8月 家族会例会より
  家族交流会
「私と精神障害そして家族会」

        新宿家族会々員の皆さん
        
特別参加 東京女子医科大学看護学部  中村 緑 米沢美佳 (敬称略)

司会
今日は、お互いの悩みとか、疑問とか、お互い助け合おうという主旨で、家族交流会としました。また、こちらに東京女子医科大学の看護学科からの学生さんもこの会に加わって、皆さんと精神障害について考えてみたいということで、ご参加いただきました。来年の三月に卒業されるお二人ですが、家族会活動と出会って、自助グループはどのような機能を果たしているのか、といったことを研究をされているようです。これまで学んできたこと、あるいは、実習で体験したこと、そういったことをお話していただいて、それに対して皆さんからの意見とか、あるいは、考え方というものを聞いてみたい、色んなことをお聞きしたいという、お互いに相互理解ということで、それが一つの私たちの抱える当事者の問題解決に向かっていく方向で収穫があれば、大変素晴らしい家族会になるだろうということの提案がありましたので、お願いしました。
まず、お二人から、この四年間学んできた精神医学の看護学での実習を含めて、どのような印象を持ったか、あるいは、家族の方々に、どのようなことが言いたいのか、何が聞きたいか、そのようなことから、お二人にお話をうかがいたいと思います。

米沢
私が精神科の分野に関心を持ちはじめたのは、私の友人が精神科にかかるようになって、私も声かけとか、接し方に戸惑ってしまうことがあって、すごい辛くなることもありました。友達のお母さんの話を聞いて、私にとっていい体験っていうか、患者さん側からそういうお話を伺えるっていうのは、貴重な体験だなって私は感じました。その中で、お母さんもすごい戸惑いがあり、すごく彼女のために一生懸命なんだけど、それが、彼女にはストレスになっていることもあるっていうのを聞いて、家族と患者の関係を、私はもっと勉強したいなって。精神科の中でも、今回家族の方の援助っていうことで、看護者となる立場でもっと深めていきたいなっていうふうに感じました。
私の友だちのお母さんは、まだ家族会に踏み出せなくて、皆さんもすごい勇気を持って、色んな気持ちを持って来ていると思うんですけど、私の願いとしては、私の友だちのお母さんも参加させていただいて、勉強にしてもらいたい。私としては、その友だちのお母さんに、どうしたら家族会にでていけるのかなって考えてます。
今回、学びを深めていくにあたって、御家族の方が、患者さんが発病してから、どういう気持ちを持って、どんな変化があって、今家族会に参加なさっているのかなっていう、心理的な変化っていうのを主に勉強して、そういうことから、私の友だちのお母さんにどういう時に、医療者として声かけをしてあげることができるか、よりよく援助につながるのかなっていうようなことで、皆さんにお話を伺えればと思っています。

中村
私たちは、五月に二週間、精神科の病棟での実習があり、その実習を通して、本当に特別なものじゃなくて、実際に患者さんと接してみて、温かい心を持っている方が、障害を受けている部分じゃなくて、逆に素晴らしい部分をいっぱい見つけて、そうやって患者さんと触れあうことが大切だと。それで患者さんだけじゃなくって、家族の方は、相当辛い思いをなさったり、色んな大変な思いをなさっていると、その実習で実感しました。
やっぱり人の気持ちとか心の動きとかは、身近で、心の援助というか、その辺のことっていうのは、医者だけが診るものじゃなくって、本当に身近なみんなで支えていけたらいいなというふうに思っています。来年から看護婦になったとしても、その心のケアっていうのは、一番に考えていきたいと思っています。それで、家族の方のケアについて深められたらいいなっていうふうに考えました。
二年生の時に、そういう家族会とか、患者会とか、糖尿病の患者さんの家族会とか、自助グループっていうのがあるって初めて知ったので、素晴らしいことだと思ったのを覚えています。それがいまでも印象に残っていて、皆さんが情報を交換しあったりとか、励まし合う場となっていて、素晴らしいと思っているんですけども、でもそれだけで、看護者として終わらせていいのかなって疑問に思いまして、その家族の人が家族会に入って参加しているから、それで私たちはもう関わらなくていいのかなっていうと、決してそうではないと思いますので、その家族会に参加なさっている家族の皆さんが、家族会以外の部分で、どのような援助を私たちができる部分があるのかってことを、ぜひ今回、自分なりに考えていきたいと思っていました。授業とか教科書の中だけではなく、皆さんの生の声を聞かせていただいて、それによって、私の中でずっと、心に響くような、自分で体験して、学びたいと思いましたので参加させていただいています。

