01年05月 勉強会より

 「アメリカの精神医療情報」                                                     
                     
                    講師 元・在米精神科医 中久喜 雅文 先生
               
(新宿家族会では「分裂病」改名を願い、中久喜先生の病名部分を英語名「スキゾフレニア」と書き換えて表現しています。皆さまのご意見をお寄せください)


皆さんこんにちは、簡単に、私の自己紹介をします。
私はアメリカと日本の両方で精神科の治療をしてきました。実はアメリカのほうが長いです。東大医学部を出て、東大医学部精神科で研修をし、学位をとりました。その頃の東大は、今でもですが、生物学的精神医学(精神障害はみな脳の障害によって起こる身体的な障害あるいは内分泌の障害とか、脳の障害そういうことで精神障害は起こる)の考えで、特にスキゾフレニアに関して、脳のどこかに障害があるのではないかと考えられていて、東大内の脳研究所では脳の研究がなされていました。

私も1950年頃、精神科に入局。薬が与える脳への影響を研究して学位を取りました。薬理でフルブライト研究員としてアメリカに渡りました。精神薬理の研究をする傍ら精神科の教室に出入りして症例検討会や講義などに出るうちに、日本とアメリカの精神医学の違いを知るようになりました。

日本では生物学的精神医学、それから記述的精神医学(患者さんを診て症状を分類して診断をつける)、それに基づいて薬を処方する、もしくは、ショック療法やインシュリン療法、持続睡眠療法などの身体的な治療をしていました。

アメリカでは、力動的精神医学、薬を使いながら、同時に患者さんの心の中に、どういう力動が起こっているのかを考えます。人間はいろいろな欲求に対する願望があります。それと自我がどのように反応しているか、衝動に対してどう反応するか。人には超自我(良心)があります。超自我や自我が人間の基本的な欲求、つまり衝動をコントロールしているわけです。精神障害者は、それを上手くコントロール出来ないために、症状として現れるのです。

相対する生物学的精神医学者は、薬で症状を抑えてしまう方法をとっています。アメリカでは患者さんの中にどういう力動が起こっているのか、それを考えながら治療していきます。患者さんの中の力動は治療者、医者、心理士との治療関係の中に投影されます。ですからそれを指摘して、治療して、気持ちを解決してゆくわけです。

サリバンは(アメリカの精神医学者)スキゾフレニアの患者さんの病理は「対人関係の障害である」といい、その考え方がアメリカでは基本になっています。そして1910年〜20年頃から、フロイトを筆頭にした精神分析学の著作が翻訳され、精神科の医者がそれらを勉強し、精神分析はアメリカの文化に受け入れらました。分析的な考え方は普通の人もよく知っています。漫画にも分析調でカウチに横になって自由連想する場面が出てくるほどです。それほど、分析的な理論が浸透しているわけですね。

分析理論は、患者さんの心の中にある力動(いろいろな基本的な欲求)、自我、超自我の三者がどう関係しているか、それにより自我が現実世界にどう対応するかを考えながら治療します。一方の記述的精神医学では、患者さんを客観的に観察して、症状を患者さんに話てもらい、表情、態度を観察して記述する。それをもとに薬を処方する。

例を挙げてみましょう。患者さんは医者の前にくると非常に丁寧で礼儀正しい、良い方が多いのですが、病棟に行くと、患者さんは別な面を出します。看護婦さんに攻撃的になるか、甘えるか、どちらかに分かれます。そう言った力動性はただ客観的に観察しているだけでは判りません。質問したり、反応見たりして行くうちに段々裏の面が判ってくる。裏の面、つまり無意識の面を面接の場面で理解して、話し合っていく。

そういうアメリカの精神医学のアプローチに非常に興味を持つようになり、再度トレーニング受けることにしました。中でもコロラド大学で提供している研修医のためのよい訓練を4年間、ここでトレーニングを受けました。

そのころはまだ精神療法、力動的な分析的精神療法が、とても充実されて、研修トレーニングでもそれが一番重要視されていました。研修医は患者さんを治療して、3人のスーパーバイザーと週に一度会うわけですね。各患者の治療状況を報告してスーパービジョンを受けるわけです。そのほかに4年間、ケースカンファレンスとかセミナー、フルタイムでのトレーニングを受け、しかもお給料を貰えます。日本ではこのようにがっちりした研修医のトレーニングのシステムがないのです。

