5月勉強会 

  日本の伝統文化と心の障害

     〜森田療法との関係から考える〜

      講師 ノンフィクションライター 光森忠勝さん



 私は精神医学や臨床心理学を専攻したわけではありませんので、この場で何を話したらいいのかと迷いました。たまたまこの本(「伝統芸能に学ぶ〜躾けと父親〜」恒文社¥2500)を書いたときに岡崎さん(司会に会いまして、日本の古典芸能の芸の継承の仕方、芸そのものの心得、訓練というものが心の領域で精神療法に深く関わっているのではなかろうかと、それが私が伝統芸能に関わっていく理由でもあったわけで、そういう話ならと引き受けた次第です。そこで、その辺の私の経験的な経緯をお話しして本論を導きだしてみたいと思います。sに会いまして、日本の古典芸能の芸の継承の仕方、芸そのものの心得、訓練というものが心の領域で精神療法に深く関わっているのではなかろうかと、それが私が伝統芸能に関わっていく理由でもあったわけで、そういう話ならと引き受けた次第です。そこで、その辺の私の経験的な経緯をお話しして本論を導きだしてみたいと思います。

 私は1943年(S18年)、満州で生まれ、戦中九州の湯布院に引きあげてきまして、大学に入るまではここで育ちました。当時の湯布院は湯治の温泉村で、田舎そのものでした。大学に入る時に始めて東京に出て、いきなりジャズ喫茶なんてところに連れていかれて、東京の凄さの洗礼を受けました。大学では演劇に関心をもちまして、当時江田和雄住職(東京・茗荷谷 林泉寺)とめぐり合い、その方が「人間座」という劇団を結成して、前衛的ともいえる演劇を目指していましたが、そこに私は出入りするようになりました。 

 しかし、経済的には苦しい生活でしたから、週刊誌の記者などで生計を立てていました。そうした中でも演劇から離れることはできずにいましたとき、明治座で猿之助の『八犬伝』という歌舞伎と出会いました。始めて見た歌舞伎に私は演劇以上に前衛的なものを感じて衝撃的でした。

 そんな折にこんどはビートたけしの師匠格である南ケンジという漫談家と会いまして、この方はガンでした。この方ガンをネタにして、非常に面白い話をしてくれましが、ある記事から私は笑いが持つ免疫力とでもいうべきものを知りました。記事を書いたのは倉敷の伊丹さんという医師ですが、その原点は森田療法だと知らされました。

 ガンにかかった人は大部分の方はうつになるといいます。そこには「死の恐怖」というものがあるからと考えたのです。伊丹さんはこれに森田療法をつかったというのです。森田療法の生活方針をもとに一日一日をちゃんと生きましょう、という生活をガン患者に勧めています。それからなぜこうなったかという理由を問いません。それはガンなんていうのは「どうしてこうなったか」ということを考えてもどうにもならないからです。それより一日一日をちゃんとやりましょう、ということです。それはどういうことかと言えば、身体と心はひとつで、ちゃんと生活していればうつの症状がだんだんと薄らいでいくという考え方です。

 もう一つはフロイトのいう「気づき」と出会って、気づきに関心をもったことでした。気づきはこれがこうなって、だからこうなんだという理屈から入る気づきではないと思います。それは、アーチストなどが創作する際のひらめきに似たようなものだろうと思います。つまり「感動」のようなものだろうと思います。その感動のようなものがない限り、心の奥深い(と私は言っています)部分を動かすことができないと思うのです。

 しかし、この感動を生むということはなかなかできるものではないことは皆さんもご存じの通りです。演劇において絵空事(フィクション)をやっているのに感動を与えるのはなぜか、絶対といってもいいほど内容(理屈)がわかるからといって感動は生まれません。絵でも「わかる」という絵なんていうのは少しも面白くないし、感動というものは生まれません。それはなぜか、意識の深いところから出てきている問題だからだと思います。

 森田療法では、その意識の働きを「生の欲望と死の恐怖」という言葉で説明します。これは神経症の理論ですが、精神障害に関しても名称は症状に合わせてつけた名前ですから、それにこだわる必要はない思います。心の障害の形態について、森田正馬先生(森田療法創始者)は自分の悩みを内へ内へと向けて、そればかり思い悩んでいると、注意が集中して感覚が鋭敏になり、意識が狭窄する、それが、ぐるぐる回ってさらに内へ内へ入っていく。これが心の障害を起こすメカニズムではないかとうことです。

