病院がないから自分の家に牢を作って閉じ込めておけという前近代的な制度で、1950年になると、いくらなんでも野蛮すぎる、少なくも精神障害者は病気の人たちで、治療の対象だという考え方に変わってきたのです。

 保護義務は何か。精神衛生法の中に保護という言葉は何度も出てきますが、普通に考えると、当然「病気を持っている患者さんを守る」のが保護です。しかし社会の側からみると、「精神障害者が周りに御迷惑をおかけしないように社会を守りましょう」となり、その典型は措置入院です。

 措置入院は、1950年にできた法律で初めて作られた制度ですが、精神障害者が自分・他人を傷つけるおそれ…自傷他害の危険性のある時は強制的に入院させるという制度です。保護者の義務の中にも1999年までは「自傷他害を防止しなさい」という義務が書いてありました。つまり、2番目の義務はこの「自傷他害を起こさないように監督しなさい」です。

 3番目の義務は、障害者の財産の利益を守ってあげなさい、です。これが保護者の三大義務でした。

【差別的で過干渉】

 保護者制度には家族からいえば、保護者として患者さんを守る立場なのか、社会を守る立場なのか、そういう両立しにくい矛盾したことを要求されていることが問題でしたが、当事者から見ても、大きな問題が2つありました。保護者制度は差別的であり、過干渉である問題です。

 保護者制度は、「精神障害者については以下の者が保護者になる…」とあり、障害者となったら「障害者だから保護者が必要ですね」という制度です。一口に精神障害者といっても、病気や障害によっても人によってもそれぞれ違うだろうし、同じ人でも病気の重いときと軽いときで全然違う。それを十把一絡げに「保護者制度が必要です」とはどういう意味なのか。昭和25年に法律を作った人たち、また、その後そのままでいいとしてきた人たちは、一体、障害者をどう思っていたのでしょうか。

 今、全国で精神障害者は330万人といわれます。その中で自分では病気と思わない、自分では精神科に行く必要がない、入院は必要ない、薬は飲まないと、治療を拒否する人は、医療保護入院となります。医療保護入院になっている人は15万人くらいいます。その15万人のうち5万人は認知症の人です。

 精神保健福祉法を作った人たちは、「いやいや精神障害者は全員、わけが分からないでしょう、自分が病気とは分からないし、医者に行かないでしょう」と決めつけている。その意味で差別的です。精神障害者はそんなにわけの分からない人ばかりではないのです。

 次に過干渉であるという点です。西田敏行の出ているコマーシャルで、奥さんから「掃除してね」といわれて「今やろうと思っていたのに」というのがありました。皆さんも、小学校の頃に夏休みの宿題をしようかなと思っているときに、「宿題やったの」といわれて「やめた」となることがあったでしょう。

 通院・服薬を継続できるかできないかのボーダーラインの人は、後ろを押してもらったほうがいいかもしれません。しかし、さまざまな精神疾患の障害者の半分以上の人は、言われなくても服薬し、病院へ行きます。

どこまで干渉するかは難しい問題ですが、少なくとも法律はすべからく障害者の人は、すべてお目付け役が「薬を飲め」「病院に行け、行かないなら入院させるよ」と言わねばならないほどの状態ではないのに、「精神障害者はわけが分からない」「保護者が要る」という前提に立っています。だから過干渉というのです。

【治療拒否と家族の困難】

 精神保健福祉法改正への1つの理由は、医療保護入院が必要な精神障害者、つまり自分が病気だと分からない、薬は飲みたくない人が5%ぐらいいる。家族にとっては、大の大人を病気だから治療しようと、嫌がっているのに病院へ連れて行くのは、きわめて難しい状態です。

 精神障害者を持つ家族についての実態調査によると、親の年代60歳以上が70%で、70歳以上が30%ぐらい。経済的には年金収入300万以下が60%近くです。同じ障害者でも知的障害は生後間もなく分かることがほとんどなので父母は若いのですが、精神疾患は高校以上で発症する場合が多いため、子が30〜40歳、時には50歳にもなっている。すると親は60〜70歳以上になります。高齢化して年金所得に頼り、何らかの体の不具合があり、うつっぽくなるなど精神的肉体的にも弱ってきている人たちが、保護者をしていたわけです。

 では、5%の一番難しいところ、病院に行きたがらない人を治療につなげることを、高齢化した親はやりたくてもできないでしょう。すると本人の病気はますます悪化する。親は何とかしようと頑張ると、共倒れが起きます。