司会
今日は、家族会交流会です。机には名札もありますので、お互いを知り合うことで、まず、自己紹介しましょう。今日初めて、あるいは参加して間もない方もおり、戸惑いもあるかもしれませんが、極力、家族会の名にふさわしく、気兼ねなく、それぞれが悩みを抱えた人たちの集まりだということをご理解いただいて、日頃言えないこと、家族会に来て何か参考になったことなども含めて、お話いただきたいと思います。

Aさん
五回くらいの参加です。会に参加して良かったのは要するに、事例研究ですかね。色々な窓口を利用して勉強しようとするしかこの病気はわかんないんで、本を読んだりして、勉強したんですけども、やっぱりその、皆さんと話して、恥もないって、とにかく助けてもらいたいからだという、例えば、その時はどうしたんですかって突っ込んで聞けると思ったんです。一年二年三年と、ここに通いつめてればいいヒントが得られるかなっていう形での事例研究です。
もう一つは、一人の力とか家族の力は弱いんですけども、もしこれを行政に反映したいと考えた場合、家族の力、組織の力ってのは反映できる可能性はあると思います。そういう面で、組織の力を行政に反映できるのはここしかないって思いまして。
それと、お父さんが参加してるのが少ないんですよ。僕の場合は自営業をやってるんですけども、今日のためにスケジュールをあけて他の人にやってもらってるわけですね。どうして父親って出て来ないのかなって、それも、もし、ぜひよかったら意見交換をしたいなと、父親が出て来ないのが不思議だなって。
参加するきっかけってのは、インターネットで調べてったら、新宿家族会のデータがありました。全部ピックアップして読んでみて、すると中身は濃いし、下手な本を買ってくるよりは、ああそうなんだって、何かちょっと引っかかるものがあって、こういうことを聞きたかったんだよなっていう思いで、きっかけはそうなんです。

さん
四年半ほどまえに、子供が入院をして、私も心を落ち着かせる意味で、新宿区家族会に参加して、色んな情報を得たり、色々な方の話しを聞いたり、そいういことがとても大切なような気がして、一年ちょっとまえぐらいから、こちらに、来られる時に来させてもらってるんです。我が家の話しでいいますと、どうも父親ってのは、何かちょっとしたプライドが邪魔するのか、なかなか人の話をこう聞きにいこうっていう気持ちにどうもなれないようです。今度、夫婦で参加できたら、本当にいいなって思ってます。

さん
当事者は長男で、今、私と二人暮らしなんですね。家族会へは主治医の言葉で、地域で勉強できるところがあるから、ぜひ、お母さん行きなさいって言われたのが最初です。同じ悩みを持ってる方たちが勉強するというところは、私にとっては絶対必要だった。そして、勉強できるようになったんですが、やっぱり、先生(講師)のお話もよくわかりますし、皆様の家族の方たちのお話聞いてると、とっても勉強になることがありましたし、家族の対応の在り方として、勉強になったんですね。今後もそういう意味で、非常に大切だと思って、皆様の力をお借りして、いい会にしていきたいと思っております。

さん
息子は今三十一歳ですけれども、私は、長い目で見ればいいなって思っています。中学時代いじめに遭って、すごくダメージを受けて、色々ガタガタしてまして、気がつかれたのが保健の先生なんです。梅が丘病院での受診を促され、それからのおつきあいですので長いんです。だから、家族会に来るっていうも、気負いもなく、ただ、色んなところで、親としては集められる情報は集めておきたいと思います。特にこれから子供がだんだん成長するにしたがって、問題が大きくなるんですよね。小さい頃は、親がかばえるんですけども、大きくなればなるほど、かばいきれない。社会の資源を利用しないと、やっていけないんだなっとだんだん分かってきました。そういう時に必要なもの、必要な情報ってある時にぱっと得られることがあるので、それで、こちらの方へ参加するきっかけとなりました。
家族会に参加するのに恥じを忍んでとか、抵抗感はなく、ただ自然のままに、来てるっていうところです。長い目で見たら、もう親はどうせ先にいなくなるんだし、いづれ子供も自分でこの病気を背負っていってくれなくっちゃどうしようもないから、その時にはもう色んなことを情報として、本人に与えて、それをうまく利用していってくれる知恵を授けなくっちゃいけないなと。でも、そこんところ素直にこう伝えられないもどかしさがあります。

