8月定例会勉強会より

    恒例・拡大家族交流会

   今の悩みと親亡き後への備え

                                 講師 参加者全員


 新宿フレンズでは年に一度、家族に心の病を持つ方を抱えている者同士が半日をかけて、ざっくばらんに悩みを話し合い、情報交換をする機会を設けています。今回はご家族だけではなく、若い当事者の方も数名加わり活発な意見が交わされました。

 今年度は、新宿フレンズの役員数名が中心となって、参加された方々を3つのグループに分けて話し合いました。各グループによって流れが違ったようですが、最後に各グループでどんなことを話し合ったかを報告し、参加者全体の討論がもたれました。

<グループ(1)

◆ 自己紹介、現状など、自由に

Aさん:今回初めて新宿家族会に長女と参加しました。20代の次女が2年ほど前からリストカットをしていることが、この春になって分かったのです。次女から「失恋したの」と切り傷を見せられました。とてもショックでしたが「大丈夫、治るから」と言い、父親にも話して一緒に3人で泣きました。
 その後、心療内科に通院し、薬は出ているのですが、病気ではないといわれました。別居の長女は、次女と一緒に時折食事をして話を聞いたり、今日も一緒にきてくれました。今後どのようにしたらよいのでしょうか?
 この状況に対して、グループメンバーからは、「どうしてこんなことをするの」と咎めることなく、「大丈夫」と声をかけて受け止められてとても良かった。
 「この世代にはリストカットが多く、もし自傷したくなったら、ナイフの代わりに氷を当てると冷たさでで気が紛れる」など具体的な提案もありました。
 また、家族としてはリストカットを止めさせようと考えるよりも、何故したくなるのか、そこを考えて改善していったらよいこと、また薬名や量は家族が把握しておくように、といったアドバイスがありました。

Bさん:娘が高校1年で不登校になりました。その後、服薬で落ち着き、通信教育で高校卒業。短大に入ったのに、また行けなくなってしまったのです。
 強迫神経症と診断され、医師に家に居なさいと強く言われたりして通院しなくなりました。薬が切れてしまい、その後は少し本がずれているだけで気になり、混乱して妄想・幻聴が出て緊急入院しましたが、あまり良くならず幻聴が続いていて心配です。

Cさん:20年前に娘が高校で不登校になって引きこもり、4〜5年たってから分裂病(当時)と診断され、何度も入退院を繰り返し、自殺未遂などもあって大変な思いをしました。
 この7〜8年は落ち着いて作業所に通っていたのに、自分は高校中退で、それに比べて順調に卒業・就職した妹に劣等感があることや、また異性関係がうまくいかず調子を崩して、その度に薬が増えてフラフラになってしまうことから、作業所も止めて入院となってしまいました。本人は退院したくて仕方がないのですが、薬を減らして調整しなおしてから退院しようとなだめている最中です。

Dさん:躁うつ病の当事者です。はじめは病院に行く勇気がなかなか出なかったことや、SSRI(選択的セロトニン再吸収阻害剤。新世代の抗うつ剤)を個人輸入して服薬し、それで1年間働けたのですが、どんどん出勤時間が遅くなってしまい、6年前にとうとう病院へ行って治療に繋がりました。

働けないので生活保護を受けているのですが、18万円から家賃5万円を払い、残り13万では生活が苦しい。少しはお酒や映画も楽しみたいです。

「親亡き後」について

Cさん:具体的に考えないことにしていたのですが、本人が不安を感じるようなので、経済・生活・医療にわたって、現時点で用意していることを示すことにしました。
 まず経済面では、障害年金を受けています。しかし、それだけでは暮らせないので、郵便局に年金保険の積み立てをしました。一度に使ってしまわないように、障害年金の受給日と日をずらして預け、55歳になったらその日に定期的に支給されるようにして、毎月、障害年金と郵便局の年金がそれぞれ受け取れるようにしました。
 生活面では、住むところは今住んでいる自宅があります。食事つくりは練習させました。医療面では作業所と保健所と連絡を密にし、スタッフや保健師に目配りをしてもらうことになっています。こうしたことを伝えると、本人も心配しないようです。

