新宿区後援・8月新宿フレンズ講演会

    2016年 拡大家族交流会   

 

定例会参加者全員

今月号は全文表示しております

 新宿フレンズ定例会の毎月の時間割では2時からの講演会と質疑応答があり、家族相談は1〜2時と、懇親会は5〜6時で、新しい方や悩みがある方々のご相談を役員が受けたりしながら家族同士で話し合います。家族相談で分からないことなどは、講演の後半の質疑応答で講師に伺うこともできます。
 また、第4水曜日の夕方6時半からは高田馬場で、家族や当事者、心の病気に真面目な関心を持つ方々も交えて相談・話し合いの場を持っています。お父さん始め、お勤めの方などお仕事帰りに、また昼間時間の無い方、お立ち寄りください。


 さて、8月は恒例の午後いっぱい参加者全員の話し合いです。前半は4つのテーマに分かれ、後半はその事例報告。それをまとめましたが、プライバシーに配慮して年齢、事柄など幅を持たせてあります。
 テーマの1つに「当事者の声を聞こう」があります。新宿フレンズでは、家族会としては珍しく当事者の参加も多く、本人でなければ語れない発症時の苦しさや様々な思いを率直に正直に話してくださることや、辛さを抱えながらも作業所、大学、仕事にと前向きな姿勢に家族も励まされています。また当人も学ぼうとする家族の姿に親を重ねて、親子の理解が深まるようにと願っています。


グループ1 <病識がない・通院拒否、服薬拒否>

(娘)母親の調子が悪く入院が難しい状態で、まず内科に入院させてから精神科に転院させました。自分では動かないので、町の福祉関係の2人に援護を頼んで取り囲んで福祉タクシーで移動、やっと転院が終わったところです。援護の費用は請求されませんでした。
 診断名は鬱病ですが、妄想と幻臭の話が止まらない感じです。発症から間もないので戸惑いも多く、いろいろ学びたいと思います。

(姉)妹が統合失調症で病歴は長いのです。私が出産で久々に実家に帰り、妹の通院にも同行して様子を見ていると、病識がないことで前に進まない悩みがあります。
 あまり家族が出過ぎないで、医師や地域の福祉センターの方を通して妹に話してもらう解決策を提案して頂けて感謝しています。これからも帰省中は参加したいと思います。

(姉)弟が当事者で母と参加しました。皆さんのお話を聞くといろいろヒントがあって、カッカしたときも優しく対応できて助かっています。

(夫)仕事帰りに夜の会に参加しています。妻が双極性障害で病歴は19年ぐらい、私と一緒に暮し始めて10年目で、5歳の子供がいてストレスが絶えないので大変なことが沢山あります。今春「妊娠中は薬を飲まなくても大丈夫だったから」と断薬して悪化しましたが、いまは比較的落ち着いています。
 家族会は親の立場の方が殆ど、兄弟が少々で、配偶者の方にはあまり会えません。精神障害者も約3割は結婚していて離婚経験者も含めると5割ぐらいが配偶関係になっているはずです。そこでみんなねっとにも協力いただいて、9月18日(日)に「配偶者の会」(*1後述)を開催します。もしお知り合いに当事者が配偶者という方がいたらお声をかけてください。
この会場でそのような方がいますか?

役員a:私の家内も統合失調症的症状が見られます。ですが、いまDさんの「配偶者が当事者の方は?」の問いに、私は敢えて手を上げませんでした。というのは、この靴を皆さんにお見せしたいのです。よく磨いてあります。これはカミさんが毎朝磨いてくれます。一見何も問題ないのかと言えば、「3階のベランダで誰それさんが私のことを何か言っていた」とか一言余計なことを言うんですが、私は聞く耳を持たないようにして「そうかそうか、はいはい」と言って朝出て来ます。病気と寛解に近い状態で揺れ動いているのがカミさんの状況です。

グループ2 <親亡き後を考える>
役員b:「何が親亡き後を支えるか」、この問題は個人個人で違い、その違いをどう捉えるかということもありますが、なかなか名回答は無いわけです。唯一、私たちの力で「世の中を変えるしかない」という考えに至りました。

(父親)息子が統合失調症で30代半ばになり、私自身いつまでも生きられるわけでもないことを息子に言っていますが、まだ息子は頼りにしている。それを何とかしなきゃいかんなと思って、来年ぐらいから1人住まいさせようと考えているところです。

