8月勉強会より
  
     平成14年度拡大家族交流会

    私の悩みとささやかな希望を求めて
                  新宿家族会例会参加者の自己紹介より


司会 きょうは毎年1回、恒例として行っている家族交流会です。講師の先生を招かずに我々家族同士が情報を交換して、学び合おうという主旨で行っています。

 まず、昨年から1年間に新しく入会された方もおりますので、皆さんの自己紹介から始めましょう。

Aさん 家族会に入ったのは、29歳になる息子が、受験勉強中に徘徊するようになり、初めてこの病気と分ったんですが、そのあと3度ばかり医療保護入院を繰り返し、今は落ち着いています。先日は、私と息子は仕事と夏休みを兼ねて山へ行き、その手伝いをするまでになってきましたのでひと安心というところです。しかし、この病気は再発が必ず起こる病気なので、その辺は気をつけています。

Bさん 今日2回目の参加ですが、最初来た時に、皆さんのお話を聞きまして、知らなかったことがいろいろありましたが、今は少しづつ分かるようになって来て良かったなと思っています。私の息子は22歳で大学生ですが、2年前に、やはり徘徊から始まりました。リスパダールから3ヶ月位前にルーランという薬に換えてから、がらっと良くなったんですね。しかし心配なのはその薬を3回飲むと「つらい、つらい」と言うんで2回に減らしまして、そして、場合によっては1回ということもあるんですね。その辺が又、再発に繋がるんじゃないかなと、今、そういう不安を抱えているところです。

Cさん 今日は家内と出席しましたけども、私は今日が初めてです。娘は30歳ですが、高校の時に不登校になって、去年の6月から半強制的な入院をしました。約10ヶ月入院しておりましたが、娘は「病識がない、自分は病気だと思っていない」ということを、入院の時に先生に盛んに言われました。今は自宅にいますが、薬を飲むと「つらい」と言います。いろいろ説得しているんですが、薬を飲むのを拒否していて、先日、病院に連れていってきたんですけども、「薬飲まないと、また病院に戻ることになるんだぞ」、「どっちへ行くんだ」「分かれ道にいるんだよ」そういうような話をしている状況でいろいろと悩んでいるわけです。そんな時こちらのホームページを見て来てみました。今日はよろしくお願いします。

Dさん 今日初めて参加しました。患者は現在21歳になる男子で、○○病院に入院して4ヶ月なります。通院に切り替えることや、ケア−についてどうしたらいいか。親としては職業を換えてでもとにかく頑張ろうとしていますが、1人じゃできない、家族だけで支えることが不可能であることも分りました。だからといって、行政がケア−してくれるわけでもないし、さらにドクターとのコミュニケーションもいま一つ。常にはっきりとしたことを言わない。入院費用も限界に来ています。しかし、最後は本人かなというのがあるんですが。

 いま22歳というと、あと私が30年で80歳になってしまう。それが一番しんどいですね。考えすぎかもしれないけど、親なきあとが率直なところ一番気になります。今は、どうやって、退院させて、いいドクターとコミュニケーションがつくれるかが目標です。繰り返しになりますが、自分の職業を換えるか、というところまで追いこまれていますが、デイケアなどにも関心をもっています。まだまだ、自分はパワーを持っている気もするんです。

Eさん 私の娘はH8年に大学の受験で、とにかく何をやってもうまくいかない。自暴自棄になって、通りでかばんを投げ捨ててうずくまっている所をマンションの方が警察を呼んでくれて、治療が始まりました。今年で6年目になります。ほんとうにいろいろなことがありました。娘は「自分は何かに取りつかれているんじゃないか」と言って、比叡山の延暦寺に行ってみたり、その内に部屋は散らかって、洗濯はしなくなる、そんな中で、主人は「お前の責任だ」と、夫婦喧嘩は絶えなかったです。

 姉達は「どうして?」と、主人も私のところもそういう家系がないのですが、必ず書くときに、「身内にそういうことはありませんか」とか、「ご兄弟にそういう方がいませんか」の欄があります。先生に聞きましたら「もう一つのデータとして調べる」といいました。私は分裂病の本を読むまで全くこの病気について知りませんでした。でも、読んでいるうちに、どちらの親御さんも「まさかうちの子が」という言葉がかなり載っていたんで、「私もその中の1人かな」と思いながらもほんとうに1人で泣きました。