 保護者制度は「帯に短し襷に長し」、全てをベッタリ5%の「何も分からない人」で覆い尽くしながら、肝心の5%のところには役に立たない。5%のところは保護者制度でない方法で手当てしなければならない。高齢の親に押し付けるのではなくて、もっと専門的知識・体力と経済的基盤のある人たちの支えがなければならない。現在、核家族化がこれだけ進むと、家族だけではとても無理だとなり、やっと21世紀になって保護者制度が消えたわけです

【家族の負担を減らす】

 「保護者」が精神保健福祉法から消えたことによって、差別・過干渉・共倒れが自動的になくなっているかどうかは重要なポイントで、注意して見なければなりません。実は余り変っていないと思います。

どうしたら共倒れしないか。家族だけで担うのは無理ならば、どのように負担を分散化させ、いろんな形で支えることができるかということになります。それを考えるとき、3つの大きな柱を考えるべきでしょう。

1)日常生活をどう支えていくか。

2)資産をどう管理するか。

3)医療の継続をどうするか。

 この3つの柱の支えができていれば、親亡き後、なんとか本人なりにやっていける可能性があります。しかし親亡き後というと、逆に生きている間はずっと親がやれ、みたいな話になってしまい、それは過干渉にもかかわってしまう。

【日常生活を回していくために】

 まず日常生活をイメージして考えることが大事です。親がいてもいなくても本人なりの生活をしてゆくためには、まず1日がうまく回転することが大事です。洗面、朝食、出かけて夕方に戻り、風呂に入って夕食を済ませて、テレビをみて適当な時間に寝る。こういう1日が回転すれば、今日1日良かったねという話になります。いわば時間割みたいなものがあって、それに従って1日が回転して、1週間、1か月、そして12か月が回転して、来年以降も同じように回転していけばいい。あまり親が手を出さなくても日常生活が回転していけるシステムになっていることが大事です。

そのためには安心して住める場所があって、生活の中身ができていることが必要です。家の中が快適で食事の調理もできて、昼間はデイケアや就労支援センターなど10時から4時ぐらいは過ごせる場所があり、何か作業をして帰ってくる。昼食は出先のほうが一般的にリズムはつきます。そして障害年金やアルバイトの収入確保、家事はヘルパーが必要かもしれません。

【金銭管理をどうするか】

 日常生活を回すためにサービスを使っていくのには、お金が必要です。仮に年金が6万円として、アパートなどの家賃の支払いが6万、食費などの生活費9万として、月15万円で暮す枠組みを考える。これは生活保護の1か月の基準額に近いです。自分なりに家賃の残り9万、1日3000円、しかし単純計算で1日3000円を使ってしまうと、米を買った日は余計にかかり、冷蔵庫が壊れたら大出費で、どこかで躓きます。お金は少しずつ残しておき、生活の波にうまく乗っていかなければならない。これが大多数の障害者は余り上手ではありません。決められてこの範囲でというとまぁまぁできる人が多い。

 年間180万で72万は年金、108万は両親が準備した中から取り崩していく。仮に1000万の預金があれば、10年はこのシステムで生活はそこそこ支えられます。預金がなくなったら株や不動産を売ることになり、本人が理解できれば承諾を得ることができますが、できないときは成年後見を使うことになります。

 成年後見とは家庭裁判所で後見人を選んでもらって、その後見人が預金を取り崩し、株を売り、残りは家だけとなるとそれを売り、元手にしていく。底をついたら生活保護にバトンタッチする。こう動いていけば将来設計もそんなに真っ暗というわけではありません。

 私の父と兄の関係は、今も中学生の親子のようで、「金をくれ」と60代の兄が父親に言っている。いいとかダメとか親子の直線的な対立になってしまう。間に第三者が入るのは、家の中の力学的構造が変わって関係がうまくいったり、ストレスが減る効果的な方法と思います。

 我々のNPO活動はまだあまり広まっていません。社会福祉協議会の財産保全サービスは似た活動ですが、高齢者を中心とした活動なので必ずしも十分には使えていません。成年後見は大きい資産管理はできますが、あまり小回りが利きません。障害者総合支援法系の居住・日中活動サービスやホームヘルプ、日常的な数万円のレベルの金銭管理を手伝ってくれる組織がもっとでき上がってくると、大体生活は回っていきます。

【「家族など」では負担は変わらない】

 最後に医療ですが、問題は法改正で「保護者」は無くなりましたが、医療保護入院に「家族など」が出てきたことです。それなら保護者は誰だったのか? 保護者とは親権者・配偶者・扶養義務者・後見人・補佐人、この5種でした。「家族など」とは「誰か」というのと同じなのですね。だから今まで「このうちの誰かが家庭裁判所に申し立てて保護者になりなさい」となっていたが、今度は「保護者になる手続きは不要ですが、このうち誰かが家族などの一員として、医療保護入院に同意しなさい」となっています。