F(兄)妹が20代半ばから20年以上統合失調症で、3回目の入院中です。母が重度の脳梗塞になって病院から出られない状態になり、父親も認知症で老人ホームなので、妹はずっと病院にいる状態です。
 兄弟として妹の病気も知っていましたが、母親が脳梗塞で倒れた瞬間に自分に全部かかってきた段階では何も分からない状態で、行政のどこに行っていいのかも分からない。病院に行っても妹とどうやって話したらいいかも分からず、兄の<上から目線>を拒絶され、1年間病院に通って、やっと一緒に住んでいいという話になりました。もうすぐ関西の病院から妹を引き取って私の家の一室に住まわせますが、その後どうなるかは見当が付きません。

G(母親)息子は1人っ子で、この6〜7年はお掃除の仕事をしています。私の実家で自分の給料で1人暮らしをしています。私の死後もやっていけそうですが、友達がいないのが心配です。

(母親)娘が3人いて長女と次女が統合失調症で20代後半です。家族5人で暮らしていますが、親亡き後、子供3人で暮らしていけるんだろうか、親が元気なうちに子供たちを自立させる方向に考えていったほうがいいんだろうかと、いろいろ考えているところです。

(母親)ここ数年、40代半ばの娘はどうやって生きていくんだろう、妹に負わせるのはどうしても避けたいと考えていました。少しずつ社会性を取り戻しつつありますが、ままならないのが現状です。
 お金をぽんと渡しても危ないから少しずつ渡す年金型を考えていて、社会福祉協議会に聞くと、小さなアパートを建てて家賃収入という形が多いという話でした。でもアパートに建て替えるお金もかかるし、信託(*2)が適当かなと思ってそれにしました。

(母親)20代前半で統合失調症を発症した息子が、いま30代後半で、私が70代で2人暮らしです。特に幻聴がひどくて命令されたり攻撃されたり、つい惑わされる行動パターンです。障害年金は20歳以降の発症で国民年金の未払いがあって申請できません。お金の管理は出来ないので、煙草代と昼食代に1日千円を渡しています。夕飯は一緒に食べます。生活支援センターでポスティングをして2〜3千円もらえることが、 唯一働いているという自負かもしれません。
 最も心配なのは私が死んだ後、息子がどう生きていくか。お金がなくなったら唯一頼りになる生活保護を申請して、それで生きて行くことを常々言っておりますが、「お母さんが死んだら俺は自殺する」なんて言います。私があと何年生きられるか分かりませんが、自分が困ったときに相談できる人を一杯まわりに持つこと、「助けて」といえば必ず助けてくれるということを常々言って、大丈夫だという自信を与えてやりたいと思っています。
 精神障害に詳しい弁護士に伺ったところでは、障害年金だけでは苦しいので、親の遺産を月々何万か自動的に渡すシステムがあると聞きました。それが信託でしょうか。生活保護の場合も不動産の大小など条件次第ですが、世帯分離してアパートに住まなくても、当人の死後にいま住んでいる家を国庫に収めるということで、慣れた自宅に住みながら生活保護の受給も出来るそうです。
 私は財産目録も整理してエンディングノートを作りました。息子の分と私の分があって、袋にそれぞれ入れて「もし私に何かあったらこれを見るんだよ」と言ってあります。お墓も用意するまでこぎつけたので、親亡き後、今の段階でできることは済ませたかなとちょっとホッとしています。

グループ3 <就労について>
役員c:就労継続支援センターA、B、就労移行支援事業所などがどう違うかという質問が出ました。それから当事者からご自身の体験を話していただきました。家族からは、働きたいという気持ちが焦りになっている場合、今の能力を認識できないでもっと高い仕事につきたいというギャップをどうするかなど、クローズ就労かオープンかでは 働きやすさはオープンという話が出ました。
 就労後のストレス対処には、薬を調節する方法とストレスの減らし方を身につける方法の両方を工夫して、仕事を継続して行くとよいでしょう。まず宿泊訓練をされた方から話していただきます。