Eさん
初めてで参加させていただきました。娘が小学校の時からちょっとどもりの傾向があり、二十歳くらいになって、それがコンプレックスとなって、一応保健所なんかは連れてって、先生からお話聞きました。それで、精神科の方に行って、お薬を飲んでおりましたけど、その担当の先生がちょうど転勤になって、その時点で、「もういいだろう」っていう先生の考えもあり、薬を止めました。それで、二、三年勤めまして、昨年の四月にちょうど主人が亡くなりましたのと、対人関係もうまくなくて。それで、一年半、家に閉じこもり、最近は、食事もあまり取らないようで、家の者みんなを敵にまわすんです。私も、随分保健所に行きましたけど、ただ「病院に連れて行なさい、連れて行きなさい」だけです。それで、なだめたりして、病院へ行ってお薬飲みましょうって言うけど、絶対に病院に行かないで、病気を認めないですね。それで、もう、私を初め、自分の周囲、親戚、兄弟、全部敵にまわすんです。それで、今現在もそういうふうで、全然家から出ませんし、本当にわらをも掴む思いで、長女がインターネットで調べてくれまして、新宿でない方でも参加できますっていうこと、書いてありましたので、今日、初めてうかがわせていただきました。ですから、本人がどうしても認めて行かないのを、何とかアドバイスお願いします。

さん
妹が二十五ぐらいの時に精神不安定っていう状態で、何とか母親が、薬を飲ませるというところまではきたんです。よくなると、本人も母親も、いいんじゃないって、止めたんですけども、止めて半年くらいすると、また少しずつおかしくなってという状態を続けていました。
お医者さんは、二十五くらいの時だったんですけど、「結婚するとうまくいく」っていうことを言っていたんで、本当なのかなって思っていたんですね。最近はほとんど家を出ないで、父親が三年くらい前に亡くなり、僕は今、妻がいて近くに住んでいる。年老いた母親が一緒に住んでいるっていう状況なんですが、母は七十になったとこなんですね。母がいつまで元気でいるとは言えないですから、果たして、これからどうしていくのか。例えば、社会的に補助をいただくには、どうしたらいいのか。とにかく仲間がいないということが、母親にとって一番の問題だと思うんです。自分と同じようなことを抱えている人たちと話ができれば、どんなに楽だろうかと。ですから、そこらへんのとこがよくわからないまま、本を読もうかなって思いはじめたんですけど、これから、考えなきゃいけないなっていうことで、とりあえず、皆さんのお話を聞いて、そこから何か、相談させていただいたうえで、何かアドバイスいただければうれしいなっていうつもりで来たんです。
家族会に参加するにハードルはなかったです。なぜかっていうと知識は力だと思ってます。自分が、知識を高めることによって、妹に対する、母親に対する対応も変わってくるだろう。だから、知識を得るためには、行ける範囲、できる範囲でと思って参加しました。

さん
私は、インターネットで調べ、新宿家族会が誰でも入れる会ってことで参加しました。主人が病気(精神)になってしまい、とってもつらかったんです。ですから、こういうところへ来たら、私は一人じゃないんだっていうようなね。初めて来た時は、涙が出ちゃったんですよね。もう、すごい、対応の仕方を色々教えてもらって、とにかく、お勉強しなきゃいけないなって、色々つらいのは、病人もつらいんだろうけど、それ以上にね、こちらがそれなりの対応をしてあげないといけないなって。やはり、出て来ませんとわかりませんよね。
主人は現在、普通には生活はできるんです。で、先月もここに来たいって気持ちで、一緒に来たんです。色々お話してて、やはり、当事者も辛いんですよね。病歴は長いんですけど、最近やっと、そういうふうに思えるようになりました。
主治医から「病気とうまくおつき合いしてくださいね」と言われた言葉が、やっと今わかったような気がしてます。気負い過ぎないで、無難なおつき合い、本当のおつき合いだなっていう感じで、それなりにいく生活、そうすれば少しずつみえてくるかなって思って、そういう状態でいます。家族会ってものを大事にして、自分を勉強していきたいなって思ってます。