 「死の恐怖」を無くすことは不可能ですが、精神交互作用=「とらわれ」の規制といっています「生の欲望」が旺盛であれば、「死の恐怖」の悩みが薄らいでいき、気にならなくなるという考えです。相互の関係を変えるにはどうすればいいか。それは、内へ内へと向かっていた精神エネルギーを外へ外へと向けなければいけない、としているわけです。それはどうすればいいか。

 森田療法では、アウトドア活動という治療に取り入れた時代がありました。富士山に登ったり、狭山湖を何周回るとかです。要するに身体を動かすことです。身体を動かすことで、心の障害が自然と薄らいでいくというやり方です。人はあることに集中したときに、痛みを忘れるということがあります。演劇でいうと、涙を流す悲しい場面に感動したときは自らの心の痛みは忘れています。芸能、芸術というものが今日まで続いているのは、そうした芸のもつ効用があったからだろう思います。

 では、芸能であれば何でもいいか。私はそれを伝統芸能にこだわりました。なぜかといいますと、日本の伝統芸能の芸の訓練、心得の習得は西洋のそれとは異なっています。西洋には訓練を受けるための訓練というものがありますが、日本の伝統芸能の訓練はいきなり実践から入ります。

 5歳、6歳の子供が歌舞伎の稽古を始めるとき、まず礼儀を教わります。そして師匠のやり方を何回も何回も真似て覚えます。型の模倣です。特に日本の型は美意識にこだわります。しかし、それは合理的な美意識です。それを何回も練習しながら身につけるやり方です。そこには理屈はありません。意識の底で学びとります。無意識と言えるかもしれません。それは要するに「五感」、それに「識」をプラスした「六識」による修得だろうと思います。

 もう一つ伝統芸能の芸の口伝に「離見の見」という言葉がありますが、これは自らの芸の姿を自ら見なさいということです。簡単にいえば、その役になりきってはいけません、ということです。自分を自分で批評する心の動き、これも意識の奥深いところでの問題だろうと思います。

 安保徹(あぼ とおる)さんという免疫学を研究している新潟大学大学院医学部教授がおりますが、現代の医療に関して批判的です。それは身体全体を見ない、という批判をしています。人は身体を動かす。筋肉を動かす。心の問題でも、感じたとたんにどうすることもできない。怒り、悲しみ、喜びの感情が起こったとき、これを意識して抑えることはできません。森田療法では身体を動かして感情を自然コントロールするというか、気にならないようにしていますが、これも無意識のレベルで行っていることでしょう。

 安保先生は意識でコントロールできない免疫でいうと、体温と血行に結び付くという説をとっています。身体を動かすと筋肉から発熱します。筋肉から発熱すると血行がよくなり、免疫の働き、自律神経の働きがよくなる、さらに神経伝達物質につながってくると考えています。森田療法と安保先生の免疫学とは「身体、無意識、自然」というとらえ方で一致すると考えています。

 森田療法では絶対臥褥(ぜったいがじょく)という入院療法があります。これは食事と排泄と洗面以外は一切行わない、という治療法です。本を呼んでもいけない、たばこもいけない。1週間とにかく寝たきりにします。そうすると3日目か4日目くらいで居ても立ってもいられなくなります。しかし、そのあとスーっとその症状が引いてくるそうです。そして1週間の絶対臥褥が終わると今度は外に出て自然を見る。散歩をする。3週間目あたりから軽作業を行います。当時は薪割りとか掃除でしたが、今は音楽療法とか、サイコドラマなどを行ったりします。最後に社会に出て馴らし運転をして、治療のプロセスが終わります。

 そこで先ほどの安保先生の話しに戻りますが、先生は人が病を得て、血圧が上がる、熱が出る、炎症を起こすのも、治癒反応だといいます。ところが現代の医療は熱が出たら冷やす、炎症が起きたら炎症を抑える薬を飲んだり薬を塗る。これは応急処置としてはいいが、半年以上長期的に服用するのは疑問だと警告しています。安保先生はこの治癒反応が自然に消えるまで耐えて待つ必要があるといいます。そこから考えて私は森田療法の絶対臥褥で、3〜4日で現われる居ても立ってもいられない症状も治癒反応ではないかと思います。

 さて、先ほどから無意識という言葉を使っていますが、心の障害の治療に当たってこの無意識の部分に何かを作用させることによって効果を生むことができるのではないか、それが精神療法だと思います。その治療法として、肉体を使った心理療法の一つが音楽療法だと思います。ある交通事故に遭って意識不明状態に陥った人に音楽を聞かせたら反応を示したというのです。それは、五感プラス識のレベルで反応を示したわけで、心の障害においても、それは通じるものがあると思います。