(父親)次男が統合失調症だろうと思いますが、よくわかりません。10年ぐらい家にこもっていましたが、昨年、自分で勝手に断薬して入院になりました。半年間の入院後に自立させる方向で考えて、宿泊訓練の制度を知り、退院後2〜3か月して入所できました。相談相手の自治体職員もいて、本人の希望で「コンピュータ関係のプログラミングをやりたい」と言えば、いろいろ探して相談にのってくれます。
 就労については「オープンのほうが親は心配ないし、楽でいいんじゃないか」と話しますが、本人は「もっと頑張りたい、そのためにクローズでやってみたい」という意向が強い。それなら私はその意欲を買って、1年でも2年でも自分で納得するまでクローズでやってみればいいんじゃないかという気がしています。「主治医にも相談したら」と本人に勧めたら、医師は「そのコースの資料を持って来て」と言ってくれたそうです。宿泊訓練の職員に話をしても「行こうとしている企業の就職率はどうなの」とか。まあ、とても無理だろうと皆思っているのですが、その意欲を買おうとしているところを凄くありがたいと思って、私もそういうスタンスでいます。

(母親)30代になった息子が統合失調症です。病気が分かったのは1年半前でどうしていいか分からず、インターネットで新宿フレンズをみつけて、すがったという感じでした。地元の家族会に行く勇気がまだ親も子供も出ず、地域を活用できずにいますが、必要性を知って活用していく方向でと考えています。今日はどんな手順で就労につなげていったらいいか、良く分かり勉強になりました。

(母親)大阪から来ました。5年前に参加したことがあり、5年で何が変わったかというと、当事者の息子はお相撲さんのように太ってしまいました。薬はジプレキサですが、生活が不規則で寝たいときに寝て、食べたいときに食べるという生活環境を見直し、もう一度基本に返って生活にリズムをつけていきたいと思います。

(父親)私は地方に単身赴任で、妻と子供は東京です。20代後半の娘が大学卒業後に3年間会社で働いたあと統合失調症になり、妻への暴力でいま3回目の入院中です。そろそろ退院ですが、グループホームに入れようかと思っています。成績は非常に優秀な娘でしたが、今は病気で具合が悪く、皆さんの情報を得ながら寄り添って、時間はかかるでしょうが少しずつでも良くなってくれればと願っています。

(母親)40代後半の息子は病気と闘って30年余りです。働き出して2年になりますが、本当に頑張って働いていて、働くだけで精一杯で、帰ってきたらボロボロになって寝ているだけで、それでいいのかなと思うところもあります。最初の10年間は事故や事件を起こすので、働きたいとずっと言っていたのを私が止めてきました。
 日本は引きこもりが多くて、ちょっと訪問し援助すれば働ける人が多いと思います。そういう点で日本は貧弱だなと思います。「障害者は殺したほうがいい」という強烈な、相模原の障害者施設の殺傷事件が起きまして、さすがにそれは間違っていると皆さん思うでしょう。世の中は役に立つ人と、役に立ちたくても出来ない人がいるわけですね。蟻の巣には働かない蟻がいて、その蟻を全部除くと、働き蟻の中から一定数の働かない蟻が出て来る。それは集団が持続するのに必要だそうです。障害者は必要だと言っていいかどうか分かりませんが、健常者だけの世の中ってやはりおかしい。いろんな人がいてノーマルな世の中だと思います。
 私も息子が病気になる前には、道に変な歩き方の人がいると近くに寄らないようにしたり、差別意識を持っていました。障害者はうちに関係ないと思っている人が大部分だと思いますが、統合失調症は100人に1人、4人に1人が障害者とも言われています。テレビでは、障害者に「あげる」「してあげる」という言い方ですが、「あんたがやらなきゃいけない人間の当番をうちの息子がやってあげているんだよ」と思ったりします。だから就労先でも社会でも、せめて障害者に優しく接してほしいなと思います。

(母親)息子が大学4年の時に、双極性障害を発症しました。その頃から新宿フレンズは気になっていましたが、まだ病気を認めたくない気持ちがあり足が向きませんでした。この5月に再発して2回目の入院をして、病名が統合失調症と変り、家族会でいろいろ相談してみようと思って先月初めて参加しました。いろんな情報が聞けてやっぱりもっと早く来ればよかったと思います。
 つい最近、退院しましたが、この7〜8年で再発3回入院2回です。病識はあって服薬の必要も分かっていますが、薬を飲むと普通に戻るので、クローズで働きたい気持ちが強いのです。今回は夜中に失踪したために警察のお世話になるはめになってしまい、この先何が起きるか分からないという不安がありますが、良くなったときは全く普通の感じで穏やかな思いやりのある人に戻るので、親もなるべく本人の意向に沿わせたいと揺れています。
 今は次の病院をどうするか。行政にも相談する窓口があるそうなので、いろいろ相談して良い方向を見出せたらと思いますが、親があれこれ動くのが大嫌いな子なので、どうしたらいいか悩むところです。