Bさん:次女が「お姉さんを見る」と言ってくれているのですが、それがなかなか当事者の長女に伝わらないのが悩みです。

Aさん:次女がまだ高校生なので、むしろ「お姉さんがもし良くならなくても、親がちゃんとするから安心していなさい」と、次女が不安にならないように伝えている状態です。

Eさん:当事者である次男が寛解して薬を飲みながら働いています。次男の結婚相手に統合失調症のあらましを伝え、服薬が必要なこと、見られ妄想や嫉妬妄想などに気づいたら医師や親にすぐ連絡すること、相談先として保健所や、経済的には年金や生活保護もあることを話しました。
 また再発したら離婚もあり得るので、その場合は兄に頼んであり、また親の住まいは弟に譲ることを兄に納得してもらった上で遺書を書いておこうと思っています。症状によって一人で住めない場合は、入院や援護寮、グループホームがあることなども兄に伝えてあります。

<グループ(2)>

自己紹介、現状など、自由に

Fさん:故郷を離れ、都内で一人暮らしをしている大学生で当事者です。病気になった時の最初の兆候としては、とても疲れているのに眠れないということでした。無理に眠ろうとしてアルコールを飲んでも全く寝付けず、疲れだけが溜まっていきました。
 そんなときに、自分を罵る声が聞こえるようになり、最初は声の主を突き止めようと、躍起になっていきましたが、疲れ果てて、それすら嫌になり、逃げるように実家に帰りました。
 家でそのことを話すと、両親に病院に行った方が良いと言われ、僕自身も苦しかったので、東京に戻ったら心療内科を探して行こうと決めて、東京に帰りました。けれども、心療内科はどこもすぐ診察してくれず、その間も幻聴は聴こえていて苦しかったので、知り合いのつてで心療内科に受診させてもらい、そこで病名を告げられました。
 最初はどういう病気か知りませんでしたが、インターネットで統合失調症であると知り、目の前が真っ暗になったのを覚えています。医療につながっても、治療の先が見えないので不安でした。薬を飲んで副作用が出たのも辛かったけれど、薬は飲み続けなければならないし…。
 その後、大学を休学し、実家で過ごしていましたが、現実を受け入れられず、悶々とした日々が過ぎていきました。あの一年間は病気になってしまったというコンプレックスから、人と触れ合うことを極度に恐れ、心を閉ざした苦しい日々でした。
 症状が落ち着き、東京に戻ってきても、自信がもてず、しばらくは人と接することが苦痛でした。でも、フレンズで病気について話すことが出来て、少しずつ心の壁を崩せたことにより、今は、自分から色々なことにチャレンジしてみようという前向きな気持ちへと変化してきました。
 症状が良くなかった時は、気持ちも焦っていて、何をやっても上手く行かず、人の意見も聞けない状況でした。時間がかかるけれど、少しずつ前進していくうちに、周りのことを前よりは考えられるようになったかなぁと思います。

Fさんのお話に対して、「今の状態が普通ではないと自分で気付いたことそのものがすごい」「当事者の方から薬の話が聞けてよかった」などの感想がありました。

Gさん:息子が20代前半で統合失調症を発病しました。みなとネットにかかわってもらったが、現在は親の相談のみで、診察は日大病院の医師に往診してもらっています。
 息子は、みなとネット(精神障害を持つ方が地域で安心して暮らせるようにサポートするグループ:http://www.minatonet.min.gr.jp/)でできた友人と薬のことなどを話しているようで、医師ともメールではやりとりしているようです。
 外出は、なかなか大変で、買い物は近所のスーパーくらい、バスも2停留所くらいなら乗れるといった状態です。人間関係の改善が必要で医師はボランティアをすすめてくれていますが、なかなか当人がその気にならないと難しいですね。

Hさん:私は都の職員でカウンセラーをしています。新宿フレンズには精神保健福祉士(PSW)として、長年かかわっています。もちろんサポートだけでなく、自分の仕事のために学ばせていただくこともたくさんあります。
 カウンセラーとして受ける相談で多いのは、里親関係です。また時々、「なんかおかしい…」ということで相談に来る人もいて、精神科の受診につながることもあります。そのほか、若い人は母親との確執、年輩の人は「長年の我慢などを、ただ聴いてほしい」という人が多いですね。

Iさん:息子が統合失調症の陰性症状で、何もやる気が出ず、生活も昼夜逆転しています。通院はしていて、週1回デイケアにも行っていますが、朝は起こせば起きるような暮らしぶりです。本人は「自分には何の楽しみもない、深夜のお笑い番組だけが楽しみ」と言っています。

 メンバーからのコメントとして、Iさんに、「息子さんに楽しみがあるのはいいこと。本当に具合が悪いときは(本人にとって)TVも雑音でしかない。外に出るようにするには親も一緒に出歩くようにするといいですね。まずはいろいろ(デイケアとかフリースペースなど)見学してみてはどうでしょう?」「動けない子を動かすのは無理なので、私は外から友人を呼んできました」「TVもいいし、病院に休まず行くのも大進歩ではないか」などの声が挙がりました。