さん
僕の弟なんですけども、八年ぐらい前から、今三十一歳です。ちょっと暴れが激しいんで、助けてほしい・・・・・・すいません(声詰まらせて)。母親を今日は連れてきたかったんですけども、今日も暴れてるみたいで、うまくいけば、今日来るんですけども、僕は離れて暮らしてるんで、日常どれくらい母親が苦しんでるかわかんないんですけど、母親が最近ちょっと、かなり疲れてきちゃって、同じ悩みを持ってる方と交流が持てれば、ちょっと気分的にもよくなるんじゃないかなって思って、助けてください。

I さん
私の場合は私の妹ですけども、二十八歳で発病して、今年五十九歳です。私が妹の人生を壊したことになっていて、最初に目黒にいて、船橋、練馬、杉並、今度今は東久留米。だんだん、私から離れちゃうんです。病気が出た場合は、近隣から連絡がきて、診療所の先生に往診をお願いして、注射を打つわけです。妹を捕まえるのが大変なんです。薬を飲まないで治す方法です。診療所に行くと、診察、相談料を取られちゃうんですね。まあ、いずれにしても病気が出れば連絡が来ますので、だから、皆さんのような薬がどうのこうのってのは関係ないんです。捕まえてどうするかそれだけなんです。
前は、本当にきつい状態で、何とかクリアしてきたんですけど、だいたい三ヶ月悩むんですよね。診療所が新宿ですからということで、こちらへ入会しました。まだ入会一年半です。
妹はあちこちで強制入院となり、退院しても最悪の場合は電気がなくろうそく生活。徘徊があり、強制的に縛り付けて搬送されたり。いまこうして家族会に参加して、会計をやってることは、私の場合は、精神的に楽になった証でもあるんです。色んな皆さんのお話を聞いて、妹をどうこうするとかできないんですが、しょうがないんですよね。本人は薬を飲まないで治そうと思ってるわけだから、先生も困っちゃってる。だから、大方注射しかないんです。注射すると、四日くらい動けないんです。毎回それが大変なんです。皆さんと違って、私にはまた別な悩みなんです。

さん
私の場合は長男ですけど、もう病歴は長くて、高校時代に発病しまして、この家族会を知りましたのは、当時、四ッ谷におりましたので、四ッ谷保健所の保健婦さんが、家族会があるから参加するといいいですよって言って、勧められて、参加させていただいて、この会と同じだったか、記憶にないんですけど、高田馬場の、何か、保健所の下でやったのを記憶してるんですけども、時々参加させていただいてたんです。入院したり退院したり、繰り返してまして、それで、私も仕事を持っておりましたし、主人とも離婚しておりましたので、仕事も大変だったものですから、もう入院させてもらえばありがたいかなって感じで、過ごしておりまして、家族会でもずっと離れておらましたけども、最近仕事を辞めまして、これから参加して、皆さんとお会いして、お話聞いたり、学んだりしたいなって思いまして、また参加させてもらいました。今後も色々とお世話になりますが、よろしくお願いします。

さん
こちらに見えてる御家族の方は、皆さん、みんな同じ気持ちだと思うんです。これってないんですけど、ウチなんかはもう、発病して十年経ちますけども、色んな資格も持って、色んなこともやりたいと思ってると思うんですよ。でも、それができないって、すごく無念だと思っていて、それは本人が一番大変なんじゃないかって思ってます。私はお友達として、お話する感覚で接しています。
彼にお友達を一人でも見つけてやりたい、それだけです、私は。それで、参加させていただきました。これから、いかにどうゆうふうにするかってことを、皆さんにお聞きしたい、それだけです。それしかないです。