 今は薬を飲むということに自覚が出てきたんで、それはすごく助かっています。しかし〈浪費〉というのが出てきたんですが、それで、ちょっと悩み始めています。時たま調子が悪くなると、午前2時ごろから車でドライブして、ファミリレストランに立ち寄り時間を費やして、午前6時か7時に帰ってくると昼まで寝ていると、多分今日も昼頃まで寝てて、今起きているんだと思います。一昨年、犬のラブラド−ルを飼いはじめ、ずいぶん癒されていますけど、時折、全く面倒を見られない時があります。きょうは、皆さんのお話を聞きたいと思いまして、初めて参加しました。

Fさん インターネットで新宿家族会を知りました。息子は発病して4年になるんですが、精神分裂病ということに対して、母親としてどのように対応をしたらよいか、また、病気はどのように変わっていくか、ということを、自分が少しでも知っていないと、保健所や病院の先生が悪いといってても、こちらに知識があるかないかでずいぶんと損したり、得したりすることがあるんじゃないかと感じまして参加しています。

 茨木県から2時間バスに乗って来ます。でも、もっと遠い人がいるというのを聞いて驚きました。本人は4年前に病気が重くなって、抜け殻のような息子がいたわけなんですけども、ここ2ヶ月くらいはかつての状態に戻ったように感じてきたんですね。調子がいいからと思って無理をすると、又、戻ると困るんで、次のことをやらせたいと思っても、我慢して本人の動きに任せています。

 29歳なので、働かなければいけないのですが、主人が映画に連れて行ったりとか、買い物に行ったり、1日に1回は散歩に連れ出すなど何かできる限りはやろうと思っているんですけども、どの辺で社会と関わる仕事をする機会を持つのかと、どの辺で切り替えしていけばいいのかなということを、今は手探りの状況で、それをこれから、勉強していきたいなと思っています。

Gさん 今一番困っているのは、大学生の息子なんですけども、私の体に触りたがっているということです。私は気持悪くて、思わず息子を殴ったんですね。主治医に「どうしたらいいんでしょう。」と聞くと「私にどうしたらいいかと聞くのではなくて、自分で工夫してください」と言われたんですよ。(会場から笑い・医師失格)息子も「あんな医者なんか信用できない」とか言うんですが、薬を換えていただいたおかげで、症状は多少良くなってきたんですが、我慢して、そのお医者さんにかかっているんですけども、私に触ってくるのがどうしても気持が悪くて、なにかいい知恵がありましたら皆さん、教えてください。

参加者 私の息子も同じようなことがあって、自分の息子だから殴ってしまえば楽なんですが、でも抵抗感じるんですよ。でも本人にとっては私たちには分からない苦しさなんですよ。男の子だから、本人は苦しいんですよ。私は息子が29歳という歳を忘れて、具合が悪い時は手を握ってやって、頭をなでてやるんですよ。大変そうだから、触ってやるからね、とこちらからしてあげます。

Hさん 娘は27歳です。発病しまして11年になります。その間、いろいろなことがありまして、いろいろ言われもしました。お医者さんもいろいろ換えました。今現在、ある大学病院で診ていただいております。それまでのお医者さんとは全然違うお薬の処方で、その前にも、うちのは統合失調症になりかけでしたが、はっきり病状をおっしゃらないんですけど、今現在は、2年前まで飲んでいたお薬はずいぶん減りまして、寝る前に睡眠導入剤を1錠と、安定剤を4錠飲んでおります。

 先日は「すごく臭い、臭い」と、自分の匂いじゃないとか、いやな匂い」とかいっている〈幻臭〉がありまして、これはまた状態が悪いのかなと思ったのですが、よく考えますと暑いものですから、睡眠があまり深く取れないせいだろうと思います。それから、最近は劣等感で悩んでいることが多いようで、親にいろいろなことを訴えてきております。本人の状態が悪いと、また再発したかと思いまして、先生にお話すると「そういうことを繰り替えしながら、いい状態になっていくんですよ。決して上向きだけで上がっていくわけじゃない。時々は戻りながら上っていくんです」と、言われました。この言葉を信じて、本人と接していこうかなと思っております。