Jさん:娘が20代前半で発病、現在30歳です。初めの医師は女医だったのですが(娘の)顔も見ないような、あまりの冷淡さだったので半年で止めました。2カ月入院して電気治療などを受けました。退院して、大田区鎌田の陶芸の作業所に2年半通ったのですが、男性が多いことなどで休みがちでした。その後、世田谷の作業所の「パイ焼き窯」(フレンズ勉強会http://www15.big.or.jp/~frenz/nishiya.html '06.04「経済的自立に繋がる作業所」西谷久美子さん参照)に入り、14〜15カ月続きましたが、働き過ぎて具合が悪化し休みはじめました。そこで作るケーキは20種類あり、できるだけマスターしようと頑張っているのですが、親としては無理をしないで60%の力で続けるのがいい、感情の浮き沈みがあるので、状態の悪いときは休んだほうがいいのでは、と思っています。

Kさん:3年前、統合失調症を発病した当事者です。薬を飲むのはイヤだった。抗精神病薬とアキネトン(副作用止め・抗パーキンソン病薬)を1年飲んだが、太ってしまいました。現在、大学に通っているが、出来る範囲を心掛けています。目標を決めて、早寝早起きして、食事もちゃんととってというふうに。
 当初、帰郷していたころは、先が見えなかったし、デイケアもなじめなくて、独りで悶々としていました。この病気は、馴染むのに時間がかかりますし、薬は苦しくても必ず飲まないといけない。しかし、副作用は、ざわざわという感じで気持ち悪く、睡眠薬を飲んで3時くらいまで寝ていました。
 東京に戻ってきた当初は、不安で過食してしまった。時間が経って少し慣れてきて、家族会に入ったのはよかったです。人と話ができる「場」は大切だと思っています。

Lさん:働かざるもの喰うべからずと思うが、医師は「無理をして再発しないように」と言います。親亡き後のことで、自分ができることについて考えています。子も「長生きしてね」と言い、自分も「大丈夫よ」と言っていますが、もちろん大変心配です。

◆「親亡き後」について

病気について話せる場所、自立につながる場所として、オープンスペースがあればいいという意見がありました。学校以外で、相談する場がほしいという意見もありました。

「親亡き後」を心配するあまり、当事者に対して“親は先に亡くなるんだから…”と言うのは、当事者も十分理解していることなので、プレッシャーになりかねないから言わない方がいいのではという意見もありました。

<グループ(3)>

Mさん:30代前半の息子です。寛解はしたものの仕事が定着せず、親が経済支援をしています。日ごろの面倒も親が見ています。いいとは思っていないのですが…。

この話に対して、メンバーからは、かなりの金額を親が出しているようなので、このままでは親が年をとっていくと経済的に保てなくなるのではないか、少しずつ金額を減らして、自分で稼ぎを増やすようにしてもらってはどうか、というアドバイスがありました。

Nさん:我が家も30代前半の息子です。まだ暴力が出ており、病識がないので通院もしていません。はじめて新宿フレンズに来たとき、どうしても服薬をしないなら、水薬を飲み物に混ぜるという方法を聞きました。その後、一度だけ弟の説得で病院へ行って、それからは家族が水薬を頂いて、飲み物に混ぜて飲ませるようにして、少しは落ち着いてきました。
 けれども、小学生の頃に心の傷を負った、親からも傷つけられたと思い込んでおり、それが親への暴力に繋がっているという状況です。

 メンバーからは、何とか本人が自覚して服薬や通院できるようになるといいが、病識がないのが統合失調症の特徴の一つなので、こっそり水薬を投与し、ある程度良くなるのを待つしかないのかもしれないということ。
 また、気持ちをほぐすには、カウンセリングを受けることが有効かもしれないが、それもまだ難しいかも知れず、まだまだ道半ば、あきらめずに服薬を続けてください、という意見が出ていました。


<全体会>

各グループからの報告の後、「親亡きあと」へのそなえとして、Oさんの話を聞かせていただきました。

Oさん:当事者である息子の入院後に自宅療養という話が病院側から出たとき、本人は自宅に帰ることを望んでいましたが、まだ服薬も自らはできない状態だったため、自宅で引きこもることになりかねないと、とても心配でした。
 そこで、援護寮に入って自立について学んでもらいたいと本人を説得し、ソーシャルワーカーと相談して入寮させました。援護寮で専門家の指導のもと、服薬管理や食事の支度、掃除当番、火の管理などを3年にわたって学びながら、デイケアに通ったのちに作業所に通うようになりました。
 グループホームに入所して1年が経った今は、もう一段ステップアップをと障害者の就労訓練を受け、ハローワークを通して面接を受けるなど、就職への道を歩んでいます。親も努力して自立への道を探すことが大切だと思います。」