(弟)兄が当事者で、初めて一緒に参加しました。本人が就労支援について興味を持っていて、親御さんの立場からの考えや当事者で就活されている方の話など、自身の問題として直接関わっている方の話を聞けたという安心感がありました。

グループ4 <当事者の声を聞こう>
(男性当事者)まず障害者総合支援法について話しました。大きく分けて就労移行支援と就労継続支援があること、就労継続支援はさらに就労継続支援A型とB型に分かれ、A型は最低賃金が保証されていて、主にハローワークなどに行って就労を目指すこともあり、B型は最低賃金が出なくて授産所扱いで、ABともに期限はなく長期に通えます。就労移行支援事業所は65歳以下対象で、原則2年間の通所で就労を目指します。「障害者総合支援法がよくわかる本」(秀和システム)や「よくわかる障害者総合支援法」(中央法規)なども読んでみてください。
 当事者の立場からは、何人かが「仕事がストレスになる」とのこと、ほかに「デイケアを勧められているが、就労支援経験があるのでデイケアは行きたくない」、「男なので父親とうまくいかない」などの悩みが出ました。生活としては、「PSWという目標がある」「サッカーをしている」など。「就労移行支援事業所へ行っている」「趣味は将棋」がともに2人で私もその1人です。
 家族からは、「目指している理想と現実のギャップに悩んでいる」が何人かいました。「当事者が行ける会を探している」「昼夜逆転している」「本人の気持ちがわからない」「自分が悪いことをしていると思っている」などの心配が語られました。
 ゼプリオン(*3)という薬が話題になりました。リスパダール系の注射薬です。リスパダールでは、私も眼が何度も上を向いてしまう瞳転という副作用が出ています。
  私は発症が10代後半、20代になって病院に行き30歳過ぎて寛解しました。アルバイトの経験が3度ほどあります。自治体の障害者政策推進協議会の委員を2年間勤め、主に当事者の立場から発言しました。いまは高田馬場の就労移行支援事業所に通って、主にコンピュータを学んでいます。

(男性当事者)13年前に統合失調症になりドン底まで落ち、そこから社会復帰しました。20歳前でしたが突然疲れに見舞われて、休めば治るかと軽い感じでしたが、仕事も何にも出来ない状態が1週間続いて、あれおかしいぞと精神科の門を叩きました。当時は病名すら教えてもらえなかったし、会社との葛藤もありました。
 以前、障害者雇用枠で働いているときに耳の不自由な方がいて、地域の手話サークルで勉強を始めました。障害者雇用枠の仕事も正社員にはなれず、これでは未来はないなと思っていた時に「ボランティア関係に来てみないか」と言われて転機を迎えました。今は就労支援B型の非常勤職員です。そこでも区の手話サークルや、NPO法人の障害者関係のイベントのお手伝いもして、来月には八丈島のキャンプに行きます。
 ある企業の方からは講演を頼まれて「良かったよ」と言われ、また「話してくれ」という依頼もあり実現しました。今日は、みんなと体験を分かち合えました。

(男性当事者)僕は統合失調症で何か調べられているという症状で毎日窮屈な生活を送っています。「外の世界にも眼を向けたほうがいい」と主治医に言われて、弟の勧めもあって参加しました。就労支援の情報も得られたので一歩前に行けたかなと思います。

(母親)娘は子供の頃から楽器を演奏していて高校も音楽学校に行ったのですが、先生と合わず、幻聴でクラスの友達からいたずらされていると言い出しました。クリニックに通院していましたが、親も精神疾患まで意識が回らず、薬も飲んだり飲まなかったりで、大学を昨夏に中退して家で過していましたが、様子が変ってきて2か月間の入院をし、統合失調症の診断を受けました。
 真面目な子で、何でこうなったのかと悩み、意識して生活リズムを整えようとしています。友達も就職活動で、本人は不安を感じたり焦ったり、親もどうしていいか分からない。この会で一生懸命働いている当事者さんたちに出会って勇気を貰った気がしますし、こんなに沢山の家族が同じように悩んだり苦しんだりしながら前を向いて生活していることが 実感できて、親子でこの病気に向き合いたいと思います。