Iさん 私が好きで選んだわけではないんですけども、22歳の子供は一卵性双生児で、2人とも発症してます。私にとってこの2週間前なんですけども、かなり派手に家庭の中で争いがあったんです。状況が悪くなった時に、本人は竹刀を持ちながらも「暴力はしてない」というんですが、「じゃ、あなたの竹刀があたしに当ったのね」と諭します。でも、かなり私の身体には青痣がいっぱいであって、その中で脱出ができない。電話したいんだけど、電話線を全部抜いてしまって、私の携帯は放り投げる。そういう時もあって。

 でも、ここで何か見つけていかないといけないなと思って、今考えているのは、状態がどんなにつらくなっても、貴方と2人でいたのでは絶対にいいことないから、お母さんが外に出る、そういうふうにお医者様からも指導されているからお母さんは出たい。その代り私は絶対警察にも言わない、と心に決めたんです。よく、「110番しろ」といいますよね。私と子供との契約の中で、昨日確認したんだけど、「絶対110番しない、貴方が病気の中で一番つらい思いをしているんだから、2人でいると駄目だから君が家の中にいたほうがいい。外で大騒ぎするかもしれないから。その代りお母さんは車にいたり、スーパーに行って少し休憩してくるから、それで時間を持とうよ、それで少しづつ考えていこうよ。そしてある程度落ち着いたらまず電話で話して、そのあと、戻ってきて話しようよ。仲直りしようよ」。これで一応やってみよう。

 果たしてこれからアクシデント起きた時に通用するかどうか分らないけども、やっぱり本人がパニックになった時に、マンションでドアが一つだと母親の逃げ道がないんですよ。そうなったら殴られ続けるか。まずは、逃げ出した方がいいだろう。そのためには子供との約束、警察が来て連れていかれて、措置入院させられてしまうという不安を取り除いて、貴方はここで安定しなさいよ、と考えてもらえればどうだろうかなと、とりあえず考えて昨日約束しました。

Jさん 26歳の自己愛型人格障害の息子と、25歳になっている娘のことで悩んでいます。娘は高校1年の夏休みに、激しい幻聴があって、分裂病じゃないかと梅ガ丘病院に1年半入院しました。20歳になって井の頭病院に転院し、外来で5年間通ったんです。しかし娘は1歩も外に出ない。妄想といいますか。独り言を言うようになって、「近所の人があの子は頭がおかしいと言ってる」とか「パパの会社に電話したらお宅の子は頭がおかしいよ」とか、理解に苦しむことを言うようになって窓さえ開けないのです。

 毎日毎日少しづつマスクをかけて近くのスーパーに通えるようになったのですが、こちらも大変なので息子が通っているクリニックで診てもらいましたら「こんなに薬づけでは治りません」と、薬をば―っと減らしまして、ジプレキサを加えました。そしたらすごく元気になって、すごくハイになって外に出ていきます。支援センターに電話をかけて「私、今から行ってもいいですか」と。そこへ行ったら、娘は幼く見えるから皆が「かわいいわね。18歳?」なんて聞かれたりして「いや、24歳です」と。そうした中で、いい人と巡り合えればいいな、というところで、いくらか希望が見えたかなという感じです。一方の息子の問題もあるのですが、時間の関係もあるので省きます。

Kさん 50歳になる息子が具合が悪いんです。私も80歳近くになりまして、息子は女子医大のほうに1ヶ月に1回通院しています。しかし、私もいつかは倒れるでしょうし、そうなったあと息子が残ってて、どのようになるんでしょうか、どうしておけばいいのかと、チョットそのことで非常に悩んでいるんですけども、皆さんにいい知恵があったら、お聞きしたいと思います。

Lさん 17歳の娘が中学二年生の時、いじめから不登校になりました。一番の問題点は、私に対して暴力を振るう問題があります。去年の10月位から3ヶ月間ぐらい、私が別の部屋を借りて生活をしました。その間、娘も思春期がそうさせるのか、生活か、症状か、環境か、そういういろんな総合的な問題をひっくるめて、そういう暴力がでるのかということで、親も何か変えていかなければいけない、子育ての関与の仕方を工夫しなければいけないと思っています。それで私は家族会に出ましたし、思春期の親の関わりかたの講座に出たり、本を読んだりとか、そういうことを試みました。

