11月 勉強会より
   
グループホームを考える
  
講師  全家連保健福祉研究所 丸山由香先生
                           

 今日はみなさんにグループホームとは一般的にどういうものであるかということや、「ぜんかれん」誌上において実施した実態調査の考察などについてお話しようかと考えております。

1.グループホームとは
 グループホームとはデンマークやスウェーデンなど北欧の国から発生した概念で、デンマーク の「ノーマライゼーション」という思想をベースにしております。ふつう・正常なことをノーマル、ふつうでない・異常のあることをアブノーマルという表現をしますが、「ノーマライゼーション」には「ふつうになろう」「ふつうであること」という意味合いがあります。この思想は、どんなに障害が重くても人には「ふつうの生活」をする権利があって社会はそれを支援する「責任」があるということを打ち出してきたものです。
 スウェーデンでは日本の知的障害者福祉法に当たる法律の中に、この「ノーマライゼーション」の原理というものが反映されております。わが国の精神保険福祉法の中でもこのノーマライゼーションの考え方に従って社会参加ということが謳われはじめてまいりました。この北欧から発した考えに影響を受けて今日に至っているわけなのです。

 スウェーデンの知的障害者グループホームの理念と目的について…
 「社会の中で暮らす」、決して山奥の人里離れたところに隔離するのではなく町の中・社会の中にグループホームを作るのだということです。
 「少人数のグループで」、一人ひとりの暮らしを尊重するという意味では少人数であることが望ましい、今までのように大病院や大規模施設において多人数の中で全体の決まりを押しつけられるのではなく、もっと一人ひとりの意見を聞いて生活してゆくということです。
 「食事は家族と同様な小グループで」、食事というのは人間の基本的な健康の部分を、さらに人との交流を促進するものであります。食事を皆で一緒に食べなくてはいけないのか?という議論も一方では出てくるのですが、家族的な、本当に普通の暮らしのようにやっていくことが大切だということです。
 「余暇の過ごし方は一人ひとりにあわせて」、余暇の過ごし方については今まであまり重要だと考えられておらず、どちらかというと健康であることや、病気を再発させないといったようなことに重きをおきがちでしたが、もっと生活を楽しもうっていう考え方です。
 「ふつうの日常のリズムを味わえるように」、大病院や大規模施設だとどうしても決まりや規則というものに縛られてしまいがちですが、そうではなくてふつうの人が日常で過ごすようなリズムで暮らしていけるようにということです。
 グループホームとは居住サービスです。医療的なサービス・治療や病気の軽減を期待するところではなく、あくまで暮らしという部分に重点を置いたサービスであります。グループホームに入居すると多少いろんな面で変化が起きてきます。例えば病状が安定したりであるとか、人間関係のとり方が上手になるとか、ある部分病気が良くなったように見えることもあるでしょう。けれどもその場合も完全な治療ではなく、生活が変化して生活する力がついてきたという捉え方をします。

2.なぜ必要とされているのか
 「病院を退院した後に自立生活をするための居住の場がない」、精神病院の数についていえば、日本という国の現状は欧米に比べると格段に多くなっていて、一向に減る傾向が無いという異常さなので、先進諸国に遅れをとっている部分を挽回したいという部分もありますが、20年30年と入院生活をされている方などになると、あえて地域に出てアパートを借りる冒険をするよりはと どんどん病院の中に留まる傾向になるようなこともあるので、退院した後にきちんと生活できる場を確保するなど、その人が別の人生をチャレンジする権利というものを保障していく必要があると思っております。
 「家族の高齢化・負担軽減」、ご家族の方が高齢化しているということで、親無き後の生活の保障という表現をされております。今後ずっと面倒を見ていくのが負担になっているということもありますし、適度な距離をとった関係のあり方という観点からもグループホームという場が必要なのではないか、と言われております。
 「一人の大人として家族から自立するための場がない(アパートを借りにくい)」、日本の場合ですと仕事をしてないとアパートを借りにくいとか、保証人の問題ひとつとっても普通にアパートを借りるのが難しいという状況があります。 そこで、家族から自立するための機会の提供ということから必要なのではないかということです。
 「『適度で、ほんの少しの支援』があることで、自立生活をおくることができる人が多くいる」しかし、その『適度な支援』(後述)の加減がまだちょっと難しいものであるとも考えられております。