ですから最近問題になっています。研修医がアルバイトに出て、あんまりトレーニングを受けてないのに患者さんの生命を預かるわけですから。こうしたことは、アメリカでは、国家的な問題になります。ちゃんとトレーニング受けないと一人前として認められていないからです。フルタイムのトレーニングだけですから、そういうことで、はっきりとしたカリキュラムあり、しっかりしたトレーニングを受けて、一人前なるわけです。

私はそのトレーニングを終えて、日本に戻ってきました。かつての生物学的精神医学者から力動的精神医学者に変わりましたので、もう私に日本での仕事がないと思いました。その間、日本の精神学会の雑誌を読んでみても何も変わってないですよね。それで教授に手紙を出しました。内容は、私はこういう考えをもっていて、日本の精神医療に非常に批判的であると。

教授は進歩的な人で、「まあ、いらっしゃい」と言うことで、東大に戻りました。その時丁度病棟医長が地方の大学の教授になり、そのポジションが空いたので、病棟医長に任命されました。
その当時は、5年前と全く同じ、患者さんは内科の病棟のように寝て、医者がきて診察して、オーダーを出して、看護婦さんが点検をする状況でした。一週間に一回、教授の総回診があって、大名行列のようです。教授が見て、指示を出して総婦長と病棟医長が付いて、レジデントが後からいっぱいついてくる。これでは患者さんの治療に良くないので、病棟改革をおこないました。今で言う構造改革ですね。

当時アメリカでは、すでに治療共同体という考えで、患者さんを治療していました。それは毎日患者さんとスタッフ全員で、毎朝ミーティングを行います。つまり、デイリーミーティングです。患者さんの自主性を重んじて、責任を持った人間として参加してもらうわけです。

それを東大に導入しようと思い立ち、月曜から金曜日、9時から10時までミーティングをすることにしました。その当時、重度の神経症の患者さんたちが数人、1年ぐらい入院していて、ベッドから離れると不安になってしまう、いわゆるホスピタリズム、2次性の病気を引き起こしていました。その数名の患者さん、スキゾフレニアの患者さん、うつ病の患者さんを集めて毎日ミーティングを持って、治療共同体的に治療を進めてみました。すると、患者さんが動き始めました。

そうした治療に一番抵抗したのが、中堅の看護婦さんと一部の中堅精神科医です。何故かというと患者さんたちが看護婦さんたちのアプローチを批判し出したからです。それまでは、東大病院ですから官僚的な病院で、看護婦さんも威張っていました。非常に指示的、命令的です。

そこで、患者さんの気持ちを表現してもらうアプローチをしますと、当然「あの看護婦さんの態度はとても官僚的でいやだ」などと言い出し始めたのです。これでは治療にならないと看護婦さんが怒り出しました。それで、私は看護婦さんの気持ちも汲みながら治療を進めていきました。

その後患者さんの自治会が発足。アメリカではPatient Governmentといわれていますが、患者さんの自治的な活動が治療に役立つという考えから行われています。自治会では患者さんが司会をして、治療活動を計画します。例えば、ピクニック、ハイキングなどです。その会で生まれる対人関係を全体の集会で話し合う体制をとりました。9月発足してから12月までに自主的にクリスマスパーティーを開きました。100年続く東大精神科病棟の歴史のなかで、患者さんがクリスマスパーティーを開催したのはこの時が初めてでした。

今までは、患者さんは病棟に残されるか、家族と一緒に年末過ごすかでした。そのパーティーを開いて以来病棟が、いい雰囲気になり、開放的になりはじめました。それまで、医局全体では、このアプローチが本当にいいのか、今までの薬で治療する考えが根底にありましたので、毎日議論していました。その頃、東大の医局は喧々諤々でした。徐々に落ち着き、定着して、毎日のミーティングを週二回にしました。現在では週に一回、全体集会という形で行われています。