 私はウオーキングの雑誌の取材にも携わっており、そんな中で知ったのですが、黒川順夫先生、うつ病のことでは話題になっている先生ですが、この先生が、ある当事者が歩くことで20年間のひきこもりから抜け出したという事例を報告していました。先生はきょうはどこまで歩く、明日はそれより少し遠くへ、その次はさらに遠くへと距離を伸ばして半年かかって電車に乗れるようになったと話しています。

 自分のできる範囲から少しづつ少しづつ伸ばしていく。この病気は一気に治るというものではありません。そこにくるまでには十年、二十年の積み重ねがあって、それらを徐々に解決していく必要があります。ですから時間をかけて治す以外には方法はないと思います。それは私は医師ではありませんから断定はできませんが、これまでこの病気との関わりの中で感じるところです。

 安保先生と話していて言われたことですが、ここ20年くらいがパーキンソン病が増えてきているそうです。それは先生が言うには、現代の生活が便利になり過ぎている結果の一つであろう、人は楽をしてもいけない、無理をしてもいけない、といいます。日常生活の中で身体を動かすということで免疫の働きや神経伝達物質の働きがあり、意識の届かないところに何らかの刺激を与えることになるのではないか、と言ってますが私も同じように考えています。

 森田療法の絶対臥褥は神経症を対象にしているというのが定説ですが、最近はうつ病でも慢性化したうつ病では神経症化していると考える先生が多いようです。それから治りにくいうつは神経症的なものとしてみる方もいます。ですから森田療法では絶対臥褥をうつの治療として取り入れています。通常、初期のうつであると、最初の1週間の絶対臥褥で、いつまでも寝ているそうです。それは神経症とうつの違いで、病気の判断材料にもなっています。これまで最長で12日くらい寝ていた例もあったそうです。

 森田療法では統合失調症を含めて、ほとんど精神疾患を対象にしていますが、唯一はずしているのが「ヒステリー」です。あるいは「人格障害」です。これらの症状は外部に暴力をふるうなどの行為が出ていく症状です。森田療法は内部に向かっていくものを対象にしていたわけですが、外部に向かうものは対象としていないといえます。

 先日、精神医学のシンポジウムがあって出てみましたが、山中康裕先生という京都大学大学院教授が「カウンセリングのとき、ハイハイとだけ答えていると殺されることもあるだろう」というのです。これが外部に向かう症状だろうと思います。これは森田療法では扱ってない症状といえます。

 以上のことからまとめますと、心の障害から立ち直るには身体を動かすこと、それから感動というのは意識の深いところで何らかの刺激を与えないと生まれないのではないだろうか、ということです。これまで、精神医学では脳機能の原理がわかれば精神障害も解決するという説をもっている先生が多くおりました。

 しかし、人間の脳というのはそれほど簡単なものではないだろうと思います。わかればわかるほど脳はもっと奥が深いということが分かるはずです。ロボットが二足歩行を行っただけで大発見だと大騒ぎしていますが、人間の子供は1年もすれば大人たちの歩く姿を見て二足歩行を始めます。これだけ見ても、いかに科学技術が進歩しても、人間の脳内のしくみを解明することはここ二・三十年では不可能ではないかと思います。

 ただ、こういう学問は必要だと思いますが、それだけで心の病気を脳機能だけで解明していくことは無理だろうとおもうのです。やはりエネルギーを石炭や石油に頼るような生活になったときから問題は始まったと思うのです。できるだけ自然な生活を心掛けるのが最良の治療法ではないかと考えます。冒頭申し上げましたように私は専門医ではありません。一応話はこの辺で一旦終わらせて、後半は皆さんと討論という形で進められればと思います。

司会 光森さん、ありがとうございました。きょうは従来の精神科専門医の先生方とは違った角度からこの病気をみてみるのも意義があるだろうということで光森さんにお願いしました。私たちは日ごろから薬のことや症状のことについては関心をもって患者さんを見ていますが、もしかしたらもっと心の奥深いところが解決したら薬以上の治療効果が表れるかもしれません。後半は、その辺を光森さんと一緒に考えてみたいと思います。

後半(敬称略)