 新宿区のグループホームの職員の精神保健福祉士(PSW)からは次のようなお話をいただきました。

 今の新宿区のグループホームでは、地方から上京して困窮した人が多く入所しています。家族のつながりのある人はほとんどいない状態で、社会生活に必要な経済観念や書類の書き方まで教えなくてはならない状況です。
 経済的に追い詰められ、生活のバランスが崩れた時に精神疾患は出やすく、そのような底辺で苦しむ人々に対しても社会が温かく受け止められるようでないと、今後ますます厳しい状況になるのではないかと懸念しています。
 また新宿区社会福祉協議会で、1〜2月頃に精神疾患の理解を深める講座があり、作業所訪問もプログラムに含まれていますので、皆さんもどうぞご参加下さい。

                         ◇ ◇ ◇

 今は薬も良くなり、かなり寛解する人も増えてきているようです。それでも若くして発症し、社会生活を経験していない場合や、寛解しても疲れやすく、充分には働けない方々も多いようです。「親亡きあと」は、早くから考え、心がけておきたいことです。その準備が、当事者の不安感、ストレスを取り除くことにもなるのではないでしょうか。

「親亡きあと」の準備として、Cさんの経済面・生活面への細やかな配慮、Eさんの配偶者や兄弟に病気の説明をし、その対策や利用できる社会資源を教えて頼んでおくこと、0さんのように退院後そのまま自宅でなく援護寮やグループホームなどの福祉を充分に利用して、生活訓練・職業訓練をすることで自立への道を歩めるようにするなど、皆さんにもぜひ参考にしていただければと願っています。

今回のような家族の話し合いは8月だけですが、他の月の定例会でも、12時半ごろから2時までの間は、新しい方や悩みがある方々のご相談を役員が受けたりしながら家族で話し合いを行っています。その時に家族では分からないことなどは、2時からの講演の後半に、講師に伺うこともできます。

また、第4水曜日の6時半からは西新宿で、家族や当事者、心の病気に関わる方々との間で同様の話し合いがされています。

また新宿フレンズは、家族会としては珍しく当事者の方が参加してくださり、当事者でなければ語れない発病時の苦しさやさまざまな思いを、率直に正直に話してくださること、また寛解して大学や作業所、仕事にと活動する姿に、家族がどんなに励まされていることかと思います。

(以上で家族交流会の報告を終わります。今回のホームページでは各人のコメントを概略表示が困難なため全文を表記しております。普段は下記の表示形式としています)

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿フレンズでは平成17年4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿フレンズ会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法        



新宿家族会へのお誘い 

 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 


編集後記

 ようやく暑さが一段落したような気がするが、この夏の異常な暑さが地球温暖化と関係するとなると、心情としては寒気を感じる。

 さて、今年も毎年恒例となった拡大家族交流会が持たれた。この家族同士のカウンセリングとも言える家族交流会こそ、本来の家族会活動なのかもしれない。親・保護者が心を開いて自らの状況を相手に伝える。また相手の話を聞いて、自らの問題と重ね合わせる。この行為こそ大切な勉強の課程なのかもしれない。良き結果は必ず現れるだろう。

 今号の本文を読んでみると、一人として同じ状況の人がいない。病識の問題、服薬の問題、暴力、幻聴、幻覚の悩み、経済上の問題、異性の問題、参加者それぞれがそれぞれの問題を抱えている。

 特に今回は「親なきあと」というテーマも設定して話し合った。誰しも必ず降りかかる問題でありながら、これで解決という回答は持ち合わせていない。私たちの永遠の課題なのか。そうした中で、何名かの人からしっかり路線を構築している話もあった。

 それらは当事者が寛解にあるか、寛解に近い状態にいることが共通している。つまり、親なき後の問題は当事者の回復の度合と大きく関わっている。親なき後を考えるには、その前に当事者を「いかに寛解に近づけるか」ということから考えるべきであろう。

 当事者の健康状態は絶えず変化している。親が亡くなっても変化し続ける。路線の構築と合わせて当事者の健康状態を良き方向に変化させる必要がある。過言だが、最も確実な親なきあとの問題解決は当事者の全快であることを忘れてはならないのではないか。   

※勉強会INDEXに戻るには左のMENUの勉強会をクリックして下さい


新宿家族会 E-mail: frenz@big.or.jp