(父親)30代前半の娘が小さいときにてんかんを発症し、小学校の時から高校までいじめられ、その後幻聴が出て仕事が出来ない状態です。皆さんの話を聞いて、兄弟を頼りにするより信託やグループホームを考えてみても良さそうだなと思いました。

会社に入ってもいじめが予想されるので、「自分の好きな道を選んでは」と話していたら「美容部員になりたい」と言い出しました。不規則な生活で体重は100?を超えていて「減量すればきれいになるよ」と言っても、どうしても実行できない。本人の本当の気持ちが大切と思いますが、それがつかめないのが辛いところです。

(母親)20代後半の息子は、6年前に発症し、3年ほど服薬せず昼夜逆転の生活で、戦いごっこのようなことをして、それが一番ひどいときに入院になりました。そこからやっと病識を持ち薬も飲むようになりました。
 今は就労移行支援に通っていますがとても緊張するようで、息子は耳も聞こえず二重障害なので、就職は厳しいです。6月に2つの会社を3週間と1週間実習に行き、本人はやる気でしたが、調子のよくない時に当って、1日目はよかったが2日目から行けないと言い、4日目には「僕はもう無理」といった。どうするかと見ていたら、主治医へ電話して「薬を変えてくれたらやる気が出るんじゃないか」、でも先生は「今の薬にしなさい」という。次に就労移行支援の人に電話したら、あっさりと実習はストップになりました。
 本人が何か言ったときに始めて言うことを聞くようにしていて、本人はPSWになりたいといいます。学校に行けるか試験に受かるかどうか不安はありますが、本人がやりたいと言ったことをやらせてきたので、今は失敗することも大切かもしれず、長く見守ることにしています。

(母親)30代後半の息子が20代の中頃、電車に乗っていて気分が悪くなり、救急車で何回か病院に行き、パニック障害ということでした。最初の先生が薬を一杯出し、それがどんどん増えていって自殺願望も出たので、病院を変え、薬を減らしてよくなりました。

家に引きこもって本を読んでいるうちに小説の学校に行きたいと言い、月何回かのクラスに行って褒められて続けて行っています。主治医に「精神が安定したら、その先は自分がやらなくては、医者は助けられません。孤独だがまっすぐ突き進んでいけば道が出来てくるよ」と言われ、小説を書いています。自立したいと言いますがパニック障害は障害年金をもらえません。お金が足りない時は、家の掃除で体を動かさせてお金を支払っています。

(男性当事者・父親)私は小学校でのいじめから中学の間、授業中ずっとお漏らしをしていて、パニック障害という言葉が当てはまるらしく、逃げ場を求めていました。大人になってアルコール依存症になって、1日に一升瓶がすぐになくなる。今は完治しました。
 現在30歳前後の長男が統合失調症、次男はてんかんで勤務先のスーパーで8回ぐらい倒れて自主退職し、今は大きな食品工場のアルバイトで働き、人に合わない仕事で1年間続いています。
 そんな家族で調子の悪いときは悪いように、あまりこだわらないという感じです。自宅を開放していて、いろんな当事者が来て、掃除や料理を手伝ってもらったり。そんな中で息子たちも何らかの影響を受けて友達になったり、いろいろ感じたり学んだりしています。

(当事者・母親)10年以上前に新宿フレンズに初めてきた頃は、娘は小さいときから統合失調症と言われて山盛りの薬で寝たきりで、小中学校にも行けない闘病生活でした。そのうち発達障害のアスペルガー症候群と診断されて薬を減らして元気になり、全く学校に行けなかったのに、昼夜逆転していた子が「夜なら登校できる」と高校のチャレンジスクールに行きました。そうしたら楽しくて大学受験して進学、就職活動もして社会人になって1年経ちました。
 昔を知っている人は本当にびっくりしています。強迫神経症もひどくて交通機関に全く乗れない子でしたが、かなり良くなるのですね。まだ具合が悪くなることもあり寛解はないでしょうが、今は普通に会社に通えています。
 発達障害はICD10という世界的疾病の分類では下のほうでしたが、来年度発行のICD11では一番上に来るらしいのです。発達障害は生まれ持った個性みたいなもので薬が効き過ぎたり効かなかったり、人によってそれぞれ違います。極端になると障害となるもので、そもそも発達障害がある人が精神の病気にもなりやすいと世界的に言われています。統合失調症といわれている人も何らかの発達障害がある人がかなり分かって増えて来て、医師の診断基準も変わってくると思います。
 私は新宿フレンズの講演会で千葉に作業所を作ったお母さんと会い、勧められてネッコ(*4)という居場所になるカフェを始めました。発達障害の当事者が作った居場所として注目されて研究者が来たり、厚生労働省からも頼まれて仕事を頂いたりしています。
 発達障害支援法が出来て今年で11年、今までは子供の支援が主でしたが、この6月に法改正がされて大人の支援も充実してくるでしょう。ネッコも何とか頑張って細々と続けています。グループホームもあるのでご希望の方は申し出てください。
                                           〜了〜