 そうした時に娘は薬を多量に飲んで自殺未遂をしまして、救急車で運ばれたということもありました。その後、娘は父親を追い出してパニック状態になって、やむなく両親が元に戻ってという状況で今に至っています。暴力はその当時に比べて穏やかになりました。

 さっきどなたかがおっしゃったように、状況はすっと良くなるというのではなくて、繰り返し繰り返し、高い波が低くなり、短い期間が長くなり、その繰り返しで良くなるんではないかと、親もこれで良くなったからOKという簡単なものではないということは十分承知しています。

 「暴力があったらお母さんは逃げるよ」そして「暴力があったら警察だよ」それは、はっきり本人に伝えています。暴力があった時には、私は当然飛び出すようにしています。携帯電話に110番を印字しておく、玄関先に生活道具をビニールにくるんですぐ出せるように、裸足で飛び出す方法も含めて、開き直って、「もういざとなったら入院だ」「いざとなったら警察だ」そういう中で対応していたら、娘も、その辺のところは少し理解ができてきて、風通しのいい状況になってきています。

Mさん 娘は今、作業所に通っています。まあまあ安定しているかなということです。大体そういうところです。

Nさん 息子は31歳です。初発は22歳で、9年経ちまして、その間いろいろありました。措置入院から始まって、自殺未遂を2回、血だらけになるなど、そして、薬を拒否するとか、今は病院を換えまして、以後良くなりました。今は安定しているんですけど、ただし、デイケアとか作業所とかに行くのを拒否するんですね。親としては、何とか人との関わりを持てたらと思っているんですけど、主人に言わせますと、「時期を待つしかない」というんですが、親も歳をとってきているんで、何もしないで、ただ時期を待つというだけでは、とてもやりきれない思いでいるところです。

Oさん 32歳の息子です。出産時に前頭葉が傷ついたんですね。それで、言葉の発達も遅かったものですから、心配をずっと引きずってきていました。水野先生から知能遅滞児の成人になってからの治療の仕方というのが、統合失調症と同じように行われるということを聞き、ひとつ壁が低くなった感じがしました。これまで、いろんなところで講演など聞いて、息子の場合はちょっと違うな、と思っていて、結果的に医師からは、統合失調症と言われたんですが、「いつも違う違う」という所がありました。

 チョット育てにくい子だな、というのがありましたが、問題になる場面もない、家にいても邪魔にならないというか、そういうような状態でおります。本人は自分で買い物にも行ったり、いっさい私を煩わすことはないのですが、親も歳をとっていきますので、家族がいつも本人の困っている所を解決していくのは本当にいいことだろうか、親が亡くなった時はどうするんだろうかと思います。彼にどこかか相談する所があるか、と聞いたら「思い当たるところがない」というもんですから、そのためにも作業所に行ったり、相談する所を見つけてほしいです。それに毎日の生活リズムがあったほうがいいので、そういう場所に関わっていてほしいということです。

Pさん 26歳の息子が2年半位前に発症しました。私は夫の叔父にあたる人が戦争に行って、そのまま、精神病院で亡くなったということを結婚前から知っていましたので、息子が「音が聞こえる」とか、「誰かが見ている」とかいい出した時には、すぐにそれと分かったんで、まず親だけで精神科に相談に行きました。発症した当時、彼は辛い仕事に着いていましたので、すぐに止めさせました。夫と散歩し、分かれて1人でいた時に突然「自分はもう死ぬ、殺される」という声が聞こえたと、分かれたガールフレンドのところに行きました。

 相手の家とはいい関係にあったものですから、すぐに親の方に連絡してくれて、警察沙汰ということはなくて連れて帰してくれたんです。その時彼はただ、ひたすら泣いている、という状況でクリニックに連れていきました。しかし、本人に病識がないもんですから、精神的な辛さで薬を飲ませたんですが、少し辛さが薄れてくると飲まない。飲んだり飲まなかったりが2年位続いています。私の実家の方に遊びに行ったり、タバコを買いに行く、それ以外は一切外に出ようとはしません。「手伝って欲しい」と要求され、本人が納得すればやります。