 その他にも、 大阪の枚方市地域家族会「やなぎ会」が行った生活実態調査によると、「家族の高齢化と扶養能力の低下」「自立はしたいが再発の恐れや、社会生活体験の乏しさ等から来る不安を抱え実現の見通しがない」「閉鎖的同居(おそらく家族と同居していて外との交流が少ないという意味だと思われます)であるほど日常生活能力の低下と自立意欲の減退が顕著である」、そういう生活を長く続けると自立しようという気持ちがなかなか芽生えてこないのではないか?という結果が得られ、社会参加を促進させる場、具体的な日常生活体験を通して自立への自信をつける場として、その家族会ではグループホームを立ち上げようと動いたとのことですが、こういった側面からも必要性が唱えられてきているわけなのです。

3. 『適度で、ほんの少しの支援』とは?
 「不安になったときに話を聞いてもらう人が側にいる」「同じ障害を持つ仲間と知りあい、孤独でない」、 アパートで一人暮しなどをしておりますと、だいたい夜に不安になってきます。どんなサービスが欲しいですか?と障害を持っている本人に聞きますと、相談のサービス、夜困ったときに電話をする場所が欲しいというようなことが結構上位に上がってきます。不安になったときにどういう対処ができるか、どういう援助が利用できるかということが、一人暮し、地域の中で生活する上ではとても大切になってきます。 それに関連して同じ障害を持つ仲間と知りあって孤独でないことも重要であります。
 「基本的な生活状況を見守る人がいる」、 基本的な生活、食生活・身嗜み・生活リズムなどを、決して直接援助するだけではなく、ただ見守ってくれる人がいてくれるというところが、『適度な支援』ではないかと思います。また、そうした生活状況を普段から見守られていると病状の崩れを現わしたりしてきても、一緒に考えて早めに対応できるという長所もあります。
 「自分なりの生活の仕方で挑戦して、失敗したとしても安心して失敗できる場がある」「失敗したあとの適切な助言や対応をする仲間や職員がいること」、 グループホームでは自分の生活をどのように楽しむか?そのためのヒント・手段というものがあります。外へ一緒に出かけたりとか、グループで旅行に行ったりと余暇を楽しむことを一緒に考え、楽しんでくれるということです。次に自分なりの生活の仕方で挑戦できます。もちろん失敗というものが必ずあるでしょうが、失敗したとしても安心して失敗できる場があるということもある意味『適度で、ほんの少しの支援』です。全面的に失敗しないように強力な援助をするわけではなく、ある程度失敗してもいい、失敗してもまた戻ってきてもいい、という安心感がある状態です。
 「個人の生活の権利が最優先である。しかし、『適度さ』のある生活、人間関係が肝心」、 個人の生活の権利というのが最優先ではあるのですが、他人と生活を共にするということは居住空間を共有するわけですので、お手洗いやリビングが共同ですし、テレビ番組の争いなどどうしても人間関係のイザコザはつきまとってきます。そういった人間関係の煩わしさや、社会生活のルールというものはありますが、ある部分では調整する人がいて、なおかつそのルールを学びながら、お互いがどういう関係でいたらいいのか、ということを共に考え合う場でもあります。