*1)精神に障害がある人の「配偶者・パートナーの集い」

日時:2016年9月18日(日) 13:30〜15:30(受付13:00〜)

参加費:無料

会場: 東京都障害者福祉会館(東京都港区芝5-18-2)2階 和室集会室B

定員:30名

申し込み・問い合わせ先:精神に障害がある人の配偶者・パートナーの支援を考える会 

メール:tokyo_partner@yahoo.co.jp

ホームページ:https://seishinpartner.

amebaownd.com/

共催:公益社団法人全国精神保健福祉会連合会(みんなねっと)

*2)特定贈与信託 特定障害者(2級または3級の精神障害者等)の生活の安定を図ることを目的に、親族等が金銭等の財産を信託銀行等に信託するもの。信託銀行等は、信託された財産を管理・運用し、特定障害者の生活費や医療費として定期的に金銭を交付する。特定障害者については3,000 万円を限度として贈与税が非課税となる。

*3)ゼプリオン 否定型抗精神病薬のパリペリドン製剤(内服薬は市販名インヴェガ)の特効性抗精神病薬注射剤(デポ剤)。持続性水懸筋注用で、4週に1回投与。2013年11月発売。1年半で85人の死亡例が出ている。他の注射薬(否定型のリスパダール・コンスタ、エビリファイ、定型のフルデカシンやハロマンス等)と比べ、明らかに多い。

 

*4)ネッコ  オルタナティブ・スペース・ネッコ(Alternative Space Necco)は、大人の発達障害当事者による大人の発達障害当事者のための居場所。西早稲田にある。http://neccocafe.com/

「道しるべ」 28年度版

 都福祉保健局&東京つくし会による都内精神保健福祉に関するあらゆる施設、団体、制度等が記載されている精神障害バイブル的書物です。
 新宿フレンズに1冊(15部いただきましたが先着で差し上げました)あります。関心のある方、必要を感じられた方、役員にお問合せください。

平成17年4月からの新宿フレンズホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿フレンズでは4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿フレンズ会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法        

 
新宿フレンズへのお誘い 

 新宿フレンズでは毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 


編集後記 

 恒例と言って毎年夏の定例会は講師の先生を呼ばずに、自主講座的な活動を行っている。そんな定例会に何人集まるだろうかと不安と期待を持ちながらいざ幕が上がると、なんと四十名前後のメンバーが集まってくれた。そして真剣に、あるいは涙して自らの境遇を語ってくれた。

 一家族の不運としか言いようのない病気を語るのに嘘、偽りはない。また、当事者の発言はハッと気づかされることや、我々親が知らないことを教えてくれること大であった。

 「親亡き後」というテーマが毎年語られるが、名回答というものは無い。特に日本の場合、家族の責任という足かせがお年を召した親に重くのしかかっている。日一日と親は衰えて行く。私自身テレビの番組は健康番組を漁って、食い入るように見ている状況だ。気持ちは若いと思っても、体が言うことを聞かないのである。振り返ってみればこのフレンズ編集も二十年の道である。当時家族会というものすら知らなかった私が会長職に押されて、何となくこんなことでいいのかと会報を作り始めて二十年である。その間、息子が夜暴れ出した、徘徊に出た、伏せっている、といろいろあった。歳を取ったものである。

 そんな状況の中、ついに当新宿フレンズ役員の一人が倒れた。我々家族会役員会も一人欠け、二人欠けという時が目の前に迫っている。早く跡継ぎをと総会の次年度の重要テーマとして掲げているが、なかなか新人役員になる人が集まらない。

 しかし、ここで役員になるメリットを述べさせていただくと、まず最新精神科医療情報を手に入れることができるという点がある。ゆえか役員の息子、娘で手を焼いている当事者は一人もいない。自らの息子、娘さんが可愛いかったら役員になることだ。さあ、手を挙げて欲しい。   

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新宿家族会 E-mail: frenz@big.or.jp