 「どこか遊びに行かない」と誘っても行かない。仕事の話になると「他人から見られているような気がしてできない。食べさせてください。お世話になります」それしか言わない。一般的な会話はまるっきり普通なのに、そのことだけひどく固定してしまいました。今回大きな病院に換えて、本人は頭の中に何かが仕掛けられているという疑いから、それを見ようと期待感があってこの病院に1回だけ行きました。そこの先生の前でも、「自分が見られている。監視されている。もし、これが事実でなければ、自分は分裂症だと見られる」というようなことを医者に自分で説明をします。そこの1点の固定化した妄想が恐怖になっている。それ以外は皆さんに会っていただいても普通に挨拶するし、振舞えるといった状況です。

Qさん 私の場合は家内が障害者で、52歳の時に発症しました。現在68歳ですが、その年齢での発症だったものでから、当初、お医者さんは統合失調症とは安易に診断下せないと、まず症状に対しての処置をいうことで早速入院させました。半年でほとんど回復し、2年位自宅にいて普通に過ごしておりました。

 その後何がきっかけだったのか再発しまして、2回目の入院は2年半くらいの入院でした。これは病状が固定したもんですから、主治医もこれ以上入院してても、めだった改善が望めないので「通院であとは薬物治療をしましょう」ということで退院しました。最初のきっかけはなんだったのか、かなり対人関係で悩み事が多かったのは事実で、元気なころも私にそういう悩みを訴えていましたが、幻覚、幻聴を訴えるようになって、対人関係が大きな引き金になったのではないか。

 せっかく治癒の状態になりながら再発したのは、もう1度そういう人間関係をもつことがあったこと、薬を止めて飲まなかったのが約1年くらいあり、病院には行き、薬を貰ってくるが、飲まないことが当然引き金になっているなということがありますから、薬は飲んでもらった方が良かったという反省があります。その一方で抗精神病薬の副作用止めの副作用止めがあるというというので、いま、それを止めて様子を見ています。

Rさん 妹が28歳で発病しました。今年60歳になるんですね。昔は、かなりひどかったので強制入院させたりしたんですが、住所も変わって杉並から、高円寺、今、東久留米にいます。病院が新宿だったことから、全家連で紹介してもらって、新宿家族会に3年前に入会しました。本人は今も薬を飲まないで治すこと考えています。

 去年1度診療所に電話したら1回も受けていません。今年も実家に来て、「就職の保証人になってくれ」と言ってきました。「アパートの保証人」と「就職の保証人」は必ず兄弟四人で行います。今年の4月に保証人依頼に来てから1度も問題を起こしていません。本人は病気を発症すると、「電波がでる」とか、「のろいがでる」とかで、夜中徘徊するわけですね。

 すると近隣から「何とかしてください」といった電話がかかってくるんですね。また、仕事ができなくなると収入がないから家賃を滞納しちゃうんですね。3ヶ月溜めると大家さんから、家賃払ってないから振り込んでください。契約切れるから出ていってもらいます、とった電話がきます。本人は口がうまいのでそのまま居着いちゃうんです。今は、本人も働いていますから自覚していますし、出たとこ勝負でしょうがない、そんな状態です。

Sさん 27歳になる息子が2年ほど前に発病しました。あとからいろいろ話を聞いてみると、中学2年か3年の時にすでに少し変なことがありました。高校の時にもチョット変なことがあって、大学に入ったころから、親が見てても「なんか変だな」と思っていましたが、でも、病気だとは全然思わなかったんですね。なんか悩んでいるようで4年になってから、本人がバンド活動でデビューするんだといって大学を辞めて、アルバイトしながら一人暮らしを続けて、その時に、家を出てから半年くらい経って、突然クリニックから電話があって、「あなたのお子さんが来てまして、妄想がばーっとあるんで、お母さん来てください」ということで、そのときに分裂病だと分かったんです。