 もうひとつ重要なのは、医療機関あるいは専門家の人達とどういう風に連携をとっていくのか、ということです。グループホームの規定にも、精神科医の顧問を置くこと、というふうに決まってはいますが、どの部分までホームで責任を持つのか、専門的な支援をどこでつなぐのか、専門機関に依頼するときの手順は、…など『適度で、ほんの少し』という意味でも、そういった具体的な関係のあり方もある程度考えておく必要があります。
4.グループホームの生活とケア
 [1]ゆったりと自由な暮らし:一人ひとりのリズムやペースを支えるケア/ゆったりと自由な暮らしを尊重し、一人ひとりのリズムやペースを支える援助です。共同生活としての最低源の日課というものはありますが、しかし一方的に日課をこちらが押し付けると、本人の側で非常に混乱しますし、これは痴呆・高齢者のグループホームにも言えることなのですが、日課を押し付けられる印象を与えられると非常に息苦しいものでありますので、それはないほうがいいと思います。
 [2]穏やかで安らぎのある暮らし:ストレスを緩和し、不安や混乱を予防する/本当に些細なことで動揺しやすいことが多い方々です。例えば隣の物音や日差し、あとはスタッフや同居者の態度、そういったことが非常にストレスになります。顔を見たくなければ自分の部屋に閉じ篭っていることも可能かもしれません。けれども小規模な空間ですので、閉じ篭った部屋の隣の音が非常に気になるであるとか、閉じ篭ろうと思っても二人部屋であるなど人間関係の摩擦を受けやすいのです。どうやってストレスを緩和していくのか?グループホームを選ぶ・造るというときに、周囲の環境というのは要注意ですが、スペースの確保も非常に大事です。

 [3]自分でやれる、喜びと達成感のある暮らし:秘めている力を生かし、暮らしの自立を目指すケア/自宅ではもしかしたら御家族に甘えていて、できなかったこともあるかもしれません、あるいは、できなかったのではなく、やらなかっただけかもしれなくて、やってみる意外ととできることもあるかもしれません。喜びと達成感のある暮らしを叶えていくためには、秘めている力、あるいは全然見てこなかった力を、ちょっとずつ自分で経験することによってできてくる可能性もあります。そして大病院や大規模施設ではなく少人数で暮らしていますので、一人ひとりの細かな生活の状況を見ることができます。職員なり入居者同士なり、ちょっとしたお互いの変化を見続けて、良く変わった部分「こういうことができるようになったね」「だいぶ生活のリズムが整って作業所にも通えるようになったね」「だいぶ外に出るようになって服装も変わってきたね」等々、そうした一つひとつを見ることができますし、その人の持っている力を充分に伸ばしていくことができます。

 [4]自分の思いや意志が大切にされる暮らし:深いコミュニケーションと自己決定を生み出すケア/グループの中で決まりを作ることがあるのですが、決まりといってもその人ごとに考えがありますので、一人ひとり思いや意見を聞いて尊重しながら作っていくことが必要になってきます。

 [5]自分らしさや誇りを保った暮らし:個性を見いだし、自信と自立を高めるケア/いろいろな過去の生活を背負って入ってきます。御家族との関係、入院当時の体験、若い頃どのような生活をしてきたのか、等々、全然経験が違ってきます。それぞれが過去にどのような生活を送っていたのか、個別性を見出し、日常の中で取り戻していくことが求められますし、その人が今まで大切にしてきたこと楽しんできたこと、趣味だとかそういったことにも注目して関係を深めていくことが大切になってきます。

 [6]生活のはりあいや楽しみがふんだんにある暮らし:家庭の暮らしの豊かさをいかした生活

 [7]どんなときでも尊厳を保たれた暮らし:自尊心を守り支えるケア/他の人に知られることなく、そっとスタッフの助けを受けられたり失敗が目立たないようにカバーされることで自尊心が保たれます。
 [8]仲間といっしょの楽しい暮らし:仲間の力をいかしたケア

 [9]外に開かれた生活:地域や自然をいかしながらのケア/グループホームの中には、友人が入ってくるのは禁止としたり、家族が面会に来るのを拒むのはあまりないと思うのですが、外の人との交流が保てたり、買い物だとか自然を楽しんだりとか、決して閉じ込められた生活にならないようにすることも重要です。