東大で一段落した頃、私は精神分析のトレーニングをさらに深めるために、コロラド大学に助教授として再度渡米しました。それが69年です。コロラド大学では、病棟の運営、研修医のスーパービジョン、学生の教育を受け持ち、アメリカの精神医療に直接関係して行きました。それから3、4年後、アメリカの地域精神衛生センターの医長を5年務めました。そこでソーシャルワーカー、サイコロジスト、OTの人たちとチームを組み、地域精神医療を行いました。1980年に、デンバーで個人開業を始め、95年に日本に帰国して、今日本で個人開業医として治療を行っています。

それは予約制で、非保健診療です。また、同時に聖マリアンナ医科大の客員教授として、スタッフのティーチングをしています。具体的には精神科の医者とか臨床心理士の教育、症例検討会などを行っています。これが私の精神科医としての略歴です。
日本とアメリカの精神医療の両方を体験した医師として、精神医療の内側、あるいは問題点を皆さんと共有できるものと思います。何か質問ありましたらお答えしましょう。

Q1:先生のおっしゃった、日本の精神医療は薬漬けである、というのは事実であると思います。現実として、5分か10分診察を受けて、「このまま今を進めましょう」と言う状態が続いています。おっしゃったように、患者さんに話をさせて、本人の憤りとかいろんなものを発散させる。日本で先生のおっしゃったような診療を受けるチャンスはないですか。

先生:過去、どういう原因で、どういう葛藤があったかとさぐるのは、スキゾフレニアの患者さんには禁忌です。現在ここに起こっていることを扱った方が治療的です。治療者と患者さん、スタッフとの人間関係を話し合う、現実的なアプローチがいいと思います。神経症の患者さんは過去に遡って治療する方がいいです。たとえば不安、抑うつ、神経症、パニックがある方は過去に遡って、何が根にあるのか、という治療が必要です。

Q2:最初に子供が悪くなったとき、親に原因があるのではないか、親の親戚に同じような症状の人がいなかったどうか、揉めます。子供のことよりも親たちのあら捜しをしてしまいます。現実的に起こったことを受け止めるまで時間がかかってしまいます。

先生:スキゾフレニアの患者さんの原因についての犯人探しは、昔アメリカでもありました。スキゾフレニアを引き起こす原因となる母親がいるのではないか。あるいは幼児期に外傷的な体験によってスキゾフレニアになるという考えもありました。現在は、家族は患者さんの治療にとって重要な資源です。家族の協力なくして治療は出来ないのです。協力者として治療者とチームを作って治療をしていきます。

スキゾフレニアは家族全体の病理です。EE(Express Emotion)緊張状態・危機の時、高い緊張状態になります。患者さんになる人は家族内の高いEEを受けて発症します。スキゾフレニアの患者さんは緊張があるときに刺激をあまりスクリーンできないので、不安が起こって発症してしまいます。予防するには、家族全体としてどうすればいいかを治療としては問題にしています。日本ではいじめが起こると、おまえが悪い、こっちが悪いと、犯人探しをします。いじめは一人の問題ではなく、学校全体の力動、学校と地域の力動などの問題があるわけです。いじめの一部だけ取り上げるのではなく、学校全体の集団力動を取り上げるべきだと思います。1人2人のいじめられた子供を治療しても、解決にならない。それと同じだと思います。

Q3:本人が就学中に、病気なった場合、安定期に入って、「あの時に」と、一番本人が残念な気持ちを持ちます。発症した時は分からないでしょうが、落ちついてくると、元に戻りたい、でも記憶力がない。勉強しても頭に入っていく自信がない。人間関係のこともあります。どこまで親がケアできるか。勉強は本人がするもので、退院して帰ってきたらほっとした空間は提供できるかもしれないが、代わりに勉強することは出来ない。諦めさせるか。どういうふうに受け止めたらいいか、「分かった、分かった」になり、その場限りの言い逃れでお茶を濁しても、続きません。それをどういうふうにケアしていくのがいいのでしょうか。

先生:家族が包容力のある環境を作るだけでも十分です。後は治療です。デイケアで専門的な指導、治療、リハビリテーションを行うことです。専門家と協力して患者さんの治療にあたることです。親が全部やることはできませんからね。