 直接の原因は失恋だったらしいんですけども、失恋した彼女に自分の周りのすべての人と関係していると思いこんで。それは今だに取れなくて、今は特定の人物だけになったんですけど、失恋した彼女と、本人の知り合いが関係があるという妄想が今でもあるんですね。それで、妄想だけなので日常生活はそれほど困らないんですが、やっぱり注意していて、薬でもって妄想が半年くらいでかなり減ったので、生活はデイケア−週1回、作業所も週1回くらい行ってたんですが、つまらなくて結局やめちゃったんですね。

 それで、体を動かしたほうがいいだろうということで、プールに通っていたんですけど、風邪引いたというのをきっかけにやめてしまいました。今は、一番やせている時よりも30キロ程オーバーして、お腹の肉が出ちゃって、体を動かしたほうがいいと思うんですが、本人はその気にならなくて、親はその辺で不満顔をしていると、最近、「顔が怒ってる」といるといいます。バンド活動も結局メンバーがなかなか集まらないので、今は休眠状態になってて、することがなくなって、チョット張り合いがなくなってて、その辺が難しいなと思います。

Tさん 今日初めてここに伺いました。私の妹が病気で、今日、誕生日で、56歳になったのですが、発病したのは20歳くらいですが、もう35、6年になるんですが、始めの10年くらい家にいまして、フルタイムのパートを14、5年は働いてきました。それで、50歳になってから、会社で仲良くしている人がやめたりとか、色々なことがあったと思いますけど、悪くなって入院しました。

 今回の入院は今までと全然違って、治るとなんでも普通にできるタイプの人ですが、今は歩くのもやっとという感じです。皆さんは患者さんがどんな薬を飲んでいるかよくご存じですが、私は妹が何の薬を飲んでいるのか知りません。特に入院している時には、全然分からないので話を聞きたいんです。現在何の薬を、どれだけ飲んでいるか、入院している時皆さんはどんなふうにして知ることができたでしょうか。

 それで今回入院する時、先生は更年期障害と分裂病とが一緒になって「今回は全然違います」と、おっしゃっいました。今も歩くのがやっとで、病室と食堂を行き来するぐらいで、それが薬のせいなのか。症状なのか、薬の副作用もあると思って、入院していて薬は何と何を飲んでいるか、そういうの知らなくてはダメだなと思いました。
Uさん 今日は年金の件で皆さんに相談したいなと思ってきました。息子は24歳で、6年目になります。最初は過渡期だからと先生は言われたので、「あー治るんだな」と思って1年、2年、3年と待ちましたが、状況に波がありました。退院してすぐ4ヶ月がたちまして、又、入院ということなんですね。そのときに4ヶ月だと保険が利かないということで、かなり出費しました。これじゃ普通にやっていけない、この子は働くこともできないし、デイケアも無理だ、ということで、将来ということを考えました。

 この子のことは当分隠してて、まだ、若いから大丈夫だろうということで待っていたんですが、皆さんに聞くと、普通の労働は無理だといわれて、本人も働く気がまったくないということで、では、将来のことを考えて障害者年金がちゃんといただけるならば、「恥ずかしいんじゃないよね」ということで奮起しまして、今月、先生の診断書をいただいて、一級になって、結構高額の金額で400万円入ったんですね。それに対して、私は、息子にはだまって、親が管理して将来のことで使おうと思ったんですが、見つかりまして、俺の名義で親展と書いてあったのに、何で見せなかったのかと非常に怒りまして、主人があやまって、「悪かった、親展と書いたのは、本人に見せなきゃいけないんだ」と、全部公表して、預金のほうに入ったのも全部見せました。

 今までは、あまり遊びごとはしないので、月に一万円のおこずかいになるんですが、このごろは、「お金お金」というんですね。浪費癖にならないかなと心配で、皆さんは年金をどのようにしているのか。それから、こんどは年金は1ヶ月に1回になりますよね.そういうものを、それぞれご家庭は違うんですけども、その子にとって一番いい方法は皆さんはどのようにしてらしたのかなと、それからあとは、薬の件で、息子は薬は余り好きじゃないのであまり飲まないんですね。