 [10]家族と共に楽しめる(安心できる) 。

 [11]健康に対して不安にならなくてよい生活/これは精神障害者の方には一番大切かもしれませんが、健康に対して不安にならなくてよい生活が保障されていたり、日常のちょっと疑問に思ったことに応えてくれる職員がいることが安心につながります。もちろん薬一つひとつとか病気の詳しいこととか分からなくてもいいのですが、大まかな知識というのは必要だと思います。また日常の往診・通院体制に加え、いざというときにどこへ連絡するのか、専門機関とどうやって繋がっていくのかということをキチっとしておかなくてはいけません。

◎ 『関東地区における精神障害者グループホーム調査 〜援助の現状と課題〜(Review誌 2000# No.31)』より
 調査対象:千葉県・埼玉県・東京県・神奈川県内の精神障害者グループホーム(平成10年3月以前に設立済みの154施設)の[1]主たる世話人・[2]運営、設置主体関係者・[3]入居者/回答:129施設([3]入居者については計596人中460人)

○グループホームの概要
 ホーム数の多いのが東京・神奈川と続いて、埼玉・千葉というのは非常に数が少なくなります。設置運営主体について、東京・神奈川では自治体独自の補助が出ていることが法人以外の参加を促すことにつながっているようで、任意団体立のホームが非常に多くなっております(東京+神奈川、医療法人9施設/8.4%、社会福祉法人など13施設/12.1%、任意団体85施設/79.4%)。例えば東京都の場合7百何十万円かの補助金があることが、家族会や市民の会などがグループホームを非常に建てやすくしている一方、埼玉・千葉の補助金は3百万円程度となっております(埼玉+千葉、医療法人8施設/36.4%、社会福祉法人など12施設/54.5%、任意団体2施設/9.1%)。
 入居期限について、グループホームは自立生活を目指す場であるというのが暗黙の了解といった文言がありますのが、自立をするのであればいつまでもホームにいていいのか、逆に、ある程度は自立できたらアパートに出なくてはいけないのではないか?という問題も考えられます。東京の現状を見ますと「期限がある」というふうに回答したのが3施設(4.7%)。しかし、2年で出ることとなっていたとしても実際に2年で出たというのはほとんどないわけです。いちばん多いのは「期限はあるが変更可能」34施設(53.1%)というもので、例えば2年を期限として必要に応じて更新というふうにしていて、本人と意志を確認しあうという形態です。「期限はない」本人が好きなだけ住んでいていい永住型のホームが26施設(40.6%)でした。神奈川県では期限なしというのが八割を超えており(83.7%)、東京と神奈川でタイプが異なると見受けられます。

○職員(世話人)の状況および支援体制
 雇用状況について、 常勤で雇われている者が7割(76.7%)、作業所の職員と兼務の者がいて、昼間は作業所にいて、何かホームで困ったことがあったり対応しなくてはいけないときにホームに行くというふうに兼務している場合があります。あと、これはあってはならないことだと思っているのですが、病院職員と兼務している場合もあります。つまり病院のソーシャルワーカーがグループホームの担当職員となっていて、昼間 病院のデイケアに来て職員と顔を合わせて様子を見る。その病院を利用されている方がホームに帰って、何かまた相談に乗ったり援助してもらうのは、また病院の職員であるということなのですが、その方は結局24時間病院職員との関係が続いてしまうわけです。この状況は東京ではほとんどなく、千葉・埼玉で多いようです。けれども、「地域のなかで暮らす・社会のなかで暮らす」という理念には非常に反するのではと考えております。(雇用状況:全体、常勤99名/76.7%、パート・アルバイト9名/7.0%、作業所職員などと兼務15名/10.9%、病院職員と兼務など6名/11.6%)