さん
私は他県での家族会へも関わり、とても古くて、一卵生双生児二人で、初めの二十一歳の子供、弟の方は、もう入院生活六年目になってるんですけども、そのころっていうのは、私の場合は子供だったというのもあるし、病気のこともわからないし、勉強したいってことで、色々手探りでした。
個人的なこと言うと、双児で、初め、暴力的な部分から、家庭内暴力があったんで、ひとりで、私だけが必死になって、かなりやられちゃったりして、その中でなんとか考えていかなきゃならないのと思いながらも、かかえて、でもかかえるには勉強して行こうみたいな感じで、勉強して行く中で、関わり方とかそういうのも何とか分かってきて、今やっと、五年、六年たって、慣れてきたんですけど。
今度はお兄ちゃんの方が、自殺企図したんですね。助かったんですけども、病気の部分が発展してきたので、二人目と、お互いに病気と病気のせめぎ合いがあるんです。だから、一人だけでも病気じゃなかったら、何とかカバーできるんですけども、二人とも病気で、病気と病気がぶつかっちゃって、すごいストレス状態が高まっちゃったりすると、私も耐えられなくなっちゃうんです。そういう時には、心理的に空間をはずして生活させようかなって、今思ってるんですけども、とりあえず、本音を言えば、きついです。だけど、きつさを感じていてもしょうがないし・・・。本人たちにはできるだけ外出させるようにして、また、彼らが出てくれるので助かるんです。なんだかんだあちこち連れてって、今日もそこまで来たら、新宿ってこんなにいいとこなんだっていいながらやって来て、またバイバイとか言って帰ったんですけども、そんな感じでやってるんです。

さん
私の場合、二十六歳の娘なんです。高校一年生の終わり頃に、発病いたしまして、色んな病院をあちこちとてんてんとしたんですけど、七年くらいはお薬を飲みながらも悪い状態から、少し落ち着いてきました。芸術科を中退しまして、通信教育の学校に編入いたしまして、一応、二年間スクーリングや何かで卒業いたしました。昨年の十月ですか、やっと、私としてはいいお医者様に巡り合えまして、そうしましたら、今までのたくさん出てたお薬が全く違うお薬に変えられまして、今は就前薬二種類ですか、それで、色々パニックを起こしたりですとか、色々しますけれども、それはお薬では治らない部分で、結局は本人が立ち直っていく術を見つけていくしかないんだなってことをここへ来て思っております。今もやはり、バンドのお友達に誘われて、バンドの練習をしまして、先日ライブが一応終了したんですね。やっぱり、目的がある時には、不安ながらもいきいきしてるんですね。目的がなくなってしまったならば、やっぱり不安で不安でしょうがないんです。
今はバンドの練習は自分が好きだからやれるっていうことで、それからそこに集まった皆さんがとてもいい方たちなので、不安でしょうがないけれども、行って練習するのも楽しみだって、そちらの楽しみな部分の方が多いから、私は続けるんだってことで、これから、また何を見つけていくかわからないんですけども、本人がいい状態になれば、私の心も安定してくるんです。
三年前に、安定していたところを、また再発って言葉があったものですから、本人に巻き込まれましてね、私がとても不安定な状態でいたんです。その時にやはり、前から行ってた家族会で、皆さんにお話することで、私の気持ちは楽になっておりました。それで、色々な情報もいただいて、今の主治医に出会えたのも、皆さん、家族会の皆さんからの情報で辿り辿って、その先生に巡り合えたんだと思って、とても感謝してるんです。だから、今の私には、家族会の皆さんとお会いすることが、とっても楽しみなんですね。それで、私自身も明るくなりましたしね、これから先、娘がどういう方向であれしてったらいいかなって、勉強をしてまいりまして、これから先に、そういう方面の勉強をしていきたいなって、将来もう手探りですけども、何とか娘がいい方向にいかれるように、少し後押ししていきたいなっていうふうに思っております。