光森 森田療法をもう少し説明しますと、大正の半ばくらいから昭和のはじめくらいに完成されたものです。いまでは精神(心理)療法的にみられておりますが、当時、精神の病気のいい薬はありませんでしたから、森田療法は医学的な治療で出発しておりました。しかし、科学的にその治癒の根拠を証明するのが難しく、その医学的理論を組み立てているうちに原理・原則が薄まったのではないかと思います。しかし治療の効果は抜群です。もっと身体で覚えるということを謳ったほうが良かったと思います。

 森田療法の言葉に「あるがまま」というのがあります。あるがまま療法とか、不問療法・・・つまり、感情を何とか無くそうと思わないで、それを「あるがまま」に受けとめて過去のことをあえて問わず、その日その日のことをちゃんとやるという治療方針です。森田療法を研究されたり実践されている医学者は多くおりますが、日本の精神医学として唯一世界に誇れる精神療法といっても差し支えないと思います。

 現在東京狛江市の東京慈恵会医科大学第三病院が森田療法の拠点になっております。そのほかに、全国に森田療法を治療法としている診療所、クリニックは多々あります。(一覧・別表)

質問1 私は森田療法の「生活の発見会」に参加しています。そこで言われたことは統合失調症に森田療法は効果が見られないとききました。

光森 私が信頼している大原健士郎先生は例えば20人の神経症の入院患者さんがいたら、3人くらいまでは統合失調症の患者がいても大丈夫だといってます。ただ、最近は森田療法を神経症に限る治療法と決めない意見が増えています。特にうつ病は森田療法は効果が期待できるのではないでしょうか。

 いずれにしても精神科の病気は原因がはっきりわかっていないわけですから、そうすると人間を自然の生活に戻すためには何をやればいいかということから考えを始めている方法だということです。森田療法の基本的な考え方は、注意を集中させる、集中すると感覚が鋭敏になる、鋭敏になると意識が狭窄する、これがグルグル回って、ラセン状に内へ内へと向かっていって、最後は「死の恐怖」の精神エネルギーが「生の欲望」を圧倒してしまう。そのためには気持を、内へではなく外へ出しなさい、外へ注意を向けなさい、というものです。

質問2 私の息子は36歳になりますが、今言われた内へ内への考えで、会社の業績が悪いのはオレのせいだ、このままだと会社がつぶれてしまう、ということで悩んでいます。私は父親として、そんなことで会社はつぶれないからそんなに心配するな、楽に生きろといいますが、全く意に介さないわけです。そして、ある人に言わせますと、私がそうして息子の「大丈夫だ、大丈夫だ」というのもある種の脅迫(プレッシャー)だ、というのです。そうしますと私としては何を言ったらいいのかわからなくなるんです。

光森 息子さんは趣味のようなものはお持ちにならないのですか。趣味は精神エネルギー、気持を外へ外へ向ける働きがあると思っています。そういうものが何か一つあればいいと思いますがね。それから、お芝居でも音楽でも聴きに行って、そうしたものから感動するものと触れられれば道が開けてくるように思います。山登りなんかもいいんでしょうけどね。

質問3 私(母親)の息子は結婚して別居していますが、嫁さんから「あなたは息子をどのように育てたのですか」と詰問され、返事ができませんでした。嫁は規律正しく育てられたようですが、私もそんな言われ方をするほど息子を甘やかして育てたつもりはありません。息子の姉(娘)はしっかり育ってバリバリ仕事をやっています。なぜ、息子だけこんなことになったのかわかりません。

光森 今の世の中というのは基本的に鋭敏な人たちは生きにくい世の中になっていますね。これは間違いのない事実だと思います。あなたの息子さんの場合は、一旦今の生活を断ち切ることが必要だと思います。会社勤めの生活を辞めることです。要するにライフスタイルをどう変えるかしかないのではないでしょうか。いまの息子さんはどっかで無理をしていると思います。僕のようなフリーで生活していると、そうした無理がありません。でも生活はピーピーで苦しいですけどね。(笑い)端的にいって出世とか、金儲けとか、名誉とか、そういうものを一回捨ててみるくらいの覚悟が必要だろう思います。

 もう一つ、私はかつて港区六本木に住んでいましたが、現在は東京都下五日市という町に住んでいます。気がついてみると、五日市という田舎の町ではシックな色が合うのですが、六本木では原色のネオンの中で、黒とかの色がきれいに見えるんです。それほど人間の感覚が都会の生活と田園生活では違いがありますからね。昔、転地療法というのが在りましたが、それくらいのものを考えてもいいんじゃないかと思いますね。