 夜間のケア体制:職員の泊まり込みの有無について、 四割(42.6%)は「泊まり込みなし」となっており、あと半数(49.6%)は「状況によって泊まる」となっており、新しい入居者が来たという場合はしばらく様子を見るために職員が泊まって様子を見るとか、月に何回かは職員が泊まって夜の状況を把握するというような場合です。その間はポケットベルなり携帯電話なりを職員が持っていて何かあったら連絡をとるようになっております。痴呆高齢者や知的障害者のグループホームにおいてはだいたい職員は泊り込む体制なのですが、精神障害の場合はほとんど泊り込まずにやっていけてる場合が多いようです。

○援助の状況
 入居者全体に行っている援助について、 実際に何がなされているのかということなのですが、皆で機会をもってミーティングを行うということが一番多く行われております。皆でレクリエーション、ミーティングというのは共同生活を行っていくうえである程度 必須ということになってくるのですが、レクリエーションの質については、皆で同じことをやるのか、あるいは一人ひとりやりたいように希望を生かしているかどうかということまで問うていないので、もしかしたら強制的なものかなという気がするのですが、皆でやるということにまだ重きが置かれているのかなと思っております。
 次に多いのが夕食会と夕食提供。東京では食事は自炊というホームが多いのですが、それを続けるのも大変ですし、皆と交流する機会も少なくなります。夕食会とは、食事を楽しむということを目的に、月あるいは週に何回か交流の場を設けることをいいます。夕食提供というのは、平日の夕食は必ず提供しているということです。
 個々の入居者への援助がどこまで必要になっているかついて、グループホームといいますと今まではメンバー全員に援助をするというふうに考えてきたのですが、一人ひとりの生活の部分にどこまで関わっているのだろうかということがあります。例えば一人ひとり誰かの具合が悪くなって何日も御飯を食べてないようだとか、ちょっと調子が悪くなって部屋が汚くなっていてお風呂も入ってないようであるとか、カビだらけになっているような感じであるとか、ちょっと放っとけない状況になってしまうことがあります。そこで一人ひとりの生活のスペースに職員が入り込んでいいのかといったような問題がでてきます。
 例えば病院で長く生活しておりますと、着替えも職員に見られたりとか、場合によっては鍵のかかっていないトイレであるなど、一人ひとりのスペースが保障されていない、あけすけの状態であるとするならば、ホームは一人ひとりのスペースをきちんと守ろうというポリシーがあります。けれども本人が作業所とかに出かけていたときにちゃんと掃除しているのかと心配になって職員が個人の部屋を調べる。そういったことはプライバシーの侵害になりますので、それはあってはならないことだと思います。けれども、ある程度では個人の生活状況をみるということも必要になってきますので、どの辺りまで職員が了解しながら個人の援助をしていくかというのは、慎重に考えていかなくてはならない問題であるのではないかと思っております。

 入居者からみたホームにおける援助について、 入居者が職員から援助してもらっているというもので一番多かったのが「職員と入居者との和やかな雰囲気づくり」46.7 %、次に多いのが「掃除とか洗濯、食事など家事の援助をしてもらっている」42.4%という回答で、ここらへんはもう少し職員に援助してもらいたいと考えているところでしょう。一番多かったのは「個人的な悩みの相談にもっと乗ってもらいたい」21.3 %とか、「入居者同士の人間関係」19.1%や「職員と入居者とのなごやかな雰囲気づくり」19.6%であるとか、個人の悩みや人間関係といった、わりと心の面の交流とか援助というものを希望しているのではということをここから考察することができます。
 職員に「ホームでの暮らし・援助をしていくうえでどんなことが大変ですか」ということを質問していくと、いちばん多いのが「入居者とのトラブル」となっていて(129人中72人が該当)、人間関係というものをうまくもっていくのに入居者本人だけでなく、職員も楽ではないというのが分かります。