Q4:元に戻ったら勉強したい。世の中に出て就職したい。上手くいかないことも現実です。駄目なら駄目といったほうがいいのか、もうすこしがんばってみようといったほうがいいのか。

先生:それは治療者と相談して決めることです。親と子供さんとの間で決めるより、治療者に入ってもらい、決めていくのがいいのではないでしょうか。しかし日本の治療者は30人も40人も患者さんを持っています。きめ細かく治療をしてくれません。相談に乗ってくれない。せいぜいソーシャルワーカー、ケースワーカーがのってくれるくらいです。経済大国の日本の、精神医療が遅れていることは、世界に恥ずかしいことです。本人にはきめ細かな治療を受ける権利があるということを忘れないで下さい。

Q5:本人はお医者さんに行っても、結局はその場限り。「もう少し様子を見ましょう」と流されてしまいます。不満が溜まってきます。

先生:日本に戻って気づいたことは、病院はたくさんの薬を出します。20種類くらい飲んでいる人もいる。10種類は普通です。なぜ、同じような薬をいっぱい出すのか。薬漬けですよね。あれでは社会復帰できない。一目で薬を飲んでいると分かってしまいます。

Q6:我々親の方も、たくさんの薬飲まないと再発するのでは、と言う先入観があります。

先生:薬というのは最小限の量で、最大の効果が出るのが一番です。アメリカでは医療費を払うのは民間の保険会社です。チェックが入ります。患者はどうしてこの薬をもらっているのか、どういう目標なのか、いちいちチェックされます。10種類も飲んでいる患者さんはいません。医療費が上がりますから。

アメリカでは50年代60年代は、患者さんが、自分のお金で診察を受けていました。主に神経症の患者さんで、社会でちゃんと生活している方が、不安とか家庭の問題などで治療を受けにくるのです。その当時は精神分析的な治療受けることが、一種のステータスなっていました。高いお金を払って、精神科医に見てもらうと言うことは、誇りでした。それから段々と民間の保険会社が治療費を払うようになり、1970年代から80年代にかけて、境界例の患者さんが増加しますが、簡単に良くならないです。強力な治療が必要になる。6ヶ月、1年の入院を必要とします。アメリカの、1日の入院費は当時607ドル。その他に医者の診察費が別にかかるので保険会社としては、薬代を入れると1日1000ドル払うことになります。長ければ長いほど医療費はかさみます。その支払いでつぶれた保険会社も出てきて、90年代に入ってから、保険会社の締め付け、マネージメントケア(管理された医療)で厳しくなりました。

具体的には、患者さんが入院します。保険会社のケースマネージャーが電話して、入院理由を聞きます。自殺企図があって入院したとします。すると治療目標、治療方法を尋ね、3日間の入院にOK出します。三日後にまた電話かかってきます。現在の病状と、治療目標、後三日間でどのようにするか、退院はこのくらいにしよう。そして1週間後、退院、という流れです。どんな薬を使っているのかまで議論する。アメリカでは保険会社が、医療費削減のために薬までもコントロールしています。それに短期入院ですね。危機介入だけです。そしてすぐに退院ですね。回転ドア方式で、同じ事の繰り返しです。そのため、今のアメリカの精神医療はことに入院治療は質が悪くなってきました。

精神医療関係者は、不満を持っているわけです。自殺念慮があるのに無理やり退院させられて、自殺してしまった事件もあり、保険会社は訴えられて、患者さん側が勝つ例もあります。マネージケアに対する反省が段々高まって、少しずつ元に戻ってきています。境界例の患者さんは、以前は1年くらいの入院は普通でしたが、現在は危機介入だけで、2、3日、1週間です。