 何故かといいますと「薬を飲んだって、治ってない」というんですね。そこで先生は副作用がないセルブレイドを出してくれました。でも、家の子にはどうもあわなくて、「すごくだるい」「それが、とてもやだ」と言って飲まなくなったんで、それじゃなくて先生にきちっと聞いて、ほんとうに具合が悪いなら他に薬があるんだからということで、1週間くらい前に行きましたら、じゃ、ジプレを全部換えてもいいんだけど、時間をずらして、「それでもいいよ」ということで本人がコントロールして、今の所、ジプレを1錠、5ミリ、あと、2、3時間したらセルブレイド25ミリ、非常に少ないんですけども、自分でコントロールして飲んでいるようです。そういうような状況です。今、どうということもないんですが、いつ再発するかなとドキドキしているんです。

Vさん 22歳になる娘ですが、高校2年の時に発病しまして、4年位になりますが、去年の秋に保健所に行かせたんですが、そこでうまくいかなくて、私の父が亡くなって、お葬式に出したんですよね。それで、いろいろストレスが溜まって落ち着かなくなって、パニックを起しました。それで、今年の2月に再発して入院しました。4月の半ば頃退院したんですけど、リスパダールという新しい薬でそれに換えてから、すごく落ち着いてきました。

本人も「お母さんこの薬を飲むと気持が楽になるんだよ」と言って「先生はすごいね」チョット知能指数が普通の人とぎりぎりのところで、境界線のところにいまして、人の話しもあまり理解できないし、人と関わることもうまくできないんです。、主治医は病気そのものは軽いんだけども、知能的なことが大きくて、薬はこちらか言わなくても、朝と夕方に分けまして、ちゃんと缶に分けまして、それでちゃんと飲んでいるんでいます。

 通院しましたらお薬頂きますよね、全部それに自分で日ずけと曜日をいれていくんですね。それで飲む時に、チェックして。薬はしっかり飲むんですが、チョット心配なのは、とても無理だと思うんですが、ダンスが大好きでディズニ−も大好きで、ディズニ−のダンサーになりたいというのが夢で、それが本人の生きる希望と力になっているようです。

 月に2回ほどバレーを習いにやっているんですが、そこに行きますと「どうして就職しないの、大学にはどうしていかないの」と聞かれますので、本人はうまく言えないもので、ストレスになって、バレーの先生にはずっといじめられて、外の人間関係に恐怖心をもっているので、周りには「よろしくおねがいします」と言ってあるんですが、主治医に病気のことはどうしましょうかいったら「精神科に通っているということを聞いただけで、びっくりする人が多いから、他人さまに病気のことを言う必要がない。その程度でよろしいですよ」ということですので、私たちも病気でないんだと。また10月からバレーをしたいと言ってるんですが、また、ストレスが溜まり、また暴力を起さないかなと思って、今、そのことが今一番心配しております。

Wさん 息子は31歳になりました。発病したのは18歳ですから、もう、10年以上になりますが、入院したのは5年半程前で3ヶ月入院しました。以後、いろいろありまして、息子とは別居した状態でほとんど会っていません。たまたま主人が先月転勤で戻ってきまして、息子と当初は一緒の暮らす予定でしたが、すごく2人でいるとまずい状態になってきまして、主治医の先生に相談したら「一緒に暮らさない方がいいんじゃないか」ということで、息子が住んでいる近くのマンションに祖母が住んでいるんですが、そこに、父親が同居しています。

 以後、私とどうやってコミュニケーションを図っていくかという問題があるので、これからが大変だなと思ってます。ありがたいのは、息子が選んだ病院ですが、そこの先生はとても前向きで、息子と我々との間に立とうとおっしゃってますし、私も先生と電話で話したり、先生に会いにいったりしています。夫もしています。それで来週の火曜日には息子も我々もその病院の中で先生を交えて話しをしよう、ということになっておりますが、その肝心の息子が予約をしたといっても、予約どおりに来ないので、果たして、それが実現できるかどうかというのが心配です。

 まあ、少しずつ歩み寄っていくしかないと思います。それから、私は4年ぶりに、先月息子と会いました。その時に「4年間会っていなかったけど、あなたのことをもちろん忘れないし、一番考えていたのよ。ほんとうにいろんなトラブルがあったけど1人でよくやっていたわね」と言う気持を、お守りのように紙に書いて、それを持って会いに行きました。