5. さまざまなタイプのホーム
 グループホーム入居中の生活だけでなく、退居後の生活を意識した関わりを提供してるホームがあります。例えば社会生活訓練プログラムのようなものを組んで、お料理の勉強をしたりとか、人との関係のとり方を練習したりとか、一緒にトレーニングをしているところもあります。
 対象について、あえて青年期の方に限って受け入れているホームもあります。人間関係を作る上で非常に高齢の方と若い方が一緒に暮らしておりますと、生活のパターンが合わなかったり、話が合わなかったり、価値観が合わなかったりといろいろありますので、近い年齢である程度固まっていたほうがいい場合もあります。東京には青年期の方だけを中心にしているある有名なホームがあります。あとは、女性中心・男性中心と性別を分けているホームが多いと思いますが、男女混合で個室というホームも存在しているようです。

  建物の特徴について、[1]一戸建の住居に複数の人が入居。ある例では親御さんがお亡くなりになって残っているのが結構大きなお家だったので、障害をもった御本人と相続したうえで、余った部屋をグループホームとして使ったという例もあります。そういった住居の場合はトイレや台所が全部共同になりますし、ふすまで囲まれた部屋で生活しなければならないと思います。生活音(くしゃみ・いびき等が)筒抜けになるような生活環境にならざるを得ないことがあります。
[2]複数の建物を利用するサテライト(衛星)型、一戸建の住居を中心として、他にアパートを何件か借りるといった形態です。
[3]同居、一人ひとりの部屋が確保されているというのが理想ではありますが、中には同居を強いられている場合もあります。[4]ワンルームタイプのアパートなどを一人一戸ずつ利用、そうなると一人ひとりが普通の町で自立生活をしているのと何ら変わりのない形でやっております。トイレや流しも一人一つずつ完全に使うことができますし、ただそうなるとワンルームなりアパートなりの部屋に閉じ篭ってしまうということもありますので、どのように様子をみていくのか、交流を持つかということが課題になってくるかと思います。

 サービス内容のパターンですが、[1]共通の食事を毎日提供するパターン、主に夕食を一緒にとることで、お互いに毎日の様子を確認でき、一定の栄養も確保されている。
[2]定期的な食事提供はないが食事会を催すパターン。
[3]まったく、夕食の提供はないし、毎日訪問して「様子はどうですか」を繰り返しているパターンの援助もあります。もちろん夕食会とかレクリエーションとかも行われているのですが、職員が遠くはなれたお家を訪問して、無事を確認してまわることを中心にしているようです。

 一般的な話で終わってしまったんですが、また質問などしていただいて話を広げていただければと思います

(紙面の都合で質疑応答は省略させていただきました。また、フレンズ編集室ではフレンズ紙面、HP「勉強会」問わず読者の皆さまからのご質問、ご意見、ご提案をお待ちしております。フレンズ発行元への郵送、あるいはE-mailでお寄せ下さい)


編集後記

 早いもので、今年も残すところ十数日となりました。年初に誓いを立て、日々精進しようと決意だけはするものの、なかなか実践が伴わないというパターンを今年も繰り返してしまった気がしております。ミレニアムだとなんだと騒いでも、一年は一年でしかなく、怖じけずに何でもやってみるしかないと考える今日この頃ではあります。
 前置きが長くなりました。自分の転機にと始めたことではありますが、仕上げるだけで精一杯というのが現状であります。  
 場の雰囲気を伝えるのは難しく、とくに今回は直に聴講していないため、テープを聞きつつ資料と突き会わせる作業となってしまいました。うまく講演内容を反映しているか、読みやすいものになっているか不安はあります。己の不勉強を恥じるところではありますが、一読いただいてご意見などお聞かせいただければ幸いであります。
 現在、老人福祉施設で働いている身ではありますが、やはりそこでも距離のとり方などに自分なりに四苦八苦しております。この講演をどうフィードバックさせればいいのか?今後の仕事の中で怖じけずに試していくしかないと気持ちを新たにしました。そして、この講演に関わった全ての方々と共に新たな始まりを迎えられますように、それを来年への祈りとして筆を置きます。     ボランティア ・菊池


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新宿家族会 E-mail: frenz@big.or.jp