さん
最初病院に行って、先生に「ちょっと長くかかります」っていうことで、どの程度かなって思ってたんですけども、全然病気のことだとか、そんな知識がなかったんですよね。ちょっと長いっていうと、半年か一年って感じでいたんですけども、それがとんでもなく長くかかってるんですけども、ある新聞を見まして、白石先生(東京都精神医学総合研究所)の講演を聞きに行き、それで、他の家族会にも入りまして、また今回新宿家族会に入れていただいて、まだ、三回目なんですけども、やっぱり皆さんとお話することによって、私自身がすごく癒されるんです。色んな情報も入りますし、それによって、どういうわけかほっとする。そういう感じで家族会っていうのは、とってもいいことだなっていうふうに、自分を成長させて、自分が成長することによって、本人が少しずつでも、回復っていうか、いい状態の方に向かっていくんじゃないかなって、そういうことですね。
さきほど父親の参加が少ない、という話ですが確かにそうだと思います。私の場合は、主人は地元の家族会に顔だしています。主人は無関心ってことは全くないんです。かえって今は、色々なことを思ったりすると、不安だらけで、これからのことが気になってる部分があるようです。
最初は話すると、涙が出て来て、それがもう常だったんですけども、やっぱり皆さんのお話聞いたりすることによって癒され、かつてとは違いますね。だから、私はこうして来る一日がすごくいい一日で終わって帰って、本人ともうまく接する、それが薬、飲む薬と違う薬だなって思って、そして、接しられるようになってきました。はい、教えられることも、かなりありますね。本人からもね。何か、話があちこちしちゃったんでけど、今までの経験からそんなとこです。

O さん
私の場合は二十八歳になる息子です。それまで私も分裂病という言葉は、辞書では知っていたけども、それ以上の知識は全くありませんでした。
息子が事件を起こして、医療保護入院で医師から、「精神分裂病」とカルテに書かれた時のショックというのは、全身の力が抜ける思いでした。その後に感じたことは、これ程のショッキングな病気でも出会うまで、知るチャンスがなかったことです。世間一般はまだまだ知らない人がほとんどだと思うんですね。この病気と出会って初めて、この辛さなりショックというものを味わう、なぜこれが、もっと早い時点で、一般に広がっていないのかということが、本当に不思議なくらいです。我が子が病気になって、この集まりに来て、皆さん、初めてこの辛さがわかるというような状況、これは社会的な大問題じゃないかなと思うんです。
そんな状況の中で、全家連の家族教室に行って、だんだんこの病気が一般的な病気であるというような知識を得てきたんですけども、「一般的な病気ですよ」と、その教室では教えられますけども、教室から一歩外に出るとやっぱり、一般的には本質が知らされてないというのが現実だと思うんです。事実、私は息子の病気と出会うまで家族会の存在はおろか、精神病院がどこにあるのかさえ知りませんでした。
病気になってみて初めて分かるショック、そして、後悔の連続でした。
なぜ家族会に参加したかと聞かれれば、当初路頭に迷っていたことがあり、逆に、家族会の存在すらも知らなかったわけで、自ら家族会(F通信)を作って学んできた経緯があります。家族会運動をやりながら、感じてることとしては、誰かが言った「知識がパワーになる」の一言に尽きると思います。
(紙面の都合で途中ですが終わりますが、今月号は内容を多くするため、活字を小さくしています)
テープ起こし協力
中村 緑 米沢美佳(敬称略)


編集後記

 「珠玉」という言葉がある。海の真珠と山の宝石・玉のことらしい。どちらも光輝いている。今回のフレンズ九月号「家族交流会」の編集をしながら思わず浮かんだ言葉である。
 それというのも、テープ起こしで東京女子医大の中村さんと米沢さんがなんと、会場の声 を一字一句というか、一言ひとことA4用紙48ページにまとめてくれたのである。一掴みも あるプリント用紙を見て、唖然としたが、その労苦はいかばかりか、頭が下がった。
 そして、フロッピーから編集作業に入った。ここでまたしても悩んだ。書かれている会場の声の一言ひとことが「珠玉」の輝きを放ち、貴重な言葉の連続なのだ。切り捨て難い言葉の連続である。従って今月号に掲載された声は全発言者のホンの一部でしかない。
 「珠玉」は既に会場において感じられた。自己紹介で大部分の時間を取られてしまった感があるが、その体験的な発表が同じ状況にある者には最高の教科書であり、一言ひとことが珠玉の光として見え、聞こえるのである。
 本文には入らなかったが、Xさんの言葉「私はこの病気と出会えたことが幸せだった」とまで言わせた。また、Yさんは声を詰まらせ、その辛さを吐露した。会場には人間、人と人 との交流があった。                                     



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