 保護者という名前は消えたが、この人たちの誰かがやらなければならない。実態は変っていないどころか、意見がバラバラになったときにどうするか? 家族などの誰かが入院させる、別の人がさせないというと、今までより訳が分からなくなる。のみならずこの人たちの負担は変わらない。

 次に、共倒れの構造が消えたのか。医療につながらない5%の人の問題を考えると、一昨年の秋頃までは、医療保護入院については保護者の同意も家族の同意も必要なくて、医者の責任と判断で入院中を決めるべきとの法律を作るはずでした。2012年秋の全国家族会大会で厚労省の精神福祉課の課長が「これからは精神医療も一般医療と同じです。一般の医療では親や家族が入院に同意する・しない、ということはないでしょう」と発言していました。厚労省は、「精神疾患はいまや国民の5大疾患である、特別視することはない」というのが、政策のベースにあります。法制度でも、精神疾患も普通の医療と同じにしますと課長は言ったのです。

 しかし、その後に変化が起きて、課長が家族会本部に来て「大会での発言はなかったことに。やはり家族が…」となった。病院の医師から「自分たちが全責任を負うことはできない」という話があったらしい。医療保護入院になった患者が「なんで入院させたんだ」と医師を問い詰めると、「あなたのお父さんが入院させたからで、私は悪くない」という医師もいて、制度から家族の義務が消えると医師が全面的に矢面に立たなければならなくなる。医師は「医学的にあなたは病気と診断されており、今は分からないかもしれないが、入院が必要で、治療すればよくなるんですよ」と跳ね返すぐらいの言葉が専門家として必要と思いますが、逃げる医師もいる。そういう実態があって、2012年の秋に突如、家族などの同意が必要だという文言が法律に書かれることになったのでしょう。

 実は厚労省の社会保障審議会で3年間、この法律をどう変えるか、法律の専門家や医師も含めて、医療保護入院は医師の判断だけでいいという意見を出してきたのが逆転したわけです。社会保障審議会からは何人かの批判のアピールもあり、医療保護入院については施行後3年の2016年にもう一度必要なら見直すという規定がおかれました。

 高齢の体力的・精神的にも疲弊している親に、「5%」のもっとも難しい医療保護入院をさせるのは、結局、患者が適切な治療を受けられないことにもなってしまう。家族側も支えきれずに共倒れしてしまう。本気で考えたら、このやり方ではうまくいかないことはハッキリしています。しかし医師の判断だけというのも、一方で診断ミスや入院の必要がないのに入院させることもないとはいえない。医療保護入院は医師のほかに専門家がチェックするシステムが、国の制度として必要です。

 家族としては、核家族化が極端に進行している中で、高齢化している親に全部を任せて、一番難しいところをやらせるのはダメだということを、2016年にはっきりさせて、精神保健福祉法を変えなければならないと思います。
                                       〜了〜
         

平成17年4月からの新宿フレンズホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿フレンズでは4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿フレンズ会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
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 新宿フレンズでは毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
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編集後記

 年の瀬も押し迫った十二月に選挙とは。その必要性がいま一つわからない。首相一人の地盤固めというが、与党の中からも頭をひねる様子がチラホラ。果たして結果はいかに。

 そんな国会から出た法案に精神保健福祉法改正がある。中でも保護者制度が無くなった点が我々の関心の的である。その辺の話をとことん教えてもらおうと池原先生にお願いした。

 先生のお話では改正前の保護者制度とは一つに差別的であったという。「どうせ精神障害者は何も分からない」と決めつけた考え方で見られていたのだ。入院の際、当事者は入院を拒否する。薬を与えても飲まない。そして、荒れて暴力を奮う。これらのことから精神障害者は何も分からない。保護者が必要となったという。

 しかし、先生の説明ではこれらの症状の人は日本の全精神障害者の内、わずか5%だという。この5%のためにしっかり病院に通院し、朝晩の身支度、日中のデイサービスなり作業所に通う人までが「精神障害者は分からない」というレッテルを貼られてしまうのはおかしい、となったという。

 三回も医療保護入院を経験した我が息子。今は親元を離れ、グループホームに入って、作業所に通い、通信教育で勉強をしている。確かに「精神障害者は分からない」という表現は当たっていない。これは会員の皆さんの場合も多くがそうであろう。

 このことからも政府官僚の考え方に疑問を覚えるのは私だけではないであろう。発症間もない当事者の方の言動から、「精神障害者は分からない」となって、それが一般の常識となり、差別的な状況を生んでしまっていたのだろう。衆院選の投票もそんなことを念頭に・・・ 

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