90年代、多重人格障害が沢山出きました。この障害は治療が難しく、入院治療は本来なら長いですが、それも短期入院です。自殺企図、精神病状態、交代人格が変なことしている時に、入院させるだけです。全体を総合的に治療するということが出来なくなってきています。外来での治療も面接の回数が、10回、20回に決められています。ですから2、3ヶ月の治療で終了です。短期精神療法は、目標を立て、たとえば不安症状があった場合、不安をどうコントロールするか、治療者と相談しながら、治療します。3ヶ月の間に良くしなくてはいけない。能率性が問われるわけです。上手く出来ない医者は、ドロップアウトするわけです。契約制ですから、保険会社と契約する精神科医や臨床心理士が何人かいます。その人たちを保険会社が紹介してくるわけです。もしくは患者さんがプロバイダーを選択して、治療を受けるわけです。

アメリカの私立精神病院は医者を雇っていません。みんな、オフィスを持っている精神科医が自分の患者、もしくは紹介された患者を入院治療して、病院のチーム、ナース、OT、ケースワーカー、臨床心理士と協力して治療する。病院で毎日患者さんを診て、ケースカンファレンスが1週に1回ぐらいあって、治療方針をディスカッションして、治療目標を立て、1週間の治療をするわけです。1週間たつとReviewする。その繰り返しです。きめ細かく治療するわけです。ケースワーカーが家族療法の必要性を感じたとき、Reviewで話し合い、家族療法を行います。病院では集団療法、精神療法も同じように行います。医者もきちっと治療して、能率性を上げないと患者さんから首になるのです。

Q6:今知りたいのは、スキゾフレニアの子供が、ずっと薬を飲んでいます。先生から見てこの子は大丈夫かなと、薬は飲みつづけるかもしれないし、完全になくなるかどうかは分からないけれど、子供がこれは治ったなという、所見みたいなものってありますか。
先生:ありますよ。いろんな場面で、患者さんの集中力、対人関係、全体の行動のまとまり、コミュニケーションを評価して決めていきます。薬をどんどん減らしていきます。進歩するごとに減らします。いつも同じということは全くありません。

Q7:それは患者さんの様子を見てこれだったら、薬を減らして良いな。それは先生一人一人の所見で見て診察するのですか?

先生:大半は患者さんの方から減らしてほしいといいます。アメリカでは薬を飲むの嫌がっています。日本では好きなのですかね。

Q8:先生から、脅かされているっていうか、また悪くなると困るから、もう少しの間、飲んでください。といいます。

先生:医者もその方が簡単ですから、何も問題が起こらない方がいいのです。患者さんのためには良くないですよね。

Q9:心の傷を癒したり応急処置的にはたらきかけるということについて、家族のできるケアとして具体的に伺いたいのですが?

先生:状態が安定してきたら昔の外傷体験を語ってもらいます。だんだんと治療関係が安定して深まってくると自然にそれが起こってくるので、それを聞いていくのです。
ただし、話を聞くだけで終わると再外傷体験になってしまいます。外傷ですから出血するんですよ、止血してセッションを終えないといけないのです。トラウマカウンセリングという技術がありまして、最後にまとめてあげないといけないんですよね。
再外傷体験はまとめてあげる作業がとても大事だということは日本の精神科医療関係者もあまりよく知らないですよ。表現すればいい、カタルシスがあればいいのだと思ってますが、それはよくないんです。始めに外傷体験を思い出してもらって、それに伴う感情を表現してもらうのですが、残り3分の1はまとめの作業です。

Q10:子どもの状態について病院の先生と意見が分かれてしまいます。どうなるか予想はつくのですが、私としては「何かが起こらないための対策」を考えたいと思っているのですが、先生は「何か起こってからの対応」を考えましょうと言われてしまいます。

先生:それは遅すぎますよ、あなたの方が進んだ治療者だ。予防が大事なんですよ。例えば、アメリカで入院患者さんが外に出て死にたいと言われたような場合、生命に関わる場合には警官が行ってくれるのです。病院から状況を説明すると駆けつけてくれて、エスコートして病院まで連れて帰ってくれるわけです。
日本では絶対にやってくれません。日本では警察に電話しても実際に患者さんが自傷他害して騒動にならないとやってくれない、医者の考えもそうなので、とてもよくない考えなのですが、実際に何も起こらないとやってくれないということです。この場合、何の対策もとらなくて自殺してしまったらアメリカでは訴訟の国ですから警察の責任になります。

Q11 アメリカの精神障害者に対する偏見や社会の受け入れ方はどうなのでしょうか?