 そしたら息子が見事に自分を殺して我慢していたと思うんですがすが、家族5人で、一見すると仲の良い家族に見える程の穏やかな会見ができました。実はあした、月一回と決めたその会見がまた行われます。先生も息子が統合失調症とはっきり言わないのですが、ただ、先生がおっしゃるのは「すべてが自分本意で、これではどういう社会にも受け入れられない。家族とも一緒に過ごせないという状況である。少しづつでも、本人が変わることは難しいのかも知れないけど、一緒に住むなんかいい方法がないか。しかし、いまのところ検討もつかないので、この方法をやっていくしかないのでは」と。そういった状況です。

司会 皆さん、ほんとに長時間に渡り、また言いにくいご事情の発表をありがとうございました。

(このあと、それぞれから出た質問や問題点について話合いが行われましたが、紙面の都合で省略いたします)


新宿家族会では、皆さんのご参加をお待ちしております。毎月第3土曜日、午後0時、新宿区立障害者福祉センター(tel 03-3232-3711)で例会を開催しております。


勉強会講演記録がCDになりました。
フレンズ編集室では講師の先生方の講演記録を生の声で聞いていただこうと、CD制作を行っていきます。
まず第1弾として、9月勉強会で講演していだいた曽根晴雄さんです。
タイトル『ちょっと私の話を聞いてください』  
 =聞けば見えてくる・精神分裂病当事者が語る患者の本音=

 家族は患者本人の気持ちを知っているようで理解できていません。二十数年間この病気と戦って来た曽根さんが、自らの体験をもとに訴える精神病者の苦悩、怒り、病気のこと、希望、それはすべての精神の病いに侵された人たちの声を代弁しています。
 また、当事者仲間の先輩として語る内容は、回復しつつある皆さんのお子さんが聞いても大いに励まされます。
 そして誰よりも聞いてもらいたいのは、分裂病を全く知らない人たちです。”もしあなたのお子さんが病気になったら”という目的の他に、各地で取りざたされる障害者の事件の度に生まれる誤解や偏見を防ぐためにです。一般の方に呼びかけてください。

収録分数;61分 CDラジカセ、パソコン、カーステレオ等で聞けます。
価格;¥1,200(送料込み)
   申し込みはフレンズ事務局へ E-mailでお申し込みください。frenz@big.or.jp
発売:平成14年1月
企画・制作 新宿家族会フレンズ編集室
(新宿家族会創立30周年記念事業)

編集後記
 毎年、夏休みの一日をたまには皆さんで自由に語り合う家族交流会もいいではないか、という主旨で開かれている今月の例会。前半が自己紹介で時間を取られてしまった。それにしても、そこで語られたそれぞれの問題点はほんとに深刻なケースばかりである。
 また、ご本人の年代的な分類を見てみると、30歳代前の方と50歳代以降の方と大きく二分された年令構成も目立った傾向ではないだろうか。
 30歳代前の方はまだ急性期症状の余韻が残り、不安定な中にも時として穏やかな態度も見られるようになったという「波」がキーワードとも言えるような発言が多くあった。
 そして、50歳代以降では、何といっても「親なきあと」と保護者である家族の「高齢化」である。

 一年ほど前まで足下が不安定ながらも毎回例会に参加し、講師の先生にこれも毎回のように入院中で50歳を過ぎた娘さんを「退院させたいが私も長くないし、退院したあと、娘の看護ができる人がいないので、入院をさせておきたいがどうしたらいいか」という質問を繰り返していた御老人がいた。しかし、あるときから姿が見えなくなった。
 そして、昨年の暮、その御老人とは別姓の方から「生前の御厚情に感謝します」という、年賀状失礼の挨拶状が私の手許に届いた。
 愕然とした。例会が終わったあと、必ず両手で握手を求めてきた方だった。そして、入院中のお嬢さんのことが必然的に頭に浮かんだ。病院から退院を促されながらも行き場のない境遇。日本の福祉とは何なのだろう。考えてしまう。

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新宿家族会 E-mail: frenz@big.or.jp