 要するに今日本人は無理しているんです。これだけ裕福で、これほどいろんなモノが溢れていて、いくら不景気だといってもヨーロッパのそれと比べたら、まだまだ日本の方が豊かです。そしたら、根本的に考え方を改めることも可能だとおもいますがいかがですか。今の地位、今の経済(収入)、そういうものを維持しようとすると、別な精神的な部分が破綻するということだと思うのです。

質問3−2 私もそういう思いでおりますが、息子たちが断ち切れないのです。私はもっと目線を下げたらどうかといいますが・・・。

光森 目線を下げるということとは違います。生き方を変えることです。農業でもいい、漁業でもいい。いま、こうした世界で新しい技術が待たれていますから、そういうところに息子さんの技術が生かされれば、会社の人間関係もなくなるし、生きがいも変わってくると思います。

司会 そこにはやはり光森さんが冒頭で言われた「感動」がご本人にどう芽生えるか、がキーポイントだと思いますが、いかがですか。

質問4 森田療法は薬物療法を否定しているのですか。

光森 否定はしていません。並行して治療を行いますが、精神科の病気は薬だけでは治らないという発想です。要するに原因がわからないわけですから、対処療法で発作を抑えるために薬物を使う、気分が落ち込んでいるときに抗うつ剤を使うとかです。それに精神療法を並行して行うということです。

(紙面の都合でこの辺で抄録は割ります)


森田療法実施医療機関の紹介(一部)

慈恵医大第三病院森田療法室  東京都
            TEL.03-3480-1151 

鈴木知準診療所  東京都   
           TEL.03-3384-2255

森田療法クリニック 東京都新宿区上落合
            TEL.03-5996-6646

森田療法研究所 東京都
            TEL.03-3460-0601

光洋クリニック・四谷 東京都
            TEL.03-5919-3557

光洋クリニック・光が丘 東京都
            TEL.03-3999-7735

横浜相原病院 横浜市
            TEL.045-362-7111

聖マリアンナ医大精神科  川崎市 
             TEL.044-977-8111 

鶴井医院    藤沢市
          TEL.0466-22-5617

浜松医大精神科 浜松市
           TEL.053-435-2635

三島森田病院 三島市
           TEL.0559-86-3337

三聖病院 京都市
           TEL.075-541-3118

高知医大神経精神科 南国市  
           TEL.0888-66-5811

九州大学付属病院精神科 福岡市
           TEL.092-641-1151

福岡心身クリニック 福岡市
           TEL.092-477-8181

ほかにも数多くの森田療法施設はあります。

フレンズ・当事者の講演記録CD・第3弾

  CD「日本人の良心」
    
森元美代治さんの証言

 ハンセン病体験者から学ぶ「偏見」問題。周囲はおろか家族からも「死んでくれたらいい」と言われながらも生き抜いた、その生きる原点は何なのか?涙ながらに語る森元さんの言葉は私たちに「人の良心」を教えてくれているようです。

頒価 ¥1,000 (送料¥200別)

申込 フレンズ編集室
シルバーリボン


編集後記

 熱い日が続いている関東地方の一方で新潟・福島地方では未曾有の大雨である。自然の前に人間のスケールのあまりの小ささを見せつけられた。私たち人類は自然というものを操作し、人類にとって都合よく利用できると自信をもっていた。石油エネルギーを使い、おいしいところだけを食べ、好き勝手に物を捨てていた。そうした私たちの生活習慣とこの大雨は無関係だろうか。いま、「自然災害」という言葉を改めて考え直す。

 光森さんの話から森田療法に「あるがまま療法」という療法があると教えられた。詳しく内容はお聞きしなかったが、なんとなく想像できる。森田療法の根底に流れる思想は、この自然災害にも似た、自然の前に我々人類はどうすることもできない生命体として生かされている、という認識を踏まえ、「あるがまま」に生きて、人間の本来もっている自然治癒力を引き出そうというものであろう。

 光森さんと私とはお話にも出てきた、林泉寺前住職・江田和雄和尚のもとで、坐禅の会でいっしょしたことが出会いのきっかけであった。江田和尚が口癖のようにいっていた言葉「我々は自然に生かされていることに感謝しなければならない」は、いまも私の脳裏に焼きついている。

 そして、いまだ原因解明されない精神障害であるが、これも自然のなせる業と考えるならば、ある種感謝にも似た気持で接することはできないだろうか。さすれば自然は必ず我々に良き果報をもたらしてくれるに違いない。                           

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新宿家族会 E-mail: frenz@big.or.jp