先生:地域では自分でちゃんと生活していれば偏見はありません。雇用の場合でもきちんと助成があれば雇ってくれます。精神障害者だからどうのということはありません。それに、アメリカには日本の全家連のような大きな家族会はありません。19歳になると子どもは独立して家を出ますし、親もそれを待ってます。独立指向ですから本人と家族が離れてグループホームなどに住んでおります。親離れしてから発症しても親は何もせず、法律官が全部担当するので、親とベッタリということはあまり聞いたことありません。
地域で問題を起こしたら本人の責任になるので家族は関係ありません。犯罪は個人の責任として罰せられますし、本人もそのことを自覚しております。アメリカなどでは全部個人に責任がありますので、精神障害者の方に何かあったら全部医師に連絡がきますが、日本では治療システムをみんな家族に請け負わせております。

Q12:先生の目から見て、精神医療ではどちらが理想的な環境だと考えておられますか?

先生:文化的な価値観の違いがありますから、どちらがいいこちらがいいとは簡単には言えません。日本には家族が大事、家族を守るという価値観があります。アメリカでは独立を尊重するという価値観があるので、ある時期には家族を離れて病気になっても個人の責任でもって治療を受けるという体系です。

理想的には患者さんが治療者と個人契約したり、話しあったりしてやってくのが一番いいと思います。日本では親が一生子どもと一緒にいなければいけない状況ですよね。御両親も一生懸命働いて老後の生活も共倒れにならないといけない状況になってしまいますよね。アメリカでは州とか政府が介入して患者さんを治療するわけです。皆さんストレスから逃れることができるわけです。

日本に来ると入院するのにもアパートを借りるのにも保証人がいるわけです。アメリカでは個人契約ですからそんなことはありません。だから入院するのにも個人でサインすればいいし、アパートを借りるのにも一カ月の家賃を入れれば一人で借りられるわけです。

日本で医師が看護婦さんにオーダーすると共同責任で何でもやります。アメリカでは看護婦さんのアイデンティティがしっかりしているわけで、看護者としての治療責任は取るけど、薬の責任は取らないというわけです。医者の責任になる。ソーシャルワーカーは家族と会って家族療法の責任を取るけれども、医者がやってる個人面接の責任は取らないですね。それはそれで協力してチームワークを取るわけです。
---以下略
(白熱の質疑応答が続いていますが、紙面の都合でここで終わります。あなたも会場に来て講師の先生とお話しませんか。)
         中久喜先生への連絡先
         中久喜クリニック Tel/Fax:03-3280-5776
         〒108-0074港区高輪2-1-15-705

テープ起こし:菊地太一(ボランティア)
         安藤陽子(ボランティア)


編集後記

 あまりにも残虐な事件である。テレビで繰り返し流された8人のあどけない表情がことさら悲しみを誘う。

 人類は、ここまでの残虐性を持っているのであろうか。この残虐性は平常な人間に起こり得る感情なのか。意識的に、利益目的の「動機」を持って行い得る行動なのか。

 またしても「精神鑑定」「責任能力」が問題となっている。ここ数年、毎年二〜三件、この責任能力なしとして残虐事件の終止符が打たれている。そして、被害者は泣き寝入り状態だ「いい加減にしてくれ」と言いたいが、これを誰に向かって言うかが問題だ。

 それに小泉首相が答えた「政府として何かやらねば」。で、なんと「刑法改正」。元・厚生大臣を務められた方が、この障害者問題に即出た言葉である。

 これだけの重大事に「何か」という認識で精神障害者の「隔離」や「拘束」に至るとは。

 言い換えれば、首相をして精神障害者を襲う恐怖感、不安感、それに何とか耐えている当事者たちの苦悩など毛頭分かり得ないということか。

中久喜先生から伺ったアメリカの精神医療制度。障害者の人格を認め、独立を根底にした国の対応。個人も国もそれぞれがその立場での責任を果たしている。日本はどうか。そこには「文化的価値観の違いがある」と言われた。まさに然りである。       


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新宿家族会 E-mail: frenz@big.or.jp